病弱少年と食人鬼、魔法少女と妖精少女


ルーファスは気がつくと建物の中にいた。周りを見回すと剣や斧、槍などの武器が
大量にたてかけられていた。

(どうやら、ここは武器庫みたいだな。)

飛ばされた場所が武器庫というのは運がいいのかもしれない。
ルーファスはそう思い、自分でも扱えそうな比較的軽そうな剣を手に取った。

しかし、違和感を感じる。

(軽すぎる・・・。)

いくら軽そうな剣を選んだからといっても、これは異常だ。
ふとある可能性に思い当たり、剣を壁に思い切り叩きつけてみる。

バキィッ!

剣は乾いた音を立て、あっさり折れてしまった。

(やっぱり、レプリカか・・・。)

どうやら、簡単に武器をくれるほど甘くはないようだ。
武器が手に入ったという喜びを裏切られて少し落胆したが、自分の傍に
デイパックが落ちていることに気づいた。
さっそく手に取って、中身を確かめてみる。

そして、剣が出てきたのを見てルーファスは安堵した。
先ほど期待を裏切られた分、喜びもひとしおだ。

剣は刀身が透き通っていて、冷気を発している。
ただの剣ではないらしい。

(魔剣か何かかな・・・?)

姉の友人のクリステルならもっと詳しいことが分かるのかもしれないが、
こういった魔力を持つ武器や道具に明るくないルーファスにはそれ以上の
ことは分からなかった。

(とにかく、これで自衛くらいはできるな。)

そして、他に何か役立ちそうなものがないか調べてみる。

出てきたのは皮製の袋に包まれた肉だった。

(食料か・・・。)

肉ならパンよりは精がつくかもしれない。
しかし、何となくこの肉からは嫌な感じがする。
できることなら、あまり食べたくないとルーファスは思った。

他にも何か無いか調べてみたが、冷気を発する剣とこの肉以外は、あの男の言っていた
通常の支給品だけのようだった。

「まあ、武器が手に入ったんだから贅沢は言えないか・・・。」

そう言って、納得するルーファス。
次に知り合いがいないか名簿を確かめてみた。

「アーシャさん!?姉さんに、クリスさんまで・・・!?」

まさか姉たちがいるとは思っていなかったルーファスは驚愕する。
だが、これは嬉しい誤算だ。
あの3人がいるなら、この状況も何とかなるかもしれない。
彼女たちなら、こんな殺し合いなどに屈せずに必ずあの男に立ち向かうはずだ。
そして、必ずあの男の非道な企みを打ち砕いてくれるに違いない。

やることは決まった。まずは彼女たちと合流しよう。

方針を決めたルーファスは武器庫から出ることにした。
しかし、デイパックを背負ったと同時に、出入り口の扉のノブが回った。

誰か来たのだ。

「!」

慌ててドアから離れ、冷気の剣を構えるルーファス。
そんなルーファスを無視するように、ガチャっと音を立てて扉が開く。





まゆこは気がつくと森の前に立っていた。

周りを見回すと、デイパックが落ちていた。
それを見て、薄暗い部屋での男の言葉を思い出す。

殺し合いをしてもらうという言葉を。
その言葉を思い出したまゆこは、同時に首を吹き飛ばされた少女の姿を思い出し、
人が死んだということに恐怖を感じ、反射的に口元を抑えた。

「なんで、あの男の人は殺し合いなんてひどいことをさせるのかな・・・?」

まゆこには、あの男の考えていることが分からなかった。
まゆこは困っている人を放っておけないような優しい性格の持ち主である。
そんなまゆこには、殺し合いなんて馬鹿げたことを考える人間が存在することが悲しかった。

「こんなの間違ってるよ・・・あの男の人を止めないと・・・!」

平和を守るために魔法少女となって魔物たちと戦う道を選んだまゆこは、この殺し合いと
いう狂気のフィールドで、殺し合いを阻止するという決意を固めた。

そうして方針を決めたはいいが、今の自分には変身するためのマジカルステッキがない。
あれがなければ自分はただの子供と変わらない、まずはステッキを探す必要がある。
まゆこは、さっそく落ちているデイパックの中身を確認することにした。
ひょっとしたら、この中に自分のステッキがあるかもしれないからだ。

