―その気配を一早く察したのはオーガだった。
彼の傍らで不安げに話しあっている他の3人――ルーファス、ミア、まゆこはまだそれに気づいている様子はない。
彼のみが“その気配”に気づく事ができたのは、職ゆえの経験の差か、あるいは――
(・・・面倒だな)彼は思う。
だが、“それ”を放置すれば間違いなく事態は思わしくない方向へ向かう。・・・ならば初めから選択肢は限られている。迷っている暇などありはしない。
体力を温存するため横になっていた彼は、意を決して起き上がる。
「どうしました?」
「シッ!」口に人差し指を当て、ルーファスの声を制する。
その行為の意図を悟った3人の顔に緊張が走る。
オーガは少し考えた後、危機感を込めた声で3人に言った。
「気をつけろ・・・。何か近づいてきているぞ。」
3人の顔がより一層曇る。
来訪者の存在。それが必ず好ましいものであるとは限らない。つい先ほどの戦闘で消耗している彼らにとって、これ以上の厄介事はできることならば避けたいものであった。
“望み通り”の反応を示した3人に、オーガは静かに言った。
「そこで待ってろ。俺が様子を見てくる」
そして、一人戸口へ向かおうとする。
「あの・・・」
オーガを呼び止めたのはルーファスだった。
「僕も行きましょうか?」
扉に手をかけていたオーガは振り返る。見ればルーファスのみならず、ロッドをきつく握り締めたミアも緊張した面持ちでうなずいている。まゆこもまた同様である。
「いや・・・」
オーガは首を横に振る。“そうしてもらっては”困るのだ。
「俺一人で行く。まだ相手が俺らに気づいている様子はない。大所帯でいけばそれこそ相手にこちらの姿を晒す事になっちまうかもしれねぇ」
「そうですか・・・」
口からの“でまかせ”だが、ルーファス他2人を納得させるには十分すぎる程だった。
オーガは再び扉に手を伸ばす。
「あの!」
何だ!といわんばかりに、オーガは振り返ってルーファスの顔を見る。
ルーファスはオーガの名を呼んで言った。
「気をつけて・・・」
「・・・ああ」
オーガは武器庫の扉を開きながら念を押すように3人に言った。
「いいな。俺が戻ってくるまで絶対にここを動くなよ・・・」
気配のする方向に向かって森の中を進む。だがオーガに警戒している様子はあまり感じられない。身を隠すでもなく堂々とその方向に向かって突き進む。戦闘慣れしている彼にはおよそ考えられない行動であった。
しかしその理由はごく簡単な事である。初めから彼は“気配”の正体を分かっていたのだ――
(それにしても・・・)
しばらく森の中を歩む内に、彼はずっと前から感じていた違和感を確信する。こんな森の中だというのに動物の気配の一つもない。鳥の鳴き声一つ聞こえない。
(フツーの環境じゃあありえねえ。一体この島はどこだっていうんだ?)
気配が近い。オーガは余計な思考を隅にやり、足を留める。そして彼は木々の間の闇に向かって軽い感じに語りかけた。
「おい」
闇は何も答えない。だが彼ははっきりと感じている。馴染み深いこの不快な気配をしっかりと・・・
「てめえなんだろ?出て来いよ・・・モヒカン」
「ヒャッハーーーーッッッ!!!大当たりィ!」
奇声と無数の木の葉と共に、頭上から見知ったキモい笑顔が降って来た。
「やっぱりてめぇだったかァ!オーガ!」
モヒカン―――オーガと同じく「リョナラー連合東支部」に所属する変人である。
長い付き合いのある同僚であるがゆえに、オーガは遠くからでもいち早く彼の“独特の”気配を察することが出来たといえよう。それが他の2人だった場合は正確に察知できる自身はあまりない。
オーガはいつもの調子で悪態をつく。
「お前も相変わらずみてえじゃねえか。・・・ったくこんな状況だってのによ」
モヒカンの顔面のわけのわからない装飾についてはあえて突っ込まないでおく。
「何言ってんだてめ!サイッコーのゲームじゃねえかよ!イカした女だらけの犯し放題リョナり放題パーティだぜ!この世のパァア〜〜〜ッッラダイスじゃねえかよ!!!ヒャッハーーーー!!!!」
モヒカンは必要以上に興奮していた。
(さてどうしたものか・・・)オーガは考える
(このままコイツと協力してあいつらを皆殺しにするか・・・)
オーガは首を振ってその考えを否定する。
(いや、そりゃダメだな・・・。状況が状況だ。「ミア」とやらの回復能力は頼りになる。このイカレた殺し合いゲームを生き残るためには必要だ・・・。不測の事態なんざ幾らだって考えられる・・・)
リョナたろうとでも再開できればあるいは代わりになるかもしれないが。それを考慮しても彼女の回復の能力は優秀だ。失うのは惜しい。
(それにあの「まゆこ」とかいうガキの変身能力は測り知れん。片手を失っている以上俺も無茶をできるわけじゃあないからな・・・)
他にも理由は幾つかあるが、とにかく結論としてオーガはモヒカンを隔離する選択を選んだ。
だが・・・。
(そう簡単にはいかねえようだなァ・・・)
興奮しっぱなしのモヒカンがオーガに語りかける。
「再開を祝っててめえにいいことを教えてやる!」
いい予感はしない。
