私は今、鬱蒼とした森の中をコンパスを頼りに進んでいた。
運良く武器になりそうな物を手に入れられたからと言って、身体能力はあくまで’ただの女子大生’だ。
見通しの悪い森の中では、何時何が何処から飛び出してきてもおかしくない。
状況が状況なだけに飛び出してきた物が死に直結する可能性は十分にある。
普通ならば、こんな森の中を進もうとは思わないだろう。
しかし、あくまで普通ならばだ。
「(ふふふ・・アタシの”セ○ン・センシズ”にかかれば、こんな森など平野も同然なのだぁ!)」
私には彼女が居る。
言葉の意味は分からないが兎に角凄い自信を露わにする彼女は、実際私よりも数段優れた危険察知能力を持っている。
流石に平野同然とまでは行かないだろうが、それでも彼女に悟られずに近付ける’危険’は少ないだろう。
彼女が居る限り、私が森の中で不意を突かれる可能性は低い。
無論、平野でも同様のことが言えるが彼女の察知能力だって無制限ではない。
望遠レンズ等を使った長距離からの狙撃のような物には流石の彼女でも反応できないだろう。
そうした、彼女の知覚外からの襲撃を抑制する意味でも私は森の中を行くことを選択していた。
「(あるぅ日♪森のぉ中♪クマさんにぃ♪出会ったぁ♪)」
「(・・・イリス、少し黙ってて。)」
「(何だよぉ〜、辛気臭い場所を黙々と進むエリねえが不憫だから、気を紛らわせてあげよーって思ったのにぃ〜・・。)」
彼女に姿があれば、きっと河豚か何かのように頬を膨らませて拗ねていることだろう。
私は何時の間にか呑気にそんな想像をしている自分に気付き失笑する。
私の失笑の意味を知ってか知らずか、彼女は釣られて嬉しそうに笑い出していた。
「(・・・待って。)」
突然、彼女が笑うのを止めて制止を促す。
「(詳細は?)」
私は彼女が察した気配は、少なくとも危険な物ではないと読んで切り返した。
もし危険な気配を察したならば制止よりも先に指示を出す、それが彼女だからだ。
「(ん。・・・一人。感覚的に・・・女の子かな、多分大人しい子だと思う。手練という気配では無いね。)」
「(そう・・。)」
「(こっちに向かってくるけど・・・ほぼ確実に、アタシ達には気付いてないよ。)」
「(ふーん・・・と、こんな物で良いかしら?)」
私はすぐ近くにあった手頃な高さの切り株に座り込み、休憩をしている最中のような素振りをしてみせた。
「(おおー!流石エリねえ!説明する手間が省けるよ♪)」
危険な気配でも気になる気配でもないのならば態々制止を促す彼女でもない。
まだそれほど長い付き合いではないが、私は彼女をそう言う人物だと判断していた。
「(・・・こんなことをやっている場合じゃないのよ?イリス。)」
私はあの二人と合流するため、アクアリウムに向かわなくてはいけない。
本当ならば此処で立ち止まっている時間は惜しい。
「(・・・分かってるさ。でも、気になる芽は早い内に・・ともいうじゃん?)」
「(・・そうね。それも一理あるわ。)」
こんな森の中に女性が一人。
今の時間帯も考えると、大きな可能性は2つ。
1つは彼、キング・リョーナに配置されたのがこの森の中だった可能性。
もう1つは何かしらの目的があってあえて森の中に入ってきた可能性だ。
彼女の言う通りの人物像ならば、後者は考えにくいだろう。
となれば前者で、彼が何らかの意図を持って配置した物と見ていいだろう。
そうならば、危険人物ではないように見えて実は危険人物であるという可能性もある。
それならば今のうちに処理をして置いた方が後のためだろう。
そうでないのであれば、脅威にはならない人物の存在が一人確認できる。
此処は多少の時間を犠牲にしてでも正体を確かめておく価値はありそうだ。
(さて、どうなるかしら・・。)
私は例の首飾りを意識しながら、もうじき私を見つけるであろう人物との接触を待った。
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