「夢」

 
≪其の一◇マシュマロ的な≫

 「・・・・・・・・・!!!」
 彼女は半ば跳ねるように飛び起きた。まるで全速力で駆け抜けたかのように呼吸が激しく、動悸が荒い。全身が不快な汗でべとべとに濡れている。
  彼女は辺りを見回した。それは狭くてうす汚いホテルの一室のような場所だった。部屋の真中に置かれている質素な木製のテーブルを中心に、まるで溢れだした かのように部屋のところかしこに、様々な――あるものは豪奢で、あるものはシンプルな――多種多様な形状をした財宝やその類のものが散らばっている。

 彼女は自分が寝ていたベッドで、自分と背中合わせで眠っていた人物に目をやった。そこにはよく見知った華奢な背中が横たわっており、その肩が呼吸とともにゆっくりと上下している。時折いびきと、意味のわからない寝言が発せられる。


 「・・・お姉ちゃん」
 天崎奈々の口から、弱弱しい声が漏れ出た。
 返事はない。



 「お姉ちゃん・・・・!」

 語気が少しばかり強くなる。彼女の心は、よくわからない何かで今にも張り裂けそうだった。 

 「・・・んー?」

 体勢を全く変える事なしに、目の前の人物が声のみでそれに応じた。


 「奈々ぁ―?どーしたー?」

 眠気と惰気を存分に含んだ、気の抜けるような声だった。だが、その声こそが奈々の荒んだ心を安堵で濡らしてゆく。

 そして、入れ替わりに激しい情動が奈々を襲う。
泣きたいような、叫びたいような、怒りとも嘆きとも悲しみともつかぬ、激情――
 

 「あ・・・・」
 その感情のうねりが、奈々の口をついてあふれ出ようとする。が・・・彼女はすんでのところでそれを押し留めた。

 「ん?どした・・・?」気づけば涼子が怪訝な表情で奈々の顔を見つめている。鈍い彼女でも、流石に奈々の奇妙な様子に気がついたようだった。
 

 「・・・・・・別に」
 それだけをそっけなく言うと、奈々は再び涼子に背中を向けてベッドに転がった。

幾らイヤな夢を見たからって、そんな下らないことで姉に泣きつくなんて柄じゃない、バカバカしい。
 自分自身に生じた甘えた感情に腹を立て、不貞腐れたように奈々は目を瞑った。


 むにゅ


 奈々は背中に柔らかくて暖かい、そしてなぜか無性に腹立だしいものが押し当てられるのを感じた。
 「何の・・・」

 ・・・つもり、という奈々の言葉は姉がとったその次の行動によって遮られた。
 奈々の頭の後ろから白くて細く、それでいて引きしまった腕が伸ばされ、そしてそれは奈々の頭を優しく包んだ。


 「っ・・・!」
 姉とは思えぬ突然の奇行に、思わず身をよじって逃げ出そうとする。しばらくばたばたともがいたが、頭をしっかりとホールドされているためそれも適わず、結局あきらめた。

 涼子の方といえば「よーしよし、どうどう」などとアホな事を言っている。


 「・・・何のつもり」
 改めて奈々は姉に問う。

 「いやぁ、何となく」帰ってきたのはいつもの姉といえば姉らしい、直感的な返事だった。奈々は溜息をついて、それ以上尋ねるのを止めた。どうせ無駄だという事を理解したからだ。それに、少しばかりだが・・・こう思った。このままでいるのも、悪くは無い。
 


 それからしばらくお互いに話しかける事もなく、静かな時だけが流れた・・・。
 その静けさの中、奈々は思った。考えてみたら・・・こんな事は別に初めてではなかった。そんな気がする。

  ずっと昔・・・それこそ奈々がまだ銃の扱いすら知らなかったほどの昔・・・こんな事もあったのかもしれない。あるいはそれは・・・夢か、妄想か、思い込み なのか、あるいは美化された記憶にすぎないのかもしれない・・・。だが、奈々が感じていたのは、確かに記憶の源泉に眠る、懐かしくて、柔らかで、心地よい 暖かさだった。