そして、最初に出てきたのは盾だった。
身を守るために役立つかもしれないが、まゆこの腕力では満足に扱えないだろう。
そう判断したまゆこはひとまず盾をしまう。

次に出てきたのは、2丁拳銃が彫られた写真入りのロケットだった。
手に持って祈ってみたり、ぶんぶん振り回してみたりしたが、何にも起こらないので
これは外れアイテムなのだろうと判断して、これもデイパックにしまう。

最後に出てきたのは綺麗な冠だった。
まゆこはとりあえず頭に冠ってみた。

(なんか、お姫様になった気分・・・。)

ふと、状況にそぐわないお気楽な思いを抱くまゆこ。
そんな自分がなんとなく恥ずかしくなって、誰もいないのだが誤魔化すように
照れ笑いを浮かべてしまう。

デイパックに入っていたアイテムはこれで全部のようだった。
自分のステッキが無かったことに若干の落胆を感じたが、元からそれほど期待は
してなかったのだ。

次に、参加者名簿を確認してみる。どうやら知り合いはいないようだ。
それについては少し心細かったが、同時に安心もした。
こんな場所に自分の知り合いなどいてほしくはない。

名簿を確認し終えたまゆこは、デイパックを背負って立ち上がる。

まずは信頼できる人を探そう。
そう思って、まゆこは歩き出した。


だが、その歩みはすぐに止められた。
なぜなら、彼女に向かって物凄い勢いで何かが飛んでくるのが見えたから。



オーガは気がつくと、見慣れた建物の前に立っていた。

「ここは・・・東支部じゃねぇか。」

そう、目の前にあるのはオーガの所属する組織、リョナラー連合の東支部だった。
先ほど殺し合いをしてもらうと言われ、次の瞬間には目の前に東支部。

(今までのは、白昼夢か何かか?)

オーガはそう思ったが、自分の傍にデイパックがあるのに気がついて舌打ちをする。

やはり、先ほどまでの出来事は現実だったのだ。
だが、それなら東支部が目の前にあるのは何故なのか?

オーガはその疑問を解消するために、まずデイパックから地図を取り出して確認することにした。
そして、地図に書かれている施設の名前の中に東支部の名前を見つけることができた。
しかし、その周りの地形は自分の記憶と食い違っている。

「ということは、この地図はデタラメってことか・・・?」

オーガは支給された地図を疑ったが、すぐに考え直す。
殺し合いでデタラメの地図などわざわざ配る必要はないはずだ。
そこで、オーガはもう一つの可能性を考えた。

この東支部は殺し合いのためにそっくりに建てられた偽者なのではないか?

そう考えれば、東支部の周りの地形が自分の記憶と食い違うことも説明がつく。

「ずいぶんとヒマなことをするんだな、あの男は。」

オーガは東支部もどきを建てる労力を考えて、その無駄な行為に呆れた。

もっとも、殺し合いなんて馬鹿げたことを考える人間だ。
頭のネジが何本か吹っ飛んでいてもおかしくはない。

次に、支給品を確認してみる。
自分には武器は必要ない(というより扱えない)が、何か役立つ道具があるかもしれない。

そして、出てきたのは円盤状の投具で外側が鋭い刃となっている武器だった。
いわゆるチャクラムのようだが、中心に穴が無いところを見ると違うものなのかもしれない。
試しに近くの木に投げてみると、円盤は鋭く回転しながら飛んでいき、直径2cmほどの枝を
あっさり切断し、ブーメランのようにオーガの手元に戻ってきた。
オーガは戻ってきた円盤をキャッチしつつ、考える。

(俺の腕じゃ動く標的には当たらないだろうが、けん制くらいには使えるか・・・。)

