姉として

 

鬱蒼と生い茂る森の中を歩いているのは、三人の女性だった。
りよなとエリーシア、そしてルカである。

エリーシアの右目の周りには青痣ができており、ルカの頭にはこぶができていた。

エリーシアの顔の痣は意識を取り戻したルカによって顔面に蹴りを入れられたため。
ルカのこぶは早栗を探そうと一人で駆け出したのをエリーシアの拳骨で止められたためである。

「……もうちょっと優しく止めてくれたら嬉しかったんだけどね、エリーシア……」

こぶの痛みに呻きつつ、ルカがエリーシアを睨んで言う。

「起きて早々、人の顔に蹴りを入れた貴女が言うことかしら?」

顔をヒクつかせながら、ルカに言い返すエリーシア。

「あの場合は仕方ないでしょ。それに言っとくけど、私はまだアンタを完全に信用したわけじゃないからね。」

あの後、意識を取り戻したルカはりよなの説得もあり、エリーシアを疑いつつも
とりあえずは信用することにしたのだ。

そして、一行は早栗を探すべく彼女の逃げた方角にある森へと足を進めていたのだが……。

「あ゛ーあ゛ー、てすてす。・・・ふぅ、ようやく繋がった
 ったく、そろそろコレ買い換えないといけないなぁ。」

突如聞こえてきた不快な声により、その足は止められた。

「……放送……」

りよなの呟きに、エリーシアとルカはハッとする。

状況の目まぐるしさのせいで放送について失念していたのだ。
慌ててデイパックから鉛筆とメモ用紙を取り出し、放送の内容を書き留める準備をする。

「2時間後の禁止エリアはC−2、4時間後の禁止エリアはB−1だよぉーん♪
 オニャノコ達は絶対入っちゃダメだかんねっ!」

エリーシアは禁止エリアをメモしながら、頭の中に地図を思い浮かべる。

(……今のところは関係なさそうね)

結構なことだ。
もしこの近くのエリアを指定されていたら、早栗を探す上で障害となっていたかもしれない。

「さて、次はー、みんな気になる死亡者の発表ー♪」

その言葉に、エリーシアの身体が強張る。

(……ルーファス……)

どうか、生き延びていて欲しい。
幼いころから病弱で、医者にかかりきりだった弟。
それが最近ようやく快方に向かい、元気な姿を見せてくれるようになったのだ。
それなのに、こんなところで終わってしまうなどあって欲しくない。

「じゃ、名前を読みあげていくよー♪ 合掌の準備はいいかなー?
 ひとーり、オルナ。
 ふたーり、篭野なより……」

横でりよなが瞳を見開く。

「……な……より……?」

盲目のりよなをずっと支えてくれていた大切な妹。
その妹が、死んだ。

光を写さないりよなの瞳、その瞳の闇がさらに深まった気がした。

「……ごにーん、鬼龍院美咲。
 ろっくにーん、那廻早栗……」

「……っ!!」

早栗の名を聞いたルカの顔が怒りと悔恨に染まる。
探していた少女、守ると誓った少女はルカが見つけ出す前に殺人者によって
殺されてしまったのだ。

「……じゅーににーん、リース。
 じゅーさーんにーん、ルーファス・モントール。」

(――――――――ッ!!)

その名を聞いた瞬間、エリーシアの時間が凍った。

(……ルーファス……弟……私の……)

視界がぐらぐらする。頭が痛い。

放送が続いているが、そんなものを聞いている余裕などない。
失ったものの重みにエリーシアはただ必死に耐えるしかなかった。






(51人中13人って……冗談でしょ……!?)

放送が終わり、必要な情報を書き留めたルカは死者のあまりの多さに唇を噛む。

まだこの殺し合いが始まってから6時間しか経っていないはずだ。
それなのに、すでに全参加者の4分の1が死亡してしまった。
想像以上に殺し合いに乗る輩が多いのかもしれない。

一刻も早く弱者を殺人者の手から保護しなければ。

(……もう、早栗のような犠牲者は出したくないわ)

そう思い、同行者の二人に向き直る。
そして、二人の様子を見て顔を顰める。

(……これは……まずいわね……)

二人の表情は絶望に染まっていた。
おそらく、先ほどの放送で大切な人が呼ばれてしまったのだろう。
彼女たちの心境を思うと、ルカもやりきれない。

だが、だからといって今休ませてやるわけにはいかない。

先ほどの放送で、早栗が死亡したことが告げられた。
それは早栗がこの森に逃げた後、まもなく殺されたということに他ならない。


つまり……この森に早栗を殺した人物がいる可能性が高い。


そんな危険性の高い場所で、二人がこの様では非常にまずい。

(せめて、エリーシアだけでも立ち直らせて今後のことを考えないと……)

ルカは二人を立ち直らせるために声をかけようとする。
だが、ふと鼻をつく微かな臭いに気がつく。

(……この匂いは……?)