 「ねえ、お姉ちゃん・・・」

 「んー?」



 何だろう、何の話をしようとしていたのだろう。忘れてしまったのか、最初から考えてなかったのか。


 「私達・・・ずっといっしょだよね」

 意識の奥底から、彼女の口をついて出た言葉はそれだった。

 涼子は穏やかな声で答えた。
 「もちろん!」

 表情は分からない。


 「私達はずっと一緒だよ。ずっと・・・ずっと・・・」


 「うん・・・」


 涼子の腕の中に包まれたまま、奈々は静かに眼を閉じた。




もう、寂しさはなかった―――
 







 「でもさ、奈々」

やがて、涼子は改めて静かな口調で話しだす。片手で、奈々の柔らかな髪を優しく撫でながら。




「弱いアンタは、嫌いだよ――


 頭を撫でていた涼子の手がおもむろに、奈々の髪を乱暴に掴んで引きずり上げた。

 「がっ・・・!?」

 穏やかな深淵に沈もうとしていた意識が急激に覚醒する。

 「お・・・おね・・・・・・・ちゃ・・・!」

両手を伸ばして、なおも髪を強く引っ張り上げる姉の手を振りほどこうとする。

だが・・・なぜか、いつまでたっても姉の手にたどり着かない。まるですり抜けるように、そこには何一つとしてない・・・


「あ・・・」

奈々は気づいた。


違う、無いのは姉の手じゃない・・・。



私の手が――――


掴まれた髪ごとぐるんと頭を回され。奈々は己を苛むその存在と対面する・・・。



「うあああっ・・・あっ・・・・あ・・・・!」

そこに姉などいない。初めからいなかった。
優しい幻想の世界に亀裂が入り、砕け散る。



黄土のバケモノ、ルシフェルがそこにいた。つい先程、彼女を苛んでいたばかりの暴力の権化が――

 
≪其の二◇のうしょうジュース≫

 その光景に、奈々の思考は走馬灯のようにスパークした。

 なぜ――              燃やして――
      これも夢?    現実は――       違う――
   殺したはず――            お姉ちゃんは――
こいつは――
これが夢?          殺し合い――
人が死んだ――       どれが夢?        腕が――
     血が――
                          何が夢?
 
 何が――――


 ドズン

 「うげああっ!??」


 鳩尾にルシフェルの拳が捻じ込まれ、奈々の思考が強制的に中断される。臓物が無造作に押し動かされ、圧迫され、引っ掻き回される。

 胃液とドロドロに溶けた食物が吐き戻され、びちゃびちゃと地面に散らばる。胃酸に刺激された鼻の粘膜がつうんと痛む。

 ドズン!ドズン!ズブッ!

 ルシフェルはさらに奈々の腹へと数回拳をめり込ませ、奈々がすっかり胃の内容物全てをぶちまけてしまうまで、その行動を続けた。

 「はあ・・・はあ・・・げはっ、げほ・・・」

抵抗はできない。先程失った右腕のみならず、彼女は左腕すらも奪われていたからだ。両腕の付け根は固く縛られて完全に止血されていた。
そして彼女は、もはや自分が衣服や下着のひとつすら身にまとっていない事にも気がついた。慌てて体を隠そうとするものの、手を失っている以上どうしにもならない。彼女にできることはせめて足を閉じて大切な部分を守ろうとする事くらいだった。

結局彼女は逃げ切れなかった。眠りから覚めたルシフェルは、血のあとを辿って半死の奈々を見つけ出し、ご丁寧にも処置を施したのち、ゆっくりとこの晩餐の支度を整えたのだ。


 眩暈がする。多量の血を失ったせいなのか、この絶望に眩んだせいなのか。もういっそ気を失ってしまいたい。だが、溢れ出す脳内物質がそれを許してはくれない。活きよと命ずる彼女の生存本能がそれを認めてくれない。

(ここは・・・一体・・・)
 そこが森の中である事は理解できた。だが、そうと理解するまでには時間がかかった。あまりにも異様な光景がそこには広がっていたからだ。

 周囲の木々に動物のものと思われる肉片や骨、あるいは内臓の類が、まるでモビールの前衛芸術のように釣り下げられ、飾られている。まるで悪趣味な黒魔術の儀式か何かをその場で執り行ったのような有様だった。


