桜は相変わらず伊予那を探して、ハンマー片手に森の中を歩いていた。
そして、東へと歩みを進めている途中で木造の校舎を発見した。
桜は一瞬だけ、その校舎に伊予那がいるのでは、と期待したが、
こんないかにも幽霊が出そうな古びた校舎に、あの怖がりな伊予那がいるわけがないと思い直す。
(時間が惜しいし、ここは無視して次に行くか。)
校舎の探索は時間の無駄と判断し、桜は先を急ぐことにした。
ちなみに、このとき校舎の中には涼子と伊織の二人がいたので、桜が校舎の中に呼びかけていれば、
二人は桜の存在に気が付いたはずだ。
もし桜がいたことに涼子が気づいていたなら、彼女は伊織を桜に押し付けただろう。
そして、その場合は伊織は死なずに済んだのかもしれなかった。
だが、もちろん桜にはそんなことは分からない。
桜が考えるのは、伊予那のことのみ。
早く伊予那を探し出してやるために、桜は校舎を後にしてさらに森を西へと進み続ける。
数十分ほど東へと森を歩き続けた桜は、近くでかすかに人の声が聞こえたような気がした。
(もしかして、伊予那…!?)
急いで声の聞こえたほうへと向かう桜。
そして、数分ほど走り続けた桜はようやく木々の向こうに人影を見つけた。
(伊予那…!)
期待が膨らみ、人影の姿を確認しようと近づく。
だが期待は裏切られ、そこにいたのはグレーの服を着た少年と鎧を着たでかいトカゲだった。
少年は辺りを見回していて、トカゲはのん気にも寝ているようだ。
伊予那では無い事に桜はがっかりする。
(…いや、でもこいつらが伊予那の居場所を知っているかも…。)
そう思いつつも、その望みは薄いだろうと桜は考える。
それに少年のほうはともかく、トカゲのほうはどう見ても化け物だ。
桜も廃病院の事件でスライムやら自分に憑依してきた幽霊やらを知っているため、
トカゲの姿に驚きはするが、人外の存在自体は受け入れることができる。
だが、だからこそ彼らが友好的な態度で接してくるとは限らないことを知っている。
むしろ、害意を持ってこちらに襲い掛かってくる可能性のほうが高いだろうと桜は考えていた。
(…でも、こいつらコンビ組んでるみたいだし…いきなり襲ってきたりはしないかな?)
桜は少年がトカゲと一緒にいることから、このトカゲは少なくともいきなり襲い掛かって
くるような存在ではないのだろうと推測する。
何より、やっと自分以外の参加者に出会うことができたのだ。
伊予那の居場所でなくても、何か伊予那を探す上で役に立つものをこの二人がもたらしてくれる
かもしれない。
そう考え、桜はこの二人に話しかけることにした。
しかし、ここで二人の様子がおかしいことに桜は気がついた。
辺りを見回している少年は何かを警戒しているようで、その視線は鋭かった。
その頬には冷や汗が流れており、彼が緊張しているのがここからでもよく分かった。
トカゲのほうはよく見るとウロコが焼け焦げていて、どうやら寝ていたのではなく
怪我をして気絶していたらしいことが見て取れた。
(そうか…こいつら、誰かに襲われたんだ…。)
桜はそう思い、しかしすぐに疑問を抱く。
襲われた後というなら、少年が怪我をしたトカゲを治療もせずに辺りを警戒している理由が
分からない。
だが、その疑問はすぐに頭の隅に追いやられた。
なぜなら、トカゲの額に見覚えのある札が貼り付いているのを見つけたからだ。
「…伊予那のお札?」
思わず声に出してしまった桜。
「そこかっ!」
ドゴオォォン!
それを後悔するヒマさえ与えられず、桜は自分に向かって放たれた光弾に吹っ飛ばされた。
リョナたろうは硬直した状況に苛立っていた。
さっさと襲撃者を倒してここから離れなければ、先ほどの爆発と自分の声を
聞いた参加者がここへ集まってくるかもしれないというのに、襲撃者はトカゲに
攻撃を加えた後は沈黙を保っている。
(来るなら早く来い…!そっちだって、人が集まってきたら面白くないはずだろうが…!)
