合流−サラダ・ボウル−

 
「あっ、あれですね。」

私の隣に居た伊予那がそう言って指を指した先には、3分の1ほどしか原型を留めていない建物があった。

「・・・そうね。」

此処から見る限り、御伽話に出てくるような石造りの城がモデルなのだろう。
完全な状態ならば、それなりに幻想的な建物に見えたのかもしれないが、あの様子ではとてもそうは見えない。

「(うっわぁー・・・メルヘンな建物が台無しじゃん・・・。アイツ、絶対に許せないねっ!)」

廃墟を視界の中心に捉えて向かっていると、イリスの間延びした声が私の頭の中に響く。

「(・・・・・・そうね。)」

動機は兎も角、許せないという意見には賛成だ。
下手に反論すると面倒なことになりそうなこともあり、私は同意しておくことにした。

「(・・・とまぁ、じょーだんは置いといて。)」
「(・・・誰も居ないのね?)」

イリスの発言には確かにどうでも良い内容が多いが、時と場合は必ず選んでいる。
その彼女がどうでも良い内容を話すと言うことは、少なくとも周辺には誰の気配も感じられなかったということだろう。

「(むぅぅーっ! ・・・当たってるけどさー。言わせてくれたって、いーじゃなーい、エリねえのけちぃー。)」

言おうとしていた内容をずばり言い当てられ、彼女は不貞腐れた【ふてくされた】ようだ。
彼女の膨れ面を想像して、私は思わず薄く口元に笑みを浮かべる。

「(・・・それで、どうするつもり?)」

突然、彼女が真剣な声色で問い掛けてきた。
内容は確実に伊予那のことだろう。

「(そうね・・・。)」

伊予那は元々、商店街へ知り合いを探しに行く予定である。
しかし、私とイリスの読み通りならば、商店街には殺人狂が配置されているはずだ。
伊予那一人を行かせるワケには行かない。
とは言え、一緒について行ったのでは、彼の思い通りになってしまう。

「(・・・作戦のこと、話しちゃえば?)」
「(私も、そう考えた所よ。)」

私の作戦を伊予那に話し、同行を申し出てしまえば恐らく彼女は断れないだろう。
あの時の素振りからして、彼女が商店街に知り合いを探しに行くというのは、出任せと見て間違いないからだ。
確かに現代にありそうな地名である商店街ならば、知り合いが向かっている可能性はある。
しかし、古い木造校舎や廃墟も現代にありそうな地名だ。
転送された場所によっては先にそれらの場所に向かう可能性も否定できない。
よって、廃墟には誰も居ないことが分かった時点で作戦を話し、アクアリウム経由で古い木造校舎に向かうことを提案すればよい。
彼女にこの道理をひっくり返せる物はなく、承諾する他ないだろう。

(・・・って、かなり強引な手ね。・・・嫌になるわ。)

私は自ら立てた作戦が、また伊予那を強引に振り回すことになるのがやるせなくて、溜め息をついた。

「(・・・まーた、そーやって思い悩むんだからっ!)」

イリスが呆れた気持ちと心配な気持ちが入り混じったような声色で私に話しかけてきた。

「(マインちゃんにも言ったんだけど、キミもあんまり悩んでばかりだとしわとか増えちゃうよーっ?)」

私は偶に、彼女の能天気なまでの明るさが羨ましく思える。
あの緑色の髪をした少女の一件で、絶対的自信のあった知覚能力に隙があったことが分からない彼女ではないはずだ。
彼女だって、内心そのことが気になって仕方ないはずである。
現状、彼女ができることはそれしかないのだから、余計だ。
それなのに、彼女はどうして、あんな台詞がすらすらと言えるのだろうか?
これが経験の差という物なのだろうか?

「(・・・貴女なら、どうしてた?)」

気付けば、私は彼女に問い掛けていた。

「(・・・なにを?)」

彼女はいつになく真剣な声色で問い返してくる。

「(あの時のこと。それから、この後のこと。)」

彼女は少しの間を置いて答える。

「(・・・エリナと同じ。)」
「(ウソ・・・。)」
「(・・・うん、ウソ。だって、アタシはキミじゃない。アタシにできてキミにできないことがあるように、キミにできてアタシにできないことがあるもの。)」
「(!?)」

彼女の言葉に私は少し目を細める。

「(・・・あの時、アタシなら魔法が使えたから、伊予那ちゃんを囮にするまでもなかったと思う。)」
「(・・・でしょうね。)」

そう。
彼女は、私と違って自由に魔法を使うことができる屈強な戦士だ。
態々あんな回りくどい作戦をとって伊予那の身を危険に晒さずとも、互角以上に戦えていただろう。

「(でも、その代わり、アタシは躊躇わず、彼女の目の前であの娘【こ】を殺してたよ。)」
「(・・・えっ?)」

彼女のまるで感情の篭っていない冷ややかな声に、私は思わず目を丸くする。

「(あの娘、まるで本能のままに殺し続ける殺人人形【キリング・ドール】って感じがした。そんなヤツを野放しにしておくのは危険だもの。)」

確かに、対峙した時に感じた彼女の視線は、とても生きている人間のそれとは思えないほどに冷え切っていた。
あのまま生かしておいたら、ただ犠牲者が増えるだけだろう。
そういう意味では、あの時、立ち去らずあのまま息の根を止めておくのが正解だ。
しかし、私は躊躇った。
相手が年端も行かない少女だったこともあるが、傍に伊予那が居たこともある。
伊予那は戦いなんて血生臭い世界を知らない、正真正銘の”ただの少女”だ。
私が彼女を殺す所を目撃した時には、発狂してしまいかねない。

「(キミは、その優しさであの娘の命と、伊予那の命と心を救ったんだ。)」
「(伊予那の命と心を・・・。)」
「(アタシには、そんな真似できそうにない。だって、アタシは・・・。)」

一旦、言葉を区切ったイリスは最後に呟くように言う。

「(・・・戦士だもの。)」

イリスの本当に悲しそうな声は、多分初めて聞いた。
私は彼女の心に触れたような気がして、少し後ろめたい気持ちになった。

「(・・・・・・ごめん。)」
「(ばっ! ばっきゃろーい! なしてそこで謝るねーんっ! アタシゃ大丈夫ですたーい!)」

彼女は慌てて声を張り上げた。
微妙に方言のような物が混じったおかしな台詞に、私は思わず笑ってしまった。
今の私の顔を伊予那に見られたら、余計な心配をさせてしまいかねない。
そう考えた私は伊予那の一歩先を進んで誤魔化した・・・。
「・・・ぅー・・・ん・・・。」

・・・身体が鉛のように重くて息苦しいです。
それなのに、意識は宙に浮かんでいるような感じがするです。

(なんだか・・・風が吹いたら・・・飛んでいけそうな・・・気がする・・・です・・・。)

それが少し気持ちよくて、つい昏々としていたら、全身を這うような痛みと、身体を貫くような鋭い痛みに襲われたです。
そしたら、身体が勢いよく天高く舞い上がっていくような感覚と、意識が地の底へ叩き落されていくような感覚に襲われ――