覚えのある匂いだ。

一般人には馴染みの薄い臭い、だが人々を害するものを斬り伏せてきた
ルカにはかぎ慣れた臭い……。

そう、これは血の臭いだ。

(……まさか……)

ルカは立ち上がり、血臭のする方向へと顔を向ける。
エリーシアも気がついたのか、のろのろとルカと同じ方向へ目をやっている。
それを見て、ルカはエリーシアに告げる。

「ちょっと様子を見てくる。すぐ戻るから、リヨナを頼むわね」

そう言うと、ルカは譲ってもらったリザードマンの剣を構えて、
血臭の元へ向かって走り出した。

「…………」

そんなルカを、エリーシアはただ見送るしかなかった。




 

木々を避け、枝を飛び越えながら野兎のごとくルカは進む。
やがて、視界が開けた先にあった光景は……。


「……っ……!!?」


そこにあったのは、地獄。

骨、肉片、臓物。
それらが辺りの木々に飾り付けられ、どす黒い血を滴らせ、
脊椎ごと引きちぎられた人間の頭部が、地面に突き立てられていた。

両腕を斬り落とされ、全身の皮を剥ぎ取られた少女が逆さに吊り下げられ、
ビクンビクンと痙攣を続けていた。

その吊り下げられた少女から剥ぎ取ったのであろう人間の皮膚が近くの木に
干されていた。

「な……何よコレっ……!?」

ルカの喉から引き攣った声が漏れる。

怪我人や死体があるかもしれないとは想像していた。
だが、このような狂気を目の当たりにするなど予想だにしていなかった。

目の前にあるのは人間の尊厳の全てを否定し、正気を根こそぎ刈り取る悪魔の宴だった。

さらに、ルカは吊り下げられた少女の顔を見て、気づく。

「……っ!!?」

その少女……両腕を失い、歯を折られ、全身の皮膚を剥がされた少女は……。


天崎奈々だった。


「……ナナ……!」

この殺し合いで出会った三人目の参加者。
先ほど別れたばかりの、先ほどまで元気だった少女の変わり果てた姿。

「……こんなっ……!こんなことっ……!」

溢れだす激情を抑えられない。

こんな非道な行いは許されない。
許されるはずがない。

そして、ルカは視線を奈々から横に移動させる。

そこには、この世のものとは思えない醜悪で歪な頭部を持つ化け物がいた。
その化け物は、ルカに対して禍々しい殺気を放っている。

間違いない。この化け物が奈々をこのような目に合わせたのだ。

「……たとえ、誰が許しても……神様が許したとしても……
 あたしはアンタを絶対に許さないっ!!」

ルカはそう言い放つと、化け物 ―― ルシフェルへ向かっていった。








エリーシアはルカが去った後も、ぼんやりと考えていた。

これからどうすればいいのか。

普通に考えれば、アーシャたちと合流するべきだ。
彼女たちと合流すれば自分たちの生存率は高まるだろうし、何より親友の二人が心配だ。
自分が合流すれば、彼女たちの力にもなれるだろう。

だが、どうしてもエリーシアはここから動くことができなかった。

弟 ―― ルーファスが死んでしまった。
守るどころか、出会うことすらできずに死なせてしまった。

今までの自分の行動を省みて、後悔する。

魔物を殺すことよりもルーファスを探すことを優先していれば。
撃たれた傷を治すことよりもルーファスを探すことを優先していれば。
りよなやルカなど放っておいてルーファスを探すことを優先していれば。

そんなことは考えても仕方の無いことだとは分かっている。

だが、どうしても考えずにはいられない。
横に座り込んでいるりよなに視線を向ける。

この子やルカがいなければ、ルーファスを救えたかもしれないのに……。

そんなことを、考えてしまう。

だが、りよなに視線を向けたエリーシアは気がついた。
りよなもまた自分と同じように、妹を亡くした悲しみに身を震わせていることに。

(……私は……)

何を考えていた?

自分が弟を守れなかったのを人のせいにしようとしたのか?

