終わらぬ狂気

 

リョナたろう、リゼ、エマは昏い街に辿り着いていた。
休憩する場所としては、近くでは昏い街が一番妥当だろうと考えたためだ。

「ようやくついたか……目の前の建物は宿屋のようだし、
 さっそく休むとするか。見張りは頼んだぞ、お前ら」
「死ねばいいのに」
「まぁまぁ、実際リョナたろうは疲れてるみたいだし、
 私たちはまだ元気なんだから、しょうがないよ」

三人はさっそく休息を取ろうと宿屋に入ろうとして……。

「あっ!?お前!?」

いきなり横合いから聞こえてきた声に、三人は振り向く。
そこには、街の探索をしていた桜、鈴音、八蜘蛛が立っていた。

「!」

リョナたろうは桜の姿を確認した瞬間、魔弾を放った。

「なっ!?くそっ!」

桜はそれをハンマーでガードしつつ、鈴音と八蜘蛛を庇うような位置を取る。

一方、リョナたろうが攻撃を行ったことにより、リゼとエマも桜たちから
距離を取り、警戒態勢を取っていた。

「……また会ったね、前髪」
「できれば会いたくなかったけどな、短髪女。
 ……てか、前髪ってひどくね?」

リョナたろうの抗議の声に答えず、桜は目を細めながら言う。

「アンタはやっぱり殺し合いに乗ってんだな。
 あのトカゲは私を助けてくれたってのに……」
「……は?」

桜の言葉に、首を傾げるリョナたろう。

「……リョナたろう、殺し合いに乗ってるってどういうこと?」
「……やっぱり嘘吐いてたんだ。死ねばいいのに」

エマ、リゼから疑惑の目を向けられ、リョナたろうは慌てる。

「い……いや、ちょっと待て!俺は(一応)嘘はついてないぞ!
 俺は殺し合いに乗ってないし、攻撃してきたのはあの女のほうだ!」
「嘘吐け!いきなりさっきの技で攻撃を仕掛けてきたのは、そっちじゃないか!」
「何言ってやがる!それよりも前に、お前が爆破の攻撃を仕掛けてきたんだろうが!」
「はぁ!?知らないぞ、そんなの!?」
「とぼけんじゃねぇ!!」

ギャーギャー言い合いを始める二人。
それに対して、他の4人は困惑する。

「……えーっと……ひょっとしたら、お互いに誤解があるのかもしれないよ?
 二人とも、少し話し合ってみない?」

鈴音の言葉に、黙る二人。

そして、お互いの情報交換が始まった。






「……つまり、あの爆破の攻撃はお前じゃなかったってことか?」
「だから、そう言ってるだろ。全部アンタの誤解だったんだよ」

桜の言葉に、むっとしたリョナたろうは言い返す。

「……まぁ、お前の話が本当だったらだけどな」
「お前、私が嘘吐いてるって言うのかよ!?」

今度は、リョナたろうの言葉に桜が怒りだす。

「ちょ……ちょっと、二人とも落ち着いてよ!?」
「そうだよ!こんなところで喧嘩してる場合じゃないでしょ!?」

鈴音とエマが二人を止めようとする。
だが、二人の言い合いは止まらない。

「そういえば、お前デイパックをすり替えていったな?
 あれはどういうつもりだったんだ?」
「あ……あれは、私のと間違えただけで……!」
「どうだかな。中に変な道具が入ってたが、
 アレはお前が仕掛けた罠だったんじゃないのか?」
「!……いい加減にしろよ、この野郎!!」

とうとう切れた桜は、ハンマーを構えてリョナたろうと対峙する。
リョナたろうも氷のナイフを構え、桜の動きに警戒の姿勢を取る。

その様子に青くなる鈴音。
リゼとエマは呆れた視線を二人に向け、八蜘蛛は不安そうな面持ちを見せつつ
内心で二人を嘲っていた。



だが、一触即発と思われた両者の空気は次の瞬間、割って入った異物に
よって壊された。



ずしゅっ。



「……え……?」

呆けた声を漏らすリゼの胸を、刃が貫いていた。

「……ぁ……」

心臓を一突きにされたリゼはそのまま力を失って崩れ落ちた。

「……リ、ゼ……?」

エマは呆然とした表情でリゼの名前を呼ぶ。
だが、リゼはそれに反応せず倒れたままだ。



倒れたリゼの後ろには ―― 刀を構えた黄土の巨人・ルシフェルの姿があった。




 

「……て……」

リョナたろうの表情がみるみる怒りに染まっていく。

「てめえぇぇぇぇーーーーー!!」

次の瞬間には、リョナたろうはルシフェルへと飛びかかっていた。
氷のナイフでルシフェルの喉笛を描き切ろうとするが、疲労したリョナたろうの動きが
ルシフェルに通じるわけがない。


バキィィッ!!