 「あがっ・・・!?」
 奈々の分析は中断される。
 ルシフェルは奈々の口に、血がべっとりとついてごわごわとした親指を押し込んだ。そして、その指で奈々の歯を一つづつ、ぼきり、べきりとへし折り始めた。


 「ぎあがっ・・・ぐがっ・・・」
 口腔内に鉄の味が広がる。ルシフェルの指を噛んで抵抗したが、彼女の弱い顎の力では一向に堪える気配が無い。
 
 「うべ・・・ぶえっ・・・」
 巨人の指が奈々の口から離れる。それと同時に奈々は咳き込むように、血とそれに混じった無数の白い塊を吐き出した。

 
 「はあ・・・はあ・・・」
 この状況においてなお、奈々は思考を巡らせつづける。どうしたらいい。どうすればこの状況を打開できる?先程のようにはいかない。もはや腕すら残されてはいないのだ。だが、それでもまだ足が残っている・・・!諦めるにはまだ早い・・・隙はないか、隙は・・・

 「ひぁっ・・・!」
 そのあがきももはや無駄に終わった。ルシフェルは奈々の髪から手を離すと、代わりに奈々の細い右足を掴んで力任せに引き上げた。高々と上げられたルシフェルの片腕によって、奈々は無様にも逆さ吊りにされてしまう。
 残った左脚で何とか抵抗を試みるも、焼け石に水である。


 「くっ・・・・!」
 彼女は辺りを見回した。最後まで諦めるつもりはなかった。最後の最後まで――

 ふと、あるものに視点が止まった。辺りを彩る奇妙なオブジェの一つ。地面に丁度、動物の脊椎にあたるパーツがつき立てられている。その先端に付けられている“あるもの”に違和感を感じた。
 「ひっ・・・!」

 その違和感の正体を理解して、奈々の咽の奥から悲鳴が漏れた。

 それは動物などではない。人間のものだ。

 人間の頭の、顎から上の・・・

 「ひいぃっ・・・!?」
 
 途端にその全容を理解する。
  地面から生える脊椎の先端に、顎の部分を千切りとられた上半分だけの人間の頭がくっつけられていた。剥き出しの歯茎と空ろに開かれてばらばらの方向を見つ めている両の目が、かろうじてそれが人間のもので“あった”事を示している。頭の部分も抉り取られてしまっていて、その中には脳髄の代わりに赤黒いどろど ろとした液体がたまっている。それが大人のものなのか子供のものなのか、男なのか女なのかすらも、もはや分からない。
 
 そして・・・それが人間のものであるとしたなら。辺りに結界のように飾りつけられている無数の肉片や骨や臓物の破片などもきっと・・・。

 「あひ・・・・あ・・・・」
 奈々の顎がガチガチと音を鳴らす。普段ならこんな光景を見たとしても、すぐに落ち着きを取り戻すことだってできるかもしれない。

 しかし、それはその対象が全くの他人であった場合の話。
これは・・・目の前の“これ”は自分なのだ。数分・・・いやひょっとすると数秒後の自分の姿かもしれないのだ・・・。
 きゅううと心臓が縮み、脊髄に冷たい液体が流れ込む。
 途端に焦燥と恐怖が現実味を帯びて、まだ先程の夢うつつに片足を突っ込んでいた彼女の意識を完全に呼び起こす。心の片隅にあった、これは単なる悪夢なのではないかという“甘え”を完全に否定する。

  (逃げなきゃ・・・早く逃げなきゃ・・・どうやって?手も足ももう使えないのに・・・?声だってもうほとんど出せないのに・・・?え?つまりどういうこ と?にげられない?え?え?だれか助けに・・・こんな森の奥まで誰が都合よく助けに来る?え?え?え?死ぬの・・・私死ぬの?私もこんなめちゃくちゃのぐ ちゃぐちゃのぶちゃべちゃにされて死――

