―その気配を一早く察したのはオーガだった。
 彼の傍らで不安げに話しあっている他の3人――ルーファス、ミア、まゆこはまだそれに気づいている様子はない。
 彼のみが“その気配”に気づく事ができたのは、職ゆえの経験の差か、あるいは――

 (・・・面倒だな)彼は思う。
 だが、“それ”を放置すれば間違いなく事態は思わしくない方向へ向かう。・・・ならば初めから選択肢は限られている。迷っている暇などありはしない。
 体力を温存するため横になっていた彼は、意を決して起き上がる。
 「どうしました?」
 「シッ!」口に人差し指を当て、ルーファスの声を制する。
 その行為の意図を悟った3人の顔に緊張が走る。

 オーガは少し考えた後、危機感を込めた声で3人に言った。 
 「気をつけろ・・・。何か近づいてきているぞ。」
 3人の顔がより一層曇る。

 来訪者の存在。それが必ず好ましいものであるとは限らない。つい先ほどの戦闘で消耗している彼らにとって、これ以上の厄介事はできることならば避けたいものであった。

 “望み通り”の反応を示した3人に、オーガは静かに言った。
 「そこで待ってろ。俺が様子を見てくる」
 そして、一人戸口へ向かおうとする。

 「あの・・・」
 オーガを呼び止めたのはルーファスだった。
 「僕も行きましょうか?」

 扉に手をかけていたオーガは振り返る。見ればルーファスのみならず、ロッドをきつく握り締めたミアも緊張した面持ちでうなずいている。まゆこもまた同様である。

 「いや・・・」
 オーガは首を横に振る。“そうしてもらっては”困るのだ。

 「俺一人で行く。まだ相手が俺らに気づいている様子はない。大所帯でいけばそれこそ相手にこちらの姿を晒す事になっちまうかもしれねぇ」
 「そうですか・・・」

 口からの“でまかせ”だが、ルーファス他2人を納得させるには十分すぎる程だった。
 オーガは再び扉に手を伸ばす。

 「あの!」
 何だ!といわんばかりに、オーガは振り返ってルーファスの顔を見る。

 ルーファスはオーガの名を呼んで言った。
 「気をつけて・・・」

 「・・・ああ」

 オーガは武器庫の扉を開きながら念を押すように3人に言った。
 「いいな。俺が戻ってくるまで絶対にここを動くなよ・・・」




 気配のする方向に向かって森の中を進む。だがオーガに警戒している様子はあまり感じられない。身を隠すでもなく堂々とその方向に向かって突き進む。戦闘慣れしている彼にはおよそ考えられない行動であった。
 しかしその理由はごく簡単な事である。初めから彼は“気配”の正体を分かっていたのだ――


 (それにしても・・・)
 しばらく森の中を歩む内に、彼はずっと前から感じていた違和感を確信する。こんな森の中だというのに動物の気配の一つもない。鳥の鳴き声一つ聞こえない。
 (フツーの環境じゃあありえねえ。一体この島はどこだっていうんだ?)

 気配が近い。オーガは余計な思考を隅にやり、足を留める。そして彼は木々の間の闇に向かって軽い感じに語りかけた。
 「おい」

 闇は何も答えない。だが彼ははっきりと感じている。馴染み深いこの不快な気配をしっかりと・・・
 「てめえなんだろ?出て来いよ・・・モヒカン」

 「ヒャッハーーーーッッッ!!!大当たりィ!」

 奇声と無数の木の葉と共に、頭上から見知ったキモい笑顔が降って来た。

 「やっぱりてめぇだったかァ!オーガ!」
 
 モヒカン―――オーガと同じく「リョナラー連合東支部」に所属する変人である。
 長い付き合いのある同僚であるがゆえに、オーガは遠くからでもいち早く彼の“独特の”気配を察することが出来たといえよう。それが他の2人だった場合は正確に察知できる自身はあまりない。

 オーガはいつもの調子で悪態をつく。
 「お前も相変わらずみてえじゃねえか。・・・ったくこんな状況だってのによ」
 モヒカンの顔面のわけのわからない装飾についてはあえて突っ込まないでおく。


 「何言ってんだてめ!サイッコーのゲームじゃねえかよ!イカした女だらけの犯し放題リョナり放題パーティだぜ!この世のパァア〜〜〜ッッラダイスじゃねえかよ!!!ヒャッハーーーー!!!!」

 モヒカンは必要以上に興奮していた。

 (さてどうしたものか・・・)オーガは考える
 (このままコイツと協力してあいつらを皆殺しにするか・・・)

 オーガは首を振ってその考えを否定する。
 (いや、そりゃダメだな・・・。状況が状況だ。「ミア」とやらの回復能力は頼りになる。このイカレた殺し合いゲームを生き残るためには必要だ・・・。不測の事態なんざ幾らだって考えられる・・・)

 リョナたろうとでも再開できればあるいは代わりになるかもしれないが。それを考慮しても彼女の回復の能力は優秀だ。失うのは惜しい。

 (それにあの「まゆこ」とかいうガキの変身能力は測り知れん。片手を失っている以上俺も無茶をできるわけじゃあないからな・・・)

 他にも理由は幾つかあるが、とにかく結論としてオーガはモヒカンを隔離する選択を選んだ。
 だが・・・。

 (そう簡単にはいかねえようだなァ・・・)
 
 興奮しっぱなしのモヒカンがオーガに語りかける。
 「再開を祝っててめえにいいことを教えてやる!」


 いい予感はしない。
 モヒカンはわざとらしく息を潜めてもったいぶったように告げる。
 「この辺りに女がいるぜ・・・たぶん2人くらいだ!俺のリョナゴンボール・レーダーが告げてやがる!間違いねえ!」

 そうして自分の股間を両手で指差す。
 モヒカンの悪趣味なビキニはゴーヤを詰めたかのごとく盛大に膨れ上がり、ビクビクと痙攣している。キモい。

 (チッ・・・やっぱりか・・・)
 オーガは眉を顰めた。この男のいやに鋭いわけの分からない直感を恨む。

 (どうする・・・とりあえずあいつらは俺の獲物だってことにして他をあたらせるか・・・いや、それを素直に聞くヤツじゃねえ・・・。ならば対象を他のモノに・・・)

 そこで唐突に思い出す。

 (そうだ!あれがあったじゃねえか)


 「ヒャッハーーーー!!!!もうガマンできなーーーい!!!」

 「おい!待て!キモ・・・・じゃないモヒカン!」

 今にも突っ走り出しそうなモヒカンをひとまず制する。

 そして提案を告げる。
 「ありがたい情報提供感謝するぜ、モヒカン。礼をしなきゃならねぇなあ。・・・ところで俺にもいい情報があるんだぜ」

 そして自分の来た道と別の“ある方向”を指刺しオーガは言った。
 「あっちに女の死体がある。今なら犯りたい放題だと思うが」

 「ああん?死体だぁ?」モヒカンはやや乗り気ではないようだった。彼は天性のリョナラーであるがゆえに、いたぶることの出来ない死体は価値が落ちるのだろう。
 ・・・ならばモヒカンの猟奇趣味のニーズに応えるものでなくてはならない。