「ぐあぁっ!!?」

ルシフェルの拳によって殴り飛ばされたリョナたろうは勢い良く吹っ飛び、
民家の壁を破壊して中へと姿を消した。

「リョナたろうっ!?」
「危ないっ!」

リョナたろうの名を叫ぶエマだったが、桜の警告の声に後ろに飛ぶ。
次の瞬間、エマのいた位置に轟音とともに斧が叩きつけられた。

「あ……ありがと……」

間一髪、命を拾ったエマは冷や汗を拭いつつも桜に礼を言う。
それに桜は頷き、ハンマーを構えてルシフェルと対峙する。

「くそっ……!何なんだよコイツは……!?」

桜はいきなり現れた怪物に上ずった声を上げ、鈴音は震えながらも
八蜘蛛を自分の身体で庇いながら、ルシフェルに銃を向けている。

「殺し合いに乗った参加者……っていうより、キング・リョーナが殺し合いを
 煽るために参加させておいた殺人鬼だよ、きっと……」
「……どう見ても平和主義者には見えないしな、くそったれ……!」

険しい表情を浮かべる桜と鈴音。
エマはルシフェルを警戒しながら、そんな二人に話しかける。

「……あのさ、回復魔法か回復アイテムってある?」
「……ごめん、傷を治せるものは持ってない」
「そっか……じゃあ、悪いけどちょっと協力してくれないかな?
 あのモンスターからデイパックを奪いたいんだけど……」

その言葉に、桜は顔を顰める。

「……回復アイテム目当てか?だったら、危険すぎるだろ。
 そこまでするほど、アイツの傷はひどくないだろうし……」

そう言って、桜はリョナたろうが突っ込んだ民家のほうを見る。
だが、エマはリゼのほうを見て答える。

「違うの。助けたいのはリゼのほうなの」
「……あの子は……もう死んでるだろ。
 気持ちは分かるけどさ……」

桜の言葉に、エマは首を振る。

「ううん、リゼはまだ死んでないよ。
 だって、胸が動いてるもん」
「そんな馬鹿な……って、嘘だろ……!?」

エマの言葉を否定しようとした桜は、リゼの胸が上下していることに気づき、
驚愕の声を上げる。

「な……何なの、あの子……!?人間じゃないの……!?」

自分の見たものが信じられない鈴音に、エマが顔を向ける。

「……リゼの頭を見なよ。角が生えてるでしょ?」
「あれって本物!?ってことは貴女の耳も!?」
「なんで偽物だって思うのかなぁ……?」

訳が分からないと首を傾げるエマだが、すぐにそんな場合ではないと気が付く。

「……っと、話が逸れるとこだった!
 ともかくさ、リゼが死んでないことは分かってくれたでしょ?
 だから、あのモンスターのデイパックを奪いたいの。
 回復アイテムがあるか分からないけど、あのままじゃリゼが……」

エマは桜と鈴音にそう話しつつも、さすがに協力を取り付けるのは難しいだろうと
考えていた。いくらなんでも、危険すぎるからだ。
見知った相手ならともかく、桜とリゼはさっき会ったばかりの赤の他人。
協力してもらえる道理など無いのだから。

「……分かった。協力するよ」
「私も……生きてるなら、あの子を助けたいから……」
「……良いの?」

桜と鈴音の言葉に驚きの声を上げるエマ。

「友達が心配だって気持ちは私にも理解できるからな。
 もし倒れているのが伊予那だったら、私だって同じことを
 頼むかもしれないし」
「……ありがと♪良い人だね、君たち」