そう思い、円盤を懐に潜ませておく。

次に出てきたのは、赤い色のポーション3個だった。
ファイト一発や絶倫ドリンクの類だろうか?
どんな効果があるのか分からないので、これを使うのは保留にしておこう。
そう思い、デイパックにしまっておいた。

支給品について確認したオーガは改めて目の前の東支部もどきに目を向ける。

「さて、とりあえず中に入るか。東支部そっくりに作ってあるなら、武器庫や店も
あるかもしれないしな。」

何も無い可能性のほうが高いかもしれないが、何かあったら儲けものだ。

(ついでに自分の部屋に行って、非常用の人肉が無いか確かめるか・・・。)

そう考えた後、すぐに空腹を感じてオーガは溜息を吐く。

オーガはカニバリストである。
彼が食するのは人肉のみで、人肉以外を食することができない。
他のものを食べると胃が受け付けずに吐き出してしまうほどで、それはもはや体質といっても
過言ではないくらいのものとなっている。(なぜか飲み物の類は全然平気なのだが。)

したがって、支給された食料では彼の腹を満たすことはできない。
つまり、オーガはこの殺し合いが始まった時点で、他の参加者たちとは食料という点で
大きなハンデを背負っていることになるのだ。

(何とかして、人肉を手に入れないとな・・・。)

オーガは別に殺し合いに乗るつもりはないが、どうしても食料が手に入らないなら
適当な人間を殺してその死体を喰らうつもりだった。

餓死するくらいなら、殺して喰らう。
今までもそうしてきたし、これからも改めるつもりなどない。

今さら躊躇や感傷など微塵もなかった。
オーガは冷めた思いでいつも通りの結論を下し、東支部に足を踏み入れた。


・・・バキィッ・・・!


そして、入ってすぐに奥から何かが砕ける音が微かに響いてきた。
オーガは一瞬で思考を切り替え、警戒態勢を取る。

(音が響いたのは武器庫のほうか・・・誰かが戦闘でもしているのか・・・?)

だが、先ほどの音の後は何も聞こえてこない。
不気味なほどに静かだった。
警戒しつつも、武器庫へと歩みを進めるオーガ。

そして、武器庫の扉の前に立つ。
中からは人の気配がする。
気配からして、どうやら一人のようだ。

(さて、どうするか・・・。)

誰かいないか、声をかけてみるか?
殺し合いに乗っていない人間なら、協力体制を築くのも悪くはない。

(いや・・・。)

オーガは考え直す。
今の自分には食料・・・人肉が無い。
まだ東支部の中を探索はしていないが、おそらく見つかる可能性は低いだろう。

ならば、扉の先にいる人間を殺して、早いうちに食料を調達しておくべきではないか?

そう考えたが、扉の先の人間が腕の立つ相手だった場合は面倒なことになる。
殺し合いの開始早々、無駄な怪我は負いたくない。
だが、食料の調達は必要だ。

悩んだ末に、オーガはまずは扉を開けて、相手が弱そうなら襲いかかり、
相手が強そうなら仲間に誘うことにした。
ただし、仲間になったとしても同行はしない。
仲間が一緒にいては人肉を手に入れることが難しくなるので、適当な理由をつけて
別行動をさせてもらおう。