「――いっっだぁぁっ!!」

なぞは、力いっぱい叫んで身を起したです。
目の前がぐちゃぐちゃに歪んでて、頬の辺りがすぅーすぅーするです。
多分、なぞ、目を開ける前から泣いてたです。

「痛いですぅぅっ! うぁぁーんっ!」

なぞ、なんとか動かせる左腕で、目を覆って泣いたです。
痛くて、辛くて、苦しくて、いっぱい泣いて叫んだです。

「うぅっ・・・ひっぐっ・・・ひっ・・・ぐっ・・・・・・っ!」

でも、なぞ、知ってるです。
泣いてるだけじゃ痛いのは治らないです。
なぞは奥歯を噛み締めて泣くのをやめたです。
そして、どうしてこんな痛い思いをしたのか、思い出そうとしたです。

「・・・・・・どうして・・・おもい・・・だせない・・・ですか?」

なぞ、確かに色々なこと、よく忘れるです。
この前も、美味しそうな果物が生ってるを見かけて次の日に取り行くつもりでいたら、その場所忘れたです。
でも、さすがにこんな痛い思いをしたことを忘れたりはしないです。・・・・・・たぶん。

「・・・・・・あ・・・れ・・・?」

また、なぞの視界がぐちゃぐちゃに歪んでしまったです。
でもヘンです。
なぞ、痛いので泣くのは、さっき頑張ってやめたです。
それなのに・・・。

「なんで・・・なぞ、泣いてる・・・ですか・・・?」

どうして痛い思いをしたのかを思い出そうとするほど、泣いてしまうです。
これはとても困ったです。
なぞ、こういう時どうやって泣くのをやめたら良いのか、分からないです。
だから、誰かに聞くしかないです。
でも、誰に聞けば・・・。

「・・・ミア・・・ちゃん? ・・・・・・ミアちゃんっ!!」

ずっとなぞの傍に居た友達、ミアちゃんが居ないです。
なぞ、ぐちゃぐちゃな世界の中、周りを見回してミアちゃんを探しました。
でも、見つけられたのはミアちゃんじゃなくて、新しい’謎’です。

「・・・・・・って、なぞ、どうして、此処に居るですか?」

なぞ、確かミアちゃんと一緒に、ヘンな建物が見える辺りに居たはずです。
それなのに、緑色と茶色の景色の中、遠くにミアちゃんと逢った、あの廃墟っぽい物を見つけたです。
ミアちゃんが居ないのも’謎’ですが、なぞがどうして此処に居るのかも’謎’です。

「・・・兎に角、ミアちゃんを探すです。」

なぞ、ミアちゃんに聞きに行くために、痛いのを我慢して立ち上がったです。
そして、ぐちゃぐちゃに歪んだ地面を歩いて廃墟っぽい物のある方へ向かうことにしたです・・・。
 
「・・・あぁーもう、分かったわよ!」

クリスはそう怒鳴ると、土下座を繰り返す青年に背を向けて腕を組んだ。

「このとぉぉりだからっ! ゆるし・・・てっ?」

青年は土下座を中断して、聞き返した。

「許して・・・くれるのか・・・?」

クリスは横目で青年の様子を見る。
砂塗れの額を上げて、不安そうに此方の様子を窺っている彼は、まるで棄てられた子犬のような感じだ。
クリスは頬が赤くなっていくのを感じ、慌ててそっぽを向いた。

「わ、態とじゃないのは貴方の態度でよく分かったから・・・っ!」
(・・・って、どうして私、ドキドキしてるのよっ!)
「・・・・・・うわああーん!! ありがとなぁぁっ!!」
「――っ!?」

青年はクリスの言葉がよほど嬉しかったらしい。
満面の笑みで勢いよく立ち上がって、クリスに抱きつこうとした。
しかし、クリスは反射的に裏拳を飛ばしてしまい、青年は顔面を強打する結果となった。

「・・・・・・うぐぅ。」
「――って!? ちょっと! 大丈夫っ!?」

地面に崩れ落ち、動かなくなった青年にクリスは慌てて駆け寄った。

〜〜〜〜

「・・・ごめんなさい。突然のことだったからつい、ね。」
「・・・いや、いいよ。許して貰っただけでも奇跡だと思うし。・・・おぉいってぇっ。」

クリスの介抱ですぐに目を覚ました青年は、殴られた辺りを手で擦りながら起き上がった。
青年は地面に座ったままのクリスを脇目に、突き刺さったツルハシを引っこ抜く。

「ホント・・・自分でもビックリしたよ。ヒマだから振り回して歌ってたら、凄い勢いですっぽぬけちまってさ。」
「・・・そう、なの。」

クリスはゆっくり立ち上がって、服の汚れを叩き落とす。
そして、青年に向かって問い掛けた。

「・・・それで、貴方は?」
「んっ? ・・・ああ、俺? 明空。御朱明空【みあかあそら】。18歳。乙女座。趣味はバスケとかサッカーとかっ♪」

明空と名乗った青年は、子供のような笑顔でクリスに答えた。
クリスは思わず顔を背ける。

「そ、そこまで聞いてないわっ。・・・私は、クリステル・ジーメンス。」
(お、乙女座って・・・私と同じじゃないの・・・!)
「クリスでいい・・・わっ!?」

何気なく視線を戻してみると、何時の間にか明空が間近に迫っていて、クリスは思わず飛び退いた。
明空は興味津々な様子で目を丸くしていた。

「ぅおおぉぉーっ! や、やっぱ、ガイジンさんだったんだぁっ! すっげぇー! 俺、初めて間近で見たよぉーっ!」
「なっ、なに言ってるのよっ? 『がいじんさん』って、私の名前はクリス・・・」
「なぁなぁっ! 何処の国の人? てか、日本語うめーなっ! 日本暮らし長いの?」

明空にずいずいと迫られ、クリスは一歩ずつ後退る。

「ど、『何処の国の』って、アレスティア王国・・・って言うか、『にほんご』なんて話してないし、『にほん』なんて国は聞いたことすらないわっ!」
「えっ!? でも俺、日本語しか話してないぜ? ・・・しかも、『アレスティア王国』って国は聞いたことねぇよ。」
「・・・えっ?」

二人は同時に黙り込み首を傾げた。
暫しの静寂が流れ、クリスが口を開く。

「・・・どうやら、住んでいた世界自体が違うと考えるしかなさそうね。でも何故か、言葉は通じると・・・。」
(違う世界の住人同士を一緒くたにできるなんて・・・。キングという男、想像以上に凄い力を持っているということね・・・。)