桜の言葉に、エマは笑顔で感謝の言葉を述べた。

「アンタもな。友達のためにそこまでできるなんて、大したもんだよ」

桜がエマににっと笑みを向ける。
そんな二人に、鈴音も笑みが浮かぶ。
だが、すぐに二人とも表情を引き締める。

「……よし、やるか。
 まずは私が突っ込むから、二人とも援護を頼むよ」
「うん……」
「大丈夫、任せて」

桜の言葉に鈴音とエマは頷く。
それを聞いた後、桜はルシフェルへと突っ込んでいった。

桜はルシフェルの注意を引きつつ、ルシフェルに隙を作ろうとし、
桜が危なくなったときには、エマの魔法と鈴音の銃弾が飛び、
ルシフェルをけん制する。

そして、エマはルシフェルの背後へと忍び寄り……。

「もらったぁーっ!」

見事、ルシフェルのデイパックを奪うことに成功した。

「やったぜ!」

桜はガッツポーズを取る。

「これを!」

エマは鈴音のほうにデイパックを投げ渡す。
すでに銃弾を撃ち尽くしていた鈴音は、銃を捨てて両手でデイパックを受け取る。
そして、急いで回復アイテムを探し始めた。


だが……。


「……無い……!」

鈴音は絶望の声を漏らす。

「無いわ……!剣と銃と、絵しか入ってない!
 傷を治すようなものは入ってないわ!」
「そんな……!?」
「……リゼ……!」

鈴音の言葉に、桜とエマも表情を歪める。


それがいけなかった。


戦闘への集中を欠いた桜は、ルシフェルの攻撃への対処が一瞬遅れる。

「しまっ……!」

何とかハンマーを盾にしたが、斧の一撃で桜は吹っ飛ばされる。

「!?……う、うわっ!?」

桜が吹っ飛んだ先には、エマがいた。
桜はエマにぶつかり、二人とも地面を転がりながら、擦り傷だらけになったころに
ようやく止まった。

桜とエマが呻きつつ身を起こした時には、すでに二人のすぐそばにルシフェルがいて
斧を振り下ろしていた。

桜は慌ててハンマーを盾にしようとするが、しかし手の中にはハンマーはない。
先ほどのルシフェルの一撃でハンマーは桜の手から弾き飛ばされてしまったのだ。
エマが慌てて魔法の詠唱に移るが、どう考えても間に合わない。

それを見た鈴音は先ほど奪ったデイパックから銃を取り出して、ルシフェル目がけて
引き金を引いた。

パァンッ!

渇いた音を立てて、ルシフェルが振り上げた腕に黒点が空く。
ルシフェルがゆっくりと鈴音のほうを向いた。

「!!……八蜘蛛ちゃん、逃げてっ!!」

鈴音の言葉を受けるまでもないと、八蜘蛛は踵を返して逃げ出した。

八蜘蛛が逃げ出すとほぼ同時にルシフェルが鈴音に向かって、物凄い勢いで迫ってくる。

「ひっ……!?」

醜悪な頭部を持った巨人が猛スピードで近付いてくる。
その迫力に、鈴音の膝が笑い始める。

「こ……来ないでぇぇぇっ!!」

鈴音は銃を連射する。

何度か渇いた音を立てて銃弾が発射されたが、すぐに弾切れとなり、
カチカチという音しか出さなくなるトカレフ。

銃弾の数発でルシフェルを止められるはずもなく、すぐにルシフェルは
鈴音へと肉薄し、斧を振りかぶる。

「……あ……」

鈴音は自分に振り下ろされる斧を見開いた眼で観察しながら、思う。
まるでスローモーションのようだと。

死の間際は時間が遅く感じられるのだという話を鈴音は思い出しながら……。


鈴音は脳天から股間までを真っ二つにされて、絶命した。




 

桜とエマは鈴音が真っ二つにされたのを見て、目を見開く。

「鈴音さん……!」
「わ……私のせいだ……!
 私が無茶なことを頼んだせいで……!」

エマの言葉に、桜はきっとした視線を向ける。

「馬鹿なこと言ってんな!!悪いのは全部あの化け物だ!!
 そんなこと言ってる暇があったら、アイツを倒す方法を
 考えるんだよ!!」
「分かってるよ……!でも……!」