 「首なしの全裸だぜ」とオーガは言った。
 
 モヒカンはまだ迷っているようだった。
 
 (ならばダメ押しだ・・・)

 「(おそらく)人外だったからなぁ・・・。ひょっとすると・・・今ならまだ“生きてる”かも知れねえぜ?」

 「ヒャッハーーーーー!!!」
それを聞くや否や、歩く不快感は一目散にオーガの指差した方向へ駆け出していった。
 
 勿論生きているなどというのはウソである。十中八九、アレは死んでいたはずだ。
 だが、モヒカンにそんなことは分かるまい、とオーガは踏んだ。
 モヒカンはバカだからである。生きてると言っておけばたとえ死体でも思い込みで都合よく生きていると判断するに違いない。

 (さて、これで時間稼ぎは完了した・・・と)

 オーガはミア達の元へと引き返すことにした。







 「やっぱり・・・誰かが居たの?」戻ってきたオーガの只ならぬ(もちろん演技だが)様子を見て、ミアが不安そうに言う。

 「ああ・・・それにおそらく、敵だ。遠目から確認しただけだが・・・見るからにヤバそうな奴だった」
 
 顔を強張らせる3人に身を寄せ、オーガは声を潜めて続ける。
 
 「まだ、こちらは気づかれちゃいねえ。だが時間の問題だ・・・」

 「じゃあ・・・」まゆこの声は若干震えている。ステッキをより強く握り締めたのが分かる。
オーガはゆっくりと首を振って否定した。

 「いや・・・戦う必要はねえ。相手が気づかないうちにここを離れるのがいいだろう」
 
 ミアとまゆこの顔が若干ほころび、互いに顔を見合わせて微笑んだ。

 (ったく・・・まだ安心するのは早いっつの)
 内心毒づきながらも、トラブルを上手く取り除いた達成感からか、彼自身も多少の安堵くらいは抱いていた。






 荷物を手早くまとめ、出発の準備を整えた。各々の荷物を担ぎあげる。
 
 「それじゃあ行きましょう」ルーファスが静かな声で言う。
 「ああ・・・」オーガもそれに応えた。


 念を入れて裏口から抜け出すことにする。辺りに注意を配りながら、順に建物から慎重に出る。

 「ひゃっ!」最後尾のミアが突然叫んだ。


 「どうした?」

 「その・・・杖が・・・」
 ロッドを横向きでリュックに縛り付けていたため、扉につっかえてしまったようだった。
 「大丈夫、大したことじゃ・・・」

 ガンッ

 軽い感じの音だった。
 
 ミアの体が宙を舞い、オーガたちの後方の地面に落ちてごろごろと転がった。
 杖が扉から抜けた衝撃で・・・か?いや違う。扉の上から何かが・・・。

 たった今ミアの立っていたはずの場所に、異形の存在が立ちはだかっていた。

 
 幼い少女の白い裸体が、宙に浮いている。本来首のあるはずの場所には、何も無い。

 その手足はだらりと垂れ下がり、首の断面から夥しい血を垂れ流している。
 それは間違いなく、先ほどの戦いでオーガがとどめを刺したはずの・・・

 (馬鹿な・・・こいつ、さっきの・・・!?いや、まさか・・・そんなはずは――)

 そして彼は気づいた。


 いや――
 オーガは心の内で己の不備を呪った。
 そうじゃない――
 
 なぜ、どうして気づかなかった。


 その少女の股に、太くどす黒いナニかが突き刺さっている。

 宙をゆらめく少女の足の後ろで、醜い一対の太い脚が地面に突き刺さっている。

 そして、首のないその体の向こうには、いびつな顔面と髪型をした――


 (モヒカン・・・・ッ!!!)

 股間に死体を突き刺したその不快感そのもののような存在は、落下の衝撃で地面に突き刺さった両の脚を引き抜き、高らかに雄たけびを上げた。
 「HyaHhAaaaaaa〜〜〜〜〜ッ!!!!!アァイ〜〜ム!!バァック!!!」


 
 数分前のこと。

オーガの元を走り去ったモヒカンは、すぐにプラムの死体を発見した。さっそくモヒカンはそれを弄びにかかる。先程のオーガとの再開の事など、この時彼は興奮によってすっかり忘れ去っていた。

その周囲は台風でも起きたのかというほど荒れ果てていた。たった今モヒカンに死体を陵辱されているプラムが暴れまわった跡である。

 バキリ

 頭上で妙な音がしたことにも、モヒカンはさっぱり気づかなかった。

プラムのカマイタチによって折れかかっていたある太く鋭い木の枝が、ついにへし折れた音だった。
 その木の枝はまさにモヒカンの頭頂目掛けて・・・。
 
ザクッ!!!

 「グボァア・・・!!!?」
 たちまち卒倒して白眼を剥くモヒカン。一時の静寂が流れる・・・。しかし一瞬の後に、彼は何事も無かったかのように立ち上がった。だがその眼はうつろである・・・。

「わた・・・」
頭に木の枝が、股間にはプラムの死体が突き刺さったままのモヒカンは白眼を剥いてうわごとのように呟く。

「わたしは、一体ナニをしていたのでしょうか・・・?」口調がおかしい。

モヒカンはなおもうわごとのようにぶつぶつと呟く。

「そうだ・・・ワタシはテンケイをっウケタのデス。そう・・・すべてのオンナをリョナるべしとッ!!!!」

 「HyaHhAaaaaaa〜〜〜〜〜ッ!!!」

 モヒカンは先程自身がオーガに告げた、「レーダー」の対象――すなわちミア達の気配に向かって一目散に駆け出した・・・。頭に木の枝を、股間にはプラムの死体を突き刺したまま。




(畜生っ・・・どうして気づかなかった)
  オーガは内心で毒づく。
(俺としたことが・・・!)

 オーガはそれを己の油断のせいだと断じた。
 確かに、若干はそれが影響していることは否めない。しかし原因の大半はそこにはなかった。
それが頭に突き刺さった木の枝のせいなのか否かは定かではない。しかし、現在のモヒカンからはあの溢れ出すような「キモいオーラ」が消えていたのだ。そしてその代替として、モヒカンは顔をしかめたくなるような「オゾいオーラ」を取得していた。それがオーガのモヒカンに対する気配察知能力を濁らせていたのだ。

オーガは舌を打つ。
(さて・・・どうする・・・もうこうなっちまったら何とかガキ共を始末してしまうしかないか・・・。ん・・・?)
そこでオーガはモヒカンの異様な様子に気づいた。

「ワタシ・・・ハ・・・リョナラーユイイツシンRHWHノケイジ ヲ サズカリシモノ・・・ワレ ハ リョナ・・・リョナ ハ ワレ ナレ・・・バ・・・」

白眼を剥いたモヒカンは口角から泡を吹き出しながら尚も意味不明な言葉をぶつぶつと呟き続けている・・・。

 (待てよ・・・何かおかしいぞ、こいつ・・・)

 「フンガァアアアアァッッ!!!」

ゴッ!!!