クリスは真剣な表情で俯いた。

「・・・なんか、夢みたいな話だなぁ。」

呆然とクリスの言葉を聞いていた明空はそう呟いた。
クリスは彼の率直過ぎる感想に苦笑しながら軽く頷く。

「・・・でさ、クリステル・・・」
「クリスでいいわ。歳もそんなに離れてないみたいだしね。」
「ん、じゃあ・・・クリスは、この後どうするんだ?」

クリスは少しだけ悩む素振りを見せてから答える。

「そうね、北に向かおうかと思ってるわ。地図を見たら商店街ってのがあったはずだもの。」
「ああー、あの商店街? それなら、俺、通ってきたけど。」
「えっ? そうなの?」

クリスの言葉に明空は大きく頷いて、経緯【いきさつ】を説明した。

「・・・で、今に至るってトコ。大きな街だったけど、人が居るって感じはしなかったなぁ・・・。」
「そう・・・。」
(彼がこの場でウソをつく理由はないはずだから、誰も居なかったというのは信じても良さそうね・・・。)

クリスは顎に軽く手を当て、俯いた。

(入れ違いの可能性もあるけど、彼の話を聞く限りでは発生している可能性は低そうだし・・・そうね。)

クリスはゆっくり顔を上げて口を開いた。

「・・・知り合いを探しに商店街に寄る予定だったんだけど、それなら、先に廃墟に向かうことにするわ。」
「そっか、クリスは知り合いを探してるんだ・・・。俺は、弟と合流するために木造校舎に向かおうとしてたんだ。」
「・・・なるほどね。」

クリスは地図を頭の中に思い浮かべ方向が違うことを確認すると、一度溜め息をついた。
そして、何故か後ろ髪を引かれるような思いを感じながら踵を返した。

「・・・じゃあ、此処でお別れね。お互い、無事に逢えると・・・」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。」

明空の言葉にクリスは振り返りながら尋ねる。

「・・・なに?」
「その・・・さ。一緒に行ってもいいか?」

クリスは明空の申し出に心臓が撥ね上がるのを感じるが、平素を装って切り返す。

「一緒にって・・・弟さんと合流するんじゃなくて?」
「そうだけどさ・・・やっぱ女性一人でうろつくのは危険かなーって思うし・・・。」
「心配してくれるのはありがたいけど、私なら大丈夫よ。」
「それによ、ちゃんと侘びも入れてぇし。あいつなら、俺よかしっかりしてるから、少しぐらい遅れても大丈夫だろうし・・・。」

明空は恥ずかしそうに頭を掻いて俯く。
クリスは心臓が高鳴っているのを悟られないよう、大きく溜め息をついてから答えた。

「・・・分かったわ。一緒に行きましょう。」
「い、いいのかっ! 俺、頑張って守るぜ!」

明空の屈託のない笑顔に、クリスは慌てて視線を反らす。

「べっ! 別にそんな頑張らなくてもいいわっ。 私、こう見えても結構強いのよっ。」
(異性から『守る』なんて・・・初めて言われたわ・・・。)

クリスは高鳴る鼓動を悟られないよう、早足で歩き出す。
明空は慌ててクリスの後を追いかけた。
 
「にゃはぁぁっ! ふにゅぅぅうぅーーっ!」

・・・あれから、どれぐらいの時間が経ったのだろう。
私はあいつの用意した罠から抜け出せそうになかった。

「にゃぁああんにゃんっ!」

甲高く【かんだかく】心地良い鈴の音が私を誘い、甘くて美味しそうな匂いが私の身体をどんどん蕩【と】けさせていく。
私の意識は桃色の地獄に堕ちていた。

「――にゃっ!?」

その刹那、風に乗って別の臭いが僅かに流れてきた。
私は本能的に袋を投げ捨て、デイパックを拾い近場のくさむらに伏せる。

(人の・・・臭い・・・!?)

意識は桃色の地獄に沈んだまま、身体が条件反射で周囲を警戒する。
すると、少しずつではあるが人の気配が近づいてくるのが分かった。
私の身体は、いつでも飛び出せるように身構えて様子を窺うことにした・・・。

〜〜〜〜

「うわーっ! すっげーキレイな花畑だなー!」
「本当、綺麗ね。」

あれからクリスと明空は東へ森を進み、出口付近で山脈を目撃した。
二人は相談した結果、山越えを敬遠して南に迂回することにし、花畑へと踏み入っていた。
二人が花畑の予想外の美しさに心を奪われながら進んでいた時である。

『にゃぁああんにゃんっ!』

突然、盛りのついた獣の鳴き声が聞え、二人は現実に引き戻された。

「な、なんなの、今の鳴き声っ!?」
「なんだって、猫じゃないの?」
「た、確かに猫みたいな鳴き声だったけど・・・!」

クリスの脳裏に”ルシフェル”の件が思い出された。
今回もあの男が放った魔物で、猫を装った新種の可能性がある。
クリスは身構え、声のした方角に意識を集中した。

「・・・あっ! ちょっと、明空っ!」
「俺、ちょっと見てくるよっ! 実は俺、猫好きなんだっ♪」
「見てくるって! 危ないわよっ! あの男が用意した魔物かもしれないわっ!」
「大丈夫だって♪ もし、化け猫だったらダッシュで逃げてくるからさっ♪」

クリスの心配を他所に、明空は笑顔で声のした方角へ走り出した。
クリスは溜め息を混じえながら慌てて明空を追いかけた。

〜〜〜〜

「・・・うーん、この辺のような気がするんだけどなー。おーい、猫ー、でてこーい。」

明空は猫の鳴き声がした辺りで立ち止まり、周囲を見回しながら呼びかけた。

(・・・仕方ない、こうなったらいつでも戦えるようにして警戒するしかないわね。)

一歩遅れて到着したクリスは、いつでも魔法が放てるように身構えて周囲を警戒した。
明空が周囲を歩き回っていた時である。

「・・・んっ? 鈴の音?」

明空の足になにかが当たり、鈴の音が小さく鳴った。
明空はそれを拾い上げてみる。

「・・・なんだろこれ?」

明空は拾った物をクリスに見せて問い掛けた。
クリスはそれに少し顔を近づけ観察してから答えた。

「・・・微かにマタタビの臭いがするわね。匂い袋と言った所じゃないかしら?」
「へー・・・マタタビって、あの猫が好きなヤツだよな?」
「そうね。・・・でも、どうしてそんな物が此処に?」
「――それ、返してっ!!」

突然、誰も居ないと思っていた方角から怒鳴り声が聞えて、二人は慌ててその方角へ振り向く。
そこには頭に猫のような耳をつけた女性が立っていた。
彼女は、自分で声を掛けたにも関わらず、何故か呆然と立ち尽くしていた。
三人の間に静かで重苦しい時間が流れる。

「・・・あ、ああ。ごめん。返すよ。」

明空が持っていた匂い袋を投げ渡そうとした時である。
彼女の身体が僅かに撥ねると、突然明空に飛び掛った。
あまりに突然のことに、明空は体勢を崩し、そのまま押し倒されてしまった。