桜の激しい叱咤に、エマは言葉を濁す。

桜は武器を失い、鈴音は死亡してしまった。
エマも何度も魔法を放ったせいで魔力が心もとない。

こんな状態では、あの化け物と戦うことなど無理に決まっている。
桜がどんなに気合いの言葉をかけようとも、諦めかけているエマの心には届かない。

だが、そのとき二人に声をかける存在があった。

「……おい、短髪女。俺から盗んだファイト一発を寄越せ」
「!?……お前、気がついたのか!?」
「良かった……リョナたろう……!」

二人に声をかけたのは、リゼを担いだリョナたろう。
彼は頭から血を流し、ふらつきながらも桜に話しかける。

「おい、早く寄越せ。ドリンクがあっただろ?
 あれだよ。2本ともくれ」
「あ……ああ、別に構わないけど……」

そう言いつつ、桜はリョナたろうにファイト一発を2本とも渡す。
リョナたろうはそれらを一息に飲み干す。

すると、今までふらついていたリョナたろうの身体に活力が漲り、
失った体力がみるみる回復していった。

「よし、これで少しは動けるな……エマ、こいつを使え」

リョナたろうはエマに何かを放る。
受け取ったエマは驚きの声を上げる。

「これって……弓……!?
 リョナたろう、この弓は……!?」
「さっき突っ込んだ民家にあったんで持ってきた。
 それよりも、お前ら聞け。
 ヤツを倒せるかもしれない方法が一つだけある」
「!?……本当か!?」
「ど……どうやって……!?」
「こいつ……リゼのカラミティだ。
 ヤツにはお前らの攻撃が通じた様子は無いが、
 カラミティの威力なら可能性はある」

リョナたろうの言葉に、しかし二人は表情を曇らせる。

「でも、リゼは……」
「安心しろ。こいつは死んでなければ、どんな傷でも(たぶん)回復する。
 ……時間さえあればな」

その言葉に、エマはリョナたろうの言いたいことが分かった。

「……つまり、時間を稼げってことだね?」
「そうだ……リゼが回復するまで時間を稼ぐ。だが、ヤツ相手には命がけの仕事だ」
「やってやるさ……!あいつは鈴音さんを殺したんだ……!
 このまま終わらせてやるかよ……!」
「私も……あんなヤツを放っておけないし、リゼをこんな目に合わせたヤツは
 許せないよ!」

桜とエマの気合いの入った言葉にリョナたろうは頷く。
そして、弓と一緒にくすねてきた剣を桜に渡し、自身は氷のナイフを構えた。

「……この中の誰かが死んでも動揺するなよ。
 ただ時間を稼ぐことだけ考えろ」
「っ……わ、分かった……!」
「う……うん、頑張る……!」
「よし……行くぞぉっ!!」

リョナたろうのその声を合図に、桜が雄叫びを上げて突っ込む。
それを援護するように、エマが矢を放ち、リョナたろうも魔弾を放った後、
桜に続いて突っ込んでいった。

「おおおおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉっ!!」
「うらああぁぁぁぁぁああぁぁぁっ!!」

桜とリョナたろうは気合いの声とともルシフェルに猛攻をかける。
だが、ルシフェルはそれらを意に反さず、邪魔な人間どもを殺そうと斧を振るう。
しかし、ルシフェルの攻撃はエマの矢や魔法によって悉く防がれていた。

桜もリョナたろうもルシフェルと戦えるほどの戦闘力は持っていない。
現状、何とか闘いになっているのはエマのおかげだ。

桜、鈴音、エマの3人でルシフェルと戦っていたときにも言えたことだが、
この中ではエマの実力が一番高く、矢や魔法によるサポート役とはいえ、
実質戦闘の中心となっているのはエマだった。

だが、エマの獲物は弓矢と魔法……どちらも攻撃を放つたびに消費されるものが
あり、攻撃回数は有限となっている。

すでに矢は残り2本となり、魔力もウインドが3、4回撃てる程度しか残っていない。
よって、エマの援護も残りの攻撃回数を考慮するせいでどうしても手薄になっていく。

「く……くそっ……!」

援護が少なくなったことで、リョナたろうと桜の勢いが目に見えて落ちてくる。
その隙を突かれ、ルシフェルの斧が体勢を崩したリョナたろうに叩きこまれた。

ざぐぅっ!!

右肩から肺に至るまでをざっくりと切り裂かれ、リョナたろうはびくりと痙攣した後、
大量の血を流して倒れる。

「リョナたろうっ!!」
「ちくしょおぉぉぉーーーー!!」

やけになった桜が考えも無しに、剣を腰だめに構えて突っ込んでいく。
そして、そのままルシフェルへと体当たりを食らわし、剣をルシフェルの腹部に深々と
突き刺した。

「ど……どうだ……!?」

桜は少しはダメージを与えたと思って、ルシフェルの様子を窺う。
だが、ルシフェルは攻撃が効いた様子も無く桜に視線を向けている。

「ぐっ……ちくしょう……!ちくしょう……!」

桜は絶望に顔を歪ませる。
その心に、とうとう諦めの念がよぎったそのとき……。

バァンッ!!