 「おぐっ・・・!」
 刹那の出来事であった。MOHIKANは瞬時のうちにオーガの目前へと距離をつめ、思い切り丸太のような足を振り上げた。
 足はオーガの鳩尾を直撃し、彼は盛大に後方へと吹き飛ばされる。

 「ぐおあぁっ・・・!」
 重い一撃・・・意識が飛びかける。

(馬鹿なっ・・・この動き、こいつ本当にモヒカンか・・・!?)


裏返ったままのMOHIKANの両の眼が、突然の事態に腰が抜けて尻餅をついたまゆこを捕らえる。
「ひっ・・・!」

MOHIKANはおもむろにまゆこの片足を掴むと、宙高く引き上げた。

「いやああああっ!!!」

「まゆこさんっ!!!」ルーファスが叫ぶのが聞こえる。

真っ逆さまに吊られたまゆこのスカートはめくれ、幼い下着があらわになってしまっている。しかし羞恥している余裕は無い。

「くっ・・・」
 まゆこは背中にしょったデイパックから飛び出したマジックステッキの柄を掴み、念じる。

(お願い――――

まゆこの体がまばゆい光につつまれる。変身が始まった。
ただちに衣服が分解され、魔力で構成された戦闘服へと再構築される―――

はずだった・・・が。

「あ・・・!?ひええっ!!!?」
 
MOHIKANは、“やってはならないこと”をしてしまった。
変身中のまゆこの手から力任せにバックパックごとステッキをひったくったのである。変身中に攻撃するなんて、決して行ってはならないお約束のはずである。MOHIKANとんでもない外道である。

当然変身は中断され、都合の悪い事に(MOHIKANにとってはいいことだが・・・)
それは・・・。

「いや・・・!いやあああああああああっ!!!!」少女の絶叫がこだまする。


あろうことか、服の分解と再構築の丁度中間。つまり完全に衣服が消滅したままの状態で変身が止められてしまったのだ。狙ってやったとしか思えない。

「やだあ!見ないで!いやああああああっ!!!」

まゆこは必死に2本の細い腕で、生まれたままの姿となった肢体を隠そうとする。しかし肉体の制動を奪われたこの状況ではそれすらもままならない。

「・・・っ!!!」唖然としていたルーファスがハッとして、反射的に慌てて目をそらす。
 ・・・その隙を見逃すMOHIKANではない。

ブォンンッ!!!

「がっ・・・!?」「ぎゃんっ!!!」

鈍い音と叫び声がした。
MOHIKANが、掴んだまゆこの体を武器のように振り回し、ルーファスにぶつけたのである。
吹き飛ばされて地面を転がるルーファス。
遠心力と衝撃によって、まゆこの股関節がぎしぎしと軋む。

「い・・・痛い!痛いよお!」

 その悲鳴が問題だった。つぶさにMOHIKANのリョナラーとしての本能が刺激され。嗜虐嗜好ゲージが一気に最大値を振り切った。

「HYAHAAAAAAAAAAA!!!」

 MOHIKANはまゆこから奪ったマジックステッキの入ったバックパックを森の奥へとぽおんと放り投げて、余った腕でぶらぶらと垂れ下がるまゆこの左腕を掴んだ。そして――

 ボキリ

 嫌な音がした。

 「あ・・・・?ぎゃああああああああああ!!!!」

 まゆこの左肘の関節がありえない方向に折れ曲がっている。それだけでは終わらない。続いてMOHIKANが掴んだのはまゆこの華奢な左肩。

 パキンッ

「ひぎゃああああああああ!??」

MOHIKANの顔が喜悦にキシリと歪む。この世のものとは思えないおぞましい笑顔だった。

「うへっうへへへへっへっへっ・・・」

 パキリペキリと骨の砕ける音と、それが少女のものであるとは思えない搾り出すような悲鳴、そしておぞましい笑い声がコーラスを奏でる。
まゆこの左腕はめちゃくちゃに砕かれ、内出血によって変色し、皮膚が破けて所々から白磁のような骨が突き出し、かつての白く可愛らしい腕は見る影も無い。

次にモヒカンが掴んだのはまゆこの左脚だった。

「あぐううううぅっ!?」

 MOHIKANの太い両腕が力任せにまゆこの脚を左右にめいっぱい開き、その状態で固定した。MOHIKANの眼前にまゆこの薄桃色をした未熟な性器が余すところ無く晒される。

「ひいっ!ひいぃぃいいぃ」
まゆこのそれがどういった感情なのか、もはや自信にも判別はつかない。激しい羞恥と苦痛と恐怖が入り混じり、もはや感情の制御が利かない。

まゆこの両脚はもうすでにこれ以上は無理なほどに開かれている。しかしMOHIKANの両腕はそんな事などおかまいなしに、より一層力を込めて左右の脚を真逆の方向へと引っ張ろうとする。

股関節がミチミチギシギシと嫌な音を立てる。
所々皮膚が破け、うっすらと血が滲み出す。
「っっぎゃあああああ!?痛い!痛い!!!イタイいだいいだひィいいいいいっ!!!」

痛みだけではなかった。脚と脚との丁度中間。誰にも触れさせた事のない“大事な”部分。まゆこはそこに、今だかつて味わった事のない“おぞけ”を感じた。

ぞくり

ヂュパッブヂュパッベチョパッと聞いた事もないような不快な音が響き渡る。
MOHIKANがまゆこの“その部分”に口をつけ、赤黒いナマコのような醜悪な舌でベロベロチュパチュパと嘗め回しているのだ。

(え・・・?)