自分と同じように大切な家族を失った少女のせいにしようとしたのか?

(……最低ね……)

弟を守れなかったのは、自分のせいだ。
それをりよなやルカに八つ当たりするところだった。

それを気づかせてくれたのは、自分と同じ境遇のりよな。

たしかに、ルーファスを失ったことは悲しい。
それを考えるだけで胸が張り裂けそうになる。

だが、それでもエリーシアは立ち止まるわけにはいかない。
まだ、エリーシアには守るべきものがあるのだから。

アーシャ、クリス、りよな、ルカ。

彼女たちに力を貸し、彼女たちを守らなければならない。
そうしないと、死んだルーファスに顔向けができない。

エリーシアは未だに身を震わせているりよなに声をかける。

「……リヨナ」

その声が聞こえているのかいないのか、りよなは名前を呼ばれても何の反応も見せない。

「妹が死んでしまって悲しいのは分かるわ……私も同じだから。
 でも、こんなところで悲しんでいるわけにはいかないの」

りよなは何の反応も示さない。

「たしかに、貴女の妹が無くなったのはとても悲しいことよ。
 でもね、ここは殺し合いの場なのよ」

反応は無い。 

「そんなことでは貴女まで殺されてしまうわ。
 貴女の妹がそんなことを望むと思うの?」

ぴくっとりよなの肩が動く。
ようやく反応が見られたことにほっとするエリーシア。

「貴女は無くなった妹の分まで生きなければいけないわ。
 死んでしまった妹もそれを願っているはずよ」

りよなの俯いた顔が顔がゆっくり上がっていく。
相変わらず悲哀に満ちた表情だが、そこにはしっかりとした意志があった。

「……私は……生きないと……いけない……」

りよなの呟いた言葉は生存を目指す言葉。
その言葉を聞いて、エリーシアは喜ぶ。

「そうよ、こんなところで死ぬわけにはいかないわ。
 この首輪を外して、あの男を倒して、私たちは生き延びるのよ」

言い募るエリーシアに、りよなは弱々しくだが頷く。
エリーシアはそれを見て、安堵する。

この子はもう大丈夫だ。
どうやら、妹の死に完全に囚われているわけではないようだ。
少なくとも、生きる意志はある。
それならば、問題は無い。


「……たしは……を絶対に……ないっ……!!」


エリーシアはその声にハッとする。

ルカの声だ。

血の臭いを辿っていったルカが何かを叫んでいる。
おそらく、何かがあったのだ。

エリーシアは立ち上がり、りよなに向かって言う。

「リヨナ、さっきの声はルカに何かあったのかもしれないわ。
 私はルカのところに行くから、貴女は隠れていて。
 すぐに迎えに来るから……」

りよながその言葉に頷いたのを確認して、エリーシアはルカの元へ向かう。

「…………」

後には盲目の少女が残された。




 
神官見習いと巨人の戦いは、巨人の有利に傾いていた。

最初の邂逅と同じく、慣れない武器を手にルカは立ち回るが、
対して巨人は使い慣れた武器を持ち、ルカを肉塊に変えようと遠慮呵責無しに
その剛腕を振るう。
唸りを上げて風を切り、耳元を掠めてくる鋼の斧の迫力にルカは冷や汗を流す。

「このっ……!」

ルカは紙一重で迫る斧を回避し、巨人の利き腕を切り裂く。
だが、巨人は意に介さず横薙ぎにルカを反対の手に持つ刀で斬り裂こうとする。
慌てて、飛んで避けるルカ。
そのまま巨人を飛び越えて、反対側に着地する。

振り向くと、迫る巨人。
振り下ろされた斧をルカは横に避ける。

轟音、斧を突き立てられた大地が割れる。

その威力にルカは目を剥きつつも、隙を突いて巨人のわき腹を切り裂く。
しかし、やはり効いた様子が無い。
舌打ちしたルカは、巨人が仕掛ける前に間合いを取ろうした。
しかしその瞬間、腹部に鋭い痛みが走り、ルカは呻いて足を止める。

動き回ったせいで、エリーシアに切り裂かれた腹部の傷が開いたのだ。

(こんなときにっ……!)

