心に剣を

 「ぜえ・・・はあっ・・・!!!」
白昼にも関わらず薄暗い森の中を、少女が駆ける。
 学生を思わせる容貌に、ヘアピンで左にまとめられた髪。
その少女、邦廻早栗は木の根につまづき枝にその柔肌を切り裂かれながらも、死に物狂いで走り続ける。
 もうどこを走っているのかさえ分からない、呼吸もめちゃくちゃで・・・もはや自分が走っているのかどうかさえ・・・。
だがしかし、足を止めることはけっしてできない。
 だって、そんなことをしたが最後“アレ”においつかれてしまう。
“アレ”が手にしている“アレ”で“アレ”されてしまうに違いない。

 まるで雷が落ちた時のような音をたてながら木々を無造作に折り裂き、その巨大な影は早栗に迫る。
 死人のような黄土色をした、まるで暴力そのものを練って固めたような巨人。
 その右腕に握りしめられた巨斧が、まるで小枝を折るように周囲の木々を薙ぎ払ってゆく。
 もしそれが木でなく人だったとしたら?
 その結果を想像することは紙を裂くより容易だ。

 「ひっ・・・ぜひっ・・・ひいいいいぃぃぃ!!!こないでぇええ・・・ひっ・・・ひっ・・・ひゃあっ!?」

 突然、早栗の視界が揺れた。
 きっと悪意のあるものがそこに“それ”を用意したに違いない・・・。
 そう思えるほど見事に、早栗のつま先が地面とそこから飛び出した木の根との間へとはまりこんで―――彼女の額が地面と激突した。

 陸に打ち上げられた魚が何とか水場へと戻ろうとするかのように、早栗は起き上がろうともがく。
 だが、平静を欠いた精神が肉体の自由を奪う。四肢の動作の統制がとれないまま、彼女は生まれたての仔馬のように、地べたを無様に転げまわった。
 「ひうっ・・・あひいいいい」
 そしてそれを嘲笑うかのように・・・黄土の巨体が早栗に迫る。
 仔鹿ににじり寄る猛獣のように・・・。


その時、巨人の左背後の闇から小さな影が飛び出した。その手に握りしめられた大きな刀が巨人の脚の腱を裂く。

 突然の襲撃に、巨人は体勢を大きく崩す。
 その隙を逃さず、小さな影は四方八方から巨人に無数の斬撃を浴びせかける。
 

 しかし・・・。
 「浅い・・・!」

 支給された武器は大きな刀。
 重量で叩き切る事を目的としたのであろうその武器は、その影――ロカ・ルカの腕力では扱いきれない。もっと軽い武器であったなら―――。
 かなりの手数を加えた筈だったが、巨人にダメージのある様子はない。見た目通り・・・否それ以上にタフな相手のようだ。

 巨木の様にそびえ立つ、そのおぞましい黄土色の巨体をルカは仰いだ。その職ゆえに、数多の魔物を相手してきた。そのルカの直感が告げていた。

「こいつは・・・“ヤバ”いわね」

 万全の状態でも手ごわいであろう相手を、不得手な獲物と―――視界の隅で尻餅をついている少女を再び見やる―――他人を守りながら戦うなど・・・。そんな真似をするのは馬鹿か、あるいはよっぽどの戦闘狂いくらいのものであろう。

 (ここでこいつと戦うのはあまりにも無謀・・・だったら!)
 ルカが巨人に対して背を向けた。その無防備な背中に巨斧が振り下ろされる。

「あ・・・危ないっ!!!」
 早栗が叫んだ。


 だがそこにはすでにルカの姿はなく、空を裂いた巨斧は大地を揺るがす轟音と共に地に叩きつけられる。
 (今だ!!!)
 巨斧の一撃をかわしたルカは、ましらの如き俊敏さで傍らの木を駆け上り、その頂端から巨人の振り下ろされた腕へと全体重と、そして渾身の力を込めて刀を突き降ろした。
 「やああああああっ!!!」


 
   ずぶり。

 乾いた肉と、その下の大地を貫く確かな手応えが、ルカの腕へと伝わった。
 (やった・・・!)
 咄嗟にひねり出した策としては、思っていた以上にうまく事が運んだ。
 だが、その結果とは裏腹に、ルカは目の前の敵の異様さを再確認していた。

 静かすぎる―――。

 彼女は数多の妖や獣達を葬ってきた。その多くは、これほどの手傷を受ければその苦痛に身もだえし、咆哮したものだったが・・・。
 間違えて、朽木を貫いてしまったのではないかと錯覚するほどだった。巨人は、キョトンとしていた。まるで反応が見られない。

 「こいつ・・・」
 巨人の無防備な首筋を刺し貫くという選択肢もあった。その判断を取り下げたのは・・・正解だったのかもしれない。

 ともかく、こうしてはいられない。先程襲われていた少女の元へと駆け寄り、手を差し伸べる。

 「立って!逃げるよ!」

 「あ・・・は、はい」
 早栗が応じて、わたわたのろのろと手を伸ばす
じれったい。
 強引に手首を掴んで引き上げようとした・・・が、重い。どうやら腰を抜かしてしまっているようだ。
 巨人が、腕と共に大地へと深々と突き刺さった刀の柄にもう一方の手をかけた。・・・もはや一刻の猶予もない。

 (仕方ない・・・!)

