鈴音から逃げてきたエリーシアの目に映ったのは巨大な塔だった。
悠々とそびえ立つその塔の雄大さにエリーシアは感心していたが、わき腹に鋭い痛みが走って顔を歪める。
銃で撃たれたわき腹からはいまだに血があふれ出していた。
今のところはそれほど行動に支障があるわけではないが、すぐに治療しないと出血のせいで体力が奪われてしまうだろう。
エリーシアは周りに他の参加者の気配が無いことを確認すると、治癒魔法でわき腹の傷を癒し始める。
しかし、すぐに違和感に気づく。
(傷の治りが遅い…?)
エリーシアは治癒魔法がそれほど得意なわけでは無いが、それにしても遅すぎる。
加えて、魔力の消耗が激しいことにもエリーシアは気が付く。
(あの男に何かされたようね…。魔法か呪い…それとも何らかの道具か…。)
そこで、エリーシアはハッと思い当たる。
「まさか、首輪…!?」
可能性としては充分に考えられるはずだ。
この首輪には爆破の力だけではなく、首輪を付けた者の魔法を弱める力も込められているのかもしれない。
「だとすれば、ますます厄介な代物ね…。」
首輪を指で撫でながら、エリーシアは考える。
どうすればこの首輪を外せるのかを。
だが、エリーシアは元々こういったことに対しての知識は乏しいのだ。
案の定、大した考えは出てこなかった。
「…首輪についてはクリスに任せるしかないわね。」
結局、人任せな結論しか得られなかったエリーシアは溜息を吐く。
それからしばらくの時が経ち、治癒魔法を長時間かけ続けたおかげで出血は一応止まった。
まだ痛みはあるが、この程度のことで泣き言を言っていられる状況でもない。
エリーシアは早く弟のルーファスを見つけ出さなければいけないのだ。
こんなところでいつまでも休んでいるわけにはいかない。
歩きだそうとしたエリーシアだが、ふと前方の森に人影があるのに気が付く。
暗がりでよくは見えないが、少なくともルーファスでも仲間の二人でもない。
シルエットからして、おそらく少女だろうということが分かる程度だ。
人影がこちらに向かって歩いてくるのを見て取ると、エリーシアは立ち上がり、日本刀を鞘から抜いて警戒態勢を取る。
こちらから仕掛けるつもりはないが、相手が危険人物でないとは限らない。
このくらいの警戒なら状況が状況なので、相手も理解してくれるであろう。
今度こそ実りのある出会いであってほしいと願いながら、エリーシアは相手を出迎えることにした。
奈々との出会いの後、りよなは手に持った木の枝に身を預けながら森の中を歩いていた。
その足取りはお世辞にも速いとは言えないものだった。
元々の運動能力が低い上に盲目の彼女は、この殺し合いの場では圧倒的に不利な立場である。
それはもちろんりよな自身も自覚している。
しかし、りよなは最愛の妹であるなよりを探すために、盲目でありながらも足場の悪い森をよろよろと進む。
すでにこの殺し合いが始まってから数時間が経過している。
なよりは無事だろうか。
怖い目にあっていないだろうか。
怪我などしていないだろうか。
それとも、まさか…すでに殺されていたりしないだろうか?
時が経つにつれてりよなの不安が増していく。
遅々として進まない自分の足に苛立ちが募り、歩みが雑になる。
それが余計に体力を消耗させ、りよなをさらに苛立たせるという悪循環に陥っていた。
(なより…なより、どこ…!?)
もしかしたら、近くで妹の声が聞こえるかもしれない。
どんな微かな音も聞き逃さないように耳に意識を集中させながら、りよなは歩みを進める。
りよなは気がつかなかった。
自分のすぐそばにエリーシアが立っていることに。
りよなは視覚が失われている分、他の五感は普通の人間よりもむしろ優れており、隠れている人間がいても
気配で分かることもあるのだ。
だが、それもあくまで常人に対してのものである。
エリーシアのような達人に対しては、その程度の察知能力は全く役に立たないのだ。
ここでりよなにとって幸運だったのは、エリーシアが殺し合いに乗っていない人物だったことだろう。
もし相手が殺人鬼だったのなら、目の見えない少女など簡単に殺されていたはずであり、その点については
間違いなくりよなは運が良かったのだ。
さてしかし、幸運があるのなら同時にこの場でのりよなにとっての不運とは何であろうか?
「待ちなさい、アンタ!!その子に何するつもり!!?」
答えは『コレ』である。
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