鬱蒼と生い茂る森の中を歩いているのは、三人の女性だった。
りよなとエリーシア、そしてルカである。
エリーシアの右目の周りには青痣ができており、ルカの頭にはこぶができていた。
エリーシアの顔の痣は意識を取り戻したルカによって顔面に蹴りを入れられたため。
ルカのこぶは早栗を探そうと一人で駆け出したのをエリーシアの拳骨で止められたためである。
「……もうちょっと優しく止めてくれたら嬉しかったんだけどね、エリーシア……」
こぶの痛みに呻きつつ、ルカがエリーシアを睨んで言う。
「起きて早々、人の顔に蹴りを入れた貴女が言うことかしら?」
顔をヒクつかせながら、ルカに言い返すエリーシア。
「あの場合は仕方ないでしょ。それに言っとくけど、私はまだアンタを完全に信用したわけじゃないからね。」
あの後、意識を取り戻したルカはりよなの説得もあり、エリーシアを疑いつつも
とりあえずは信用することにしたのだ。
そして、一行は早栗を探すべく彼女の逃げた方角にある森へと足を進めていたのだが……。
「あ゛ーあ゛ー、てすてす。・・・ふぅ、ようやく繋がった
ったく、そろそろコレ買い換えないといけないなぁ。」
突如聞こえてきた不快な声により、その足は止められた。
「……放送……」
りよなの呟きに、エリーシアとルカはハッとする。
状況の目まぐるしさのせいで放送について失念していたのだ。
慌ててデイパックから鉛筆とメモ用紙を取り出し、放送の内容を書き留める準備をする。
「2時間後の禁止エリアはC−2、4時間後の禁止エリアはB−1だよぉーん♪
オニャノコ達は絶対入っちゃダメだかんねっ!」
エリーシアは禁止エリアをメモしながら、頭の中に地図を思い浮かべる。
(……今のところは関係なさそうね)
結構なことだ。
もしこの近くのエリアを指定されていたら、早栗を探す上で障害となっていたかもしれない。
「さて、次はー、みんな気になる死亡者の発表ー♪」
その言葉に、エリーシアの身体が強張る。
(……ルーファス……)
どうか、生き延びていて欲しい。
幼いころから病弱で、医者にかかりきりだった弟。
それが最近ようやく快方に向かい、元気な姿を見せてくれるようになったのだ。
それなのに、こんなところで終わってしまうなどあって欲しくない。
「じゃ、名前を読みあげていくよー♪ 合掌の準備はいいかなー?
ひとーり、オルナ。
ふたーり、篭野なより……」
横でりよなが瞳を見開く。
「……な……より……?」
盲目のりよなをずっと支えてくれていた大切な妹。
その妹が、死んだ。
光を写さないりよなの瞳、その瞳の闇がさらに深まった気がした。
「……ごにーん、鬼龍院美咲。
ろっくにーん、那廻早栗……」
「……っ!!」
早栗の名を聞いたルカの顔が怒りと悔恨に染まる。
探していた少女、守ると誓った少女はルカが見つけ出す前に殺人者によって
殺されてしまったのだ。
「……じゅーににーん、リース。
じゅーさーんにーん、ルーファス・モントール。」
(――――――――ッ!!)
その名を聞いた瞬間、エリーシアの時間が凍った。
(……ルーファス……弟……私の……)
視界がぐらぐらする。頭が痛い。
放送が続いているが、そんなものを聞いている余裕などない。
失ったものの重みにエリーシアはただ必死に耐えるしかなかった。
(51人中13人って……冗談でしょ……!?)
放送が終わり、必要な情報を書き留めたルカは死者のあまりの多さに唇を噛む。
まだこの殺し合いが始まってから6時間しか経っていないはずだ。
それなのに、すでに全参加者の4分の1が死亡してしまった。
想像以上に殺し合いに乗る輩が多いのかもしれない。
一刻も早く弱者を殺人者の手から保護しなければ。
(……もう、早栗のような犠牲者は出したくないわ)
そう思い、同行者の二人に向き直る。
そして、二人の様子を見て顔を顰める。
(……これは……まずいわね……)
二人の表情は絶望に染まっていた。
おそらく、先ほどの放送で大切な人が呼ばれてしまったのだろう。
彼女たちの心境を思うと、ルカもやりきれない。
だが、だからといって今休ませてやるわけにはいかない。
先ほどの放送で、早栗が死亡したことが告げられた。
それは早栗がこの森に逃げた後、まもなく殺されたということに他ならない。
つまり……この森に早栗を殺した人物がいる可能性が高い。
そんな危険性の高い場所で、二人がこの様では非常にまずい。
(せめて、エリーシアだけでも立ち直らせて今後のことを考えないと……)
ルカは二人を立ち直らせるために声をかけようとする。
だが、ふと鼻をつく微かな臭いに気がつく。
(……この匂いは……?)
覚えのある匂いだ。
一般人には馴染みの薄い臭い、だが人々を害するものを斬り伏せてきた
ルカにはかぎ慣れた臭い……。
そう、これは血の臭いだ。
(……まさか……)
ルカは立ち上がり、血臭のする方向へと顔を向ける。
エリーシアも気がついたのか、のろのろとルカと同じ方向へ目をやっている。
それを見て、ルカはエリーシアに告げる。
「ちょっと様子を見てくる。すぐ戻るから、リヨナを頼むわね」
そう言うと、ルカは譲ってもらったリザードマンの剣を構えて、
血臭の元へ向かって走り出した。
「…………」
そんなルカを、エリーシアはただ見送るしかなかった。
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