そのとき、ルシフェルの頭部に何かがぶち当たり、炸裂した。
驚いて目を向けると、絶命したと思われていたリョナたろうが、最後の力を振り絞って
魔弾をルシフェルに放ったところだった。
魔弾を放った手がしばらく震えた後、リョナたろうはがくりと力を失って再び倒れた。

(あいつ……あんな状態になってまで……!)

桜はリョナたろうの執念に戦慄する。
ヤツは最期まで闘いを諦めなかったのだ。

ならば、自分も諦めるわけにはいかない。
気合いを入れ直した桜は、ふとルシフェルが魔弾を受けた後からピクリとも動かず、
身体を固まらせていることに気がついた。

(?……何だ……?)

だが、そう思った次の瞬間には再び動き出し、桜に攻撃を加えてきた。
慌てて避ける桜、それを助けるようにエマが矢を放ち、魔法を唱える。

ルシフェルから距離を取った桜は、先ほどルシフェルの動きが一瞬止まったことについて
疑問を抱いていた。

(まさか……ヤツの弱点は頭なのか!?)

そう考えてみると、今までの戦闘で先ほどのリョナたろうの魔弾以外に頭部に攻撃を
クリーンヒットさせたことはなかった。

(間違いないっ!ヤツは頭への攻撃に弱いんだっ!)

ヤツの弱点は頭だと確信した桜は、それをエマに伝えようと口を開く。

「エマッ!ヤツの弱点は……!」

頭だ、と言おうとして開いた桜の口にルシフェルの刀が突き入れられた。


ぞぐっ!


突きいれられた刀は桜の口の中に突き刺さり、後頭部を貫いた。


「…………―――――――ーーーッッッ!!!」


激痛。ありえないほどの激痛が桜を襲う。
脳が激痛に満たされ、思考が吹っ飛ぶ。

だが、桜の脳にはさらに激しい痛みの信号が送られる。
ルシフェルの刀が桜の口から下へとゆっくりズブズブと切り裂いてきたのだ。

「!!……ッッ!!……―――ッッッッ!!!!!」

痛い。痛い。我慢……無理。無理!無理っ!!痛いっ!!嫌だっ!!イヤダ!!タスケテ!!
痛い痛いいたいいたいイたいイタイイタイィィィ!!

「いぃぃうぅぐぐぅうぅがぁぁぁぁぁぇぇぇええぇぇぅぅぁぁぁああああぁぁぁぁ!!!!」

感じる痛みが理性を吹き飛ばし、絶叫する桜。
ただただ痛みから逃れたい、解放されたいと身体を捩るが、それが逆に身体をさらに切り刻み、
桜を悶絶させる。

そんな桜の脳裏に、走馬灯の如く一人の少女の姿が浮かび上がる。

神代 伊予那。
幼馴染の、大切な親友の少女。
この殺し合いで、必ず守ると誓った少女。

伊予那の姿が頭に浮かんだ桜は、その瞬間思考を取り戻した。

(……伊……予、那…………守……るっ……!)

桜が思ったことは、伊予那を守ることだけ。
そのために、目の前の怪物を必ず倒さなければならない。

桜の手から光が生まれる。
そして、リョナたろうの放つ魔弾と同じものがその手の中に作り出された。

桜はリョナたろうと再会した時に魔弾で攻撃されていた。
そのときに、桜はラーニングによって魔弾を習得していたのだ。

桜は作り出した魔弾をルシフェルの頭部に放つ。

バァンッ!!

その魔弾は、狙い違わずルシフェルの頭部にぶち当たり、ルシフェルの動きを
再び止めることに成功する。

魔弾を放った桜はそのまま絶命していた。
奇しくも、放った技の持ち主と同じ死に様となった少女はどこか満足気で
誇らしそうだった。




 

「いぃぃうぅぐぐぅうぅがぁぁぁぁぁぇぇぇええぇぇぅぅぁぁぁああああぁぁぁぁ!!!!」

その凄まじい絶叫は、リゼの意識を取り戻させるに十分なものだった。

はっと身を起こし、自分の身に何が起こったのか、今の声は何なのかを確認しようとしてする。
そして、傍で青い顔で目を見開いて震えているエマを見つけ、声をかける。

「……エマ……何が、あったの……?」
「!?……リゼ……!?あ……あぁ……リゼ……!
 リョナたろうが……桜が……!!」
「リョナたろうが……?」

リゼはエマの言葉と態度に不安を抱く。
そして、周りを見渡したリゼは……。

肩から胸までを切り裂かれて絶命しているリョナたろうと、怪物に刀で切り裂かれて
痙攣している桜の姿。

「……え……?」

リゼは一瞬、自分の見たものが何なのか理解できなかった。

(リョナたろうが死んでて……怪物が……女の人を……)

