八蜘蛛が転移されたのは、街と塔が見える位置の街道だった。
まずは現在地を確かめるために近くに転がっていたデイパックから地図を取り出す。
街は二つあるようだったが、塔の近くにあるのは昏い街という名前のほうらしい。
(まずは街に行くべきね。)
首輪を外すために必要な物があるかもしれないし、そうでなくても何か役に立つ物くらいはあるはずだ。
わざわざ街が殺し合いのフィールドに設置されているのだから、それくらいは期待できるはずだ。
そこまで考えて、次に八蜘蛛は支給品を確認してみる。
しかし、基本支給品以外に出てきたのは手の平に収まるくらいの小さな鈴とチョコレートだけだった。
これにはさすがに苦い顔をする八蜘蛛。
(ちっ、運がないわね。まあいいわ、だったら他の参加者から奪うだけのことよ。)
八蜘蛛は幼い外見に似合わない酷薄な笑みを浮かべる。
最後に参加者名簿を確かめて、自分と萩、ロシナンテと門番の名前があることを確認した。
もっとも、門番については八蜘蛛の知っている門番かは分からなかったが。
一通りデイパックの中身を調べ終えると、八蜘蛛はデイパックを肩にかけて歩き出す。
デイパックはできるなら背負いたいところだが、リュックに擬態させた背中のキャノンがあるせいで
背負うことができないのだ。
(デイパックを持っているのにリュックを背負ってるのは少し不自然・・・擬態がいつも通りに通じるとは
思わないほうがいいかもしれないわね・・・。)
いきなり擬態を見破られることはないだろうが、この状況ではちょっとしたことでも警戒されてしまうかもしれない。
もし他の参加者に出会ったときは、最初のうちは無害な少女を装って相手の警戒を解くことに専念するとしよう。
もちろん、最終的には人間全員を養分として美味しく頂くつもりだ。
(利用できる参加者に出会ったら、無力を装って守ってもらう。役に立たなくなったら、不意を突いて養分にする。)
八蜘蛛はこれを基本方針として動くことに決める。
(人数の多いうちはせいぜい他の者を利用させてもらうわ。できるだけ頭が悪くて利用しやすそうな参加者に
会えればいいのだけれど・・・。)
ともあれ、まずは街に向かうとしよう。
そう考えて歩く八蜘蛛だったが、不意に殺気を感じる。
殺気の出所に目を向けると、長い金髪をなびかせた女がこちらを睨み付けていた。
女は長刀を携え、鎧に身を包んでいる。
その物腰から、金髪の女がかなりの実力者であることを八蜘蛛は見て取った。
(いきなり殺気を向けてくるということは・・・この女、殺し合いに乗っているの?)
だとしたら、出会った相手としては最悪だ。
この女はかなりの腕の持ち主のようだし、距離を取った戦法を得意とする自分と獲物が長刀の女とでは相性も悪い。
自分が負けるとは思わないが、無傷で勝てるほど甘い相手ではないだろう。
(とにかく、まずは交渉を試みてみましょうかね。)
八蜘蛛は、消耗を避けるために戦闘はできるだけ避けるつもりだった。
それに、参加者を利用するつもりの八蜘蛛としては、自分から相手に襲い掛かったという事実を作ることも出来る限り避けたい。
何らかの形でそれが他の参加者に知られても困るし、実力を隠しておきたいという思いもある。
もしこの女が殺し合いに乗っているとしても、相手から襲い掛かってきてもらったほうが八蜘蛛にとっては都合が良いのだ。
「あの・・・私は武器なんて持ってないし、殺し合いをする気もありません。どうか武器を収めていただけないでしょうか?」
僅かに怯えた表情を浮かばせて、金髪の女に訴える。
自分の振る舞いに虫唾が走るのを感じつつも、八蜘蛛は思う。
(これでこの女が襲い掛かってくるなら、適当に撒いて悪評を振りまけばいいわ。・・・まあ、悪評って言うか事実だけど。)
そう考え、金髪の女の対応を待つ八蜘蛛。
そして、金髪の女は襲い掛かることも武器を収めることもせずに八蜘蛛に対して話しかけてきた。
「一つ、聞いていいかしら。」
「・・・何ですか?」
聞き返す八蜘蛛。
「貴女・・・ここに来る前の部屋で、人間を殺すとか言ってなかったかしら?」
「!?」
思わず表情を強張らせてしまい、その失態に内心で舌打ちをする。
すぐに取り繕うように言葉を被せる。
「・・・何のことですか?」
「とぼけても無駄よ。今の貴女の反応で確信したわ。」
先ほどよりも鋭い視線で八蜘蛛を射抜いてくる金髪の女。
(・・・どうやら、誤魔化せそうにないわね。)
苦々しい思いを抱きながらも、それを認める八蜘蛛。
まさか、萩との会話を聞かれていたとは思わなかった。
他の参加者たちに聞かれないように、彼らの注意が最も自分たちから逸れるタイミング・・・キング・リョーナと名乗った男が
殺し合いの説明をしている最中に、萩に作戦を伝えたというのに。
(この女、あの状況の中で私たちの不穏な様子に気づいたとでもいうの?・・・いや、理由なんてどうでもいいわ。)
そう、この女は殺さねばならない。
自分の本性を知ってしまったのだから。
(話を聞いていなければ、今すぐには死ななくても済んだのにね!運の悪いヤツ!)