 ぞくり、うぞうぞぞくぞくぞぐっっ

(何・・・してる・・・?の?この人・・・・?
 何で・・・そんなとこ・・・舐め・・・汚な・・・・)

その事実を認識したとき、形容しがたい不快感が全身を襲った。ミミズやナメクジや毛虫、その他地球上のあらゆる“キモチワルイ”生き物がたっぷり詰まったプールにぶちこまれたような―――。


「ヒィィィイィィィィッ!???」
硝子を削るような悲鳴と共に、まゆこの瞳から急速に光が失われてゆく。

続いてイモムシのようなMOHIKANの舌は“ある部分”を探り当て、そこにその身を埋め始める。

「ギヒッ!ヒッ!ヒヒッ!ヒヘヒッ!!!」もはやそれを悲鳴と呼んでいいのかどうかすら分からない。
 まゆこの“内部”へと入り込んだ汚物のような舌は、ベチョブヂョグヂョグヂョと肉の襞を、入り口から奥のほうまで引っ掻き回す。

(キモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイワチルモキチワルモワチキルイイルワイキキキキキキキキ――

ぷつん、と何かが切れる音がした。
まゆこの目がぐるりと裏返り、MOHIKANのそれのように白眼を剥いた。
 
 そのうちMOHIKANは舐めるだけでは飽き足らず、その部分に思い切り歯を立て始めた。

 「ひぎぇあぁっ!?」

 ギチギチと力が込められ、歯が肉へと深く食い込んでゆく。その間も不快な舌はレロレロと動かされ続ける。やがてMOHIKANは頭そのものを思い切り後方へと引っ張り出した。引きちぎるつもりだ――

「ぎあっ!!!ぎゃはぁああああっ!!あぎがっ!!??」

 ブチブチと共に柔らかい肉が裂け、血が滲み出し始める。
「あぎぃっっ!!!やめっ!ちぎれちゃっっちぎれっ・・・ちぎ・・・!!!」

ブヂャッ!

 「え・・・?」

 MOHIKANの頭がようやくまゆこの股間から離れた。その口がモッチャモッチャと“ナニカ”を咀嚼している。

 やがてMOHIKANはそれをペッと吐き出した。地面に赤黒い塊がベチャリと張り付く。

 まゆこは口をパクパクと動かしながら、空ろな瞳でその噛み砕かれてグチャグチャになった肉塊を見つめる。もはや声すら出ないようだった。

  MOHIKANは白い歯を見せ付けるようにニカァッと笑い、そして再び口を大きく開いた。


 
ドカアッ!!!

 モヒカンの額に白い円盤が深深と突き刺ささり、その行為は中断された。

 「調子乗んなよテメェ・・・!」
 どうにか復帰したオーガの投げたものだった。まだズキズキと腹の奥底が痛む。

「UGAAHAAAAA!!!」

 MOHIKANは額を押さえ、思わずまゆこを放り投げてしまった。
すっかり力の抜けたまゆこの裸体がごろごろと地面を転がる。

 「フンガアアアアアアア!!!」MOHIKANは円盤を引き抜き、咆哮を上げる。

 「来いやコラアア!!!」オーガはMOHIKANを挑発する。が、MOHIKANはそれを無視して投げ捨てたばかりのまゆこの方へ向かおうとする。

 「てめ・・・!」冷静なオーガも流石にカチンと来たようだった。

 「シカトこいてんじゃねえぞコラァ!!!」
 防御する様子すらないMOHIKANの肩に爪による一撃を食らわす。
 肉が爆ぜ、ドロドロとしたゲル状の赤黒い血が飛び散る。

 「あんぎゃあああああ!!!」
 
ブォンッ!!!

「うおぉおっ!?」

間一髪で身をかわしたオーガの頭上スレスレをモヒカンの振り回した棒状のものがかすめた。
 マジックロッドだった。

 (ありゃあミアの武器だったか・・・!?いつの間に・・・!)

「HyaHhAaaaaaa〜〜〜〜〜ッ!!!RyoooooooNAhAAAaaaaaaッ!!!!」
息つく暇も無くMOHIKANの強烈な一撃が次々と繰り出される。オーガは間一髪でそれをかわし続けるが・・・。

ガッッ!!!

「ぐあっ・・・!」

オーガの左わき腹をMOHIKANの一撃がかすめた。
ただそれだけだというのに、焼けるような痛みが襲いかかる。

 (くそ・・・アバラがいったか・・・?いや・・・)
 
 オーガは自分の体が淡い光のようなものに包まれている事に気づく。
 復帰したミアの放ったシールドだった。

 (助かった・・・!)
 だがシールドはあくまでも保険として考えなければならない。軽減されているにも関わらず、かすっただけでこれだけの痛みを伴う一撃。直撃を受ければおそらくひとたまりもないだろう・・・!
 
 「おいお前!」オーガはミアに対して叫んだ。

 「俺が何とか時間を稼ぐ!てめえはそのガキしょってひとまず逃げろ!」

 
 ミアはうなづき、地面に身を委ねたまゆこの方に駆け寄る。それを視線の端で捕らえると、オーガは背負っていたデイパックを無造作に放り投げ、MOHIKANの一挙手一投足 に全神経を集中させた。
 勝算があったわけではない。この目の前のMOHIKANは彼の知っているモヒカンとは段違いなのだと嫌でも実感させられた。
 しかし、“これだけは”引けない理由が彼にはあった。

 (ざけんなっ・・・!てめえなんぞに舐められてたまるか!!!)



 「うう・・・うっ・・・」まゆこをぶつけられて気を失っていたルーファスがようやく目を覚ました。薄目を開き、なんとか周囲を伺う。
 ミアが何とかまゆこを担ぎ上げようとしている。MOHIKANの猛攻をオーガが紙一重で交わし続けている。状況があまり思わしくないことは、一目で分かる。

 ふと、視線の先に転がっている“あるもの”に眼が行った。
 (・・・あれは)

 それはデイパックだった。誰のものかは分からない。口がひらいてその中に入れられていたものが幾つかこぼれ出ている・・・。

 (さっき・・・)彼は思う。

 (さっき荷物は一通り確認したはずだったけど・・・“あんなもの”入っていたっけ・・・?)
 視線は、その内の一つへと注がれていた・・・。



「ShaAAAaaahHAAAA!!!HYAhhahhHaaaaahaaaa!!!」


 「さあ・・・どこからでも来やがれ。痛ェのお見舞いしてやるよ」

オーガは右手に力を込める。飛び込んでこようものなら一片の容赦なく一撃でぶち抜くつもりだ――

「むっ・・・!」

MOHIKANの姿がぶれ、体が5つに分裂した。
5体のオゾい塊が一気にオーガに襲い掛かる・・・!

(【イリュージョン】・・・か!!!)

「だからどうしたってんだよ!!!」

すでにオーガの狙いはある一匹のみへと集中していた。
体勢を低くし一気にその懐へと潜り込む。

(だからてめえの脳みそはサルなんだよ!モヒカンよぉオ!!!)

その一匹には他の分身にはないもの・・・すなわちプラムの死体が刺さったままになっていたのだ。

「食らえ!!!」

渾身の力を込めて右腕をMOHIKANめがけて突き出す。

グボォオッ!

不快な音がしてオーガの右腕がプラムごとMOHIKANの体を貫いた。鮮血が噴出し、オーガの右腕を紅に染める。

(・・・っ!!やりすぎちまったか・・・!?)



 ・・・違和感。
 背筋に氷水をぶち込まれたような寒気がした――

 (バカ・・・な・・・!?)

 貫いたはずのMOHIKANの体が一瞬の内に四散して消滅する。プラムの死体だけを残して――

 誤算・・・ッ!!!