焦るルカ。
巨人はその隙を逃さず、斧でルカを薙ぎ払う。
それを何とか手にした剣で防ぐも、威力を殺しきれずに吹っ飛ばされる。
そのまま木にぶつかり、背中を強打する。

「くっ!」
「ぃがっ……ぅ……!」
「……え……?」

ぶつかった木が呻いた。
驚いて振り向いたルカ。
すると、ぶつかったのが木ではなく、拷問の果てに虫の息となった
奈々であることに気がついた。

「……っ……!」

間近で見るとよりいっそう悲惨でグロテスクな様相の奈々に、ルカは息を呑む。

そのせいで、対応が遅れた。

頭上に影が降りる。
ハッと気づいたルカだが、もう遅い。
ルカと奈々の前に迫ったルシフェルは、袈裟がけに斧を振り下ろしていた。

(!?……やばっ……間に合わないっ……!)

死を覚悟するルカ。
だが、横から飛び出した影がルカを突き飛ばした。

「馬鹿っ!何呆けてるのよ、貴女は!?」
「……エリーシア!?」

飛び出してきた影はエリーシアだった。

「あ……あんた、リヨナはどうしたのよ!?」
「リヨナなら隠れておくように言っておいたわ。
 一応落ち着きは取り戻したから、しばらくの間は大丈夫よ」

ルカの言葉に、一息で答えるエリーシア。
そんなエリーシアの様子を見て、ルカは自分が心配するまでもなかったことを悟る。

「ぐ……げぅっ……」

その声に我に返るルカ。
慌てて、声の方向に目をやる。

そこには、胴体を真っ二つに切り裂かれ、上半身と下半身に分かれた奈々。
断面からは内臓がはみ出し、ただ弱々しく痙攣するだけの肉塊と化した少女。

「……そ、んな……ナナっ……!」

助けるつもりだった。
化け物を倒せば、エリーシアの魔法で何とかできると思っていた。

なのに、こんな……。

「……どのみち、あの状態では助からなかったわ……。
 私の魔法ではあんな重傷は治せないし、救う手立ては無かったのよ……」
「…………っ!!」

拳を血が滲むほど握りしめ、身体を震わせるルカ。

許さない。
許せない。
あの化け物だけは。

「……うああぁぁぁーーーーー!!」
「なっ!?待ちなさい、ルカ!」

いきなり飛び出したルカを慌てて止めようとするエリーシア。
だが、ルカは止まらない。

彼女は怒りに目が眩んでいた。

この殺し合いの場で起こる悲しみ、怒り、絶望、理不尽、狂気。
それらは決して彼女にとって許せるものではなかった。

そして、ルカのその怒りは自分自身にも向いていた。

最初の部屋で爆死させられた名も知らぬ少女。
守ると誓ったのに死なせてしまった早栗。
目の前の化け物の非道な行いの末に命を失った奈々。

この殺し合いの場で、ルカは誰一人として守ることができなかった。
人々を守る神官の端くれとして、それが情けなくて悔しかった。

激情に身を任せ、巨人に飛びかかるルカ。
そんなルカを巨人は払い飛ばそうと斧を振り上げ……。

ぞぐっ。

巨人の腕に突き刺さる、刀。
エリーシアが投げた日本刀だ。

それでも巨人に怯んだ様子は無いが、さすがに動きが一瞬止まる。

それを好機とルカは地を蹴り、巨人の頭上を捉える。
そして、頭部に思い切り剣を振り下ろした。

ずぐぅっ……!

ルカの振り下ろした剣は巨人の頭を深々と切り裂いていた。

(――……やったっ……!)

勝った。奈々の仇を取った。
その瞬間、ルカはそう思った。

「まだよ、ルカッ!!」

エリーシアの警告。
ルカはそれを聞いてようやく気づく。

その巨人が頭部に刃を突き立てられたにも関わらず、悠然と自分に視線を向けていることに。

(……そんな馬鹿なっ……!?)