そこまで考えた後、ようやくオーガは扉を開けた。





プラムは気がつくと平原にいた。

なぜ自分がここにいるのかは分からなかったが、
先ほどの暗い部屋にいた男の言葉を思い出そうとする。

だが、プラムは男の長ったらしい説明など全然聞いてなかったので、
ほとんど何も思い出せなかった。

そして、かろうじて思い出せたことはあの男が今からゲームを始めると
言っていたことだった。

ということは、今はゲームの真っ最中なのだろう。

ゲームは楽しいことだとプラムは知っていた。
そして、男の言葉によると自分は今から他の人と「ゲーム」をするらしい。

それを理解したプラムは嬉しそうに笑った。
あの部屋には人がたくさんいた。その全員が自分と「ゲーム」をしてくれるのだ。
きっと楽しいに違いない。

早く「ゲーム」がしたいとプラムは思い、他の人を探すために移動をしようとしたところで
男の言葉をもう一つ思い出した。

たしか、あの男は自分に素敵なアイテムをプレゼントすると言っていたはずだ。

キョロキョロと自分の周りを見回すと、デイパックが落ちているのを見つける。
さっそくデイパックを開けて、口を逆さまにして中身をドサドサ落とす。

絵や文字の書かれた紙、不味そうなパンなどが出てきたが、プラムは当然のように無視した。

彼女の目を引いたのは、人間の皮を剥いだような等身大の人形と綺麗な装飾が施された杖だった。

プラムは一目で人形と杖を気に入った。
楽しそうに杖を右手に、人形の手を左手に持つと、そのまま宙に浮き、
凄まじい速度で平原を飛んでいく。

彼女の頭を占めるのは、「ゲーム」をしたいという思いのみ。
早く人に会って、その人と「ゲーム」をしてもらうのだ。

そんな無邪気な思いを抱きながら空を疾走する彼女の目の前に森が見えてきた。
よく見ると、その森の前に一人の少女がいる。

プラムは満面の笑みを浮かべる。

「見つケタ!」

そして、プラムはその少女に物凄い勢いで突っ込んでいった。



扉を開けて進入してきたのは、ガラの悪そうな男だった。
ルーファスは男を見て警戒するが、男が武器の類を持っていないことに気づき、
少し安心する。

(どこかのゴロツキかな・・・いや、人を見た目で判断しちゃ駄目だ。
とにかく話しかけてみよう。)

そう思って、ルーファスは男に声をかける。

「あの、貴方は・・・。」

だが、男はルーファスが言葉を発するのを無視して、一足飛びに間合いを詰めて来た。

「なっ!?」

驚いて後ろに下がろうとするが、男はそれを許さずにルーファスに拳を振るった。
慌てて剣を掲げて防御する。

だが、男はそれを見ると拳をわざと空振らせて身体を回転させ、
遠心力を加えた蹴りを剣の鍔に叩きつけてきた。
予想していたよりもはるかに重い衝撃を受けて、ルーファスの剣は弾き飛ばされてしまう。
剣はカランカランと音を立てて、手の届かないところまで床を滑っていってしまった。

「くっ・・・がふっ!?」

ルーファスは剣を拾いに行こうとしたが、男が放った蹴りに吹っ飛ばされる。
背中から倒れたおかげでデイパックがクッションとなったのは不幸中の幸いだったが、
腹を蹴られた痛みと苦しさで身体が上手く動かなかった。
男が近づいてくるのを見てルーファスは焦る。
このままでは起き上がる前にこの男にトドメを刺されてしまう。

(くそっ・・・ここまでなのか・・・!?アーシャさん、姉さん・・・!)

だが、不意に男の動きが止まる。その視線はルーファスから外れている。
怪訝に思ったルーファスは男の視線を辿ってみる。

男の視線の先にあるのは、先ほど蹴られたときにルーファスのデイパックから
飛び出したらしい皮製の袋に包まれた肉だった。

それをルーファスが確認するのと同時に男がルーファスに問いかけてきた。

「おい、ガキ。その肉は何だ?なぜお前がそれを持っている?」
「・・・これは僕の支給品だ。それがどうかしたのか?」

ルーファスは男を睨み付けながら答える。

ルーファスは普段は礼儀正しい少年だが、いきなり襲い掛かってきた男に対して
礼を尽くしてやるつもりはない。

「・・・支給品・・・なるほどな・・・。」

男は納得したように呟く。
そして、

「悪かったな、いきなり襲い掛かって。」
「・・・は?」

いきなり謝罪の言葉を向けた男に対して、ルーファスは思わず疑問の声を上げてしまった。
それに構わず、男は続ける。

「いや、実はな。ここは俺の所属している組織の支部で、関係者以外は立ち入ることを
禁止されてんだよ。」
「・・・それで、勝手に進入していた僕を攻撃したって言いたいのか?
そんなことが信じられるわけないだろ。」