右腕に急激な子供一人分弱の負荷がかかり、オーガは体勢を大きく崩す。
 そしてその目の前には
ロッドを振り上げたMOHIKANの姿が・・・!

  (まず―――――

スロー映像のようにゆっくりと、ロッドが振り下ろされる光景が目の前に映し出される。
 体は動かない。意識だけが死をはっきりと認識する――直撃コース・・・!
 
(こりゃあダメか・・・頭がブチ割れるな・・・)なぜか、思考だけはこれ以上ないほどよく冷え切っていた。


 
 突如
 目の前でガクンとロッドがぶれた。

(は・・・・?)
 外れた――?

急速に世界に時間が取り戻される。
 ロッドが何も無い地面に叩きつけられ、それと同時にMOHIKANが地に片膝をつく。

 (何だ・・・!?)

 ルーファスだった。

 ルーファスがMOHIKANの右の大腿にナイフを深々と突き立てている。
 
 
 少年の脳裏に浮かぶのはある人物の肖像―――

 「僕は・・・」ルーファスは喉の奥から捻り出すように叫んだ。
 「僕は強くならなくちゃ!いけないんだっ!!!」

 この地獄の中であの人を護りぬかなくてはならないんだ――

 (やるじゃねえか小僧・・・!)
 オーガはプラムの死体から右腕を引き抜いた。
 そして崩れ落ちたMOHIKANの元へと歩み寄る。

 「ウガアッ!!!」
 MOHIKANは腕でルーファスを振り払い。立ち上がろうとする。
 だがもう遅い!!!

 (目ェ覚ましな!このマヌケがっ!!!)

MOHIKANの無防備な顎を目がけて。
 渾身のアッパーカットが炸裂した――

MOHIKANの体は海老反りの格好で宙を舞い、やがて顔面から地面へと突っ込んだ。そしてもう動く事はなかった。

 
 「割りに合わねえな全く・・・」

 ガクリと体の力が抜け、オーガは背中から大の字に倒れた。


 「今度は・・・」誰かがオーガに語りかける。

 「今度は、うまくいきましたね・・・」ルーファスだった。彼の声には若干の嬉しさがこもっていた。


 「・・・・・ああ」オーガは答える。

 「そうだな・・・・・」


 (このガキには借りを作っちまったなぁ・・・)
 静かだ。相変わらず、小動物が草叢を掻き分ける音も、鳥が囁く声の一つもしない。

 (とりあえず、今は・・・)
 疲れた――
 そう思って目を瞑ろうとしたそのとき・・・
 
 「オーガ!」醜く図太い声が響き渡った!

 「っっ!!!!」慌ててオーガは飛び起きた。
 モヒカンが何事も無かったかのように起き上がり、顎をさすっている。無駄にタフであった。
 
 「ひでぇじゃねえかオーガ!思いっきりアゴぶん殴るなんてよぉ!」

 すぐさまオーガは悟った。
 (まさか・・・こいつ正気に・・・!?)
 モヒカンの頭に刺さっていた木の枝が、アッパーの衝撃で飛び出してしまっていたのだ。それと同時に、モヒカンは本来の彼の自我を取り戻した。

 とっさにモヒカンに対して短刀を構えたルーファスは形容しがたい表情をしていた。


オーガはモヒカンを睨んだ。
(マズいぞ・・・ここままだとコイツは・・・!)
オーガはモヒカンの次の一言を制しようと試みたが

「待t「酷ぇじゃねえか。俺たち“仲間”なのによォ!」

「仲間・・・!?」ルーファスが素っ頓狂な声を上げる。

 (畜生―――)オーガは歯噛みした。
 (ここまで来て・・・!)

彼の視界の端に森の奥へと消えるミアの姿が映った。
一瞬だが、こちらを見ていたような気がした――








 「はあ・・・はあ・・・!」
 気を失ったまゆこを背負ったミアは走り続ける。
 意識の無い人間がこんなに重いものだとは・・・。

 (・・・ここまでっ・・・・来ればっ・・・!)

もう十分に遠ざかったと思われる場所でミアはまゆこを降ろし、その体を木に持たせかけた。
 
「ちょっと待ってて・・・!すぐ戻ってくるから!」
返事はない。だがそれを待っている余裕もない。
 
 彼女は確かに“聞いた”のだ。

―――『ひでぇじゃねえか 『オーガ』 !。俺たち “仲間” なのによォ!』――

 仲間・・・!たしかに聞いた!間違いなく聞いたッ!!!
 だとすると・・・

 「ルーファス君が危ない・・・!」

 




 少し走ったところでミアは足を留めた。
 視界に入ったのはある人物の姿。
 「・・・・ッ!!!」

 「彼」は全身血まみれで、よろめいていた。
覚束ない足取りでミアの元へ近づいてくる。全身酷い傷だらけなのがはっきりと見て取れる。


「・・・ミア」彼は言った。
それは、オーガだった。

「たのむ・・・。回復・・・を・・・」
言葉も途切れ途切れで、しゃべるのが精一杯という様子だった。

 オーガはミアの傍まで来ると、がくりと地面に倒れ伏す。

 カランと音を立てて、彼の腰から銀色の何かが転げ落ちた。
 ナイフだった・・・

 「たのむ・・・は・・・やく・・・」
 倒れたままのオーガが切れ切れに言う。

 「・・・・・・」
 ミアはゆっくりとしゃがみこみ、ナイフを拾い上げると・・・・

それを両手で頭上に構えた。




 


――――――――――――――――――――――--------





(畜生―――)オーガは歯噛みした。
(ここまで来てこれかよ・・・!)

森の奥へと消えるミアの姿を確かに見た。
一部始終を聞かれたかもしれない。

(どうする・・・追って殺すか?俺が“そっち側“だと言いふらされると厄介だ・・・!)


ルーファスを見た。彼は明らかに混乱している様子だった・・・?