目の前の出来事が信じられない。

頭をほとんど真っ二つに切り裂いたのだ。
それなのに、この巨人はダメージを受けたそぶりすら見せていない。

……化け物……。

ルカの脳裏に、その言葉が実感を伴って刷り込まれる。
そして、ルカが離脱する前に巨人の腕はルカを殴り飛ばす。

「あぐっ……!」
「ルカッ!?」

ルカは殴り飛ばされ、地に叩きつけられた。
そんなルカに向かって、巨人が斧を振り上げる。

殴られたダメージのせいで、ルカは避けることができない。


巨人の腕が無慈悲に振り下ろされ、鮮血が飛び散った。








「あ……あ……!」

目を見開いて凝視する。

こんなことがあるはずがない。
こんな馬鹿なことがあって良いはずがない。

なぜ、こんなことが……。


「……エリーシア……何で……?」
「……無事みたいね……」

巨人がルカに斧を振り下ろす直前に、割って入ったのはエリーシアだった。

彼女はルカを守るために、自分の身をさらけ出したのだ。
そのせいで、エリーシアの背中は斧で切り裂かれ、夥しい量の血が溢れだしていた。

「どうして……こんな馬鹿な真似したのよ……!?」
「身体が勝手に動いたのよ……まあ、鎧があればどうにかなるかもって
 打算もあったけど……」

エリーシアはそう言って、笑う。
それを見て、ルカの顔が悲痛に歪む。

巨人の一撃はエリーシアの鎧をあっさり叩き割り、エリーシアの背を切り裂いた。

「……大丈夫よ……今すぐに死ぬようなひどい傷でも無いわ……」

そう告げるエリーシアの顔には、たしかに死相は出ていない。

鎧は一応の役割を果たしたらしく、大地を叩き割るほどの一撃を受けた
エリーシアの傷は、重傷ではあるものの即座に死に影響するほどのものではなかった。
すぐに手当てをすれば、エリーシアは助かるはずだ。

それが分かり、ルカは落ち着きを取り戻すとともに決心する。
それならば、ルカのやることは一つだ。

ルカは巨人に殴られた痛みの残る身体に活を入れ、立ち上がる。
それを見て、エリーシアは怪訝な顔をする。

「……ルカ……?」
「エリーシア……私がオトリになるわ。その間にリヨナを連れて逃げなさい」
「!?……何を言ってるの……!貴女も一緒に逃げるのよ……!」

ルカの言葉に、エリーシアは抗議の声を上げる。
そんなエリーシアにルカは言う。

「無理よ。アイツが私たちを黙って逃がしてくれるわけがないわ。
 二人で逃げても捕まって殺されるだけよ。
 だったら、まだ動ける私がオトリになって時間を稼ぐしかない。
 それは、あんたにも分かってるでしょ?」
「……っ!」

エリーシアが悔しそうに俯く。
ルカは続ける。

「いい?私が今からアイツの注意を引きつけてここから遠ざけるから、
 その間に、アンタたちは安全な場所に逃げるのよ」
「……分かったわ……」

エリーシアは承諾する。
ここでゴネても、ルカの邪魔になるだけだと判断したからだ。

「……ルカ、死んだら許さないわよ」
「分かってるわよ、私だって死にたくないしね」

ルカは笑って答えた後、少し声を落として告げる。

「……悪かったわね、殺人鬼なんかと勘違いして……」

そして、エリーシアが返すのを待たずに巨人へと駆け出していった。
そんなルカの様子に、こんな状況にも関わらずエリーシアは噴き出してしまった。

「……何よ、あの子も可愛いところあるじゃない……」

ともあれ、いつまでも呑気な感想を抱いている場合でも無い。

巨人に石を投げ、蹴りを入れつつ逃げるルカを追って、巨人はこの場から離れて行く。
それを見届けた後、エリーシアは足を引きずりながらりよなの元へと歩んでいった。




 

誰かが戻ってくる気配に気づいたりよなが顔を向ける。

「私よ、リヨナ……」
「……エリーシアさん」

りよなは戻ってきたのがエリーシアだと分かって、安堵の息を漏らす。

「……何があったんですか?ルカさんは一緒じゃないの?」
「……ルカは今化け物と戦っているわ。私は怪我をして戦えなくなったから
 貴女を連れて逃げるために戻ってきたのよ」

りよなを心配させまいと、痛みを堪えながら平時の口調で告げるエリーシア。
エリーシアが告げる話の内容にりよなが不安そうな面持ちを見せる。

「怪我……?大丈夫なんですか?それにルカさんは……?」
「あの子は大丈夫よ。それに、私の怪我もそんなに大げさなものじゃないの。
 すぐに魔法で治療するから、心配はいらないわ」

心配ないと言うように、ことさら軽い口調で言うエリーシア。
だが、りよなはそんなエリーシアに対して詰問する。

「……本当のことを教えてください。
 私、エリーシアさんたちに庇われているだけじゃイヤです……。
 せめて、真実が知りたいんです……」

りよなのその言葉に、エリーシアは言葉を詰まらせる。

この子はこの子なりに、現状について考えているらしい。
それを心配させたくないからと嘘を吐くのは、不誠実なのではないか?

