暗い。
暗くて寒い。
どうしてこんなことになっているのかは分かっているつもりだ。
…むしろ、こうなることをずっと望んでいた。
『真相』を暴く為にはどうしても必要なことだった。
わざわざ彼らの為のチャンスを作った。
人気の少ない通りでさぞかし仕事がし易かっただろう。
全て『ボク』の望んでいた通りに事は運んだはずだった。
…だけど、何かがおかしい。
直感が告げている。
何かが…狂っている。
だとしたら、いつまでもここでこうして寝転がっているわけにはいかない。
幸いにも手足はていない。
今すぐにでも行動を起こさなくては…。
…それにしても寒い。
それもそのはずだ。
どういうわけか服を着ていないのだから。
まずはそれを何とかしないと…。
そして、彼女
―― 登和多
初香が行動を起こそうとしたところ、彼女はこの薄暗い場所に
自分以外の気配が存在していることに気づく。
それも、かなりの人数だ。
彼らは状況を理解できていないようで戸惑った様子でざわついている。
(ボク以外にもさらわれてきた人が…?)
初香はそんな疑問を抱き、他の人物を観察してみる。
とはいっても、この薄暗い中で大したことは分からないのだが、それでも他の人物が自分とは
違って、服を着ていることくらいは分かる。
そして、それを確認した次の瞬間、初香の近くで光が挿した。
初香がそちらに視線を向けると、やたらと派手な格好をした男が立っていて、
「やあ、皆さん初めまして!僕はキング・リョーナ!君たちをここに招待した者だ!」
そんなことを言ってきた。
そして、その後の殺し合い云々や一人の少女を爆死させたことなどに初香が状況を理解できずに
混乱しているうちに、
「説明は以上!それじゃ、殺し合いのゲームを開始するよ!
皆をフィールドにワープさせてあげるね!」
男が言いたいことを言い終わったようで、初香はその場から不可思議な力で強制的に退場させられた。
そして、次の瞬間には初香は建物の中の一室にいた。
近くの机には試験管やフラスコ、さらに研究の結果について書かれたレポートが
並べられていることから、初香はこの建物が何らかの研究を行っている研究所だと分かった。
いきなりの出来事に混乱していた初香は、しかし数分ですぐに冷静さを取り戻した。
もともと10歳という幼さに似合わず、初香は不足の事態に対処する能力が高い。
落ち着くための時間がわずかにでもあれば、混乱した状態から立ち直るのは容易なのだ。
クールダウンした頭で、初香は自分の身に起こったことについて考えた。
そして導き出した結論は、彼らとは別口の組織に拉致されたのだというものだった。
その結論に至った理由は至極単純。
もし彼らが犯人なら、わざわざ自分を拉致した後にこんな殺し合いに参加させる意味など無いからだ。
(せっかくボクがチャンスを作ってやったのに、分けの分からないヤツに先を越されるなんて…。)
なんて不甲斐無い。
意図したものとは全く異なる状況に放り込まれてしまった少女は苦々しい表情を浮かべて
心中で毒づいた。
(…まあ、こうなった以上は仕方ないや。気を取り直して今することを考えないと…。)
過ぎたことに拘泥しているヒマはない。
今考えるべきことは、この状況から脱出するためにどう動くかについてだ。
必要なのは仲間と情報、そして武器。
まず、仲間について。
自分は頭はいい。
子供にしては、なんてものではなく、それこそ天才的にだ。
医師免許他12の国家資格を取得しているし、はっきりいって自分より頭の良いものなど
いないと思っている。
だが、肉体的には自分は10歳の子供でしかない。
そんな自分にできることは限られているし、この状況から脱出するにはどうしても大人…少なくとも、
自分より成熟した人間の手を借りる必要があるだろう。
(運良く殺し合いに乗ってない人に出会えればいいんだけど…。)
ともあれ、これから出会う者の人間性について考えていても仕方が無い。
考えたところで善良な人間に出会えるわけでもないし、時間の無駄である。
次に、情報について。
自分…いや、自分たちを拉致した男、そしてその後ろに存在するであろう組織の情報が必要だ。
これだけの人数を拉致できたことから、犯人があの男一人ということはありえない。
あの男の後ろにかなりの規模の組織が存在することは間違いないだろう。
それだけでも厄介なのに、さらに初香にも全く理解できない不確定要素がある。
あの男に向かっていった参加者たちが一瞬のうちに床に叩きつけられた現象。
そして、初香を一瞬で先ほどの場所からここまで転移させた現象。
あんなことを可能にする技術など初香は知らない。
だが、実際に初香はそれらを目の当たりにし、後者に至ってはこの身で体験すらしたのだ。
そういった技術が存在することを認めないわけにはいかない。
敵は未知の技術を扱う強大な組織。
そんな者たちに対抗できるのか?
そして、そんな技術を持つ彼らが作った首輪…これを外すか無効化しなければ
最後の一人になる以外に初香が生き残る術はないのだ。
初香は不安に思うが、だからといって生き残ることを諦めるわけにはいかない。
(そうだ、ボクはまだ…。)
まだ、何も分かっていないのだ。
敬愛していた父の死…その真相を探し続けて5年、やっと手がかりを掴んだと思った。
なのに、何を間違ったのかこんなところに連れてこられて殺し合いをさせられている。
(こんなところで死んでたまるか…!)
初香は何があっても生き残ることを強く決意する。
そのためにも、ヤツらの持つ技術、そして首輪についての情報を集める必要がある。
ひょっとしたら、他の参加者の中にヤツらの持つ技術や正体について知っている人間がいるかもしれない。
確率は低いが、それを確かめるためにも仲間を得る必要があるだろう。
最後に、武器について。
この殺し合いの場において、肉体的にはただの子供である自分が生き残れる確率は低い。
そんな自分の生存率を上げるためには、強力な武器が必要だ。
初香は自分の傍に転がっているデイパックに視線を向ける。
このデイパックに、自分でも扱えるような殺傷力の高い武器…たとえば銃のような武器が
入っていなかった場合。
その場合、自分の生存率は激減する。
それを意識して、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
軽く深呼吸をして、初香はそれを落ち着けた。
(大丈夫…もし武器が入っていなかったとしても、ボクなら大抵のことは切り抜けられる。)
周りに人の気配が無いことを確かめた初香は、意を決してデイパックの中身を確認することにした。
|