そこまで考えて、ようやく現状を理解したリゼは恐怖が膨れ上がる。

「ひっ……やっ……!いやっ……!」

リゼは怯えて逃げだそうとする。
だが、足がもつれて思うように逃げることができない。

「ま……待って、リゼ!!
 怖いのは分かるけど、リョナたろうもあの子も
 あのモンスターと戦ってあんなことになったの!!
 アイツを倒すにはリゼの力が必要なの!!
 お願い、リゼの力を貸して!!」
「や……やだっ……!怖いっ……怖いよぉ……!」

リゼが涙目で嫌がるのを、エマは必死に説得しようとする。

「お願い……!アイツを倒さなきゃ、私たちは回生光のラクリマを
 手に入れることができない……!
 それじゃあ、死んだ人を生き返らせることができないんだよ……!」
「う……うぅ……!」

その言葉に何とか踏みとどまるリゼ。
萩の狐、オルナ、そしてリョナたろう。
あの化け物を倒さなければ、死んだ人たちが帰ってこないという事実は、
リゼをこの場に押しとどめた。

だが、それでもあの化け物と戦うほどの勇気はリゼには芽生えなかった。
エマですら、恐怖で逃げ出したいくらいなのだ。
元々臆病なリゼにそこまでの覚悟を望むのは酷というものだろう。


だが……。


バァンッ!!

「……え……?」

いきなり聞こえてきた音に、リゼとエマは音のしたほうを振り向く。
そして、視線の先の光景に二人は目を見開いた。

桜が作り出した魔弾がルシフェルの頭部を直撃し、ルシフェルが
仰け反って動きを止めている。

その光景は、エマにとっては特別な意味を持っていた。

最後まで諦めずに戦ったリョナたろうと桜の執念。
その執念が、桜がリョナたろうの技である魔弾を放つという奇跡を起こし、
どんな攻撃も通じなかったルシフェルの動きを止めることを可能としたのだと。

その光景に勇気づけられたエマの心からは、すでに恐怖は消え去っていた。

(……ゴメン、二人とも……私、ちょっと怖かったけど、もう大丈夫!
 必ずリゼと二人でアイツを倒して見せるから、天国で見ててね!)

エマは決意を新たに、ルシフェルの打倒を誓っていた。


一方、リゼのほうも思うところがあった。

(……リョナたろう……)

リゼは胸中でリョナたろうの名前を呟いていた。

リゼはリョナたろうのことが嫌いだった。
それは間違いない。

だが、彼の全てが嫌いだったわけではなかった。
リョナたろうがたまに気まぐれで優しくしてくれるときは、
内心ではとても嬉しかったのだ。

桜の魔弾がルシフェルの動きを止めたのを見て、リゼはリョナたろうに
叱咤激励されたような気がしたのだった。

『何ビビってんの?腰抜けですか?おむつの替えは大丈夫か、リゼちゃ〜ん?』

……ちょっと腹が立ってきた。

(死ねばいいのに……あ、もう死んでたか)

そんなアホなことを考える余裕も出てきた。

「……ごめん、エマ。心配掛けて。もう大丈夫だよ」
「……私も覚悟決まったよ、リゼ。二人でアイツをやっつけよう!」
「うん!」

リゼの返事に笑顔で頷き、エマは最後の矢をつがえる。

精神を集中し、この一射に全身全霊、全ての力を込めて……


「豪鬼っ!!いっけええぇぇぇぇぇぇ!!」

エマが放ったのは、弓術の奥義・豪鬼。
その矢はルシフェルの頭部に刺さり、ルシフェルを盛大によろけさせた。

「さあ、リゼ!あいつの防御はガタガタになったよ!
 カラ何とかをぶっ放しちゃってよ!」

エマの弓術・豪鬼はそれ自身のダメージも優れているが、それに加えて
さらに優れた効果が存在する。
それは相手の防御を打ち砕き、続く攻撃のダメージを増加させるというものである。