「……そうよね……悪かったわ。
 私の怪我だけど……実際のところ、かなりひどいものだわ……」

悩んだ末に、エリーシアはりよなに真実を告げることにした。

「魔法で治療するにしても、私程度の魔法じゃ気休めにしかならないでしょうね……。
 早く怪我の治療をしないと危ないかもしれない……。
 それにルカも……いえ、あの子は大丈夫……これは本当よ……」

重い事実を、エリーシアは話す。
それを聞くと、りよなは黙って考え始めた。
そして、しばらくして口を開く。

「……エリーシアさん、傷口を水で洗って消毒しておきましょう。
 どれだけ効果があるか分からないけど、やらないよりはマシなはずです。」
「……そうね……」

それを聞いて、エリーシアも考える。
たしかに、そのくらいはしておいたほうがいいかもしれない。
破傷風にでもかかったら溜まったものではないし、りよなの言うとおり
やらないよりはマシだろう。

そう考えるうちに、傷口が疼いてきて呻くエリーシア。

「……じゃあ……お願いしても、いいかしら……?」
「はい。傷口をこっちに向けてくれますか?」
「……ええ……」

傷口をりよなに向けるエリーシア。
りよなはデイパックをごそごそと探っている。

その音を聞きながら、エリーシアは考えていた。

(……良かった……リヨナも立ち直ってくれた……。
 今の状況で自分のできることを前向きに考えてくれている……)

自分と同じ立場の少女が立ち直ってくれたことをエリーシアは喜ばしく思う。

(……リヨナには感謝しないとね。この子がいなければ、
 私はルーファスを失った悲しみで我を忘れていたかもしれない……)

エリーシアはりよなが妹を失って絶望している姿を見て、理不尽な考えに囚われずに済んだのだ。
この殺し合いで大切な人を失い、悲しみを感じているのは自分だけではないと実感できたから。

それに、自分と同じ境遇の者がいてくれるのはエリーシアにとっては大きな救いだった。
この少女も自分と同じ悲しみを抱いて、この殺し合いの打破に挑もうとしてくれている。

それだけで、エリーシアは救われる思いだったのだ。

(本当に……この子がいてくれて、良かった……)

エリーシアは心底からそう思った。




ごばぅっ!!




突如、背中に激痛が走った。
凄まじい痛みと熱。

「いぎぅあああぁぁぁぁっっ!!?」

エリーシアは悲鳴を上げ、地面をのた打ち回る。

痛い熱い痛い痛い熱い痛い!!
脳は激痛に満たされ、背中から響く耐えがたい痛みに意識が刈り取られそうになる。

(……何が……!?……何が、起こったの……!?)

エリーシアは痛みを堪え、混乱しながらも考える。

まさか、新たな殺人者が現れたのか?
だとすると、りよなだけでも何とか逃がさなければ……!

「……ごめんなさい、エリーシアさん……」

だが、その考えを切り捨てるかのようにりよなの声がエリーシアの耳に届く。
それを聞いて、りよなへと視線を向けるエリーシア。

目の前にはサラマンダー……エリーシアの最後の支給品を構えるりよなの姿。
その顔は恐ろしいほどの無表情で、エリーシアがぞっとするほどの凄味があった。

「な……んで……?リヨナ……?」
「……本当にごめんなさい……」

りよなは無表情のまま、エリーシアに謝る。
だが、エリーシアには意味が分からない。

恐らく、自分を攻撃したのはりよなだろう。
だが、それはなぜだ?
謝っているということは、間違えて攻撃したのだろうか?
いや、りよなの様子からして、それは無い。

りよなは、確固たる意志を持ってエリーシアを攻撃したのだ。

「……この殺し合いで最初に言われたことを覚えていますか、エリーシアさん?」

最初に言われたこと?
ルール説明のことだろうか?
だが、それが一体何だというのか……。

「……この殺し合いを開催した人は言ってました。
 この殺し合いで最後まで生き残った人には、どんな願いも
 一つだけ叶えてくれるって……」

たしかに、あの男はそんなことを言っていた。
だが、そんなことは殺し合いに乗っていない自分たちには関係無いはずだ。

「……私、放送でなよりが死んだと聞かされて絶望しました……。
 死んでしまおうかとも思いました……。
 ……でも、思いついたんです……。
 もし私がこの殺し合いで優勝して、なよりを生き返らせてほしいと
 願ったらどうなるのか……」
「なっ……!」