「いでぇっ!!」
「――明空っ!?」

クリスは慌てて魔法を放とうとするが、それよりも早く彼女は飛び退いた。

「――あっ! ご、ごめんっ! 大丈夫だった!? 貴方っ!!」

彼女は慌てて頭を下げ、明空に手を貸した。
クリスは彼女の行動の真意が測れず、少し彼女と話をしてみることにした。

「・・・貴女、何者?」

クリスの警戒心丸出し態度に、彼女は少し飛び退いて身構えた。
彼女が身構えたことに反応して、クリスも素早く身構える。
少しだけ呼吸を整え、彼女は答えた。

「・・・ナビィ。」

クリスはナビィと名乗った少女の姿を鋭い眼差しで観察する。

(あの猫の耳・・・本物の耳のようね・・・。でも、魔物にしては酷く人間味があるわね・・・。)

ナビィの分類に迷ったクリスは、ナビィの行動に注意しながらずばり問い掛けることにした。

「貴女は、魔物? 人間?」
「・・・その、中間の中間みたいな物だよ。」

クリスの問い掛けに彼女は少し悲しそうな声で答えた。
少しの間が開いた後、今度は彼女が問い掛ける。

「今度は私が聞く番だね。・・・貴女、何者? 凄い魔力を感じるけど・・・?」
「クリステル・ジーメンス、魔法使い・・・って言えばいいかしら。」

クリスは不敵な笑みを浮かべて答えた。
それから程なくして、無言で見つめ合っている二人の間に不穏な空気が渦巻く。
その空気に耐えられなくなった明空が口を挟んだ。

「あーもうっ! 二人とも、睨めっこはやめて、仲良くしようぜっ!」

明空の叫び声に反応して、二人は同時に明空へ顔を向ける。
暫しの間が開いた後、クリスが態と大きな溜め息を付いて構えを解いた。

「・・・そうね。どうやら貴女は話が通じる相手のようだし、あまり肩を張る必要はないようね。」

次いで、ナビィも構えを解く。

「・・・そうだね。貴女達、ロアニーの人間って感じじゃなさそうだし。少し、話し合ってみようか。」

それから、三人はお互いのことについて軽く情報を交換しあうことにした。

「・・・で、廃墟に向かおうとした途中に貴女に出会ったのよ。」
「そうなんだ・・・。私は・・・その、あいつの行いをどうやったら止めさせられるか、考えてたよ。」
(マタタビに夢中だったなんて・・・口が裂けても言えないよ・・・。)

ナビィは咄嗟にウソをつき、表情を隠そうと俯いた。
クリスはその様子を疑問に思うが、彼女が恥ずかしそうにしているので、あえて言及しないことにした。

「・・・それで、ナビィはこれからどうすんだ?」

明空は二人が黙り込んだ隙に、すかさず口を挟んだ。
ナビィは少し間を置いてから答える。

「うーん・・・とりあえず、あいつの行いを止めるのを手伝ってくれそうな人を探そうかなって思う。」
「じゃあ、俺と目的は一緒ってことだなっ♪」

明空は満面の笑みでガッツポーズをした。

「そーいうことだから、仲良くしようなっ♪ ナビィ♪ クリス♪」
「・・・って、ちょっと明空。私はそんな話初めて・・・」
「・・・えっ? 俺、クリスは一緒に戦ってくれるって思ってたんだけど?」

明空の純真無垢な視線に思わずクリスは目を背け、態と大きな溜め息をつく。

「・・・分かったわよ。確かに、私もあの男は倒したいし、同胞は多いに越したことはないしね。」
「そーだろっ、そーだろっ♪」

明空は大きく何度も頷き、二人の手を取り重ねていった。
突然のことに二人は驚くが、彼の真意を悟り、仕方なく付き合うことにした。

「よーっし! この調子で仲間を集めて、あのヤローを倒すぞーっ! おーっ!」
「お、おーっ!」
「・・・おーっ!」

三人の足並みの揃ってない掛け声が花畑に響き渡る。
明空は足並みが揃わなかったことが少し不満であったが、彼女達は二度は付き合わないと言わんばかりに先に歩き出してしまった。
明空は仕方なく後を追うことにした。

〜〜〜〜

「・・・・・・あっ!」

その道中、明空が突然声を上げ立ち止まった。
一歩後ろを歩いていた二人が驚いて明空の様子を窺う。
明空はズボンのポケットに入れたままの匂い袋を取り出した。
その瞬間、微かに鈴が音を出し、ナビィの身体が僅かに撥ねる。

「ぅっ・・・!?」
「そうだそうだ、コレ、返すよ。」

ナビィの変調に気付かない明空は、笑顔で匂い袋をナビィに差し出した。
ナビィは身体の芯が熱くなっていくのを感じ、慌てて飛び退く。

「ご、ごめんっ! それ、やっぱ要らないよっ! 明空のデイパックに仕舞っててっ!」
「えっ? でも・・・」
「いいからっ!! でも絶対に無くしたりしないよう、底の方に入れといてねっ!! お願いだよっ!!」

ナビィの反応に釈然としない物を感じながらも、本人が持ってていいと言うので、明空はデイパックに仕舞うことにした。
言われたとおり、底の方に仕舞いこんで、明空は再び歩き出した。

(ナビィ・・・。貴女って、やっぱり・・・・・・猫なのね・・・。)

その一部始終を傍で見ていたクリスは、ナビィの猫としての本能に必死に抗う姿に思わず同情していた・・・。
 
「・・・うーん、誰も居ませんね・・・。」

伊予那は周囲をきょろきょろと見回しながら話しかけてきた。
あれから、間もなくして私達は廃墟へ踏み入った。
廃墟はまるで意図的に4等分したかのように、原型を留めている所と荒地に近い状態になっている所が分かれているようだった。
私達は荒地になっている部分から南下するように捜索をしていくことにしていた。

「そうね。・・・もう少し、南へ行ってみましょう。」
「あ、はい。」

私の提案に伊予那が頷いたことを確認し、更に南へと向かおうとした時だった。

「(――エリナ。)」
「――隠れてっ。」
「――えっ?」

イリスの呼びかけで、私は反射的に伊予那の腕を掴んで、彼女を強引に物陰へと身を潜めさせた。
彼女は私に向かって少しだけなにかを言いたそうな顔をしたが、私の様子から状況を悟ったのかなにも言わず身を丸めた。
私は伊予那の隣で身を潜め、胸元の首飾りを意識しながらイリスに問い掛ける。

「(状況は?)」
「(・・・北から人が来るよ。)」

その瞬間、私の脳裏に先に気絶させた少女のことが思い出された。

「(・・・彼女?)」
「(・・・そう、なのかもしれない。)」
「(『かもしれない』・・・?)」

彼女にしては、とても自信のなさそうな返答だ。
そう感じた私はその理由を問い詰めることにした。

「(どういうこと?)」
「(気配としてはさっきの娘の気配と、全く一緒なんだ。でも・・・。)」

彼女は一旦言葉を切って、再び話しだした。

「(・・・”生きてる”んだ。)」

彼女の言う『生きてる』とは、文字通りの意味ではない。
私はあの時、気を失わせただけなのだから、死んでいるワケがないからだ。
文字通りの意味ではない、『生きている』とは・・・。

