「彼女、無事だといいな・・。」
森の中で一人、呟いている女性が居た。
機動性に優れた軽鎧に身を包んだ赤い髪の女性、アーシャ・リュコリスはある女性の身を案じていた。
あの時、私はあの男の凶行を止めさせようと第一歩を踏み出したばかりだった。
私の脇を払いのけるように走りぬけ、男の元へと向かった人がいたのだ。
私はその出来事に出鼻を挫かれるような形となり、一瞬行動が遅れた。
そして次の瞬間、私は彼の信じられない力を目の当たりにしていたのだ。
(悔しいけど、私一人じゃ立ち向かえそうにない・・。)
私は拳を強く握り唇をきつく締め、あの場であの男に立ち向かうことを諦めたのだ。
今にして思えば、あの人物は冷静さを欠いた私に身をもって警告をしてくれたのかもしれない。
すれ違いざまの微かな残り香や気配から、あの人物が女性であることは分かっている。
私は名前も顔も知らない彼女の身を案じていた。
(・・って、案じてばかりじゃダメだよね。よし、頑張ろう!)
彼女のためにも、私は何とかしてこの狂ったゲームを止めさせねばならない。
私はとりあえず切り株に腰掛け、今後の行動を考えるためにバッグの中身を確認してみることにした。
「十字架だ・・。」
首から提げられるような細い鎖の付いた十字架が出てきた。
(何か縁起が良さそうだから、持っておこうかな。)
私は何となく首に提げ、服の中に十字架をしまっておいた。
「そういえば、参加者名簿が入ってるとか言ってたっけ・・。」
そう思ってバッグから名簿を探そうとした矢先のことだった。
「このぉぉー!!離しなさいよー!!」
突然、北の方から叫び声がした。声質から言って若い女性のようだ。
(何だろう?兎に角、行ってみよう!)
私は素早く立ち上がり、声がした方向へ走り出した。
「なっ!?」
「蔓の分際で生意気よ!!離しなさい!!コラー!!」
森を抜けた私の目に飛び込んできた物は、
生きているかのようにうねる蔓の群れと、その群れに罵声を浴びせる少女の姿だった。
修道着に身を包んだ彼女は小太刀を振り回して抵抗しているが、ずりずりと草むらの奥へと引きずり込まれていた。
「今助ける!・・くっ!!」
私は彼女の元へと駆け寄ろうと草むらへと踏み入れたが、そこで別の蔓の群れに行く手を塞がれてしまった。
恐らくこの蔓は、この草むら一帯を支配している魔物の物なのだろう。
一刻も早く助けなくては彼女の生命に関わる。引きずり込まれている先には恐らく本体があるはずだからだ。
(・・こんな所で、足止めを食ってる暇なんてない!)
「邪魔をしないで!ファイアボール!」
私は火球を前方へと打ち出す。読み通り、蔓はあっという間に燃え尽きた。
「くっ、数が多すぎる!!」
燃え尽きた蔓を埋めるように次々と新しい蔓が行く手を塞ぐ。
このままでは下手に前進したら最期、辿り付く前に私も餌食になってしまうかもしれない。
「それなら!バードショット!」
私は前方に沢山の小さな火球をばら撒く。やはり、炎への耐性は低いらしい。
小さな火球でも蔓の群れを一度に燃やし尽くすには十分な威力だった。
(これなら行ける!・・・今助けるからね!)
