「あっ、あれですね。」
私の隣に居た伊予那がそう言って指を指した先には、3分の1ほどしか原型を留めていない建物があった。
「・・・そうね。」
此処から見る限り、御伽話に出てくるような石造りの城がモデルなのだろう。 完全な状態ならば、それなりに幻想的な建物に見えたのかもしれないが、あの様子ではとてもそうは見えない。
「(うっわぁー・・・メルヘンな建物が台無しじゃん・・・。アイツ、絶対に許せないねっ!)」
廃墟を視界の中心に捉えて向かっていると、イリスの間延びした声が私の頭の中に響く。
「(・・・・・・そうね。)」
動機は兎も角、許せないという意見には賛成だ。 下手に反論すると面倒なことになりそうなこともあり、私は同意しておくことにした。
「(・・・とまぁ、じょーだんは置いといて。)」 「(・・・誰も居ないのね?)」
イリスの発言には確かにどうでも良い内容が多いが、時と場合は必ず選んでいる。 その彼女がどうでも良い内容を話すと言うことは、少なくとも周辺には誰の気配も感じられなかったということだろう。
「(むぅぅーっ! ・・・当たってるけどさー。言わせてくれたって、いーじゃなーい、エリねえのけちぃー。)」
言おうとしていた内容をずばり言い当てられ、彼女は不貞腐れた【ふてくされた】ようだ。 彼女の膨れ面を想像して、私は思わず薄く口元に笑みを浮かべる。
「(・・・それで、どうするつもり?)」
突然、彼女が真剣な声色で問い掛けてきた。 内容は確実に伊予那のことだろう。
「(そうね・・・。)」
伊予那は元々、商店街へ知り合いを探しに行く予定である。 しかし、私とイリスの読み通りならば、商店街には殺人狂が配置されているはずだ。 伊予那一人を行かせるワケには行かない。 とは言え、一緒について行ったのでは、彼の思い通りになってしまう。
「(・・・作戦のこと、話しちゃえば?)」 「(私も、そう考えた所よ。)」
私の作戦を伊予那に話し、同行を申し出てしまえば恐らく彼女は断れないだろう。 あの時の素振りからして、彼女が商店街に知り合いを探しに行くというのは、出任せと見て間違いないからだ。 確かに現代にありそうな地名である商店街ならば、知り合いが向かっている可能性はある。 しかし、古い木造校舎や廃墟も現代にありそうな地名だ。 転送された場所によっては先にそれらの場所に向かう可能性も否定できない。 よって、廃墟には誰も居ないことが分かった時点で作戦を話し、アクアリウム経由で古い木造校舎に向かうことを提案すればよい。 彼女にこの道理をひっくり返せる物はなく、承諾する他ないだろう。
(・・・って、かなり強引な手ね。・・・嫌になるわ。)
私は自ら立てた作戦が、また伊予那を強引に振り回すことになるのがやるせなくて、溜め息をついた。
「(・・・まーた、そーやって思い悩むんだからっ!)」
イリスが呆れた気持ちと心配な気持ちが入り混じったような声色で私に話しかけてきた。
「(マインちゃんにも言ったんだけど、キミもあんまり悩んでばかりだとしわとか増えちゃうよーっ?)」
私は偶に、彼女の能天気なまでの明るさが羨ましく思える。 あの緑色の髪をした少女の一件で、絶対的自信のあった知覚能力に隙があったことが分からない彼女ではないはずだ。 彼女だって、内心そのことが気になって仕方ないはずである。 現状、彼女ができることはそれしかないのだから、余計だ。 それなのに、彼女はどうして、あんな台詞がすらすらと言えるのだろうか? これが経験の差という物なのだろうか?
「(・・・貴女なら、どうしてた?)」
気付けば、私は彼女に問い掛けていた。
「(・・・なにを?)」
彼女はいつになく真剣な声色で問い返してくる。
「(あの時のこと。それから、この後のこと。)」
彼女は少しの間を置いて答える。
「(・・・エリナと同じ。)」 「(ウソ・・・。)」 「(・・・うん、ウソ。だって、アタシはキミじゃない。アタシにできてキミにできないことがあるように、キミにできてアタシにできないことがあるもの。)」 「(!?)」
彼女の言葉に私は少し目を細める。
「(・・・あの時、アタシなら魔法が使えたから、伊予那ちゃんを囮にするまでもなかったと思う。)」 「(・・・でしょうね。)」
そう。 彼女は、私と違って自由に魔法を使うことができる屈強な戦士だ。 態々あんな回りくどい作戦をとって伊予那の身を危険に晒さずとも、互角以上に戦えていただろう。
「(でも、その代わり、アタシは躊躇わず、彼女の目の前であの娘【こ】を殺してたよ。)」 「(・・・えっ?)」
彼女のまるで感情の篭っていない冷ややかな声に、私は思わず目を丸くする。
「(あの娘、まるで本能のままに殺し続ける殺人人形【キリング・ドール】って感じがした。そんなヤツを野放しにしておくのは危険だもの。)」
確かに、対峙した時に感じた彼女の視線は、とても生きている人間のそれとは思えないほどに冷え切っていた。 あのまま生かしておいたら、ただ犠牲者が増えるだけだろう。 そういう意味では、あの時、立ち去らずあのまま息の根を止めておくのが正解だ。 しかし、私は躊躇った。 相手が年端も行かない少女だったこともあるが、傍に伊予那が居たこともある。 伊予那は戦いなんて血生臭い世界を知らない、正真正銘の”ただの少女”だ。 私が彼女を殺す所を目撃した時には、発狂してしまいかねない。
「(キミは、その優しさであの娘の命と、伊予那の命と心を救ったんだ。)」 「(伊予那の命と心を・・・。)」 「(アタシには、そんな真似できそうにない。だって、アタシは・・・。)」
一旦、言葉を区切ったイリスは最後に呟くように言う。
「(・・・戦士だもの。)」
イリスの本当に悲しそうな声は、多分初めて聞いた。 私は彼女の心に触れたような気がして、少し後ろめたい気持ちになった。
「(・・・・・・ごめん。)」 「(ばっ! ばっきゃろーい! なしてそこで謝るねーんっ! アタシゃ大丈夫ですたーい!)」
彼女は慌てて声を張り上げた。 微妙に方言のような物が混じったおかしな台詞に、私は思わず笑ってしまった。 今の私の顔を伊予那に見られたら、余計な心配をさせてしまいかねない。
そう考えた私は伊予那の一歩先を進んで誤魔化した・・・。
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