「4時間後から2時間ほど、フィールド上に夏の風物詩、にわか雨を降らせるよ!
・・・って、予告したらにわか雨じゃないじゃんっ!」
その言葉と笑い声を最後に、放送は終了した。
放送を聞いていた桜は、緊張に固まっていた身体を弛緩させて、ほーっと安堵の息を吐いた。
「良かった……伊予那は無事だ……」
放送で伊予那の名前は呼ばれなかった。
放送によると死者の数は決して少なくはなかった。
にもかかわらず、放送で伊予那の名前が呼ばれなかったのは幸運といっていいだろう。
「うん……それは良かったけど……」
安心して気が抜けた桜の表情とは裏腹に、鈴音の表情は暗かった。
「……呼ばれた名前が多すぎるよ……まだ6時間しか経ってないのに……」
鈴音は不安そうに呟く。
実際に殺人者を目撃した(もっとも誤解ではあるのだが……)鈴音は、放送で死者が
何人か呼ばれてしまうだろうということは覚悟していた。
だが、まさかここまで多くの参加者が死亡しているとは予想外だった。
「……確かに、ちょっと多すぎるかな。思ったより危険なヤツが多いのかも……」
桜は鈴音の言葉に思案しつつ、伊予那の顔を思い浮かべる。
(早いとこ、伊予那と合流しないと……)
桜は伊予那と一刻も早く合流しようと、改めて強く誓う。
「……ん……んん……」
と、そのときベッドのほうから声がした。
はっと鈴音がそちらに視線をやるとベッドで寝かしていたピンクの帽子の少女が
目を覚ましたところだった。
少女は寝起きの不機嫌そうな目で辺りを見回している。
「……ここ、は……?」
状況を理解できていない少女は感じた疑問を口に出す。
そんな少女に、先ほどの暗い顔を無理やり笑顔に変えて鈴音が話しかける。
「ここは昏い街っていう街の宿屋さんだよ」
「?……お前……じゃなくて、貴女、誰……?」
笑顔の鈴音に、八蜘蛛は胡乱気な眼で問いかける。
その問いに、鈴音は八蜘蛛を怯えさせないように優しく答える。
「私は鈴音。この子は桜ちゃんだよ。
安心して、私たちは殺し合いなんかするつもりは無いし、
貴女にひどいことするつもりもないから……」
「そうそう!安心していーぞ、チビッ子!」
桜が笑いながら八蜘蛛の頭をポンポン叩く。
そんな桜の行いに軽く苛立ちを感じながら、八蜘蛛は今の状況を思い出す。
(……そうだったわ、今は殺し合いの最中……。
どうやら夢ではなかったようね……)
あの忌々しい女剣士。
ヤツに胸を貫かれ、八蜘蛛は意識を失ったのだ。
(……生きているみたいね……。)
見ると、胸の傷は痕すら残らず治っている。
おそらく、自分の傷を治してここまで運んだのは目の前の少女たちだろう。
この少女たちの様子を見る限り、自分が殺し合いに乗っていることには気づいて無いようだ。
(……ということは、この子たちはあの女剣士が殺し合いに乗っていると
勘違いして、殺されそうになっていた私を助けた、と言ったところかしら?)
八蜘蛛は現在の状況から、自分が意識を失っている間の出来事について推測する。
しかし、すぐに八蜘蛛の胸中に疑問が沸いてくる。
自分はかなりの重傷を負っていたはずだ。
それがこんなにも簡単に治るだろうか?
八蜘蛛は不思議に思い、自分の膨らみのない胸をぺたぺたと触る。
やはり、完全に治っている。
「……私の怪我、貴方達が治してくれたのよね?一体どうやったの?」
「え?……う〜んっと……私たちが治したわけじゃないの……。
支給品に不思議な鈴があってね。その鈴が貴女の傷を治してくれたのよ。
その後、鈴は粉々になっちゃったけど……」
それを聞いて、八蜘蛛は自分の支給品に小さな鈴が紛れていたのを思い出す。
(あの鈴は回復アイテムだったのね……)
しかも、あれだけの重傷を痕も残さず治したというのなら、かなり強力な物だったのだろう。
惜しいことをした、と八蜘蛛は内心で舌打ちをする。
(それもこれもあの女のせいよ……!)