ルーファスは男に対する敵意を収めない。
いきなり襲い掛かられたのだから無理もないだろう。

「あの男が殺し合いをしろって言ってたのを聞いてなかったのか?
それとも、あの場にいなかったとでも?」

ルーファスは男に疑問を投げかける。
あの男の話を聞いていれば、自分が例えそのような秘匿性の高い場所にいたとしても
いきなり襲い掛かってくることはないのではないか?
ルーファスはそう問いかけているのだ。

それに対して、男は平然と答える。

「あの男の言うことは聞いてたし、あの場にもいたさ。
だが、その後に気がついたら見覚えのある場所に立ってたんだ。
さっきの殺し合いやら何やらは夢だったと思っても仕方がないだろ?」
「・・・それは・・・。」

確かにそうかもしれない。
むしろ、あんな非常識な出来事は夢だと思うほうが正常だろう。

「・・・分かりましたよ。貴方は僕を殺すつもりで襲い掛かったわけじゃなく、
状況を理解していなかったせいで誤って襲ってしまった。そういうことですね?」
「ああ、そういうわけだ。悪かったな。」
「いえ、確かにこんな状況ですし・・・。」

ルーファスは男にそう言ったが、そのときにふと気づいた。

(・・・ちょっと待てよ。この人、デイパックを持ってるよな。
これを見ておきながら、それでも夢だと思ったのか?)

そう思った途端にルーファスは再びこの男が疑わしくなった。
やはり、この男は殺し合いに乗っているのではないか?

しかし、だとしたらこの男が何の目的で自分を騙しているのかが分からない。

先ほどの戦闘を見る限り、男は戦い慣れているようだった。
少なくとも自分では到底相手にならないことは確かだろう。
騙してまで不意打ちをかける意味などない。
自分の持っている情報が目的というのもあり得ない。
それなら最初から襲い掛かっては来ないはずだ。

つまり、この男には自分を騙す必要など無いはずなのだ。

(・・・僕の考えすぎかな・・・?)

ルーファスは男が殺し合いに乗っているという考えに自信が無くなってきた。
男の行動に不審な点があるのは確かだが、こんな状況だ。
この男も混乱しているだけなのかもしれない。

ルーファスが思考の渦に嵌っていると、件の男が声をかけてきた。

「ところで、一つ頼みがあるんだが・・・。」
「?・・・何ですか?」

ルーファスが聞き返すと、男は頼みの内容を口にする。

「その肉と俺の持っているパンを交換してくれないか?」
「・・・はあ・・・構いませんけど・・・。」

ふと、男がこの肉を知っているような口振りだったのを思い出す。

(ひょっとして、元々この人のものだったのかな?)

ともあれ、この肉に嫌なものを感じていたルーファスは特に惜しむ気持ちもなく
男のパンの半分と肉を交換することにした。





まゆこは必死で森の中を走っていた。
後ろを振り向くと、自分に襲い掛かってきたあの少女が木々の間を縦横無尽に
飛び回りながら風の刃を放ってくる。

まゆこは慌てて身を屈めるのと同時に、

ブゥンッ!!

鋭く空を裂く音が頭上から聞こえる。
そして、前方でスパンという小気味良い音がした。
視線をそちらに向けると、まゆこの胴ほどもある太い枝が真っ二つにされていた。

それを見て青ざめるまゆこ。
森の中に逃げ込んだのは、平原よりは障害物の多い森のほうが逃げ切れると
踏んだからだったが、あの少女の小回りの良さと風の刃の威力を見ると、
そんな思惑は全く意味が無かったように思える。
むしろ、木々を避けて走る必要がある分、自分に不利な要素を増やしてしまった気がしてきた。