そんなことができるわけがない。
そんなことは不可能だ。

「……できるわけないって思いますよね……?私もそう思います……。
 でも、可能性はゼロじゃないと私は思うんです……」

そう言って、りよなはさらに話し続ける。

「この道具……サラマンダーみたいな道具や、エリーシアさんの魔法なんて
 私の世界の常識では考えられないんです……あり得ないものなんです……。
 それなのに、サラマンダーもエリーシアさんの魔法も存在している……。
 そもそも、この殺し合い自体が私にとってあり得ないんです……」

りよなは喋り続ける。まるで何かに憑かれたかのように。

「あり得ないものが……あり得ないことがこんなにたくさん起こってるんですよ……?
 だったら、なよりが生き返るってあり得ないことが起こっても不思議じゃないと思いませんか……?
 だって、そうでしょ……?なよりがこんな殺し合いに巻き込まれて死ぬなんて、
 それこそあり得ないんだから……だったら、なよりが生き返るのはむしろ当然だと思いませんか……?」

そこまで聞いて、エリーシアは気がつく。

(……この子は……)

「……なよりはずっと目の見えない私を支えてくれました……。
 いつも私に優しくしてくれて、私を気遣ってくれて……。
 私、お姉ちゃんなのに、あの子に何もしてあげられなくて……。
 なのに、こんなところで死んじゃうなんて……。
 私、まだあの子に何もしてあげてないのに……。
 そんなのって、おかしいでしょ……?おかしいですよね……?」

もはやエリーシアに喋っているのか独りごとなのかも分からないりよなの言葉。

エリーシアはそれを聞いていて、ただ悲しかった。
妹の死から立ち直ってくれたと思っていた少女は、ただ現実から目を逸らしていただけだった。
そして、彼女は妹を生き返らせるという目的のために妹がもっとも悲しむであろう選択肢を選んでしまったのだ。

エリーシアが立ち直るきっかけを与えてくれた少女は、エリーシアとは真逆の道を選んでしまった。

「……リヨナ……お願い、考え直して……貴女の妹はそんなことを望んで……」
「……うるさい、貴女がなよりを語らないで……」


ごばぅっ!!


エリーシアの言葉を遮り、サラマンダーの炎をエリーシアに放つ。
炎に焼かれ、エリーシアは苦鳴を洩らしながらもりよなに訴える。
何とか、りよなを思いとどまらせようと。

「……それに……目の見えない貴女が……どうやって優勝するつもりなの……?
 ここには、人間以外の……化け物もいるのよ……無理に決まってるわ……。
 悪いことは言わないから……ルカみたいな殺し合いに乗っていない……参加者に……
 守ってもらいなさい……」
「……もちろん、そのつもりです……私が優勝するために……」


ごばぅっ!!


再び放たれるサラマンダーの炎。
もはや激痛しか感じない身体に残った僅かな力を振り絞り、りよなに言葉を向ける。

「……私も……弟を……ルーファスを失って……悲しかった……。
 でも、貴女を見て……貴女がいてくれたから、私は……」
「……もう、喋らないでください……」

りよなは最後まで聞かずにサラマンダーを発動させる。

ごばぅっ!!ごばぅっ!!ごばぅっ!!ごばぅっ!!ごばぅっ!!

放たれる炎の嵐がエリーシアを猛然と襲う。
エリーシアはもはや悲鳴を上げることもなく、炎に呑まれていった。


そして、そこに残ったのは黒焦げになった焼死体のみ。

だが、それはりよなの盲目の瞳には映らない。

「……待っててね、なより……。
 ……絶対に最後まで生き残って、なよりを生き返らせてあげるからね……」

薄く微笑みながら、りよなはその場から去っていく。
もはや、彼女の頭にはなよりを生き返らせるという考えしか存在しなかった。




 

ルカが意識を取り戻す前、エリーシアは先ほどの生首騒動の二の舞とならないように
その場の全員の支給品を改めていた。

そして、新たに出てきた支給品で役立ちそうな物は二つ。

一つ目はリザードマンの剣。
少々武骨な作りで扱いにくそうだが、貴重な武器だ。

「この剣はこの子が目を覚ましたとき、協力的なら渡してあげましょう」
「……そうですね……渡した途端に斬りかかられても困りますし……」

エリーシアは横で寝ているルカに視線を向けながら言う。
りよなはそんなエリーシアの言葉に同意を示している。

いくらか話をした印象として、りよなはエリーシアを信用できる人間だと判断していた。

この人は殺し合いに乗るような人物ではない。

警戒心が強く人を滅多に信用しないりよなだが、弟を心配するエリーシアの言葉は嘘とは思えなかった。
そして、それゆえに同じ姉としてりよなはエリーシアを信用できると判断したのだ。