 かがみこんで、早栗の腹部を自分の背に乗せるように・・・一気に担ぎあげる。
 「ぐっ・・・」
 相手は少女とはいえ、自分より身長は高い。力のないルカにはかなりの負担である。ルカの苦労を知ってか知らずか、早栗は「ひえええ」などと素っ頓狂な声を上げている。

 苦痛など意に介してはいられない。体力には自信があったはずだ。できる限りの力をもって、ルカはその場から走り去る事に専念した。






 巨人が刀を引き抜いたときには、もはや獲物は影も形も見当たらなかった。黄土の巨人はやや不愉快な気分で、自分を大地へとつなぎ止めていたその邪魔なピンを眺めた。濡れたような刃を持つ、細長い鉄塊。「彼」に与えられた本能が、直ちにそれの用途と使い方を導き出す。

 これは“イイ”ものだ。
 巨人が―――斧の時の鈍重さとは段違いの疾さでその鉄塊を一振りした。周囲の木々が、一つの線を基準としてズルリと滑り・・・次々と地面へと重なり落ちた。その断面には、斧のような不細工な千切れ方はなく、細かな年輪すらはっきりと見て取れる美麗さがあった。

 やはり、これは“イイ”ものだ。
 これがあればもっともっと素敵なコロシ方ができそうだ。

 巨人の中に“言葉”という概念はない。だが一つの“情念”が確かに彼の中に渦巻いている。
 “ころすころスコロせコロセ殺す殺したい”
 その巨体をもってすら溢れ出んばかりのその“情念”に操られるかのように。黄土の巨人『ルシフェル』は新たな獲物を求めて動き出した。
 
 意識を集中し、周囲の気配を探る。あのおぞましい殺気はもはやない。
 ルカは安堵の息をついた。
 「ふぅ、・・・どうやら撒いたみたいね・・・」
 早栗が、心配そうな、また申し訳なさそうな顔でルカを見ている。それに応じて、手振りで“大丈夫だ”と返す。
 「災難だったわね。怪我は?」
 「あ・・・だ・・・大丈夫です。その・・・ありがとうございます。その、えっと・・・」
 「ロカ・ルカよ。ルカって呼んでくれていいわ」

 「あ、はい。ありがとうございます、ルカ・・・さん」


 さんをつけてくれなくてもよかったのにな、と比較的フレンドリーさを好むルカは思ったが、あえて口に出すことはしなかった。

 「あの・・・ルカさん・・・は?」
 そんな早栗の問いに何が?と聞き返そうとしたところで、ああそうか、と思い当たる。
 「私だったらへっちゃらだよ。こういう仕事なの。なれてるの」
 あれほどのバケモノを相手にすることはさすがに稀なことだが。

 「まあ、開始早々武器をなくしちゃったのはいたかっ・・・た・・けど・・・」
 そこまで言ったところで、ルカはしまったと思った。
 早栗はたちまち顔面蒼白になる。
 「ごごごごごめんなさい!わわ・・わ・・・私のせいで・・・」

 「いやいや・・・あなたのせいじゃないから」

 (そう、違う・・・。悪いのは全部・・・。)
 「悪いのは全部あのキング・・・なんとかってヤツよ!あの・・・」

 思い出すたびにルカの胸のどす黒い感情が増幅されてゆく。
 ルカは聖職者である。神学に対する取り組みこそやや怠慢であるとはいえ、神の為に剣を取り、その身を捧げ戦っている。「人の命をゲームのように弄ぶ」という行為は、神への・・・ひいては自分の天職に対する冒涜に等しい。

 「あんなヤツ、神様に舌を捩じ切られてしまえばいいんだわ」
 軽いジョークを飛ばしてみたつもりだったが、赤黒い感情は薄れない。

 「えっと・・・その・・・」
 早栗の泣きそうな声で、ルカは我に返る。

 「おっと・・・ごめん」
 ルカは考える。そうだ、憎むより前にすべきことがある。あの大勢が集められていた広間には、この少女の他にも明らかに戦闘に関して素人であろう人々はいた。
 この少女に関しても、もしあの場に自分がいなかったらどうなったろう。このいかにもひ弱そうな少女は、抵抗する手段すらなく、あの怪物に殺されていただろう。
 我が身は神の為に在り。我が剣は力を持たぬ民草の為に在り・・・。