再び後ろを振り向くと、笑顔を浮かべた少女が楽しそうに笑っている。

「すごーイ!ネエ、今ノギリギリで避けルの、もう一回ヤッテよ!」

少女の嬉しそうな様子に、まゆこはほとんど悲鳴のような声を上げる。

「何で!?何で君はあの男の人の言う通りにするの!?」

まゆこの必死の叫びに少女はキョトンとした表情を浮かべた。

「?・・・だッテ、あのオニイちゃんは「ゲーム」をスルって言ったンダよ?
「ゲーム」って楽しコトなンデショ?アナタは「ゲーム」嫌いナノ?」

心底不思議そうな顔をする少女を見て、まゆこはぞっとした。

この少女には悪意など欠片も無いのだ。
ただ楽しいからという理由で、まゆこを追いかけ、死ぬかもしれない攻撃を放ち、
まゆこの逃げる様を見て楽しそうに笑うのだ。

この少女はどこまでも無邪気だった。
それゆえに、まゆこはこの少女が先ほどよりも恐ろしく見えた。

だが、同時にこの少女は説得すれば攻撃を止めてくれるのではないかと思えた。

この少女は無知と無邪気さゆえに殺し合いに乗ってしまった。
だが、それはいけないことだと、楽しくないことだと理解させてあげれば、
こんな凶行に及ぶことも無くなるかもしれない。

そんな希望を抱いて、まゆこは少女に言葉を向ける。

「ねえ、聞いて!あの男の人は悪い人なの!あの人はたしかにゲームをするって
言ってたけど、こんなのはゲームじゃない!殺し合いをゲームなんて言って、
それで人を襲うのはすごく悪いことなんだよ!?絶対にやっちゃいけないことなんだよ!?」

まゆこは必死の思いで少女を説得する。

だが、少女はムっと不機嫌そうな表情を浮かべ、

「あンタの言ってるコト全然ワカンなイ!あたしは今スゴク楽しかったモン!
なのに、そんなコト言うヒトなんて嫌いダー!」

そう言って、カマイタチを放つ少女。
慌ててまゆこは避けようとするが、間に合わない。

風の刃がまゆこの右腕を切り裂いた。

「痛っ!」

激痛が走り、まゆこはたまらず切り裂かれた箇所を押さえる。
あまりの痛みに涙が滲むが、説得が失敗した今、立ち止まっていては
今のようにカマイタチで切り裂かれてしまう。
そう思い、まゆこは踵を返して走り出した。

だが、少女は不思議そうに首を傾げていて追いかけてこない。

「アレェ?なんデ、バラバラにならナイの?」

そんな声を背に、まゆこは死に物狂いで走る。

まゆこが冷静な状態なら、自分の胴ほどもある太い枝を切り裂くようなカマイタチを
腕に受けておきながら、自分の腕が切断されることも無く切り裂かれるだけに
留まっていることに疑問を抱いたかもしれない。

だが、今のまゆこには少女の言葉を気にしている余裕など無い。
今のまゆこは右腕の激痛と少女への恐怖で冷静な思考など望めない状態なのだから。


やがて少女が見えなくなるところまで来ると、目の前に西洋風の建物を見つけた。
後ろから声が聞こえてくる。あの少女も考えるのを止めて追いかけて来たらしい。

まゆこは迷わず目の前の建物に逃げ込んだ。



(・・・さて、これでしばらくは食料の心配は無くなったわけだが・・・。)

オーガは思う。まさか、自分の非常用の人肉が支給されているとは思っても見なかった。

(まあ、何にせよこのガキを殺す必要は無くなったわけだ・・・今のところはな。)

ふと少年を見ると、彼は先ほど交換したパンをデイパックにしまっているところだった。
この少年も、まさか自分にたまたま支給されていた肉のおかげで命を拾ったとは夢にも思うまい。

(運が良かったな、お互いに。)