豪鬼を受けたルシフェルの防御は大きく低下したのだ。

エマの言葉を受けたリゼは不敵に微笑み、ある少年の口癖を借りて了承の意を返した。

「……おk」

リゼはルシフェルに向かって掌をかざし、全魔力を込めてカラミティを放つ。

放たれたカラミティがルシフェルに炸裂し、それをまともにくらったルシフェルの頭部は
粉々に吹き飛ばされた。




 

「……勝った……」
「……うん……」

エマの呟きに、リゼは頷く。

「私たち……勝ったんだね、リゼ……」
「……うん……勝った……」

エマの顔に笑顔が広がる。
そして、リゼの両手を掴むとぶんぶん振り回し、喜びの声を上げる。

「やったあぁぁぁ!!やったよ、リゼ!!私たちの勝ちだよ!!
 私たち、やったんだよぉぉぉぉ!!」
「ちょ……ちょっとエマ……!落ち着いてよ……!」

エマのテンションの上がりように呆気に取られているリゼに対して、エマは言う。

「何言ってるのさ!?あんなのに勝ったんだよ、私たち!!
 これで落ち着いていられる!?もっと喜ばないと!!」
「……そう……そうだよね……もっと喜ぶべき、なのかな……?」
「そうだよ!!バンザーイ!!」

そう言って、エマは両手を上に上げながら言う。

「ほら、リゼも!!」
「えっ?う……うん……バンザー……」

エマに倣って、リゼもバンザイをしようとして……気付いた。

エマの後ろから迫る、巨大なハリガネムシのようなモンスター。
そのモンスターが身体を鞭のようにしならせて、エマを……。

「エマッ!!後ろっ!!」
「えっ?」

リゼの警告の声に、エマは後ろを振り返り……


モンスターの刃状の身体による一撃は、エマの身体を袈裟がけに真っ二つに切り裂いた。

「エマあぁぁぁぁっ!!」

悲鳴を上げるリゼ。
それを意に反さず、モンスターは身体を何度もしならせ、エマの身体を駒切りにした。

「あ……あ……!」

ばらばらにされたエマ。
それを見たリゼの頭が怒りで真っ白になった。

「あああぁぁぁぁぁっ!!!」

リゼは武器すら持たず、モンスターに突っ込んで行く。
だが、モンスターはそれをひらりと避わし、リゼの身体にその細長い身体を巻きつけて
羽交い絞めにする。

「ぐっ……!放せっ!!放せえぇぇぇっ!!」

絶叫するリゼ。

だが、モンスターはそんなリゼの言葉など効かずに、リゼの体内に自らの身体の先端を
侵入させる。


ずぶずぶずぶっ……!!

「!!……がっ……あがうぅあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

身体の中に侵入され、肉を破って突き進まれる激痛にリゼは泣き叫ぶ。
だが、その叫びも長くは続かなかった。

「!!……がっ……!」

ぶしゅ、ずぶ、ぐしゃっ!!

身体中の全ての臓器を潰されたリゼは、目、鼻、口、耳から血を噴き出した。

「……あ……がふっ……うぁぁ……」

リゼは激痛の中、身体から力が抜けていき、意識が薄れていくのを感じていた。
超回復力を持つリゼでも、ここまでのダメージを受けてはどうにもならなかった。

(……リョナ、たろう…………エ……マ…………お姉、ちゃ……ん……)

……ゴメン、なさい……。

仇を取ることが叶わなかったリゼは、先に逝った仲間に謝りながら死んでいった。






……リゼが死亡してから、数分……。

なんと、リゼの身体がいきなり起きあがった。
そして、何かを確かめるように瞬きをし、両の掌を握ったり開いたりしている。

やがて満足したのか、立ち上がるとルシフェルの死体から生皮の服を剥ぎ取り、
自らの身に纏う。
だが、サイズが違いすぎて動きの妨げになると気付き、仕方なくデイパックの中に
仕舞うことにした。

そして、辺りに散らばった支給品を回収し始めた。
全ての支給品を回収し、さあ持っていこうとしたときに初めてその重量を持ち上げるだけの
腕力が無いことに気が付いたらしい。
仕方なく、あまり必要の無い支給品を適当にポイポイ放りだして、持ち運びが可能な重さに
なるように調整する。

持ち運べる重さになったことを確認すると、彼女はデイパックを背負って昏い街を後にした。



……もうお分かりだろうが、一応述べておこう。

死亡したはずのリゼの身体が動いている理由……それは当然リゼが生きているからではなく、
リゼの身体を動かしているもの……つまり、巨大なハリガネムシのような身体を持つモンスターの
仕業である。

