――ドゴォッ!
あの、忌まわしい放送が終わった直後のことだった。
頭上を見上げていたアーシャ達の、近くにあった木が1本、轟音を立て揺れた。
揺らしたのは水色の髪の少女、川澄シノブだ。
彼女は無言で近くの木に拳を打ちつけていた。
アーシャ達は一斉にシノブの方へと顔を向ける。
しかし、誰も彼女の行動を言及しようとはしなかった。
その理由は2つ。
1つは彼女の行動理由は言及するまでもなく予想が付いたこと。
もう1つは、其々がその時、他人のことを気にする余裕がなくなっていたからだった・・・。
〜〜〜〜
「(シノブさん・・・。)」
そんな中、リトがシノブに話しかけた。
しかしシノブは答えようとしない。
「(・・・シノブさん。)」
「(・・・先輩と、ミサっちが殺られた。)」
リトの二度目の呼びかけに、シノブは静かに応える。
「(・・・二人とも、そう簡単に殺られるようなタマじゃない。)」
「(そうですよ。美咲さんはとても強い女性【ひと】ですし、カザネさんにはアリアさんがついてます。だから・・・)」
「(なのに、このイヤな胸騒ぎはいったいなんだっ!!)」
シノブはもう一度、木に拳を打ち付ける。
先ほどよりも大きな音が辺りに響き渡り、木が今にも折れそうな勢いでしなった。
シノブはその様子を歯を食いしばり見つめる。
「(で、ですが、彼の言うことが本当とは限りませんよ。私達を混乱に陥れるための出鱈目かも・・・)」
「(出鱈目だったら、こんな胸騒ぎはしないっ! アタシには分かるっ! あれは・・・あれは・・・!!)」
シノブはその先を言わず、崩れるようにへたり込む。
それからきつく握った拳を地面に叩きつけ、歯を食いしばり、全身を小刻みに震わせた。
「(・・・アクアリウムへ向かいましょう。)」
「(イヤだっ! 二人を殺った『悪』を探しだし倒すのが先だっ! 合流はその後でもっ・・・)」
「(彼女らが勝てなかった相手に、変身もできない今の貴女が闇雲に突っ込んで勝てると思っているのですかっ! 無策にも程がありますっ!!)」
「(なん・・・だと・・・っ!!)」
リトの悲鳴にも似た怒声に、シノブは思わずたじろいだ。
「(彼女らがこんなに早く倒されるなんて、相手がよほどの強さだったのか、なにか特殊な事情があったとしか考えられませんっ!!)」
「(リト・・・あんた・・・。)」
(そうか・・・。あんたもあれが・・・本当だって、感じてるんだな・・・。)
シノブは、リトの声から彼女の心情を悟りゆっくりと拳を開いた。
「(・・・すまない。)」
(そう・・・だよな・・・。自分で動くことができない、あんたの方が・・・もっと、悔しいんだよな・・・。)
シノブの言葉に、珍しく荒い息遣いを見せたリトは、大きく深呼吸をしてから応える。
「(・・・謝るのは私の方です。急に怒鳴ったりして、申し訳ありませんでした。)」
「(・・・早くエリねえと、合流しよう。エリねえなら、なにかいい知恵を持ってると思うしな・・・。)」
「(そうですね・・・。一刻も早くエリナさんとイリスさんに合流して、これからのことを相談しましょう。)」
シノブがゆっくりと立ち上がった、その時・・・。
〜〜〜〜
(そんな・・・ルー君が・・・。)
シノブが木に拳を打ちつけた様子を呆然と見ながら、アーシャは知り合いの訃報に驚きを隠せずにいた。
しかもその知り合いは、自分や恐らくは二人の親友も探そうと考えていた人物である。
アーシャは放送内容が偽の情報であることを信じたかった。
しかし、少しずつ蒸し暑くなってきている気候が先の放送に真実味を与え、簡単にはそれを許してくれなかった。
(・・・・・・エリー、大丈夫かな?)
アーシャはゆっくり空を見上げ、親友の一人、エリーことエリーシアの身を案じる。
死亡者として名前の挙がった知り合い、ルーファスは彼女の弟だ。
普段の彼女は自分よりもずっと冷静で頭の回転も良く、偽情報に簡単に翻弄されるような人物ではない。
しかし、弟のこととなると話は別である。
彼女にとって弟は、命に代えても守りたい大切な人であり、それ故に冷静さを欠きやすい。
先の放送できっと動揺しているに違いない。
もしかしたら、自責の念からトンでもない行動を考えているかもしれない。
(・・・私、信じてるからね! エリー!)
アーシャは大きく深呼吸して、脳裏を過ぎった最悪の展開を掻き消した。
そして、崩れるようにへたり込んだシノブの方へと一歩踏み出す。
(兎に角、今は彼女達を守りながら、二人と合流することを考えよう! これ以上、犠牲者を増やさないために!)
アーシャがそう心に誓い、ゆっくりと立ち上がったシノブの傍へ歩み寄ったその時・・・。
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