オーガとて、できるなら人は殺したくない。
曲がりなりにも、オーガはこの殺し合いを主催したあの男に反逆するつもりなのだ。
もし人を殺すところを見られでもしたら、仲間を作るうえで支障が出てしまう。
それに、ゲームに乗っていないものはたとえ子供といえど貴重だ。
生かしておけば何かの役に立つかもしれないし、連れて歩けば非常食にもなる。
殺さないで済むならそれに越したことは無い。

少年がパンをデイパックに詰め終わったのを見て、声をかける。

「それで、お前はどうする気だ?見たところゲームには乗ってないようだが、
このゲームをぶち壊す手立てはあるのか?」

オーガの言葉に、少年は淀み無く答える。

「僕の姉や知り合いがこのゲームに参加しています。
三人ともすごく強いし、こんな殺し合いに乗るような人たちじゃありません。
僕はとりあえず彼女たちと合流しようと思っています。」
「なるほど、腕が立って殺し合いに乗るような輩でもない、か・・・。」

悪くない。オーガはそう思った。
この少年はなかなか良い人脈を持っていたようだ。
殺さなくて本当に良かったと思う。

だが、それだけでは足りない。オーガはさらに問いかける。

「それで、首輪のほうはどうする?いくら腕の立つ人間を集めたところで
コイツを何とかしない限り、俺たちに勝ちの目は出てこないぞ。」

そんなオーガの言葉に、少年は少し考える素振りを見せた後、やや自信なさげに答える。

「もしかしたらですけど・・・クリスさんならこの首輪を外せるかも・・・。」

少年の話によると、クリスという女性は様々な魔法に精通している魔導師で、この首輪が
魔法に関係したものなら外せるかもしれないというのだ。

(・・・予想外に役に立つじゃねーか、コイツ。)

オーガは腕の立つ人間と首輪を外せる知識を持っているかもしれない人間の両方の人脈を
一度に手に入れることができたわけだ。
もしかしたら、この少年の知り合いと合流することができればそれで全て解決してしまう
かもしれない。

(順調すぎて怖いくらいだな・・・。)

オーガがそんな感想を抱いていると、今度は少年が問いかけてきた。

「そういえば、貴方のほうには知り合いはいなかったんですか?」
「・・・そう言えば、まだ確かめてなかったな。」

オーガはこのゲームに知り合いがいるという可能性について考えてなかったので、
名簿については確認していなかった。
自分のデイパックから名簿を取り出しつつ、オーガは考える。

正直なところ、自分の知り合いはいないほうが嬉しい。
もちろん知り合いがこんな殺し合いのゲームにいてほしくないという思いもあるが、
オーガの最大の懸念はそれよりも別のことにあった。

その懸念とは、オーガの知り合いはほとんどがリョナラーだということである。
人を痛めつけて楽しむようなヤツらが、こんな殺し合いの場に放り込まれたらどう動くか?
当然、嬉々として出会った相手を嬲り殺すことだろう。

笑いながらいたいけな少女をリンチにかける知り合いたちの姿を思い出し、オーガはゲンナリする。
対主催として動こうとしているオーガにとって、そんな知り合いたちはどう考えても邪魔でしかない。

(いるなよ・・・絶対にいるなよ・・・。)

だが、オーガの祈りも虚しく名簿には彼の知り合いが三人も書かれていた。

リョナたろう、モヒカン、リゼ。

ガックリと肩を落とすオーガ。

(・・・いや待て。落ち着け、俺。このメンツなら、まだマシなほうだ。)

オーガは、この状況であの三人がどう動くか考える。

まず、リョナたろう。
確かにヤツはリョナラーだが、この状況で見境無しに女に襲い掛かるほど馬鹿ではない。
ヤツも自分同様、猫を被って本性を隠しつつ、仲間や情報を集めるはずだ。
コイツは合流しても問題ないだろう。

次に、モヒカン。
コイツにだけは間違っても出会うわけにはいかない。
本能の赴くままに行動して、悪評を買いまくるに決まってる。
合流したとしても、こっちに女がいたら問答無用で襲い掛かる可能性もある。
こんなのと知り合いだと知れたら、自分の信用は地に落ちる。