そのモンスターこそ、黄土の巨人ルシフェルの真の姿。
彼は死体に寄生して、その身体を操ることができるのだ。

あの巨人の身体すら、彼にとっては仮宿に過ぎない。
彼が次に定めた仮宿は、リゼの身体。


狂気は未だ終わらず。
少女の姿を借る狂気は、新たな血の宴のために歩み続けるのだった。


そして、歩みを進めつつ、ルシフェルは思う。

この身体は、なるべく頭部へのダメージは避けよう。
前の身体のように脳の損傷が蓄積されているのに気がつかず、
いきなり動かなくなるような不具合を起こされたら困りものだ。


狂気は今回の戦闘で一つ学習したようだ。






【榊 鈴音@鈴の音 死亡】
【リョナたろう@リョナラークエスト 死亡】
【美空 桜@一日巫女 死亡】
【エマ@リョナマナ 死亡】
【リゼ@リョナラークエスト 死亡】
【残り21名】


【D-3:X3Y1/昏い街/1日目/午後】

【ルシフェル(inリゼ)@デモノフォビア】
[状態]:健康
[装備]:ルシフェルの刀@デモノフォビア
フレイムローブ@リョナマナ
[道具]:デイパック、支給品(食料6/6・水6/6)
ルシフェルの斧@デモノフォビア
日本刀@BlankBlood
氷のナイフ@創作少女
ウインドの薬箱@リョナラークエスト
早栗の生皮@デモノフォビア
ルシフェルの服(生皮)@デモノフォビア
[基本]:とりあえずめについたらころす
[思考・状況]
1.奈々の生皮は後で取りに戻る
2.ころす

※奈々の生皮はE-4:X2Y2に干したままです。


【美空桜@一日巫女】
[状態]:死亡
[装備]:青銅の大剣@バトロワ
[道具]:デイパック、支給品一式(食料2/6、水5/6)


【榊 鈴音(さかき すずね)@鈴の音】
[状態]:死亡
[装備]:南部(残弾0)@まじはーど
[道具]:デイパック、支給品一式(食料2/6、水5/6)
ラーニングの極意@リョナラークエスト


【リョナたろう@リョナラークエスト】
[状態]:死亡
[装備]:リョナたろうの鎖帷子(破損、装備不可)@リョナラークエスト
[道具]:無し


【エマ@リョナマナ】
[状態]:死亡、ばらばら
[装備]:弓@バトロワ、投石@バトロワ世界
[道具]:デイパック、支給品(食料5/6・水4/6)






「……行ったようね……」

遠くから様子を窺っていた八蜘蛛はリゼの身体を乗っ取ったルシフェルが
街から離れて行くのを見て、ようやく姿を現した。

「……それにしても、あんなヤツまで参加してるとはね。
 金髪の女といい、ちょっとこの殺し合いを甘く見てたのかもしれないわ」

八蜘蛛は不機嫌そうな顔で呟きつつ、考える。

あの化け物に自分一人で勝つのは、不可能だ。
ヤツが操っている死体になら勝つことは可能だろうが、その直後に身体を
乗っ取られてしまうのでは意味が無い。

身体を乗っ取られるのを防ぐためには、戦闘能力の高い参加者を最低でも一人は
味方につけ、協力して事に当たる必要があるだろう。
場合によっては、自分の実力を協力者に教えておく必要もあるかもしれない。

「……今更だけど、面倒なことに巻き込まれたもんだわ……」

ルシフェルが置いていった支給品を回収した後、死体の養分を吸い取りながら
八蜘蛛はしばらくぼやき続けていた。






【八蜘蛛@創作少女】
[状態]:健康
[装備]:トカレフTT-33@現実世界(弾数8+1発)(使い方は鈴音を見て覚えた)
弾丸x1@現実世界(拳銃系アイテムに装填可能、内1発は不発弾)
[道具]:デイパック、支給品一式×3(食料14食分、水14食分)
モヒカンハンマー@リョナラークエスト
リザードマンの剣@ボーパルラビット
メイド3点セット@○○少女
バッハの肖像画@La fine di abisso
チョコレート@SILENTDESIREシリーズ
[基本]:ステルスマーダー
[思考・状況]
1.ルシフェルを倒す(そのために実力のある参加者を味方につける)
2.エリーシアを殺す
3.人間を養分にする
4.萩、ロシナンテと合流する
5.門番が自分の知っている門番か確かめる

※ルシフェルの本体と能力を知りました。




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