襲撃者の不気味な沈黙。
その意図が理解できず、リョナたろうの神経をさらにすり減らす。
(くそっ…もう、かなり時間が…!)
このままでは、騒動を聞きつけた参加者が駆けつけてしまう。
集まってきた参加者が友好的なら問題はない。
だが、もしそいつが殺し合いに乗っており、自分に襲い掛かってきた場合。
そんな状況になったら、かなりヤバイ。
そいつに対処しようとするスキを突かれて、
トカゲを攻撃した襲撃者に先ほどの爆破の力を使われてしまったら…。
(怪我じゃすまねーかもな…。)
相手の爆破の力を受けたトカゲは一発で戦闘不能になってしまった。
ただの人間である自分がそれを喰らったなら、下手をすれば死ぬかもしれない。
(…ちっ…開始早々、面倒なことに…!
…それにしても、いい加減に姿を見せやがれ…!)
そのとき、リョナたろうの耳がかすかな声を捉える。
「そこかっ!」
リョナたろうは声の聞こえた方向に向かって、魔弾を放った。
ドゴオォォン!
どうやら魔弾は相手に命中したらしく、身体を宙に浮かせて吹っ飛ぶ少女の姿が確認できた。
だが、少女が地面にぶつかる直前に受身を取ったのを見て、リョナたろうは舌打ちをする。
(浅い…!)
おそらく、少女は魔弾が直撃する寸前に持っている武器を盾にしてダメージを抑えたのだろう。
体勢を立て直した少女の目は怒りに満ちていた。
吹っ飛ばされた桜は身を捻って受身を取り、地面に叩きつけられる際の衝撃を最小限に抑えていた。
そして、そのまま吹っ飛ばされた勢いを利用して身体を転がしながら体勢を整える。
(あの野郎、いきなり攻撃してきやがって…!
…っていうか何だよ、さっきのドラゴン○−ルみたいな技は!?)
桜は少年の放った光弾に度肝を抜かれていた。
(…そういえば、あの男も変な力を使ってたっけ。)
ふと、キング・リョーナも何らかの力で向かってきた参加者たちを床に叩きつけていたことを思い出す。
(伊予那も霊感とか持ってるし、こんな力を使うやつがここにはたくさんいるのかも…。)
ともあれ、考えるのは後回しだ。
今はいきなり攻撃してきたこの少年を倒さなければいけない。
こいつは殺し合いに乗っている。
そんな輩を放っておくわけにはいかない。
桜の中では、すでにこの少年が先ほど辺りを警戒していたことについての疑問は
きれいさっぱり吹き飛んでいた。
(コイツは危険だ。伊予那のためにも、ここで倒さないと!)
桜は伊予那を守るという使命感を身体全体に漲らせて、ハンマーを手に少年へと向かっていった。
(…よく見るとこいつのハンマー、モヒカンのじゃねーか。)
リョナたろうは少女の持っている武器が、自分の仲間であるモヒカンのものだとようやく気づく。
あのハンマーはモヒカンに合わせてあるので、かなりの重量である。
腕力には自身のあるリョナたろうでも、まともに扱えないくらいなのだから相当なもののはずだ。
だが、少女はそのハンマーを危なげなく構えている。
「………。」
何となく男としてのプライドを傷つけられたような気がして、リョナたろうは少し悲しくなる。
(…いや、今はそんなことはどうでもいい。)
目の前のこの少女は爆破の力を使って、自分たちをいきなり攻撃してきた。
つまり、この少女は殺し合いに乗っているのだ。
ならば、殺さねばならない。
殺し合いに乗っている輩など主催者打倒には邪魔なだけだし、自分が痛めつけるべき女も
この少女が殺してしまうかもしれないのだから。
そこまで考えて、リョナたろうは少女を一瞥してニヤリと笑う。
(それに、こいつもなかなかの上玉だしな。)
リョナたろうは襲撃者が予想外の美少女であることに喜んでいた。
自分が勝てばこの少女を思うがままに嬲れるのだ。
殺し合いに乗った者なのだから、大義名分も立つ。
もちろん油断はできないが、勝った後のことを考えると心が躍るのは抑えられない。
(おk、俄然やる気が出てきたぜ!)
リョナたろうは歪んだ欲望を身体全体に漲らせて、少女に向かっていった。
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