「伊予那、隠れて!」
「えっ?」
私の突然の指示に、硬直する伊予那。
「(急いでっ!)」
イリスの口調から、説明している時間は無いと分かる。
「危ないっ!」
「はわぁっ!?」
私は伊予那を抱きかかえて、側の茂みに飛び込んだ。
彼女の元いた場所には、氷の剣が振り下ろされていた。
森の中を歩いていた私達は、ついに森の出口を見つけることが出来た。
無邪気にはしゃぐ伊予那だったが、その一方でイリスは不穏な気配を感じ取った。
まだ少女のようだが、極めて危険な空気を纏い、こちらに向かってきたらしい。
そこでイリスも多くを説明せず、短い言葉で私に隠れるよう指示を出した。
だが、このような場面に慣れていないであろう伊予那は、その意味を理解できなかったようだ。
「(また来るよ!)」
「くっ・・・伊予那、逃げ・・・」
逃げようと言いかけて伊予那を見ると、彼女は銃口を少女に向けていた。
手が震えているのも問題だが、それ以上に大きな問題があった。
(あ、安全装置!)
構えられた銃を見て気付いた。安全装置が解除されていない。
しかもさらに悪い事には、相手もそのことに気付いたらしく、うっすらと笑みを浮かべている。
彼女の銃は暴発の防止を優先するため、安全装置の解除に少し手間がかかり、素早い射撃には向かない。
安全装置について教えるにしても、奪い取って撃つにしても、その前に斬られるだろう。
「(エリナ!)」
「(分かってる。)」
私は、一時その場を離れた。
少女は少し私に視線を向けたが、すぐに伊予那の方に向きなおして、少しずつ伊予那に近付いていった。
「そ、それ以上近付くと・・・う、う、撃つぞぉ〜!」
無理にでも強気に見せかける伊予那。だが少女は気にも留めずに近付いてくる。
そこで伊予那は意を決して、震える手で引き金に力を込めた。
しかし・・・
「え・・・なんで・・・」
彼女の意思とは裏腹に、弾丸は発射されなかった。
その様子を見た少女は、手に持った剣をデイパックに入れ、伊予那の拳銃を奪い取った。
そして、わざと彼女に見えるようにして安全装置を解除し、銃口を伊予那に向けた。
「(・・・・・・)」
「(エリナ、そんな無茶しないで、ここは・・・)」
「(私の体力で彼女から逃げられると思う?)」
「(えっと・・・)」
彼女はかなり遠くから、正確に私達の方へ向かってきた。
だとすると、常人とは桁違いの感知能力を持っている可能性が高い。
たとえ私が相手の位置を常に把握しながら逃げたとしても、
スピードの差を埋められるほど優位には立てないだろう。
それならば、今この場で策を以て挑むべきである。
「(・・・分かった。で、どうすればいい?)」
「(・・・・・・)」
私はイリスに作戦を伝えた。
普通に考えると成功率は50%に満たない作戦だが、現時点で考え得る最善手である。
しかも、私の読みが当たっていれば、確率は2倍に跳ね上がる。
「(了解。まかせといて!)」
一方の伊予那は、銃を奪われて完全に戦意を失っていた。
逃げようとしても、腰が抜けて立ち上がることさえ出来ない。
「ひっ・・・い、いやぁ・・・」
それでも懸命に、匍匐前進で少しでも離れようとする。
だが、少女はそんな伊予那を見下ろし、笑みを浮かべていた。
「(伊予那・・・くっ、あと1分!・・・いえ、30秒で!)」
この作戦には大きな欠点があった。それは、多少の準備が必要な事。
だから私が1対1で彼女と対峙していたら、成す術も無く殺されていたはずだ。
今は伊予那が相手の注意を引き付けているおかげで、私は作戦を実行に移すことができる。
とはいえ同時に彼女の命は危機に陥っている。少しでも早く準備を終わらせなければならない。
「(エリナ、焦らないで。失敗してキミまで殺されたら、元も子もないんだ・・・)」
「(・・・分かってる。)」
イリスは不満そうだが、私は気にせずに準備を急いだ。
そして・・・
(終わった!)
こちらの準備は完了した。あとは・・・彼女の注意を引くだけ。
私は足元の小石を手に取り、少女に投げつけた。
そして素早く、側の大木の陰に身を潜める。
「(状況は?)」
「(・・・小石を左手で払いのけて、こちらを伺ってる。)」
ここまでは順調だ。後は最後の仕上げが成功するかどうか。
タイミングさえ合わせられれば、難しいことではない。
「(来た!)」
私は、イリスの言葉と同時に、それを実行に移した。
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