「え・・・?ど、どういう事ですかっ!仲間って・・・?」ルーファスが叫ぶ。

思考を巡らせるオーガをよそにモヒカンが余計な解説をする。

「よう小僧(誰だかしらねえけど)折角だから教えてやるぜ。こいつはな」
といいながらモヒカンは無遠慮にオーガの左肩を思い切り叩いた。身をよじるオーガ。憤怒の形相でモヒカンを睨みつけた。
かまわずモヒカンは続ける。
「こいつはオーガ。俺の親愛なる仲間(パーティ)だぜ」
なぜかすごく自慢げであった。
(半殺しにしておいて仲間とかフザけんな)というオーガの心の声は一片たりとも届かない。
 「分かったか小僧(誰だかしらねえけど)!」無駄な解説を入れるモヒカンは意味の分からない自信に満ち溢れていた。

 「え?・・・オーガって・・・?この人は・・・」ルーファスは明らかに狼狽しているようだった。

 そしてルーファスオーガの顔をキッと見つめた。
「どういうことですか・・・?」オーガに向かって静かに問う。
返答は無い。

「どういうことですか・・・っ」ルーファスは繰り返す。
返答は無い。



「どういう事かって聞いてるんだッ!!!」少年の激昂が森の静寂を裂いた。
 鳥が羽ばたく音の一つもしない・・・。
手足が怒りに震えている。怒りが木々に伝播し、今にも燃え上がりそうなほどだった。

しばしの沈黙の後、オーガは静かに言った。
「どういう事かって・・・聞かれると、なぁ」

ぽん、と軽くルーファスの左肩にポンと手をおく。
「とてもなあ・・・残念なことなんだ」

残念だ。ガキのくせに久々に面白いヤツを見つけたと思ったが・・・。
残念だ。借りなんぞ残したまんまで・・・。

オーガは静かにルーファスに告げた。
                
「そう、とても残念な事なんだよ、ルーファス君」

「え・・・?」
ルーファスはひんやりとした感触を左の首筋に感じた。

「あれ・・・・」



ルーファスの細い首の左側半分に

白い円盤が深深と食い込んでいた。

 ルーファスは驚きの眼でオーガの顔を見た。彼は見た事のない笑みを浮かべていた・・・
 
 ――残念だが、俺らとお前達が相容れる事はないんだ、決してな・・・!――

勢いよく首から円盤が引き抜かれた。

 鮮血が天高く舞い散る。
 苦痛は無かった。
 脳内血圧の急激な低下によって、ルーファスの意識は一瞬にして無の海へと沈んだ――





「さて、落とし前はキッチリつけてもらおうじゃねえか」

股間にプラムの死体をセットし直すモヒカンに向かってオーガは言った。

「何の話だ?」モヒカンには全く心当たりが無いらしい。都合のいい脳みそだ。

「まあいい・・・」内心で滾る怒りを抑える。

「モヒカン、一つ約束しろ」

「何だ?」モヒカンは恐ろしい速度のスクワットを始めた。MPが吸い取られる。

「今後は一切“俺の事を「オーガ」と呼ぶな”」

「何ッ!」モヒカンが硬直する。

(何だと・・・!?どういう事だ・・・こいつはオーガなのに?オーガじゃない・・・?え!何で!?ふしぎ!)

モヒカンは頭を抱える。
「やべえ!おいマジヤベエって、クソヤベエ!どうなっちまうんだ俺、これが・・・これが桃源郷か!?」
意味不明である。

「うおおおおおおっヤベえって!超平方根三千世界超越定理だぜヒャッハーーーー!」
彼の脳内でなんらかのビッグバンが発生したらしい。あるいはビッグクランチなのかもしれない。

「もういっぺん殴ればどうにかなんのか?」オーガは呆れたように言う。
・・・とか、ふざけている場合ではない。何せ時間は無いのだ。

「もういい!いいかモヒカン、てめえ今後一切俺の名前を呼ぶなよ!」

「どういうことだオーガ!」

「殺すぞ!」

モヒカンは可愛子ぶって“お口にチャック”のジェスチャーをした。オゾい。

「まあそれでいい・・・で、コイツの始末だが」
オーガは傍らに倒れるルーファスの亡骸を指差して言った。

「こいつはお前が何とかしろ」

「はァ!?野郎なんてどうしろってんだ!・・・いや待て、女装させればギリギリ・・・」

「隠せって言ってんだよ!!!埋めるなり何なりしてな!」流石にイライラしてきた。

モヒカンは不満げに愚痴る。
「ちょっと待てよ。何で俺がそんな面倒な事せにゃならんのだ。そんなヒマあったらレッツリョナライフだぜヒャッハーーーー!!!」


仕方なくオーガはモヒカンの股間に突き刺さった等身大オナホを指差して言った。
「「そいつ」の情報を教えたのは俺だろうが、礼くらいしてもらうぜ」

「あれ?そうだっけ?」
「そうだ」

モヒカンはしばらく考え(多分大したことは考えていない)た後、しかたねえなぁ、といったふうに了解した。
「わかったよ、礼くらいちゃんとしねえとなぁ」バカでよかった。

モヒカンに一応念を押しておく。
「間違っても俺の後をつけたりするんじゃねえぞ。あの女どもは時期がきたら半分くらいわけてやるよ」

「wktk」
そういい残し、ルーファスを担いだ歩く不愉快は森の奥へと消えようとする。

「ああ待て」オーガはそれを呼び止める。

 最も肝心な事を頼むのを忘れていた。





「さあて・・・」
モヒカンを見送り、残されたオーガは右手の爪を掲げて一人呟いた。
「ちょっとばかしの我慢だ・・・」


 


――――――――――――――――――――――--------



 「・・・答えて」ナイフを掲げたミアは静かに言った。

「ルーファス君は・・・どうしたの?」

オーガは弱弱しく答える。
「違う・・・」
 
「違う?何が!?」


 少しの間をおいて、オーガは答えた。
「ルーファスは、もう死んでいる」

 ミアの顔色が変わる。
「どういうことッ!?まさかあなたが・・・」

「そうじゃない」オーガは首を横に振る。

 「もう殺されていたんだ、ルーファスというガキは。
 俺たちがヤツに出会ったときには、すでにな」

「な・・・!?」ミアの瞳が驚きに見開かれる。

「な・・・何それ・・・?どういうこと・・・?間違いなく生きていたわよ!あの子は!?」


 「俺がここに来る前・・・」オーガがぽつりぽつりと語り出す。

 「俺はここに来る前、所謂警察のような仕事をしていた・・・」

 「・・・・・」ミアは今度は黙ってそれを聴いている・・・。

 「俺はある“殺人鬼”を追っていた。そいつの名は・・・『オーガ』という」

 「っ・・・!」ミアは狼狽する

 (どういうこと・・・?私はこの人を・・・)

 ミアの動揺など関係なしに、オーガは続ける。
「ヤツにはある能力がある。簡単に言うと殺した相手に成り代わるという・・・な」

「つまりあなたは・・・あのルーファス君は、その『オーガ』ってやつが成り代わった偽者だったっていうのね?」

「そうだ・・・」

ミアは迷う。
(どうしよう・・・。私はてっきりあの変な頭の男が『オーガ』と呼んだのはこの男のことだと思っていたけれど・・・)

ミアはナイフをより強く握り締める・・・。
(私はこの人を信じるべきなの・・・?この『ルシフェル』という男を)



――――――――――――――――――――――--------



「改めて」と、ルーファスは言った。
「自己紹介をしませんか?これから一緒に行動するんだし、互いに情報交換しておいた方がいいと思うんです」

その意見に同意し、各々が自分の名前や技能などを説明する。そしてオーガの番が回って来る。
 「では、次はあなたが・・・」
 「ああ」

 オーガは話し出す。
「俺は・・・

そこでふと、オーガは考えた。
(ここで素直に名乗ってしまってよいものか。
東支部の連中がこのゲームに参加している。つまりいつバッタリ鉢合わせになるか分かったもんじゃないって事だ)