「(・・・心がってこと?)」
「(そう、なるのかな・・・。兎も角、あの時の彼女の感じとは違う、明るくて優しい感じがするんだ。)」
「(そう・・・。)」
「(・・・それで、どうする? もうじき、彼女の姿や声がキミや伊予那でも遠巻きに確認できるぐらいの距離になるよ?)」

私は少しだけ考えて、結論を出した。

「(そうね・・・ひと目、確認してから決めるわ。)」

私の出した結論に、彼女は溜め息混じりで問い詰めてきた。

「(・・・もしもアタシの気のせいで、彼女があの時の彼女のままだった時は?)」

私は含み笑いを浮かべて答える。

「(逃げるか、戦うか。・・・貴女が居れば、どっちもできるでしょう?)」
「(・・・あ、あったりめぇーだのくらっかーだよ! アタシに任しとけぇーっ!)」

彼女の声は頼られた嬉しさと恥ずかしさで少し上ずっていた。
私は伊予那に悟られないように小さく失笑する。

(・・・頼りにしてるわ。)

直後、私は無意識の内に彼女を”単なる協力者”以上の相手として見ていたことに気付き、溜め息を漏らした。
そして、私の言いつけ通りに息を潜めたままの伊予那に話しかける。

「伊予那・・・。」
「・・・はっ、はぃ。」

私が小声で話しかけたのに合わせて、伊予那も小声で返事を返してきた。

「私は様子を見てくるから、伊予那は暫く此処で隠れてて。」
「・・・・・・はぃ。」

伊予那は手に持った拳銃を握り締めて頷いた。

「・・・それと。」
「はい?」
「・・・銃は、仕舞っておいた方がいいわ。見せびらかしても相手が驚かなかったら、みすみす武器を渡すことになるもの。」

伊予那は私の言葉に無言で頷くと、持っていた銃をデイパックに仕舞った。
私はその様子を確認すると、物陰から少しだけ顔を覗かせた。
その直後、イリスの情報通り、一人の少女らしき姿が見えた。
同時に、彼女の声が聞える。

「・・・泣いてる?」

聞えてきたのは時々嗚咽が混じった泣き声で、彼女はどうやら左腕で時折涙を拭っているようだった。
私は思わず、そのまま見入ってしまった。

「ぐずっ・・・ミア・・・ちゃん・・・何処に・・・居るですかぁー・・・?」

彼女はどうやら、誰かを捜しているようだ。
しきりに、ミアという名を口にしては周囲をきょろきょろと見回していた。

「(・・・確かに、彼女だね。)」
「(ええ。あの傷、服装、髪色、忘れられるワケないもの。)」

私は彼女の様子を少し観察することにした。
彼女は泣きながら、此方へとゆっくり近づいてくる。

「(――なっ!? 隠れてっ!!)」

突然、イリスが叫び私は反射的に身を隠した。

「――だ、誰か居るですかっ!? ひっぐ・・・其処に・・・ミアちゃん・・・居るですかぁっ!?」

彼女は明らかに、私が隠れている方へと嗚咽混じりに呼びかけてきている。
私は物陰からいつでも飛び出せる体勢で、彼女に気付かれた理由を問い詰めた。

「(イリス、どうして気付かれたのっ!?)」
「(・・・彼女、突然物凄く鋭い視線で気配を探り出したんだ。)」
「(なんですって!?)」
「(きっと、無意識の内にやったんだ。じゃなきゃ、アタシが完全に虚を突かれるワケがないよ。)」

彼女は平素を装っているつもりだろう。
しかし、その声は少し上ずっていて、彼女がにわかには隠しがたい焦りと驚きを感じているのを物語っていた。
私は隣で不安そうな顔を見せる伊予那を手で軽く制すと、イリスに話しかけた。

「(・・・出てみるわ。)」
「(・・・そうだね。このままじゃ、伊予那ちゃんまで巻き添えにしてしまう。)」
 
彼女に気付かれたのは私一人のはずである。
それならば、私が姿を現して気を引けば、最悪の場合でも伊予那だけは逃がすことができるだろう。
私は彼女の前に身を晒すことにした。

「ぐじゅっ・・・うぅー・・・出てきて欲しーですーっ・・・なぞ、怖くないですーっ・・・!!」
「・・・何者?」

彼女は私の姿を見つけると、その場で立ち止まり、涙を拭ってから口を開いた。

「・・・・・・ミア・・・ちゃん・・・じゃないです・・・うぅっ・・・。」
「・・・それで、何者なの?」
「えと・・・その・・・前に・・・です・・・ひっくっ。」

私は質問に答えようとしない彼女に若干苛立ちを感じながらも、彼女の次の言葉を待った。
彼女は涙を拭い、鼻を強く吸ってから言葉を続ける。

「どうしたら・・・泣くの・・・止まるですか?」
「・・・はっ?」

私は彼女の質問の意図が全く掴めず、眉を顰めた。
彼女は私の苛立ちに全く気付いていないのか、或いはあえて無視しているのか。相変わらずの口調で問い掛けてくる。

「なぞ、痛いの我慢して、どうして痛い思いをしたのか、思い出そうとしてるです・・・。でも、痛いの我慢してるのに、涙止まらないです・・・。」

私は思わず、呆然とその場に立ち尽くしてしまった。

「(・・・・・・”ドジッコ”ってヤツ、なのかな?)」

流石の能天気宇宙人、イリスも彼女には唖然としてしまったようだ。
まるで覇気のない声で私に話しかけてきた。

「(・・・そのようね。)」

私は溜め息混じりで彼女に同意した。
そして、彼女の質問に直感で答えることにした。

「・・・思い出すのを、やめたら?」
「・・・・・・やって、みるです・・・。」

彼女はそういうと、目を閉じて大きく何度か深呼吸をした。
そして、ゆっくりと目を開いて涙を拭う。

「・・・おぉぉぉぉーっ!! とまったですぅーっ!! 凄いですぅーっ!」

どうやら彼女なりに相当、思い悩んでいたらしい。
彼女は満面の笑みで何度も飛び跳ねた。
私は彼女に聞えるように大きく咳払いをして、三度同じ質問を問い掛けた。

「・・・で、貴女は?」
「・・・ふぇっ?」

彼女の間の抜けた返答に、私の苛立ちは更に募る。

「・・・何者?」
「・・・あ、えっと・・・なぞ。ですっ♪」

私は彼女の名乗った名前が名簿にあったか、暗記していた内容を反芻した。
その結果、確かにそのような名前があったのが確認できた。
正直、名前なのかどうか疑わしくもあったが、どうやら本当に名前だったようだ。

「それで・・・なぞ。」

私はそこで一旦言葉を切った。
本当はなにをしに来たのか等を問い詰める予定だったが、この様子では聞くまでもないだろう。
私は大きな溜め息を一つつき、別の質問をすることにした。