 可能性が彼女を否定する。恐ろしい現実のみが、彼女をはっきりと包み込んだ。

 もうお前は、絶対に、逃げられない。


          死

 
 「ひいぃっ・・・ひいいいいいいい!!!」
 そして、彼女の不屈の“心”は完全にへし折れた。


 「やめ・・・やめへ!たひゅけっ・・・たひゅけへ!ひやあああああああっっ!!!」咽の痛みも忘れて死にもの狂いで叫ぶ。歯を残らずへし折られた彼女の口からは情けなく滑稽な音しか出ない。

 そして彼女は“処刑台”を目にする。

 丈夫な木の枝に、丈夫そうな蔦が間隔を空けて結び付けられている。だらりと垂れ下がったそれらの先は、小さな輪になっている。ただそれだけのシンプルなものである。
 しかし、ただそれだけでも奈々に己の末路を知らしめる為には十分すぎるものだった。
 自分がどんな凄惨な“殺し方”をされるのかが――

 (うぁああ・・・やだ・・・いやだ・・・)
 
 抵抗むなしく奈々はその“処刑台”へと固定され、完全に自由を奪われてしまった。
両の足が間隔を空けた蔦の先の輪に結ばれ、頭は下へとだらりと垂れ下がる。両腕を失った奈々はまさしく“Y”の字の形で固定される事となった。

 「はひ・・・ひゃめ・・ひゃめへ・・・」 

 ルシフェルは一旦奈々の元を離れ、地面に突き刺しておいた刀を抜き取ってから戻ってきた。

 奈々は唯一自由に動く首をぶんぶんと振って止めてと訴える。届くはずない事なんて分かり切っているのに。

 ルシフェルがゆっくりと両手で掴んだ刀を上段に構える。その狙いは60°程に開かれた奈々の股間の丁度正中線を目掛けて・・・


「ひやら・・・やら!やら!ひやらぁああああああ!!!」

 
 ブォン、と空を裂く音がその叫びをかき消した。
 
≪夢其の三◇プチ膨張≫

突如、涼子が立ち止まった。
奇妙な、危機感とも焦燥ともとれぬ感情が彼女を襲ったからだ。

「どうかした?」背後にいたサーディが尋ねる。


「・・・・いや」
その感覚が訪れたのはごく一瞬の事で、ただちに煙のように掻き消えた。それでも、その強い印象をすぐに忘れる事は出来そうになかった。

これが始めてではない。先程から何度も何度も、この奇妙な感覚が定期的に訪れてくる。

(・・・・気のせいかな?)涼子は首を捻った。 

 彼女の脳裏に浮かんだのは妹の姿だった。
 今よりもずっと昔の、幼い頃の奈々の姿。
 彼女は泣いているように思えた。狭くて暗い、どこか寂しい所で独り・・・。

「涼子?さっきからどうしたの?」
呼びかけるサーディの声が涼子を引き戻す。

 涼子は首を振った。
 (何を考えてんだ私は・・・)

 “あいつ”がそう簡単にやられるわけ無いじゃないか。いつだって一緒にやってきた。だから分かる。あいつだったら絶対に・・・


 絶対?何が絶対なんだ?私にあいつの何が分かってるっていうんだ?いままであいつに一つでも姉らしい事でもしてやれたっけ?
 私は――

 パァン!

 乾いた音が響いた。涼子が自身の頬を自分の両手で叩いた音である。

 「あいっっつてえぁああああ!!!」そして、思いのほか痛かったようだ。


 背後のサーディは呆気に取られている。
 涼子は振り返り、手振りで「なんでもない」事を示すと再び歩みを始める。

 そうだ、そんな事は・・・決して考えてはいけない。それはきっと『裏切り』だ。
 信じる事・・・それが唯一自分に出来る事・・・。
 涼子はそう結論づける事にした。
しかし心の奥底には、未だ気持ちのわるい何かが蠢き続けていた・・・。



 (こいつ・・・さっきから何やっているの?)
 サーディは涼子の様子を訝しく思った。あきらかに様子がおかしい。ついさっきからそわそわと落ち着きが無いように見える。まるで隙だらけで、先程恐ろしい程の戦闘力を発揮した人物と同じとは到底思えない。

 (今だったら)サーディは思った。

 (今だったら殺れるんじゃないかしら・・・“アレ”がなくても)
 ふらふらと歩く涼子の背中を睨む。心ここにあらずと言った様子・・・。

 (ボウガンでは構えた音で悟られる・・・)
 両手の剣を強く握りしめ、獲物を襲う肉食獣のように狙いを定める。

涼子の無防備な背中に飛ぶように襲い掛かった。
 (隙だらけ・・・よ!)
 反撃の隙など与えない!右の刀を使っての袈裟による一撃・・・!