(で、俺はこのメンツが適度で都合がいいと思っている。なのに他の連中――リゼは・・・まぁいいとして。問題はリョナたろうやキモ顔のようないかにも危険人物ですって連中だ。あんなやつらに出会いがしらに「よぉ、オーガ」なんて気さくに話しかけられちまったら、俺の本性がバレちまうかもしれん。だったら・・・)

はじめから『オーガ』なんてやつは知らん事にしとけばいい。彼はそう思った。
そして参加者リストを思い出す。印象に残った名前はいくつかあるが、そのうちの一つを選ぶ事にした。

「俺の名前は・・・・・『ルシフェル』だ」

どんな奴かは知ったこっちゃない。やたら女の参加者が多いこのゲームだが、コイツは名前からは男だか女だかも分かりにくい。だからこそ丁度いい。

 そして、いくつかの技能や考えなどを、適当に披露する。

「と、いうわけだ。よろしくな、ルーファス君」
「はい、よろしく『ルシフェル』さん」


そうだな、いざとなったらあんたに『オーガ』役を押し付けさせてもらうとしようか・・・



――――――――――――――――――――――--------



 ミアは迷っていた・・・。
(どうしよう。この人の言っている事が本当だったら、今すぐにでも回複魔法をかけてあげなきゃならない・・・。でも、もしウソだったら・・・)

 「・・・・・」オーガはもう何も言わない。
 
 だが、彼の意識は途切れるどころか、全くと言っていいほど鮮明だった。


 (そうだ、それでいい・・・とっとと俺の言い分を受け入れろ)
 実際の所、彼は殆ど回復など必要とはしていない。

 彼の全身の傷は彼自身がつけたもの。酷いように“見える”だけで、実際は大した外傷ではない。そして、血はルーファスを殺めたときの返り血である。

 その気になれば魔力の残量が少なく疲弊した彼女など、この場で起き上がって殺してしまうことだってできる。この距離ならば、不意を打って詠唱の隙さえ与えなければいい。

しかし、彼が欲したのは彼女の治癒の能力、そして他の非好戦的なプレイヤーを安心させるための“無害さのイメージ”だった。
ミアはそれを兼ね備えているといえる。ついでに言えば、負傷したまゆこも“同情心”を買うのに使えるかもしれない。

このゲームを無事に生き残るためには“味方”が多いにこしたことはない。彼はそう結論づけたのだった。
 
 
(だが、もしコイツが俺に牙を剥くというのなら・・・)


 ミアは必死に考える。
 (もし、この人が敵なのだったら・・・あそこで私たちをかばったりしただろうか?あの男と協力して私達を全滅させる事だって、あの混乱した状況ではできたはず・・・。そうだ・・・そうだよ・・・私は・・・)
 
 「・・・わかったわ」ミアは、ゆっくりと頷いた。

 「あなたを・・・信用する」

勝ったのはオーガだった。ミアは元々あまり人を疑う事のできる性格ではなかったのだ・・・。



 
 ミアはまゆこの所までオーガをひきずってゆき、すぐに二人の応急処置を始める。
オーガのダメージは、事実大した事は無かったので処置はすぐに済んだ。

 酷いのはまゆこだった・・・。

 「こんな・・・っ、あんまりよ・・・」
 思わず目を背けたくなるのを必死で留める。
 左肩から先はもはや原型をとどめておらず、股の間接は両方とも外されてしまっている。
 そして、何より痛々しい。彼女の女としての大事な部分は、ほぼ半分ほどが千切り取られてしまっていた。
 傷は外傷だけではない。まゆこの目は見開かれたまま、焦点の合わぬ眼球が小刻みに動いている。口は常に半開きで、端から唾液を垂れ流し続けている・・・。
 彼女は“壊れて”しまったのだ。
 ミアの魔法でできるのはせいぜい出血を止める程度。深い損傷や心の傷を癒す事はとうてい適わぬ事である・・・。

 「ゴメんね・・・」全裸のままの彼女に、せめてもと自分の上着を被せながら彼女は呟いた。


 (プラマイゼロ・・・って所だな)
 オーガはそう思っていた。



 しばしの時間が流れた。途中悪趣味な放送が流れ、禁止エリアと死亡者の名前を告げていった。その中には東連合部の面々名前は無かった。最後に、ルーファスの名が告げられていたのを聞いた――



 その放送が流れてから半刻ほどが過ぎただろうか・・・。
 (そろそろだな・・・)
 オーガはむくりと立ち上がる。

 「どこへ・・・?」ミアが聞く。

 「さっきの場所へ荷物を回収しに行こうと思ってな・・・。お前さんはそいつを看ていてやってくれ」

 「危険じゃないですか・・・?」

 オーガは少し考えるフリをする。
 「確かにな・・・また『オーガ』どもと鉢合わせする可能性はないわけじゃねえ、
だがあんた、あの“ロッド”が必要なんじゃないか?」

 「・・・!」

 プラムとの戦いの時、プラムが持っていたあのロッドをミアが必要以上に注視していたのをオーガは見逃さなかった。おそらく、あれはミアの魔力の強化や、その他のプラスの作用をもたらすものに違いないと、彼はふんだ。

 ミアは素直に答えた。
 「・・・そうです。実はわたしには、まゆこちゃんのような変身能力があって、それをするためにはあれが必要なんです・・・」

 「だったらなおさらだ、あるに越した事はない」

 (どうしてそんな事をもっと早くに言わなかった)という内心は表に出さなかった。

 「無茶はしない。が、30分たっても俺が戻って来なかったら急いでここを離れろ、いいな」そういい残し、彼は例の場所へと引き返した。




 「あれだな・・・」連合支部付近へと戻ってきた彼は、早速目当てのものを見つけた。
 木にデイパックが吊り下げられている。オーガはそれに手を伸ばし、ゆっくりと降ろす。

その際、その真下の地面になにか書かれている事に気づいた。

 「なになに?『べ・・・べつにてめえのためにやったわけじゃねえからな!感謝しろよなっ!』・・・だと?・・・・・・・うぜぇ」

 といいながらも、彼はそれを、モヒカンがしっかりと頼んであった事をやってくれたという証拠だと認識し、安堵した。
 早まる気持ちを抑えながらデイパックを開く。
 ゴクリ、と唾がなった。
 大量に詰め込まれているそれの一つを手に取る。