「・・・ミアって人とは、何処まで一緒だったの?」
「えっ? ・・・えと、この近くで友達になって、それから、ずっとあっちに行って・・・。」

私は苛立ちが募るのを必死で抑え、彼女のペースに合わせる。

「それから・・・あっ! 思い出したです! なぞ、森の中にあった変な建物の前で、空に浮かんでた女の子を見かけて・・・それから・・・それから・・・。」

彼女の声が突然小さくなっていく。
そして、また泣き出してしまった。

「あ、れ・・・なぞ・・・また・・・泣いてるです・・・。」

多分、彼女はそこでなんらかの理由でミアとはぐれてしまったのだろう。
その理由は多分、彼女が原因で起きたことで、その辛さや悲しさから逃れるため、記憶を閉ざしたという所だろう。
私はそう推測した。

「(・・・なるほどね。・・・それで、このなぞって娘、どう見る? エリナ。)」

イリスも恐らくは同じ結論に達したのだろう。
私が今から相談しようとしたことを先に相談してきた。

「(・・・今は、無力ね。とても、あの時の彼女と同一人物とは思えないくらい。)」
「(あー、”にじゅうじんかく”ってヤツ? あの、紫色の刺々しい髪型の男子みたいな・・・。)」
「(・・・二重人格って線はありえるわね。)」

少なくとも、彼女では意図的に別の人格を演じることは不可能だろう。
無意識の内に記憶を封じていたりすることも踏まえると、二重人格者である可能性はある。

「(むぅー・・・で、どうするの?)」
「(一応、連れて行くわ。)」

幸い、この人格の彼女は極めて無力だ。
それに、別人格の時のこととは言え、右腕に重傷を与えた責任も一応感じている。
せめてその分ぐらいは面倒を見ないと、私の気が済みそうになかった。

「(・・・大丈夫なの?)」
「(そうね・・・。二重人格者ならば、性格が入れ替わる条件さえ分かれば、或いは・・・)」

人格が切り替わる条件が分かれば、知らない内に人格が切り替わってたという事態は防げるはずである。
私のいわんとしていることを悟ったイリスが口を挟んだ。

「(・・・オーケー。エリナ、キミに任せるよっ♪)」

私は小さく頷くと、まだ声を大にして泣いているなぞに話しかけた。

「・・・ほらっ、なぞ、思い出すのをやめなさい。」
「うえええーんっ・・・ひっぐ・・・・・・あっ、とまったです! えと、ありがとですっ♪ んと・・・」
「・・・エリナ。」
「エリナッ♪ なぞはエリナと逢えて嬉しいですっ♪」

なぞの屈託のない笑顔に、私は思わず恥ずかしさを感じて視線を逸らした。

「そ、そう。・・・それで、なぞ。貴女はミアという人を探しに行くのね?」
(逢えて嬉しいなんて・・・初めて言われたわ・・・。)
「うんっ、なぞはミアちゃんを探すですっ! ミアちゃん、きっと寂しくて泣いてるですっ!」
「・・・・・・そうね。」
(『厄介なのが居なくなって嬉しい』って、思ってるかもしれないわね・・・。)

私は一度溜め息をついてから、次の質問をする。

「・・・当てはあるの?」
「んと、その・・・ないです・・・。実はなぞ、ミアちゃんと最後にみた建物の場所・・・覚えてないです・・・。」
「そう・・・。」

私の予想通り、彼女は思い出せた順に探し回るつもりであったようだ。
それならば、どうとでも理由をつけて、彼女を暫く一緒に同行させることは可能だろう。

(”思い出そうとする”ことは、鍵ではなさそうだから・・・。次は、コレね・・・。)

私は最後に、あの時の彼女が持っていた拳銃を取り出して、見せてみることにした。
別人格の時に使っていた凶器を見ることが、人格変動の鍵の1つとして考えられるからだ。
それに今ならば、もし人格が変動しても伊予那を巻き込む心配もない。

「・・・ちなみに、貴女。これに見覚えは?」
「そ、それは・・・っ!?」

拳銃を見るなり彼女がとても驚いたように目を丸くした。
私は人格変動を想定し身構える。
しかし、その後の彼女の行動は私の予想を見事に裏切るものだった。

「・・・カッ、カックイーですっ! エリナっ、そういうの集めるですかっ!?」
「・・・はぁっ!?」

私の驚愕の声も聞かず、彼女は瞳を爛々と輝かせ興味深そうに拳銃を見ていた。
私が呆然としていると、彼女は興奮気味に尋ねてきた。

「そ、それ、持ってみていいですかっ!?」
「・・・えっ!? ・・・ええ。」
(・・・しまったっ!)
「やたっ♪」

私がうっかり同意してしまったことを後悔していると、彼女は掠めとるように私から拳銃を取っていった。
彼女は私の心配を他所に、手にした拳銃を興味深そうに手の中でくるくると回して観察した。

「ありがとですっ♪ これ、返すですっ♪」
「あ・・・ありがとう・・・。」
(・・・・・・どうやら、これは鍵の可能性が低そうね。)

私は彼女から受け取った拳銃を再び仕舞い、大きな溜め息を1つついた。
それから、彼女に同行を提案することにした。

「・・・それで、なぞ。良かったら、暫く一緒に・・・」
「なぞ、一緒に行くですっ! なぞ、エリナと友達になったですっ!」
「・・・・・・そう。よろしく、なぞ。」
「はいっ♪ 此方こそよろしくですっ♪ エリナ・・・と後、そこに居るひとー♪」
「――っ!?」

私は慌てて彼女の視線を追うように振り返った。
そこには確かに私と伊予那が身を潜めていた物陰があり、彼女の視線は寸分違わずそこへ向いていた。
つまり、彼女は私が気付かない内に伊予那の存在も認識していたことになる。

「(イリスッ!!)」
「(あー、ごめん。彼女、今さっきさりげなく気配を探ってたよー。言うの忘れてたぁー。はっはっはっ。)」
「(なっ! そんな大事なことをどうしてっ!)」

私の問い掛けにイリスの感情の篭ってない笑い声でただ笑うだけだった。
私は、その様子から既にイリスの中で現在の彼女が脅威でないと判断したのだと悟った。

「(・・・・・・了解。)」

それならそうと言ってくれればいいものをと思いながらも、溜め息混じりに私は答えた。
そして、恐らくは物陰で突然呼びかけられ、心臓を鷲掴みにされたような気分を味わっているであろう伊予那に声をかける。

「・・・大丈夫よ。伊予那。」

私の呼びかけで、伊予那はゆっくりと物陰から姿を現した。
私となぞとのやり取りを聞いていたのもあってか、伊予那は自らなぞに自己紹介を始め、彼女と廃墟を捜索することに同意してくれた。
それから間もなくのことである。