最後に、リゼ。
このガキも扱いが難しい。なんせ、コイツは忌み子なのだ。
忌み子が仲間を作れるわけがないし、情報を得ることも難しいだろう。
合流はできればしたくない。忌み子の知り合いなんて信用に傷をつけるだけだ。
適当なところに隠れていてくれれば、それが一番だと思う。

オーガがそこまで考えたところで、少年が再度問いかけてきた。

「あの、落ち込んでるみたいですけど・・・どっちなんですか?」

いたことに落ち込んでるのか、いなかったことに落ち込んでるのか。
そんな少年に対して、オーガは答える。

「ああ、いや・・・微妙な知り合いしかいなかっただけだ。」

といっても、自分にはそもそも微妙な知り合いしかいないのだが。

「そうですか。じゃあ、そろそろ詳しい情報を交換しませんか?
まだ名前も名乗り合って・・・。」
「待て。」

少年の言葉を遮り、オーガは扉のほうに鋭い視線を向ける。
少年はそんなオーガに怪訝な表情を向けるが、扉の向こうから誰かが走ってくる音を
耳にして、顔を強張らせる。

誰かいる。しかも、こちらに来ようとしている。

少年は慌てて冷気の剣を構えようとして、ふと思いつき、

「あの、剣は貴方が持つほうが・・・。」
「いらん。俺は素手のほうが戦いやすい。」

にべも無く、切って捨てるオーガ。
仕方なく剣を構える少年。

そして、扉を開けて入ってきたのは・・・。


「!・・・た・・・助けて・・・!」

右腕から血を流して荒い息を吐く涙目の少女だった。






【A-5:X2Y4/リョナラー連合東支部/1日目:朝】

【ルーファス@SILENT DESIREシリーズ】
[状態]:健康
[装備]:アイスソード@創作少女
[道具]:デイパック、支給品一式(食料9食分)
[基本]:主催者の打倒
[思考・状況]
1.目の前の少女(まゆこ)の話を聞く
2.オーガと一緒に行動(完全には信用していない)
3.アーシャ、エリーシア、クリスを探す

※オーガの名前を聞いていません。


【オーガ@リョナラークエスト】
[状態]:健康、若干空腹
[装備]:カッパの皿@ボーパルラビット
[道具]:デイパック、支給品一式(食料3食分)
赤い薬×3@デモノフォビア、人肉(2食分)@リョナラークエスト
[基本]:主催者の打倒
[思考・状況]
1.目の前の少女(まゆこ)の話を聞く
2.ルーファスと一緒に行動(状況によっては殺して喰らう)
3.ルーファスの知り合いを探す
4.モヒカン、リゼとは合流したくない(出会ったら諦めて一緒に行動)

※ルーファスの名前を聞いていません。
※クリスの大まかな情報を得ました。


【まゆこ@魔法少女☆まゆこちゃん】
[状態]:右腕に裂傷、全力疾走による疲労
[装備]:宝冠「フォクテイ」@創作少女
[道具]:デイパック、支給品一式
デコイシールド@創作少女、写真入りロケット@まじはーど
[基本]:殺し合いを止める
[思考・状況]
1.目の前の二人に助けを求める
2.信頼できそうな人を探す
3.プラムから逃げる

※プラムを危険人物だと認識しました。
※宝冠「フォクテイ」の効果でプラムのカマイタチのダメージは
 軽減されています。




【B-5:X2Y1/森/1日目:朝】

【トゥイーティ・プラム@ボーパルラビット】
[状態]:健康
[装備]:人体模型@La fine di abisso、マジックロッド@マジックロッド
[道具]:なし(デイパックは置いてきた)
[基本]:他の人と「ゲーム」をして遊ぶ
[思考・状況]
1.まゆこを追いかける
2.バラバラにならなかったまゆこに興味津々

※プラムの置いてきたデイパックと支給品はB-4:X4Y2の辺りに散乱しています。


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