「ちゃんと血抜きがしてあるな。バカの癖して中々気が利くじゃねえか」
 さすがに相棒、と言ったところなのかもしれない。

 女のものではないとはいえ、彼的には比較的旨いと言える子供の肉である。それに何より新鮮だ。

 一口齧って見る。思ったとおり、中々旨い。舌の上でとろける感じがたまらない。空いた腹には特に心地よい。
 結局ひと塊全部を平らげてしまった。

 「ふー」
 これで彼にとって当面の食糧問題は解決された。満足感が心を満たすのを感じる。
  戦力としてまゆこ、そしてルーファスのコネを失ったのは痛かったが、これはそれを埋め合わせられる程の収穫だと思えた。

「さて、あとは適当に・・・。ん?」周囲に無造作に転がったデイパックを眺めて、彼は違和感に気づいた。
デイパックはミアが持っていったものと、今自分が持っているもの、モヒカンが投げ捨てたまゆこのものを差し引いて、のこり1つしかないはず。

 なぜ2つある?
 片方の、口が開いて中身の散らばったデイパックをよく見た。
 その中身は、東支部の中で確認したものの中にはなかったものであった。

 「なるほど・・・」彼はすぐに納得した。
 「こりゃモヒカンのだな」

 
 結局モヒカンの残していったデイパックの中に入っていた、用途の分からない瓶入りの黄色い液体と、その辺に無造作に転がっていたマジックロッドと、彼自身は食べられない少しばかりの食料を回収して、彼はミア達の元へと戻った。
 




 オーガが戻ってくるまでの間、ミアはぼんやりとまゆこを見ていた。心を失った少女はあいかわらず虚空を見つめている・・・。

 (ごめんね・・・なぞちゃん・・・)彼女は心の中で親友に謝る。
 
 実の所、機会をみて単独でなぞちゃんを探しに行こうとミアは思っていた。たとえ反対されようとも、必ず彼女を探しだし、元の明るくて、どこかおかしくて、そしてとても可愛らしかったなぞちゃんを取り戻して見せよう・・・。その使命感がかつては彼女の心の支えとなっていた。しかし・・・


 (ごめん、なぞちゃん・・・。私・・・この子を置いてはいけないよ・・・)
 彼女の優しさが、この目の前の壊れた少女を見捨てる選択を許さなかった。

 ミアは首を上げて空を仰いだ。木々の間から見える空は、ここが地獄であることを忘れさせるほど深く碧く澄み切っていた――
 


【ルーファス・モントール@SILENTDESIRE 死亡】
【残り42名】





★現在の状況

【A-5:X2Y4/リョナラー連合東支部付近/1日目:昼】

【ミア@マジックロッド】
[状態]:戦闘および他人の回復による魔力消耗(プラムとの戦闘時と合わせると現在ほぼ枯渇状態)
[装備]:マジックロッド@マジックロッド
四葉のクローバー@現実世界(頭に装備)
[道具]:デイパック、支給品一式(食料7食分)
    火薬鉄砲@現実世界←本物そっくりの発射音が鳴り火薬の臭いがするオモチャの     リボルバー銃(残6発分)
    クラシックギター@La fine di abisso(吟遊詩人が持ってそうな古い木製ギター)
[基本]:対主催、できれば誰も殺したくない
[思考・状況]
1.体力と魔力の回復
2.まゆこを守る
3.巻き込まれた人を守る
4.なぞちゃんの捜索
5.バトルロワイヤルを止めさせる方法を探す

※オーガを信用しました。
※オーガの名前を『ルシフェル』だと認識しています。
※『オーガ』という名の、他人の姿を似せられるマーダーが存在していると信じました。
※オーガに自分の変身能力について教えました。
※まゆこの事で、なぞちゃん捜索の優先度が下がりました。
※今回襲ってきたモヒカンがかつて遭遇したモヒカンと同一人物だとは認識していません(プラムの死体がくっついていた事やその変貌のせいで)



【まゆこ@魔法少女☆まゆこちゃん】
[状態]:全身打撲
    左肩から先の大部分を複雑骨折
左右股関節脱臼
左右の膝の靭帯を損傷
外性器の一部を損傷
(怪我については一応応急処置を済ませてあるので、出血は止まっています)

発狂しました。
ほぼ全裸です。
[装備]:ミアの上着
[道具]:なし (モヒカンとの戦いで喪失)

※オーガの名前を『ルシフェル』だと認識しています。



【オーガ@リョナラークエスト】
[状態]:左手首から先が消失
    全身に自身でつけた軽い裂傷(ミアの回復魔法で止血)
左わき腹に中度の打撲傷
全身にルーファスの返り血
戦闘による疲労
食料の問題が解決したので気分は良好
[装備]:カッパの皿@ボーパルラビット
涼子のナイフ@BlankBlood
[道具]:デイパック、支給品一式(食料5食分)
エリクシル@デモノフォビア
    赤い薬×3@デモノフォビア
    人肉(2食分)@リョナラークエスト
新鮮な人肉(当分は無くならない程度の量)
[基本]:主催者の打倒
[思考・状況]
1.疲労の回復
2.ミア、まゆこと一緒に行動(左手が無いので単独行動は危険と判断)
3.もっと人材が欲しい
4.知り合いとは合流したくない
5.厳しい戦いになりそうな相手(なぞちゃんとか)には会いたくない

※怪我により戦闘力が強めの一般人レベル(強さ6〜7ぐらい?)まで落ちています。
※モヒカンと反対方向(南)へ移動するつもりです。
※一応チェックは済ませてあるので、所有している人肉が、他人によってそれが『人の肉』だとバレるようなことはまずありません。

【モヒカン@リョナラークエスト】
[状態]:顔面に落書き、頭部に木の枝が刺さった跡、カッパの皿が刺さった傷
脚に刺し傷
※ダメージはいずれもバカ補正で苦痛になっていませんが、一応出血はしています。
[装備]:プラムの死体
[道具]:なし(忘れた)
[基本]:女見つけて痛めつけて犯る
[思考・状況]
1.女を見つけたらヒャッハー
2.とりあえずルーファスの死体を適当に隠す

※ミアと再会したことに気づいていません
※オーガ達との戦闘中の記憶が殆どありません
※北へ向かいました
※オーガと再び出会っても名前を呼ばない約束をしました


【ルーファス@SILENT DESIREシリーズ】
[状態]:死亡(失血性ショック死)
[装備]:モヒカンによって死体と一緒に隠されました。
[道具]:なし
※死体の一部はオーガの食料になり、残りはモヒカンによってどこかに隠されました。
※隠したのがモヒカンなので後に死体が誰かに発見される可能性はあります。


補足:
※マジックステッキはリョナラー連合東支部付近のどこか見つかり辛い所に落ちました。まゆこのバックパックに同梱されています。
※リョナラー連合東支部付近に未回収のデイパックおよび道具などが散らばっています
 具体的にはルーファス、まゆこのデイパックとその中身、「涼子のナイフ」「エリクシル」を除いたモヒカンのデイパック、宝冠「フォクテイ」、人体模型、です。


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