「(・・・エリナ、南西からこっちに近づいてくる気配があるよ。)」

イリスの声色から、警戒の度合の高い相手ではないことを推し量りつつも、私は一応尋ねる。

「(・・・詳細は?)」
「(んっ・・・。人が3人まとまってる。中に男の子が一人居るみたい・・・。悪い感じは・・・しないかな。このまま南下すれば、遭遇するかも。)」
「(そう・・・。一応、警戒しつつ南下しましょう。)」
「(りょーかいっ。アタシのセブンセンシズに任せなさいっ♪ エリねえは泥船に乗った気で居ていいよっ!)」
「(・・・『大船に乗った気で』でしょう?)」
「(そーともいう♪)」

私は二人にはこのことを暫く隠して、南下していくことにした・・・。
 
「・・・ホント、まさに廃墟って感じだなー。」

明空は遠巻きに見える半分以上荒地と化している城に向かいながら呟いた。

「そうね・・・。不自然な壊れ方って印象も受けるけど・・・。」

明空の言葉にクリスは右隣で頷きつつ、自身が持った感想を述べた。

「うん、私も確かにヘンな壊れ方をしてる気がする・・・。」

その一歩後ろに居たナビィがクリスの言葉に同意して頷いた。

「よっしゃ! 善は急げって言うし、さっさと行こうぜっ!」

明空は胸元で右手を左手に勢いよく打ちつけ気合を入れると、廃墟へと走り出した。

「あっ、明空っ! 待ちなさいって!」
「むっ! 走りなら負けないよっ! 明空っ!」

クリスとナビィは明空の後を慌てて追いかけた。
それから三人は、廃墟に駆け込むまでずっと走ったままだった。

「・・・全く・・・こんな・・・走らされたの・・・久しぶりよ・・・っ!!」
(アーシャに付き合ってる時ぐらいだわ・・・っ!)

両手を膝に突き、肩で激しく息をしながらクリスは悪態をついた。

「・・・じゃ・・・じゃあ・・・走らなきゃ・・・よかった・・・じゃない・・・。」

柱だった物の残骸に寄りかかり、何度も大きく呼吸を繰り返しながらナビィが応えた。

「仕方ない・・・じゃない・・・あ・・・明空が・・・走るん・・・ですもの・・・っ!」
「な・・・なんだよ・・・二人とも・・・ずっと走ってるから・・・俺もつい・・・走ったまま・・・だった・・・だけだぜ・・・。」

手頃な瓦礫に座って休んでいた明空は、クリスの言葉に反論した。
しかし、三人とも走り疲れているせいでそれ以上の会話をする気力が沸かず、それ以降は暫し呼吸音だけが響いていた。
それから少しして、大分呼吸が落ち着いてきた三人は廃墟の捜索を開始した。
三人が少しずつ北へと捜索を進めていた時であった。

「・・・誰か近づいて来るよっ。」
「・・・そのようね。」

クリスとナビィは同時に立ち止まり、気配を感じた方向に身体を向けた。
ナビィはクリスの傍らに近寄って問い掛ける。

「・・・クリス、どうする?」
「そうね・・・って明空っ!」

二人が相談していることに気付かない明空は、こともあろうに気配のした方向へと進んでいた。

「おーいっ!! 誰か居るかーっ!? ってうわっ!?」

無用心にも大声で呼びかける明空を、二人は慌てて羽交い絞めにした。

「な、なにすんだよクリスっ! ナビィっ!」
「ごめん明空っ! 誰か近づいてきてるんだっ!」
「そういうことよっ! 相手が悪人だったらどうするのっ!」

しかし、明空を羽交い絞めにするのが遅かったようだ。

「誰か居るですかーっ!? 今、なぞとエリナと伊予那、そっち行くですーっ!」

気配のした方向から、恐らくはその気配の主と思われる女性の声がした。
彼女の台詞から、どうやら向こうも3人で行動しているらしい。
二人が反応を考えている隙に、明空が羽交い絞めを振り切って応える。

「おおーっ! 此処にいるぞーっ! ってうわっ!」

二人は慌てて明空を羽交い絞めにする。

「ちょっ! 明空っ! 勝手に答えないでってばっ!」
「そうだよっ! もし悪い人だったらどうするのっ!」
「な、なんでだよー! 可愛い声だったじゃねぇかっ! 悪いヤツだなんて俺には思えないぜっ!」

明空のなんともいい加減な結論に、二人は声を荒げて反論する。

「な、なによ、その、声が可愛いから悪いヤツじゃないって! いい加減過ぎるわっ!」
「そうだよっ! 罠かもしれないよっ!」
「なんでだよぉっ! クリスもナビィもイイヤツだったから、間違ってないだろっ!」
「――なっ!?」「――に゛ゃっ!?」

明空の言葉に二人は思わず顔を赤らめ、拘束を解いてしまった。
明空はすかさず走って声のした方向へと向かう。

「・・・あっ! こらっ! 明空っ! 待ちなさいっ!」
(アレってつまり・・・私は可愛い声って、ことよねっ? そんなこと、初めて言われたわ・・・っ!)
「・・・あっ! 明空ぁっ!」
(可愛い声・・・って初めて言われたよぉ・・・っ!)

二人は慌てて明空の後を追いかけた。

〜〜〜〜

それから程なくして、三人は件の三人組に遭遇した。
三人組は其々、エリナ、伊予那、なぞと名乗った。
簡単な自己紹介の後、6人はこのゲームに巻き込まれて初めての食事をすることにした。
6人は手頃な瓦礫や石を円状に持ち寄って座り、食事をしながらこれまでの経緯を語りあう。

「・・・で、伊予那となぞの知り合いを探すため、三人で廃墟を進んでいたのよ。」

エリナはこの廃墟につくまでのことを、別人格だった頃のなぞに襲われた件を省いて説明した。
なぞと伊予那はエリナの言葉に短く頷く。

「へーっ、じゃあ俺達と一緒の目的だったんだなぁー。」

明空は商店街から持ってきた弁当を食べながら大きく頷いた。

「・・・一緒の目的?」
「ええ。私の知り合いがこの廃墟に居るかもしれないと思ってね。」
「そう・・・。」

エリナの問いにクリスが一言で返す。
エリナは小さく頷いてから切り返した。

「それなら、今まで得た情報を交換した方がいいわね。」
「そうね。」

エリナとクリスは同時に含み笑いを見せて、手早く荷物を纏めると地図とメモ帳を広げた。

「じゃあ、まず、私からね・・・。と言っても、私も彼女らも他の施設に訪れてないから、特に情報はないわ。」

エリナは二人との遭遇地点やなぞの怪我のことを適当に見繕いつつ説明した。
クリスはその話に違和感を感じながらも、複雑な裏事情があることを察してあえて言及しなかった。

