《破壊するもの》その1
「逃げろ・・・私はまだ、死ぬわけにはいかない・・・」
リースは逃げた。その悪魔から。
「生き残り、そして・・・」
しかし、彼の願いが叶えられる事は無い。
「う・・・や、やめ・・・」
最期に彼の目に映ったのは、冷酷な笑みを浮かべた少女の姿だった。
その少し前の事、リースは一人の青年と出会った。
最初はリースの姿を見て警戒していた彼だったが、
同行していた少女、なよりの説得により、しばらく行動を共にする事になった。
冥夜と名乗ったその青年は双子の兄を探しているらしく、
同じく双子の姉を探すなよりと気が合ったようだ。
三人は冥夜の提案で、西の方に位置する古い木造校舎に向かった。
だがその直後、彼らに悲劇が襲い掛かる。
「ぅおおおおおおぉぉぉぉぉーーーーー!!!」
そんな雄叫びを上げながら突っ込んでくる、モヒカン頭の馬鹿がいた。
リョナだの亀甲縛りだの三画木馬だの、意味の分からない単語を連発し、彼らを困惑させた。
が、そんな事は最早記憶の彼方に忘れ去られている。
彼らはその時、本物の恐怖の目撃者となったのだ。
「あぐぅ・・・」
冥夜の突然の奇声にリース達が振り返ると、彼の身体が背後から何者かに刺し貫かれていた。
青白い冷気を纏った刃。それは彼の心臓を正確に捉えていた。
力を失った腕が、だらしなく垂れ下がる。
直後、刃が引き抜かれる。吹き上がる大量の血。崩れ落ちる冥夜の身体。
その背後に立っていたものは・・・返り血を浴びながら不気味な笑みを浮かべる女だった。
彼らの脳裏に、数時間前の出来事が蘇る。
薄暗い部屋に集められた何十人もの人間、その目の前で首を吹き飛ばされた少女、
そして、血飛沫を浴びてゲラゲラ笑っていた男。
その女の目は、彼と同じだった。
「な・・・なに・・・が・・・」
全く動くことが出来ずに、ただ震えているなより。
銃声を聞いて、このゲームに乗った者がいる事は分かっていた。
いざとなったらリースから受け取った銃を使うと、覚悟も決めていた。
しかし、それはあくまで想像。例えるならば、動物園の虎と密林の虎。
実際に出会った”それ”は、空想とは天地の差があった。
目の前で起きた冥夜の死。そして容易に予測できる自分の死。
この恐怖を前にしては、知識も理解も役に立たない。
一方、リースの判断は速かった。
目の前の殺人者、なよりの状態、手元にある武器・・・
それらの状況を踏まえると、結論は一つしかない。
『逃げろ』
彼の目的は、最期まで生き残ること。そして願いを叶えること。
彼にとってはなよりも、その目的を果たすためだけに存在する。
使う価値の無くなった道具には、何の未練も無い。だから捨てる。
願わくは最後に、少しでも時間を稼いでもらいたい。
否寧ろ、彼女が時間を稼いでいる間に、廃墟まで逃げて隠れる。
それ以外に、彼の生き延びる術は存在しない。
そして最後に唯一人、最も勇敢な選択肢を選んだ者がいた。
「さっきはよくもやりやがったなあっ!!リョナらせろおおおぉぉっっ!!!」
彼とて、恐怖を感じないわけではない。しかし彼には守るべきものがある。
リョナラーとしての誇り。それは彼が彼たる由縁であり、それを捨てればただの馬鹿でしかない。
彼は立ち向かった。己の全てをかけて、目の前の女をリョナるために。
サクッ
一刀両断。残念ながらあまりにも実力が違いすぎた。
しかし、彼の行動は決して無駄ではなかった。
一人の少女に、勇気を与えたのだ。
なよりが震える手でハンドガンを持ち上げ、構えた。
片目を閉じて、女の頭に狙いを定めた。
そして、引き金を引いた。
ダンッ!
なよりの目の前に、冷気を纏った剣が落ちている。
そしてその向こうには、仰向けに倒れた殺人鬼。
手の震えによって狙いが外れたものの、銃弾は彼女の右肩を貫いた。
どんな実力者であっても、この状態で右手に力を入れるのは不可能である。
「はぁっ・・・はぁっ・・・や、やった・・・」
なよりの顔に安堵の表情が浮かぶ。
しかし、喜んだのは束の間だった。その女が右肩を押さえて立ち上がる。
その目に宿っていたのは、憎悪。
「ひっ・・・」
次の瞬間、なよりの肩の銃弾と同じ箇所から、血が吹き上がる。
「い・・・ぅあああぁぁぁぁぁっっっ!!!」
崩れ落ちるなよりの手からハンドガンを奪い取り、殺人鬼はリースを追っていった。
彼女の左手には、未だ輝きを失わない氷の魔剣が握られていた。
|