モヒカンはわざとらしく息を潜めてもったいぶったように告げる。
「この辺りに女がいるぜ・・・たぶん2人くらいだ!俺のリョナゴンボール・レーダーが告げてやがる!間違いねえ!」
そうして自分の股間を両手で指差す。
モヒカンの悪趣味なビキニはゴーヤを詰めたかのごとく盛大に膨れ上がり、ビクビクと痙攣している。キモい。
(チッ・・・やっぱりか・・・)
オーガは眉を顰めた。この男のいやに鋭いわけの分からない直感を恨む。
(どうする・・・とりあえずあいつらは俺の獲物だってことにして他をあたらせるか・・・いや、それを素直に聞くヤツじゃねえ・・・。ならば対象を他のモノに・・・)
そこで唐突に思い出す。
(そうだ!あれがあったじゃねえか)
「ヒャッハーーーー!!!!もうガマンできなーーーい!!!」
「おい!待て!キモ・・・・じゃないモヒカン!」
今にも突っ走り出しそうなモヒカンをひとまず制する。
そして提案を告げる。
「ありがたい情報提供感謝するぜ、モヒカン。礼をしなきゃならねぇなあ。・・・ところで俺にもいい情報があるんだぜ」
そして自分の来た道と別の“ある方向”を指刺しオーガは言った。
「あっちに女の死体がある。今なら犯りたい放題だと思うが」
「ああん?死体だぁ?」モヒカンはやや乗り気ではないようだった。彼は天性のリョナラーであるがゆえに、いたぶることの出来ない死体は価値が落ちるのだろう。
・・・ならばモヒカンの猟奇趣味のニーズに応えるものでなくてはならない。
「首なしの全裸だぜ」とオーガは言った。
モヒカンはまだ迷っているようだった。
(ならばダメ押しだ・・・)
「(おそらく)人外だったからなぁ・・・。ひょっとすると・・・今ならまだ“生きてる”かも知れねえぜ?」
「ヒャッハーーーーー!!!」
それを聞くや否や、歩く不快感は一目散にオーガの指差した方向へ駆け出していった。
勿論生きているなどというのはウソである。十中八九、アレは死んでいたはずだ。
だが、モヒカンにそんなことは分かるまい、とオーガは踏んだ。
モヒカンはバカだからである。生きてると言っておけばたとえ死体でも思い込みで都合よく生きていると判断するに違いない。
(さて、これで時間稼ぎは完了した・・・と)
オーガはミア達の元へと引き返すことにした。
「やっぱり・・・誰かが居たの?」戻ってきたオーガの只ならぬ(もちろん演技だが)様子を見て、ミアが不安そうに言う。
「ああ・・・それにおそらく、敵だ。遠目から確認しただけだが・・・見るからにヤバそうな奴だった」
顔を強張らせる3人に身を寄せ、オーガは声を潜めて続ける。
「まだ、こちらは気づかれちゃいねえ。だが時間の問題だ・・・」
「じゃあ・・・」まゆこの声は若干震えている。ステッキをより強く握り締めたのが分かる。
オーガはゆっくりと首を振って否定した。
「いや・・・戦う必要はねえ。相手が気づかないうちにここを離れるのがいいだろう」
ミアとまゆこの顔が若干ほころび、互いに顔を見合わせて微笑んだ。
(ったく・・・まだ安心するのは早いっつの)
内心毒づきながらも、トラブルを上手く取り除いた達成感からか、彼自身も多少の安堵くらいは抱いていた。
荷物を手早くまとめ、出発の準備を整えた。各々の荷物を担ぎあげる。
「それじゃあ行きましょう」ルーファスが静かな声で言う。
「ああ・・・」オーガもそれに応えた。
念を入れて裏口から抜け出すことにする。辺りに注意を配りながら、順に建物から慎重に出る。
「ひゃっ!」最後尾のミアが突然叫んだ。
「どうした?」
「その・・・杖が・・・」
ロッドを横向きでリュックに縛り付けていたため、扉につっかえてしまったようだった。
「大丈夫、大したことじゃ・・・」
ガンッ
軽い感じの音だった。
ミアの体が宙を舞い、オーガたちの後方の地面に落ちてごろごろと転がった。
杖が扉から抜けた衝撃で・・・か?いや違う。扉の上から何かが・・・。
たった今ミアの立っていたはずの場所に、異形の存在が立ちはだかっていた。
幼い少女の白い裸体が、宙に浮いている。本来首のあるはずの場所には、何も無い。
その手足はだらりと垂れ下がり、首の断面から夥しい血を垂れ流している。
それは間違いなく、先ほどの戦いでオーガがとどめを刺したはずの・・・
(馬鹿な・・・こいつ、さっきの・・・!?いや、まさか・・・そんなはずは――)
そして彼は気づいた。
いや――
オーガは心の内で己の不備を呪った。
そうじゃない――
なぜ、どうして気づかなかった。
その少女の股に、太くどす黒いナニかが突き刺さっている。
宙をゆらめく少女の足の後ろで、醜い一対の太い脚が地面に突き刺さっている。
そして、首のないその体の向こうには、いびつな顔面と髪型をした――
(モヒカン・・・・ッ!!!)
股間に死体を突き刺したその不快感そのもののような存在は、落下の衝撃で地面に突き刺さった両の脚を引き抜き、高らかに雄たけびを上げた。
「HyaHhAaaaaaa〜〜〜〜〜ッ!!!!!アァイ〜〜ム!!バァック!!!」
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