「そう・・・。私の方は、彼が商店街を通って来たけど誰も居なかったと言っていたわ。」
「・・・本当?」

クリスの言葉がエリナにはにわかに信じられなかった。
エリナにとって、商店街はキングが罠を仕掛けている場所だという想定があったからだった。

「・・・彼が、私を騙せるようなウソをつけるように見える?」

クリスが目で明空を指し、エリナも明空の様子を一瞥する。
明空は二人の視線に気付くこともなく、タコの形をしたウインナーをなぞの頂戴攻撃から必死に守っていた。

「・・・無理ね。」

エリナの答えで、二人は同時に苦笑した。

「(・・・どうみる? イリス。)」
「(作戦が読まれてたかどうかは、今となっては確認のしようがないけど、少なくともエリナの声は彼に届いてなかったということだね。)」
「(そうね。・・・ともあれ、これで伊予那を連れてアクアリウムに行けるわね。)」
「(そうだね、明空君が一度見てきてるからっていう分かりやすい理由があるからね。)」

イリスは一度深呼吸をしてから再び口を開く。

「(・・・でさっ! エリねえっ! 明空君ってどことなーく、ハヤト君に似て・・・)」
「(・・・お祓い。)」
「(・・・ないですよねー。うん、アタシ、そー思ってたよーエリねえー。)」

エリナは一度溜め息をつくと、クリスに提案した。

「・・・それで、クリスさんはこれから国立魔法研究所に向かうのね?」
「ええ。・・・エリナさんは?」
「そうね・・・。もう少し南下して、アクアリウムに向かおうと思っているわ。」
「そう・・・。」

クリスは溜め息をつき、空を見上げて呟く。

「残念ね・・・。貴女となら、話が合いそうなのに・・・。」

エリナは微笑み、クリスと同じように空を見上げて呟く。

「・・・そうね。無事、元の世界に帰れるよう健闘を祈ってるわ。」
「貴女もね・・・。」

二人は目で互いの道中の無事を祈りあった。
それから、同時に立ち上がって4人に声を掛けた。

「聞いて。私はこれからアクアリウムへ、クリスさんはこれから国立魔法研究所へ向かうつもりよ。」
「えぇーっ!? 皆で一緒に行かないですかっ!?」
「そーだぜっ! 折角だしさーっ!」

文句を言う明空となぞをクリスは手で制し、話し始めた。

「安全だから全員で行動したいという意見も分かるわ。でも・・・。」

クリスは一旦言葉を切り、4人の顔を一瞥してから続きを切り出す。

「行く先が違うんですもの、仕方ないわ・・・。」
「そこで、二組に分かれようと思うわ。チーム分けは、特に異論がなければ出会った時のままでいいと思うけど・・・。」
「最終的にどうするかは貴女達の判断に任せるわ。」

二人の提案に、其々が自分の意見を言おうとした時である。
あの、忘れたくても忘れられない声が頭上から響き出した。
その声がこれから全ての思惑を突き崩すとも知らず、6人は頭上を見上げるのだった・・・。
 
【B−4:X1Y4/廃墟/1日目:昼】

【クリステル・ジーメンス@SILENT DESIRE】
[状態]:健康、魔力残量十分
[装備]:無し
[道具]:デイパック、支給品一式(パン1食分消費)
モップ@La fine di abisso
白い三角巾@現実世界
雑巾@La fine di abisso
[基本]:対主催
[思考・状況]
1.全員で行動することには反対しないが、行き先を変えるつもりはない
2.道中でアーシャ・リュコリスかエリーシア・モントールと会えたら合流する
3.首輪を外す方法を考える

※明空のことが何故か気になってます、もしかしたら惚れました

【御朱 明空(みあか あそら)@La fine di abisso】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:デイパック、支給品一式
おにぎり×4@バトロワ
ランチパック×4@バトロワ
弁当×1@バトロワ
ジュース×3@バトロワ
包丁@バトロワ
ライター@バトロワ
傷薬@バトロワ
包帯@バトロワ
マタタビの匂い袋(鈴付き)@現実世界
ツルハシ@○○少女
[基本]:主催者の打倒
[思考・状況]
1.全員で行動したいが判断はクリスに任せる
2.行き先はクリスの意見に従うつもり
3.本音は冥夜を捜しに古い木造校舎へ向かいたい
4.殺し合いに乗る人なんていないと思ってる

※何かあったら自分が身体を張って全員を守るつもりです

【富永エリナ{とみなが えりな}&アール=イリス@まじはーど】
[状態]:健康
[装備]:運命の首飾り@アストラガロマンシー(首から提げて、服の中にしまっている)
[道具]:デイパック、支給品一式(パン1食分消費)
ハロゲンライト(懐中電灯型)@現実世界(電池残量十分)
巫女服@一日巫女
アイスソード@創作少女
ハンドガン@なよりよ(残弾5)
[基本]:対主催
[思考・状況]
1.全員で行動することには反対しないが、行き先を変えるつもりはない
2.伊予那にはアクアリウムに同行してもらうつもり
3.とりあえず、なぞちゃんもアクアリウムに同行させるつもり

※なぞちゃん撃退により、アクアリウムまでは安全だと思ってます
※何かあったら伊予那を守るつもりです
※なぞちゃんを二重人格者であると思っています、人格反転の鍵が分かるまではイリスが警戒をすることにしました

【神代 伊予那{かみしろ いよな}@一日巫女】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:デイパック、支給品一式(パン1食分消費)
ベレッタ M1934@現実世界(残弾8)(安全装置未解除)
9ミリショート弾x30@現実世界
SMドリンク@怪盗少女
[基本]:桜と生きて帰る
[思考・状況]
1.エリナについて行って、桜を探す
2.銃は見せて脅かすだけ、撃ち方は分かったけど発砲したくない

※エリナから霊的な何かの気配を感じ取っています
※何かあったらエリナを守るつもりです

【なぞちゃん@アストラガロマンシー】
[状態]:右腕は再起不能(とりあえず明空の持っていた包帯で傷口は隠してある)、記憶喪失中
[装備]:四葉のクローバー@現実世界(頭に装備)
[道具]:デイパック、支給品一式(パン1食分消費)
油性マジック『ドルバッキー(黒)』@現実世界(新品、ペン先は太い)
たこ焼きx2@まじはーど(冷えてる)
クマさんクッキーx4@リョナラークエスト
[基本]:記憶回復時:手当たり次第に殺す
    記憶喪失時:対主催、皆で仲良く脱出
[思考・状況]
1.皆で一緒に行動したい
2.できれば一緒にミアを探して欲しい

※記憶反転中の出来事は全く思い出せません
※記憶反転の鍵はまだ不明確です
※使い方が分かる現実世界の物は多いようです

【ナビィ@リョナマナ】
[状態]:正常
[装備]:無し
[道具]:デイパック、支給品一式(パン1食分消費)
ブロードソード@アストラガロマンシー(本人は未確認)
ノートパソコン&充電用コンセント(電池残量3時間分程度、主電源オフ、OSはWin2kっぽい物)@現実世界(本人は未確認)
[基本]:対主催
[思考・状況]
1.皆で一緒に行動したい
2.でも分かれそうなら、明空についてマタタビの匂い袋が他人の手に渡らないようにするつもり
3.キング・リョーナの行いをやめさせる

@後書き
凄く長くなりました。
しかもなんか無理矢理集めちゃった感じが否めません。><

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