【狐】
萩の狐は状況を理解できなかった。
気がつくとあの部屋にいて、自分以外にも部屋には大勢の人間や人間ではない者たちが
集められていた。
それだけでも意味不明なのに、見知らぬ派手な男に殺し合いをしろといわれ、
いつのまにか着けられていた首輪には爆弾が仕掛けられているという。
さらに男はその首輪の爆弾を爆発させて、部屋にいた少女の一人の首を吹き飛ばして殺してしまった。
それを見て、男の言っていることが冗談ではないことがやっと理解できた。
首輪がなければ男をどうにかすることができたかもしれないが、命を握られている以上は迂闊なことはできない。
さてどうしようか、と考えていると後ろから肩を叩かれた。
振り向くと、自分と同じ魔王三将軍の一人、八蜘蛛が立っていた。
どうやら自分以外にも知り合いがいたらしいと分かって、少しほっとする萩。
さっそく八蜘蛛にあの男をどうするか指示を仰いだ。
それというのも、自分は三将軍とはいえ三人の中では一番の格下であるからだ。
いわば八蜘蛛は上司なのだから、この場では八蜘蛛に従うべきだと判断したのである。
それに対して、八蜘蛛は男が説明している殺し合いのルールを聞きながら答える。
「あの男は今のところほっといて構わないわよ、萩。
首輪がある以上、ここでヤツを殺すことはできないわ。
まずはこの首輪を外す方法を考えましょう。」
八蜘蛛の言うことはもっともだった。素直に頷く萩。
「首輪さえ外せば、あんな男くらいどうとでもなるわ。
多少妙な力があるみたいだけど、所詮は人間よ。私たちの敵ではないわ。」
それには少し疑問を持ったが、とりあえず頷く。
八蜘蛛も男のあの力は見ていたようだが、特に動じている様子はない。
自分より実力のある八蜘蛛には自分の感じるような不安はないのだろうと萩は思った。
自分はあの男の人間離れした力を見て、自分ではあの男には勝てないと思ってしまったのだが、
それを八蜘蛛に言うのは曲がりなりにも魔王三将軍としてのプライドが許さなかったので黙っておいた。
そして、八蜘蛛はさらに続ける。
「まず貴女は首輪を外せる知識を持った人間以外はできるだけ殺しなさい。
首輪を外せそうな人間は脅すなり騙すなりして、私の元に連れてくるのよ。
それと、殺した人間の死体の場所は覚えておきなさいよ。
あとで私が養分にするから。」
そう八蜘蛛が告げた後、男の説明が終わったらしい。
その次の瞬間、周りが光に包まれた。
そして、気がつくと萩は森の中にいた。
どうやらここが殺し合いのフィールドらしい。
そして、先ほどの八蜘蛛の言葉を思い出す。
(この場で人間を殺すことが本当に必要なことなのかは分からないが、八蜘蛛の命令だ。従うほかない。)
ふと横を見ると、男の言っていた通りデイパックが落ちている。
さっそく中身を確かめてみる。
中には男の言ったとおりのものが入っていた。
地図を取り出して確認してみたが、森は多いらしく自分のいる場所は特定できなかった。
次に参加者名簿に目を通す。
八蜘蛛と自分がこの殺し合いに参加しているということは、もう一人の三将軍ロシナンテも参加しているのでは
ないかと思ったからだ。
あった。ロシナンテの名前がはっきりと書いてある。
これで魔王三将軍の全員がこの場に集められているということになる。
(あのキングと名乗った男・・・我々に気づかせることなく、三将軍全員をあの場に移動させたというのか?)
もしそうなら、戦慄せざるを得ないことだった。
八蜘蛛は首輪さえ外せば大丈夫だと自信満々に息巻いていたが、本当にそうなのだろうか?
自分たちが及びもつかない力をあの男は持っているのではないだろうか?
再び不安を覚える萩だったが、今考えても推測の域を出ない。考えるのは後回しとする。
最後に武器がないか確かめる。
自分には土と毒を操る魔法があるが、それだけで戦っていては消耗が激しいだろう。
素手でも戦えないことはないが、できれば武器が欲しい。
贅沢を言うなら小烏丸のような小刀が理想的だ。
だが、出てきたのは髪留めと酒の入ったビンと目薬3つだった。
(・・・これでどうしろと?)
確かにアタリハズレがあると聞いたが、ハズレにしても限度があるぞ。
殺し合いをしろと言っておきながら、殺しの役に立たないものばかりを支給するとは何を考えているのだ。
というか、なんで目薬が3つも入ってるんだ。1つで充分だろうが。
何が出てくるのか少しワクワクしていただけに、期待を裏切られて若干へこむ萩。
心の中でキングと名乗った男にグチグチと文句を垂れていたが、しばらくするとため息をついて立ち上がる。
(武器が無いなら仕方が無い。まずはどこかで武器を調達するか。)
地図を見たところ、ここには建物や町も存在するらしい。
ならば、そこにいけば武器になりそうなものくらいあるだろう。
ここが地図のどの辺の森なのかは分からないが、移動して建物などの目印を見つければ場所は特定できるだろう。
そう思って、森の中を歩き出した。
だが、萩の足はすぐに止まった。
その表情は引き締められている。
なぜなら、前方の木に誰かが隠れる影を捉えたからだ。
萩は影が隠れた木に向かって言い放つ。
「そこに潜んでいる者よ、姿を見せろ。見せぬのなら害意があると見なして攻撃させてもらう。」
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