 ルカは煮えたぎる憎悪を一旦鞘におさめ、生存者を捜すことを決意した。
 だがその前に・・・。

 (まずはあのバケモノから離れなきゃ・・・。私の体内時計が狂ってなければ、今は昼頃。太陽の位置から考えると、あいつからはおよそ北の方角に逃げてきたことになるわね・・・)

 天にそびえ立つような巨木が二人の眼前にある。何かあった時は、丁度いい目印になるかもしれない。

 「あなた、名前は?」
 ルカが聞いた。
 「え?あ、私は・・・邦廻早栗・・・です」
 「そう・・・いい名前ね」
 異国のセンスなのでルカにはよく分からないが。

 (考えてみたら、なぜ言葉が通じるのかしら?・・・まあどうだっていいことか・・・むしろ都合がいい)

 「サクリ、私についてきて。大丈夫、私が守ってあげるから」
 「あ、はい。ありがとうございます」
 どうしても敬語調になる。そういう性質の子なのだろう。

 出発しようとしたところで、ルカはもうひとつ大事な事を思い出した。
 「そういえば・・・!あいつから逃げる途中で結構荷物を落としちゃった。サクリ、荷物は?」
 「え・・・!そ、その・・・・えっと・・・」
 早栗は分かりやすいくらいうろたえている。いい予感がしない。
 「その・・・その・・・いきなり襲われたから・・・その・・・」

 「・・・落としちゃったのか」

 「じゃなくって・・・その・・・」
 「・・・置いてきちゃった?」
 「・・・・・・・はい」
 (悪い予感的中。それと・・・まさかとは思うけど・・・)
 「・・・全部?」
 「・・・・・・・・ごめんなさい」

 はぁ、と溜め息をつく。思ったよりそそっかしい子のようだ、とルカは思った。
 とにかく、荷物がないと色々と困る。食事とか、水とか・・・アレとか。

 (とにかく北へ行こう。他の人と合流できれば何とかなるかもしれない。武器の事も・・・)
 「じゃあ行こう?もう歩けるよね」
 「あ、はい。だいじょうぶです」


 邦廻早栗は他人に依存していなければ生きてゆけない少女だ。それが生来のものなのか、甘やかされて育てられたせいなのかは分からないが。
 (すごかったなあ、このルカって女の子。さっきの動き、全然見えなかった)
 早栗は目の前の奇妙な格好をした少女を、テレビのヒーローでも見るような眼差しで見た。
 (この子についていけば・・・私・・・生き残れるの・・・かも・・・)
 選択の余地は元から無い。他人の力がなければ、早栗が生き残れる事は・・・まずないだろう。歩き出したルカに、早栗も続いた。


 歩きながらルカは考える。
 (さっきのバケモノはあの広間にはいなかった・・・。アレ以外にもあんなバケモノが用意されていないとは・・・言い切れないわね)
 果たしてそれらの相手に対して、自分にどこまで立ち向かえるものか・・・。考えていても仕方がない、自分のできる事をしなければ・・・。
 ルカは、今は手元にないが・・・心に秘めた双剣を握りしめた。



【E−3:X2Y2/巨木周辺/1日目:昼前】
【ロカ・ルカ@ボーパルラビット】
[状態]:疲労
[装備]:なし(戦闘で喪失)
[道具]:デイパック、支給品一式 ※ルシフェルから逃走中に一部喪失。亡くしたものは今後の書き手様の判断におまかせ
[基本]:生存者の救出、保護、最小限の犠牲で脱出
[思考・状況]
1.ルシフェルからできるだけ遠ざかるため、大木を迂回して北へ
2.他の戦闘能力の無さそうな生存者を捜す

【邦廻早栗{くにかい さくり}@デモノフォビア】
[状態]:健康
[装備]:(現時点で判明していません)
[道具]:なし(ルシフェルに襲撃されて全部置いてきた)
[基本]:自分の生存を最優先
[思考・状況]
1.こわいよう
2.これからどうしよう
3.どうしたらいいのかわかんないよう
4.とりあえず私を助けてくれた女の子についていこう・・・



【ルシフェル@デモノフォビア】
[状態]:軽傷?
[装備]:ルシフェルの斧、ルカが落としていったルシフェルの刀(両方@デモノフォビア)
[道具]:あっても使わないような・・・
[基本]:とりあえずめについたらころす
[思考・状況]
1. ころす
2.ころす
3.ころす

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