全くもって忌々しい。
八蜘蛛は改めて思うと同時に、あの女剣士はどうなったのだろうかと、ふと疑問に思う。
「……ねえ、あの女……私を殺そうとした人はどこにいったの?」
「あ、大丈夫だよ。あの人は私が追っ払ったから」
鈴音の言葉を聞いて、八蜘蛛は疑問の声を漏らす。
「……追い払った?貴女が?」
あり得ない、と八蜘蛛は思う。
あの女は魔王軍三将軍たるこの自分を追い詰めるほどの腕前なのだ。
こんな戦闘能力の欠片も無さそうな小娘にどうにかできるわけが無い。
八蜘蛛の疑問の眼差しに、答えたのは鈴音ではなく桜だった。
「コラコラ、私たちを甘くみちゃいけないぞ、チビッ子?
このお姉さんはキミを襲った女なんかあっさり返り討ちに
しちゃったし、私だってついさっき変な男とでっかいスライムと
戦ってきたところなんだからな!」
「ちょ……ちょっと、桜ちゃん……!」
桜の無駄に自信溢れる言葉に焦る鈴音。
そんな桜の言葉を聞いた八蜘蛛は値踏みするように桜と鈴音に視線を這わせる。
(……どう見ても強そうには見えないけど……)
しかし、見た目について言うなら自分だって同じだろう。
幼い少女の姿をした自分が魔王軍三将軍であるなど、何も知らない者はまず信じないはずだ。
ならば、この少女たちも見かけによらない実力者なのかもしれない。
実際、あの女剣士の姿は見えず、少女たちにも目立った傷は無いのだ。
その事実を無視するわけにもいかないだろう。
(隙があれば、コイツらを養分にしようかと思っていたけど……。
しばらくは様子を見たほうがよさそうね……)
もし本当にこの二人があの女剣士を追い払うほどの実力を持っているのなら、
返り討ちに合う可能性もある。
ここは慎重に対応していくべきだろう。
幸い、彼女たちに自分に対する害意は無い。
今は彼女たちを利用しつつ、出遅れた分を取り戻させてもらうとしよう。
八蜘蛛はそう決めると、さっそくこの少女たちに取り入るために
無邪気な微笑みを浮かべて話し始める。
「……そっか、お姉ちゃんたち強いんだね。
ありがとう、あの女から助けてくれて……」
鈴音はその笑顔を見て、何とか信用してもらえたようだと安心する。
「ううん、お礼なんていいんだよ。
貴女みたいな子供が襲われてるのを見たら、
助けるのは当たり前なんだから」
鈴音の言葉に微笑み、しかし次には八蜘蛛は表情に影を落とし不安そうな表情を作る。
「ねえ、お姉ちゃんたち……こんな殺し合いで私みたいな子供が生き残れるのかな……?
さっきだっていきなり殺されそうになって、なのに何も抵抗できなくて……。
お姉ちゃんたちが助けてくれなかったら、私あのまま殺されてた……」
そんな言葉を口に出しつつ、顔を俯かせて震えて見せる。
そうすると案の定、こんな殺し合いで人を助けるようなお人よし共は、
怯えている子供を励ます言葉をかけてきた。
「なーに、心配するなって!
言っただろ?私たちは強いんだって!
アンタのような子供一人くらい守ってやるからさ!」
「そうだよ!絶対に貴女のことは守ってあげるから、
そんなに怖がらなくても大丈夫だよ!
また怖い人が来ても、お姉ちゃんたちが追っ払ってあげるから!」
二人の頼もしい言葉に心の中で舌を出しつつ、八蜘蛛は縋るような目で二人を見る。
「本当……?私、家に帰れる……?」
「大丈夫!私たちがちゃんと帰してあげるから!
だから、貴女は何の心配もしなくていいんだよ!」
八蜘蛛を元気づけるようにことさら明るい口調で答える鈴音。
「うん……ありがとう、お姉ちゃんたち……」
八蜘蛛は外面に無邪気な笑顔を貼り付け、内には狡猾な笑みを潜ませながら思う。
(ふっ……ちょろいものね……)
これで、駒は手に入れた。
相手はこちらをただの子供だと思って、全く疑っていない。
利用するのは容易だろう。
成果は上々だ。
出だしは躓いたが、それはこれから取り返せば良い。
そして、八蜘蛛には人間を養分にする以外にも新たな目的を胸に宿していた。
(待っていなさい、金髪の女……!
必ずお前を殺して、この八蜘蛛様の養分にしてやるわ……!)
八蜘蛛は自分を手痛い目に合わせた女剣士に固く復讐を誓うのだった。
もっとも、復讐の相手はすでに死んでいるのだが。
|