〔Ep1 狂気を纏うエルフ(ダージュ視点)〕
ホール全体を包む光を浴び、目を眩ませたダージュは
気が付くと全く見知らぬ外にいた。
どうやら船舶のデッキにいるみたいだが、
木ではなく、壁面は鉄の塊で構築されていて
なんとも作りが凝っている。
「何かの転移魔術か……?
くく……それにしても、
なかなかえげつねぇ趣味してやがる、あの男は」
この場所に飛ばされる前、このゲームの主催者と名乗る男が
趣旨の説明のために人一人を簡単に爆殺してしまったことに
少しの皮肉を呟き、共感の感情を覚える。
ゴートのじいさんがあの男、キング・リョーナの誘いで、
少女達を好きに嬲れるイベントに参加するなんて
言い出したもんだから同じロアニーとしては
参加しない訳には行かなかったんだよな。
「殺し合いのゲームか……陳腐だがなかなかどうして、
楽しめそうだと考えてる俺もいるわけで……」
じいさんに付き合って参加することに何の躊躇も無かった。
あの名前を聞き……あの姿を見て……このデイパックとやらに入っていた
参加者名簿の名前を確認したら……断ることの方が愚かに思える。
「くくく……ヤツだ……オルナも参加してやがる」
およそ50年前、エルフの聖域『ユグドゥラシル』に
住んでいた俺は、同じく聖域に住んでいたエルフ『オルナ』と
意見や思想の食い違いを反発し合い、
そして俺の思想が邪悪と判断した族長どもに牢に幽閉されそうに
なってしまうところを、オルナが逃亡の道を作って難を逃れることができた。
「フツーの奴なら助けられたとか思うだろうが、俺は思わねぇ。
あの女は体よく俺を聖域から追っ払ったんだからな……」
族長どもは長い時間を掛けて俺を更正するつもりだったろうが
オルナのヤツはハナっから更正なんて頭に無くて、
俺の思想が他のエルフに蔓延していくのを恐れてそうしたんだからな。
「くくく……けどなぁ……これは逆に感謝しなきゃいけねぇかもしれねぇ」
俺はロアニーという組織を見つけ、そこでじいさんの魔法実験の材料になって
エルフはもちろん、普通の動植物やモンスター、
人や人外にはない特別な力を手に入れることができた。
そして、このゲームにオルナは参加している。
じいさんが少し前に会って殺りあったらしいから
当然ロアニーの動向を察知してこの催しに近づいたんだろう。
どうせヤツは偽善で救済とかほざくだろうが、
これは願っても無い最高のチャンスだ。
「殺すだけじゃ足りねぇ……ヤツ自身も、
ヤツの仲間も……ヤツの願いも全て俺が奪ってやる……!」
復讐だけが目的じゃなく、俺がオルナから全てを奪うことで
ヤツ自身を擬似的に俺のものに出来る。
それは……ヤツに良いように扱われた俺にとって
最高の悦びと化す。
「先ずは……駒を増やすとするか……」
俺は先程から感じる気配の方向をデッキから見下ろす。
そこには辺りを警戒するように
海に浮かぶ桟橋を歩き始める人間の少女の姿があった。
「ホントにいい趣味してやがるぜ。あの男は……」
その少女はあどけなさを残し、着ている物には
薄めのブラウスにスカートと、
随分戦場に似つかわしくない服装と風貌をしている。
あのホールに集まった連中は、卓越した戦闘技術を
持ってるヤツも結構集まっていたが、
どうもあのガキはそういう類の人種じゃないことが分かり、
キング・リョーナの意向で引っ張り出されてきたとしか
考えられないほどだ。
ダージュは先ず、この少女を駒にすることにした。
とは言っても、話し合って仲間にするわけじゃない。
元より俺はじいさんに呼ばれない限りは単独だし、
逆に相手も俺に寄ってくるようなことはないだろう。
あくまで駒は駒、それ相応のやり方で扱えばそれなりの
効果は期待できるだろう……
ざぶ……
俺は指一本に魔力を付与させた爪を作り出し、
桟橋の裏を水に浸かりながら進み、
気付かれないように尾行を始めた………
〔Ep2 暇【いとま】のないゲーム(ダージュ視点)〕
日が天に近づいたくらいの時間が経ち、ようやく橋の先端に辿り着いた。
橋を渡り終えた美奈は、暫くの間誰にも見つからないようにと
岩場の影で身を縮こませて震えていた。
(なんだ……? 何をあんなに怯えてやがる……)
ダージュは桟橋と陸の間に身を隠し、
周囲に何か変化があったのかと見回し始めた。
すると、少し遠くにぶっ倒れた男が一人、
すぐ近くに服を引き裂かれて傷もたくさん作って肩に風穴を開けた
ボロキレのような少女が一人、
そしてその少女の近くで馬鹿笑いを上げている
パンツ一丁のトサカ頭の変態男が視線に入る。
(なるほど……他の参加者達がこの場所でゲームを始めて、
そこに居合わせたこのガキは参加も助けようともせず、
ただ震えてるだけってか……)
ダージュはその姿が滑稽に見えた。
このガキは自分が傷つきたくないの一心で、
襲われた連中を無下にも見捨てた。
恐らくは非力を理由に足を動かさなかったんだろう。
(どう取り繕うと、見捨てたという事実は消えねぇな……
こいつ、純粋な殺人者よりずっとずっと汚くて卑しく見えるぜ)
ダージュは薄ら笑いを浮かべながら、
変態男が去った後で、地面に転がった男と少女の死体を
いじくってデイパックから何かを抜取る美奈を見据えた。
そして死体の身ぐるみを剥ぎ終えたガキは
同じ岩場に戻ってきて、再び震えながら身を隠しだした。
(なるほど……この岩場はあの変態男が歩いていった方向からは
見えない上に東側からはすぐ後ろに海があって敵はいない。
そして、南側は橋が一本あるだけだから隠れるには
もってこいの場所らしいな)
ただ一つの誤算があるとすれば、敵は橋の上を渡ってくるとは
限らないということだけだ。俺みたいにな……
美奈は膝を組んで俯きながら震えてる。
気配を殺しながら近づけば全く気付かないほど
体力的にも精神的にもまいってしまっていて
隙だらけになっていた。
ダージュは無音を保ちながら水面を這い出て、
ゆっくりと、けど確かににじり寄る様に
気付かない美奈に近づき、そして………
「顔を上げろ」
「えっ?」
どすぅっ! べきゃぁっ!!
「ぎっ!? あぎゃあぁぁぁぁっ!?」
ダージュは美奈に顔を上げるよう命令し、
美奈がそれに反応して顔を上げたタイミングを見計らって
美奈の細っこい右肩を踏み潰した。
肩から奇妙な音が聞こえると、それを追うように
断末魔のような獣染みた叫び声が木霊する。
「っといけねぇ。勢い余って骨を砕いちまったか……悪いな、譲ちゃん」
ダージュは心にもない謝罪の言葉を、苦痛でその場を転げまわる美奈に
笑いながら伝えた。
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