私は彼女の後を追ってバードショットを撃ちながら前進した。
「・・・居た!」
「えぇい!!・・痛っ!!」
やっとの思いで彼女の元へと辿りついた時、彼女は手にしていた小太刀を蔓に叩き落とされている所だった。
「その子を離しなさい!ファイアボール!」
私は彼女に絡みついている蔓に向けて火球を打ち出す。
そして、縛めが解かれて地面に尻餅をつく彼女に駆け寄った。
「大丈夫?怪我はなかった?」
「いたたた・・・・えっ?うん、大丈夫。」
外から見た感じでは大きな怪我はないようだ。
彼女はふらりと立ち上がり、叩き落とされた小太刀の方へと歩きだした。
その時、別の蔓が彼女を狙って伸びているのが見えた。
「危ない!」
私は咄嗟に彼女に飛び掛って抱き込むと、そのまま蔓の攻撃を転がってかわす。
その先にあった彼女の小太刀を拾い、振り上げて向かってきた蔓を斬り落とした。
「ふぅー、危機一髪って感じだったね。・・・あっ、これ。大事な物なんでしょ?」
私は彼女を降ろして、小太刀を差し出した。
「あっ・・ありがとう。」
彼女は何故か一瞬躊躇った様子を見せたが、小太刀を受け取った。
「・・お姉ちゃん。」
「アーシャでいいよ。えっと・・」
「エルでいい。・・アーシャお姉ちゃんは、その・・。」
エルと名乗った彼女は、伏せ目がちに問いかけてようとしてきた。
私には何を聞こうとしているのか、すぐに分かった。
「・・私は、こんなの間違ってると思ってるよ。だから、安心して。エル。」
「・・・分かった。」
私の答えに安心したのか、彼女は笑顔で答えた。
こんないたいけな少女まで狂った”ゲーム”に巻き込むなんて、あの男はやはり危険だ。
何とかして止めさせなければと、私は改めて胸に誓っていた。
「誓いを立ててる途中、悪いんだけど・・。」
「んっ?」
「あたし達、囲まれちゃってるよ。」
「・・・そうだね。」
よく見ると燃え尽きた蔓や斬り裂かれた蔓が再生している。
私を警戒しているのか、はたまた仲間の蔓の再生を待っているのか。
蔓の群れは私達を囲んでじりじりと距離を詰めてきていた。
「うーん、一難去ってまた一難って奴だね・・。」
「お姉ちゃん・・。」
「大丈夫!エルは私が守ってみせるよ!」
不安そうな目で私を見る彼女に対して、私は胸を張って明るく答えてみせた。
その時、首元のアクセサリーの存在に気付き私はあることを思いつく。
「・・・はい、これあげるよ。」
「!?・・これは?」
「お守りだよ。」
彼女はサイズは合ってないが修道着に身を包んでいる。
十字架のアクセサリーは今の彼女にぴったりなアイテムのはずだ。
「・・いらない。あたし、神様信じてないもん。」
修道着姿の彼女は、私の意に反して背信的発言をする。
しかし、私にはその様子は照れているようにしか見えなかった。
「そんな格好してそんなこと言っちゃダメでしょ〜・・。兎に角、持ってて!」
「ちょ、ちょっと!」
私は有無を言わさず彼女の首に十字架を提げた。
彼女は観念したのか、恨めしそうな目で私をじーっと見つめるだけだった。
「・・来るよ!お姉ちゃん!」
突然、彼女が血相を変えて叫ぶ。
その次の瞬間、私は嫌な気配を足元から感じ彼女を抱き抱えて素早く飛びのいた。
少し遅れていつの間にか地中を移動していた蔓が、私の足元から飛び出してきた。
そして、その攻撃を皮切りに周囲を固めていた蔓が一斉に襲い掛かってきた。
「このぉ!ファイアボール!」
彼女を抱きかかえたまま、右腕で地面から突き出してきた蔓に火球を放つ。
火球は蔓に命中し、焼き尽くした。
「・・お姉ちゃん、魔法使えるの?」
「えっ?・・うん、使えるよ。」
「そう・・。」
彼女は魔法を見たことがないのか、驚いたような表情で私を見ていた。
しかし、ファイアボールは魔法の中でも基本的な魔法だ。
魔法の存在を知っているならば、何処かで見ていても不思議ではないはずだ。
(・・・とりあえず、今はこの場を何とかしよう。)
私は彼女の反応に若干の違和感を抱きつつもこの場を切り抜ける方法を考える。
(考える・・って言ってもこういう時はやっぱり、集中砲火しかないよね。)
敵に周囲を囲まれた場合、敵陣の最も薄い場所に火力を集中して突破するのは常套手段だ。
この蔓を操る魔物がこの草むらのどの辺りまで支配しているのか分からない以上、来た道を引き返えすのが確実そうだ。
(だけど、この状況じゃちょっと厳しいかも・・。)
私は此処に至るまでに魔力を少し使いすぎている。
彼女を抱いて走る分、集中砲火で脱出するにはかなりの魔力を消費するだろう。
下手をすると抜けきる前に魔力が底を尽きる可能性もある。
彼女が持っている小太刀が使えれば何とかできるかもしれないが、それでは彼女を抱き抱えて行けない。
彼女を守りながらでは、流石に小太刀があっても此処を突破する自信はない。
(かと言ってこのまま、攻撃を避け続けるにも限界があるし・・どうする!私!)
「・・・これ持って、あたしを置いて行ってもいいよ。」
「!?」
私の葛藤を見抜いたのか、彼女は自ら犠牲となる道を選び小太刀を手渡そうとしてきた。
私だけでも逃がそうというつもりなのだろう、その気持ちは本当に嬉しかった。
(・・だけど、それなら尚更、見捨ててなんか行けない!)
私はそんな優しい心を持った人を見捨ててまで生き延びたくはない。
彼女には本当に悪いが、これだけは譲れない。
「そんなことしないよ!エルは、私の命に代えても・・守ってみせる!」
「・・・。」
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