金髪の女を殺すと決めた後の八蜘蛛の行動は素早かった。
不意を突く形で、擬態していた背中のキャノンから糸を吐き出す八蜘蛛。
だが、女はすでにそこにはいなかった。
「なっ・・・!?」
あの女、どこに!?
そう思った直後、わずかに、だが恐ろしいほどに研ぎ澄まされた殺気を右側から感じた。
その瞬間、八蜘蛛は殺気と反対側に身体を投げ出していた。
直後に、先ほど立っていた場所に無数の剣閃が走り、完全には避け切れなかった八蜘蛛の身体を浅く切り裂いていく。
いつの間にか、金髪の女は八蜘蛛の右側へ移動していた。
その剣筋をほとんど捉えられなかった八蜘蛛は女のあまりの技量の高さに青ざめる。
八蜘蛛はここに至って、ようやく自分の目算の甘さを悟った。
(じ・・・冗談じゃないわ!何なのよ、この女は!?)
腕が立つ?かなりの実力者?
ふざけるな。この女はそんな言葉で足りるような器ではない。
この女は、達人だ。
戦いの道を究めた、勇者や英雄と呼ばれる類の人間なのだ。
(完全に見誤った・・・!この八蜘蛛様ともあろうものが・・・!)
やばい、やばすぎる。
この女と戦っては駄目だ。
今すぐ逃げなければ、殺されてしまう。
金髪の女が想像をはるかに上回る強さの持ち主だったことに、完全にパニックになってしまった八蜘蛛。
もはや、八蜘蛛の中でこの女と戦うという選択肢は存在していなかった。
しかし、このとき八蜘蛛が冷静さを失わなければ、金髪の女・・・エリーシアと互角に戦うこともできたはずなのだ。
エリーシアの剣技に圧倒された八蜘蛛だが、八蜘蛛にしても魔王軍三将軍の一人。
自分が得意とする中距離、遠距離の間合いを保つようにして戦うことができれば、エリーシアに引けを取らない程度の
戦いはできるのだ。
だが、八蜘蛛は戦いのペースを完全にエリーシアに奪われてしまった。
見くびっていた相手に思いも寄らない先制パンチを喰らわされて、心理戦で敗北してしまったのだ。
相手に有利な間合いの中でこんな状態になってしまっては、もうどうにもならない。
背を向けて逃げようとした八蜘蛛を
エリーシアは容赦なく刃で貫いた。
倒れた八蜘蛛を見下ろすエリーシア。
(まだ息はあるみたいだけど・・・この様子ではすぐに死ぬでしょうね。)
そう考えたエリーシアだったが、すぐに頭を振って考え直す。
(いえ、この娘は魔物・・・なら、万が一ということもあるかもしれない。)
確実に殺しておくべきだと判断したエリーシアは、相手の心臓に刃を突き立てようと長刀を頭上に掲げ、
パァーーーーンッ!!
突如響いた発砲音とともに、わき腹から血を流して膝をついた。
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