 「・・・・!?」
 深々と切り込んだはずの刀はすでに手の内にない。そして、それが地に転がる金属音を聞いた。
 (ばかな・・・!)
 涼子は相変わらずこちらを見てはいない。しかしその手に握られた剣の柄が、サーディの右手首の骨を確実に砕き割っていた。サーディの白い手の平がだらりと垂れ下がる。

 「ちぃっ!!!」
 間髪いれず左の刀で下段からの斬撃をあびせる。しかしそれは空を切るのみにとどまった。

 (消えた・・・!?どこに・・・!)

 胸の中心に“熱さ”を感じ、サーディは自分の体に目を移す。胸から血に濡れた刃の切っ先が顔を出している。
 口の中がごぽりと酸味を帯びた液体で溢れる。心臓を一突き。先程涼子によって屠られた萩の狐と全く違わぬ末路・・・。

 (やっぱり・・・ムリか・・・)

 サーディの口角が捩れるように上がった。
 「うふふっ・・・!」

 素晴らしい――

 全身を恍惚が駆け巡り、思わず足が縺れそうになる。脚と脚の間にじんじんと熱さを感じる。ありとあらゆる動脈がどくどくと踊り狂う、久々の感覚・・・!

 背後に立つ涼子の“幻影”が薄れ、虚空へと消える。
 
 (13戦中2勝11敗・・・“今の”私では勝率2割にも満たない・・・!)


 “イメージ”の世界から回帰し、依然ふらふらと前を歩く“実体”の涼子の背中を再び睨む。
 “まだ”無理だ・・・一見スキだらけに見えても、こちらが僅かでも殺気を表せば、たちまちに戦いの鬼へとこいつは姿を変えるだろう。サーディはそう直感していた。


ああ、早く「首飾り」を取り戻したい。

 早く貴女と殺し合い【たたかい】たい・・・!

私は、私の中の悪魔は!貴女が“欲しい”のよ、涼子・・・!

貴女の全力に私の全力をぶつけたい。今すぐにでもあなたの心臓に刃を突き刺して抉り出したい!
貴女の鮮血はどんな色?貴女の血肉はどんな味?貴女の血潮はどんな音を奏でるの?―



再び激しい恍惚が体の芯を襲い、足が崩れ落ちそうになる。

 (ふぅ・・・落ち着きなさい。もうすぐよ、もう少しなのよ・・・)
 衝動に狂う己の中の悪魔を制す。

 目の前には巨大な建造物の廃墟が横たわっている。
 彼女と首飾りを繋ぐ“運命”はそこが目的地だと告げている。
 距離はもはや遠くない――

 そのとき、2人は足を止めた。そして空を見上げる。
 不愉快なハウリングの音が響き、その後にあのキング・リョーナの嫌味な声が流れ出した。
 
≪其の四◇ルシフェルのパーフェクト***教室≫

 「はあ・・・・はあ・・・・」


 奈々はとっさには状況を把握できなかった。
 ルシフェルの振り下ろした刀が自分を二つに裂いたものだと思っていた。


 振り下ろされたルシフェルの刀は奈々の陰裂に少し食い込むような形で“止まって”いた。刃がその部分の、薄くて脆弱な皮膚に触れてはいるものの傷は1ミリたりとも刻まれてはいない。金属のひやりとした感触だけが僅かに伝わってくる。
 

「ふっ・・・ふうっ・・・」
 奈々の息が引きつる。もはや喉の痛みさえもすっかり忘れていた。
 その顔面はすでに、涙や鼻水によってぐしゃぐしゃになっている。

 なぜ?なぜ止めた?何のつもりで?もう分からない・・・何も・・・何も・・・?