「次は、これを誰に渡すかだけど……」

二つ目はサラマンダー……説明書によると炎を放って敵を攻撃する魔法の品らしい。
確かめてみたところ、魔力の無い物でも簡単に扱える物のようだ。

「そうね……リヨナ、これは貴女に渡しておくわ」
「……えっ……?」

その言葉に驚いた顔をするりよな。

目の見えない自分にそんな危ないものを渡しても良いのか?

りよなはそう思ったのだが、エリーシアは持っていろと言う。

「確かに目の見えない貴女に渡すのは少し不安だけど、護身の方法が何も無いのはもっと不安でしょう?
 不用意に使わないようにすれば大丈夫だと思うから、とりあえずは持っておきなさい」

そう言った後、エリーシアはりよなの頭をポンと叩いて微笑みながら言う。

「それに、貴女は妹を守るんでしょ?だったら、何か武器が無いとね」
「……あっ……」

その言葉を聞いて、りよなは改めて思った。

そうだ。自分はなよりを守るんだ。
そして、これはなよりを守るために役立つもの。
私はこれで、なよりを守るんだ。

「……ありがとう、エリーシアさん……」

りよなは微笑んでエリーシアに感謝の言葉を述べた。

それはエリーシアが初めて見たりよなの笑顔。
それは、とても可愛らしい笑顔だった。




今は失われてしまった、二度と見ることの叶わない笑顔だった。








【天崎 奈々@BlankBlood 死亡】
【エリーシア・モントール@SirentDesire 死亡】
【残り35名】





【E−4:X4Y2/森/1日目:真昼】

【エリーシア@SILENTDESIREシリーズ】
[状態]:死亡(焼死体)
[装備]:破損したエリーシアの鎧(装備不可能)@SILENTDESIREシリーズ
[道具]:無し


【篭野りよな@なよりよ】
[状態]:盲目、中疲労、精神不安定
[装備]:木の枝@バトロワ、サラマンダー@デモノフォビア
[道具]:デイパック、支給品一式(食料・水9/6)
[基本]:マーダー、なよりを生き返らせる
[思考・状況]
1.ルカと合流する
2.善良な参加者を見つけて利用する


【ロカ・ルカ@ボーパルラビット】
[状態]:中ダメージ、腹部に裂傷
[装備]:無し
[道具]:デイパック、支給品一式(食料7/6、水6/6)
[基本]:生存者の救出、保護、最小限の犠牲で脱出
[思考・状況]
1.オトリとなってルシフェルを引きつける
2.エリーシア、りよなと合流する
3.戦闘能力の無さそうな生存者を捜す
4.天崎涼子を探す

※エリーシアの支給品から食料、水、地図、時計、コンパスを補充しました。


【天崎奈々@BlankBlood】
[状態]:死亡
(上半身と下半身が真っ二つ、両腕損失、全ての歯を損失、
 頭部以外の全身の皮膚が剥がされている)
[装備]:無し
[道具]:無し


【ルシフェル@デモノフォビア】
[状態]:右腕に日本刀、頭にリザードマンの剣が刺さっている
[装備]:ルシフェルの斧@デモノフォビア
ルシフェルの刀@デモノフォビア
早栗の生皮(わき腹につけた)
[道具]:デイパック、支給品一式(奈々から奪った分)
バッハの肖像画@La fine di abisso(音楽室に飾ってありそうなヤツ)
弾丸x10@現実世界(拳銃系アイテムに装填可能、内1発は不発弾、但し撃ってみるまで分からない)
[基本]:とりあえずめについたらころす
[思考・状況]
1. ルカを追いかけて殺す
2.奈々の生皮は後で取りに戻る
3.ころす

※奈々の生皮はE-4:X2Y2に干したままです。

※ルシフェルの頭部についての補足。
見ただけで吐き気を催すような異様な形状をしています。実在する生物との共通点は一切見当たりません。
皮交換のとき以外は極力隠します。ハズカチイ
頭部から分泌するご都合主義的液体は、出すまでに時間がかかるうえ、
粘性が高く、すぐ乾燥するので、撒き散らして目潰し等の武器には使えません(少なくとも相手を拘束しないと役に立たない)。




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