〔Ep1 人狼少女の独白〕
しゅっ……しゅっ………
「これくらいあれば十分かな」
南西の森、毒の沼の森の一本の木から
何かを削る音が淀みなく聞こえ、
その側では幼さを含んだ少女の声が
静かに森に囀りわたる。
がさっ!
「! ふっ!」
ぐさっ!
「きいぃっ!?」
地面を駆ける野鼠の額に尖った石が突き刺さり、
程なくして野鼠は痙攣を起こした後沈黙した。
「うん。十分だね」
声の主は辺りを見回して安全を確認すると
野鼠の転がった場所へと
音もなく降り立った。
降り立った声の主は盗賊のような衣装を纏い
頭にはふさふさとした獣の耳を生やした人狼の少女だった。
「流石にパンだけじゃ心許ないし、愛用の武器もないんじゃ
迂闊に動けないしね」
人狼の少女、エマは誰に聞こえるでもなく
地面に転がった野鼠の死骸を拾い上げて
また元いた木へと上り始めた。
上り終えると、木の枝の上には
木から削り取った即席の矢が10本ほど重ねられている。
「弓を作ってる時間はないか……
いつ敵が来るかも分からないし」
必要最低限の武器と食料の確保は
今までの旅の中で不可欠、
パンなんかじゃお腹は膨れないし
気力も出ない。
ましてや、あんな男が開催するゲームだから
生半可なことは出来ない。
数時間前――――突如見ず知らずの場所に連れ込まれて
人一人を簡単に殺してしまったあの男を見たエマは
ロアニー連中の動向も含めて、初めて迂闊な行動が
簡単に死に繋がることを実感した。
一人旅はナビィ達に会う前に1年は続けていて、こんな風に狩りは
何の問題もなくなっている。
持ち前の射撃や投擲の腕はこの小動物の山が証明してくれていて
ナビィやオルナ達と共に、ロアニーという凶悪な相手にも
決して屈しない戦いが出来ている。
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でも、それは自分の手に負える相手の話、
動物的な本能が全身の神経に訴えるのは
あの男が危険な存在だということ。
「シルフィールとも連絡が取れなくなってるし……
何か体が重いような……」
普段はあたしの側で助言をしてくれる
風の統括精霊『シルフィール』からは音信が来ない。
それにいつもの様に体が動かせず、
何処か違和感を感じる。
ここは精霊の力を遮断して、力の制限もしてしまうような場所なのか……
……恐らくはその推測で正しい筈。
あれだけ人影があった場所からあたしだけを
こんな場所に移動させたのだから
あの男はこんな場所を用意するのも造作の無い事なんだろう。
「じゃあ……他の人達はどうしてるだろ?」
連れ込まれたところにはあたしの仲間以外にも
数十人いたみたいで、あの男が
殺し合いをさせるために連れて来たらしい。
「一人が殺された後で数人があいつに飛び掛ったから、
多分その人達も連れてこられた被害者なのかな……?」
そう思えば気が少し楽になる。
殺し合いという名のゲーム、ゴートやリネルの動向、
こんな話ばかりを聞いていたものだから生存者や協力者なんて
夢のまた夢の話になりそうだったからだ。
「よし、決定! ナビィ達を探しながら
協力者を探そう!」
いつもはあまり使わない頭をフルに使用して、
これからの行動の方向性を決定した。
恐らくこれが一番自分に合ってそうな気がするからだ。
がさがさ……
「ん?」
木からではなく、地面に生える雑草の音が
微かに聞こえてきた。
「獣かそれとも……とりあえずは近づいてみよっと」
エマは小動物の躯と10本の矢をデイパックに放り込み、
私は木々をムササビの様に飛び移る。
因みに支給品の中身は怪しげな薬箱と
矢を作るときに使った氷の魔力を秘めたナイフ、
知ってる物にはフレイムローブがあり、後は食料だった。
〔Ep2 失ったイノチと嘆くイノチ〕
時間はほんの少しだけ遡り、近辺の森の中――――
「うっ……うぅっ………ひっく………お姉ちゃん……」
忌み児の子、リゼは、あの惨劇の場所から少し離れた森の中で
人知れずすすり泣いていた。
「人間なんて……全て死ねば、いい……
そうすれば、お姉ちゃんだって……死なずにっ……!」
自分を助けるため、身を挺して助けてくれた
萩の狐……お姉ちゃんのことを思うと、
心の奥底に黒いものが広がっていくような感じがする。
「そうだ……どうせ人間なんて……成り行きで一緒にいたけど、
やっぱり相容れないんだ……あいつだって……いつかは私を……」
"はっ、忌み子なんて誰も助けねーよ。"
――――ウルサイ……
"何でお前のような化け物を助けなきゃいけないんだよ?"
――――オ前等コソ人トイウ姿ヲシタ悪魔ノクセニ……
"お前みたいな化け物は、見つかったらすぐに殺されるからな。"
――――人ハ違ウノ……?
"どうせ、忌み子なんて生きててもロクな人生じゃないだろ"
――――……………
だんっ!!
「お前等なんかに……分かる訳ないっ!!」
沸きあがる激情に心を任せ、力いっぱいに木を殴りつける。
リゼの殴った箇所は大きくめり込み、
木の内側を外気に曝け出していた。
「力が……戻ってきてる……?」
激しい怒りに駆られたからだろうか、
それとも、殺意に反応して体が力を急速に戻したのか……
「……どっちでもいいや」
力が戻ってきた、この事実だけで十分だ。
お姉ちゃんを殺したあの青髪の女も、
私の殺そうとする奴等も……あの男も……
みんなこの手で殺してしまえばいい。
リゼは今までにしたことがない程の冷たい瞳で
当てもなく森を駆け出した。
自分以外は全て敵、
害を成す存在だったら躊躇なく葬れる覚悟も出来た。
もう……失うものも何もない。
ボロボロにされた服が走ることの足枷になるが
気にも留めず、リゼは走り続けた。
しかし、リゼの姿を一つの視線がじっと
追いかけていた……
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