ルシフェルの刀がすう、と手前に引かれる。刃が肌の上すれすれを滑る。肌を傷つけずに、鉄の感触だけを伝えながら。それでも奈々の心を刻むには十分だった。

「ひぃっ」

奈々は悲壮な悲鳴を上げた。

「やら・・・やらぁ・・・いらいことひないでぇ」

 ぷしゅっ

 膀胱筋が弛緩し、尿が一気に噴水のように溢れ出す。それは奈々の体や頭をつたい、重力のなされるがままになった髪の先から、雫となって地面へとぽたぽたと落ちる。

 
 移動していたルシフェルの刀の切っ先が、歳の割には幼く、陰毛の一つも生えていない奈々の陰裂のラインが消えるか消えないかの位置で、ピタリと止まった。
そして、そこでようやくつぷりと刀の切っ先が奈々の皮膚へと侵入する。びくんと奈々の体が反応するが、そのものは大した傷ではない。刀の進入は皮膚をわずかに通過したところで止められた。
 そしてその深さを保ったまま、刀は下へ――位置的には奈々の臍の方へと滑ってゆく。

 「いあ・・・がっ・・・」
 点では大した痛みではなくとも。線になればそれはたちまちに増加する。
 痛みとともに奈々のなめらかで白い皮膚に赤いラインが刻まれてゆく。
 刀は臍を超えた後、腹と胸の中心をすべり、鎖骨の合わせ目を少し通過したところで止められた。

 何?何を?・・・何をするつもり――
 それを考えた事を、考えてしまった事を後悔する。
 巨人の衣服のわき腹部分にあたる場所に貼り付けられた、やけに新鮮な“それ”に目がいく。

 「ああ・・・・・ひあああ・・・・!」それが意味する事実は何か。
 いっそ一撃で殺されていたほうがずっとマシだった。


 ルシフェルはたった今刻んだラインから、奈々の皮膚と肉の間へとずるりと刀を滑り込ませる。ねちょねちょと肉を引き剥がす嫌な音がする。

 「うぎ・・・がっ・・・!」

 最悪の予想が、現実のものとなる。

 刃が完全に皮膚の直下へともぐりこむ。外からでも刀の輪郭が見て取れる。
それが先程とは逆の、今度は上に向かってゆっくりと進み始めた・・・。
 線が、ついに面となる。


 「げあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 想像を絶する苦痛が奈々の脳を焼いた。思考が一気に四散する。

 刀は慎重に皮膚の下をすべり、奈々の薄い乳房を、滑らかな腹部の白い肌を、魚をおろすようにゆっくりと肉から剥がしとってゆく。丁寧に、間違ってもこの美しい品物に傷を付けないように。
 
 地獄の激痛は、ついに奈々の意識を奪う。しかしその次の瞬間には、その苦痛が反対に彼女の意識を覚醒させる。それが幾度となく繰り返された。

 体の前面の皮膚が左右ともに剥がし終わる。だらりと皮膚垂れ下がり、僅かな脂肪の乗った赤い肉をさらけだす。

 「ガハッ・・・カッ・・・いぎぃっ・・・!」赤熱した刃物で体を刻まれ続けるような恐ろしいほどの苦痛。しかしそれから逃れる術はない。

ルシフェルは、続けて背中側に取り掛かった。張りのある背中の筋肉から、そして控えめな尻の脂肪から、慎重に皮だけを分離させる。
背中をはがし終えると、次は性器に取り掛かる。ルシフェルはその図体に似合わぬ器用さで、ことに薄くて複雑なひだの一つ一つを丁寧に肉から剥離させてゆく。
奈々の誰にも触れされた事のない大切な部分は完全に破壊され、陰核がむき出しになり、かつて大陰唇を構成していただいだい色の脂肪と、あとは幾つかの穴が残されるのみの無残な姿となりはてた。
そして最後に、木の枝のように細い両の脚の、透き通るような肌を剥がし取られた。


 そしてついにねちょりと音をたてて、手の部分を除いて、人型をした皮膚が奈々の肉体から離れた。
 奈々に残された皮膚はもはや、頭部と、足の先を残すのみとなってしまった。

 「ギアエエエエエエエエエ!!!エゲッ・・・グギアエエエエアアアアアアア!!!」

 喉の奥から溢れ出す音はもはや人のものとは思えない。

 
 ルシフェルはというと、剥がし終えた皮膚を片手で掲げてぼんやりと眺めていた。
かとおもうと、おもむろに地面に転がしておいた斧を反対の手にとって、それを周囲の木々や色々なものにでたらめに叩きつけ始めた。
 それはおそらく喜悦を表す行動だと推測されるが、本当のところはよく分からない。
 
 やがてその奇妙なダンスを終えるとルシフェルは斧を捨て、自分に被せられた黄土の “衣服”を乱暴に掴んで、頭の部分だけをベリベリと引きちぎった。

 露になったその頭部は人間の、いや生物のものと考えることすらためらわれるものだった。
 その表面にボコボコと幾つかの歪な組織を認められるが、それらが何の役割を持った器官なのか、またそれらが果たして一般的な生物のそれと通じるところがある器官なのか、それを推測することは全くといっていいほど不可能だと思われた。

 そしてその頭部から、おぞましい呪文のような“声”が発せられた。その頭部のどこから発しているのか、それすら分からない。その鼓膜をヤスリで削るような不快な声を、他の何かで形容するのは極めて困難であろう。

 ルシフェルはその呪文をしばらくの間ぶつくさと呟いたあと、収穫した人皮をその辺の木に洗濯物のように引っ掛けておいて、再び奈々の元へと戻った。
 そして奈々の足と足の間のスペースにその頭部を潜らせた後に、頭部にある一部の器官から奇妙な液体を分泌させ始めた。
 その粘性の強い液体は、奈々の股目掛けて、ボタボタと垂らされ始めた。

 「あ・・・っがっ・・・・!??!げべっ・・・・ばっ・・・!!!」
 その液体が剥き出しの肉体に触れた瞬間、奈々の背筋が即座に収縮して、体全体が海老のように捩れた。それは反射というよりは、もはや痙攣に近かった。
 

 異界の魔物の体液は、大抵は毒であったり酸であったり、とにかく劇薬の類である事が多い。ルシフェルの垂らした正体不明の体液も、例にもれずその一種であった。
 しかし、それは毒のように命を蝕むようなものでもなく、酸のようにあらゆるものを腐食されるほどのものでもない。

  それはただ、刺激を与えるだけの液体だった。刺激といっても、それは青トウガラシを数百万倍にも濃縮したような強烈なものである。皮膚に触れればたちまち 激しい痛みと炎症を伴い、痛みが退いた後にも100日ばかりは痒みが続き、もし目にでも入ろうものならたちどころに光を失うこととなるだろう。
 それが、その尋常ならざる苦痛を伴う液体が、皮膚を失った肉へと直接、次から次へととめどなく流され続ける。
液体はまず丸裸にされた奈々の肉芽を焼き、穴という穴へと侵入して尿道と膀胱を、膣と子宮を、肛門と直腸を、外から内から焦がし続ける。

「お・・・おげごっ・・・ばっ・・・・がぎぎげ・・・がげがっ・・・!?」

 ストロボのように意識の消滅と覚醒とが瞬時に繰り返される。もはや奈々は人として思考する権利すら奪われ、ただ炎熱のような激痛を味わうだけの人形と化した。

「あっ・・・!あべっ・・・ばっ・・・!げっ・・・げげっ・・・げっ・・・!!!」やがて彼女の咽は自らの叫び声によって完全に潰され、ひゅーひゅーと咽から空気の音が無為に漏れ出るのみとなった。

 続いてルシフェルは自分の両手に液体をたっぷりと塗りたくると、奈々の全身へと刷り込むように擦り付ける。この液体には血管を収縮させる効果もあり、皮膚を剥いだ事による全身からの出血はこれで止まった。
 たっぷりと劇薬を奈々の全身に塗りたくったルシフェルは、それで満足したようだった。

そ れから思い立ったように先程はがしたばかりの生皮を手に取ると、それにこびり付いた脂肪を刀の峰側でごりごりとこそぎ落とした。次に、先程奈々を恐怖へと 陥れた人間の頭の形をした『容器』にたまった液体――おそらくこの哀れな犠牲者の脳髄を溶いたもの――をすくいとり、皮の裏側にべたべたと塗りたくった。 いわゆる“なめし”の作業である。
あとは適当に広げて、そこらの木に楔のようなもので貼り付けて乾かすだけとなった。


もはやルシフェルに奈々を殺すつもりは毛頭なく、彼は皮が乾ききるまでの間、陸に打ち上げられたばかりの魚類のように全身を振るわせるY字型の肉塊をぼんやりと眺めていた。バックグラウンドミュージックのように、うざったらしい放送が空から響いてきた。

 
 奈々にはもはや思考する余裕すら残されてはいない。だが彼女の脳内ではかろうじて一つの単語だけが廻り続けていた・・・・・。

  オネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネ エチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエチャンタスケテオネエ チャンタスケテオネエチャン……

 

【E−4:X4Y2/森/1日目:昼】

【天崎奈々{あまさき なな}@BlankBlood】
[状態]:声帯が完全に麻痺、
アバラ三本骨折、歯を全て損失、頭と足先以外の部分の全ての皮膚を損失(ルシフェルの体液で止血)、両腕損失(根元を布で止血)、全身にルシフェルの体液による激痛、多量の失血(頭を下にしてあるので意識ははっきりしている)
木の枝に蔦でY字型に吊り下げられている。
[装備]:無し
[道具]:無し
[思考・状況]
1.オネエチャンタスケテ

※当分の間は絶命する事はないと思われます(外的要因除く)。


【ルシフェル@デモノフォビア】
[状態]:軽い火傷
[装備]:ルシフェルの斧@デモノフォビア
ルシフェルの刀@デモノフォビア
早栗の生皮(わき腹につけた)
奈々の生皮(乾かし中)
[道具]:デイパック、支給品一式(奈々から奪った分)
バッハの肖像画@La fine di abisso(音楽室に飾ってありそうなヤツ)
弾丸x10@現実世界(拳銃系アイテムに装填可能、内1発は不発弾、但し撃ってみるまで分からない)
[基本]:とりあえずめについたらころす
[思考・状況]
1. 生皮が乾くまで待機
2.ころす
3.ころす

※もう奈々を殺す気はありません
※早栗を殺した位置からはかなり離れています

※ルシフェルの頭部についての補足。
見ただけで吐き気を催すような異様な形状をしています。実在する生物との共通点は一切見当たりません。
皮交換のとき以外は極力隠します。ハズカチイ
頭部から分泌するご都合主義的液体は、出すまでに時間がかかるうえ、粘性が高く、すぐ乾燥するので、撒き散らして目潰し等の武器には使えません(少なくとも相手を拘束しないと役に立たない)。

【C-3:X4Y1/平地/1日目:昼】

【天崎涼子@BlankBlood(仮)】
[状態]:健康
[装備]:アーシャの剣@SILENTDESIREシリーズ
[道具]:デイパック、支給品一式(伊織、萩の分も)
    エリーシアの剣@SILENTDESIREシリーズ(リゼ→萩→涼子)
    防犯用カラーボール(赤)x1@現実世界(1個使用)
    ライトノベル@一日巫女
    怪しい本@怪盗少女
    カザネの髪留め@まじはーど
    銘酒「千夜一夜」@○○少女、
    眼力拡大目薬×3@リョナラークエスト
[基本]:一人で行動したい。我が身に降りかかる火の粉は払う。結構気まぐれ。
    でも目の前で人が死ぬと後味が悪いから守る。
[思考・状況]
1.サーディの首飾りを探す、ついでにお宝も探す
2.サーディはたぶん守る
3.一段落ついたら、奈々を探してみる



【サーディ@アストラガロマンシー】
[状態]:体力消耗
[装備]:ルカの双刀@ボーパルラビット
    競技用ボウガン@現実世界(正式名:MC-1、矢2本、射程30m程度)
[道具]:デイパック、支給品一式(消耗品は略奪して多めに確保)
[基本]:嗜虐心を満たすために殺す(マーダー)
[思考・状況]
1.運命の首飾りを探す、持ち主を殺してでも奪い取る
2.入手後、涼子と殺し合う
3.その後は考えてない

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