「うーっ! 考えてても仕方ないか! とにかく道なりに進んでみよう!」
番が勢いよく第一歩を踏み出した瞬間だった。
「おーい! そこの貴女ー! ちょっと待ってー!」
女性の元気な声に引き止められ、番は渋々振り向き問い掛けた。
「そこの貴女ーって、私?」
番の視線の先には、赤い髪の女性が駆け寄ってくる光景があった。
赤い髪の女性は大きく手を振って門番の問い掛けに答えた。
彼女は番の前で立ち止まると、少し息を整えてから口を開いた。
「引き止めちゃってごめんね。 私、アーシャ・リュコリス。 よろしくね!」
「えっ、ああっ、どうも。 私、門番。」
アーシャの勢いに押されるように番は名乗り、軽く会釈をした。
「って、アーシャ・・・だったっけ、私になんの用?」
「そのことなんだけど・・・。 ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ。」
「手伝うって、なにを? というより、いきなり手伝ってって言われても・・・」
「・・・うーん、ごめん! 説明は後でするね! 今は兎に角、人手が欲しいんだ!」
「――うわぁっ!?」
アーシャは番の腕を掴むと一目散に来た道を走って戻っていった。
突然のことに番は体勢を崩し、前のめりになってしまう。
番は倒れないように慌てて前に足を出しつつ叫んだ。
「わ、分かったよぉ! 走るからちょっと待ってってぇー!」
〜〜〜〜
「お待たせー! 協力してくれる人を連れてきたよー!」
森の入口近くに聳える、太い木に向かってアーシャは呼びかけた。
「えっ、協力してくれる人って、私まだ・・・」
その時、番の反論を遮るように大きな声が幹の向こう側から聞こえた。
「おかえり! アーシャお姉ちゃん!」
同時に、番とアーシャの前に声の主が姿を現した。
その姿に番は思わず目を丸くして覗き込んでしまった。
彼女の前には、修道服に身を包んだ奇麗な人形が立っていたからだ。
人形は彼女を見るなり、水を吸って重くなってしまった修道服を必死に引き摺って近寄る。
そして、唖然としている番に抱きついた。
「わーい! 素敵なお姉ちゃんが助けに来てくれたー! エル嬉しーなぁー!」
「た、助けにって・・・だから私まだ・・・」
(す、素敵なお姉ちゃんだなんて、初めて言われた・・・。 なんだか、照れちゃうなぁ・・・。)
「ええっ! そんなぁっ!」
エルと名乗った人形が、番を見上げる。
「エル・・・お姉ちゃんならきっと助けてくれるって・・・。」
「うっ・・・。」
エルの今にも泣き出しそうな目に、思わず番は視線を逸らそうとした。
しかし、それよりも先にエルにきつく抱きしめられ、番は視線を逸らすことができなかった。
「そう思ってたのに・・・。 素敵な・・・お姉ちゃん・・・ならっ・・・助けてくれるって・・・思ってたのにぃっ! うえぇーんっ!」
エルはついに声を上げて泣き出してしまった。
弱った番はしぶしぶ協力を受け入れることにした。
「ああー、もぉ分かったよぉー! 協力するからー!」
「ホント!? ありがとぉっ! お姉ちゃんっ!」
「・・・へっ?」
番は再び唖然としてエルを見つめた。
エルはさっきまでの泣き顔から一転して、満面の笑みを浮かべていた。
(こ、これはもしかして・・・。 騙されたー!?)
思わず泣きたくなった気持ちを溜め息に変えて、番はがっくりと肩を落とした。
〜〜〜〜
それから、アーシャ達は幹の向こう側へと回った。
「ただいま、シノブちゃん。 調子はどう?」
アーシャはエルを降ろしながら、問い掛ける。
「あ、アーシャねえ・・・。」
アーシャの問い掛けに、木の幹にもたれて座り込んでいたシノブが弱々しい声で答えた。
「すまない、アーシャねえ・・・。 アタシとしたことが、夕立如きで熱だしてぶっ倒れちまうなんて・・・。」
「ううん、気にしないでシノブちゃん。」
シノブはアーシャの後ろで肩を落としている少女に視線を向けた。
「アンタか・・・協力してくれる人って・・・。」
「う、うん、まぁ・・・。 協力するって言っちゃったからね。」
シノブの問い掛けに番は溜め息混じりに答えた。
「すまない・・・。 こんなことに巻き込まれちまって・・・それどころじゃないってのに・・・。」
「ううん、もういいんだー。 ・・・って、こんなこと?」
番は彼女の言葉の意味が分からず聞き返した。
番にとってこの状況だけが巻き込まれたことだと思っていたからだ。
「なにを言って・・・アンタも・・・キングが仕組んだ・・・このゲームに・・・巻き込まれたんだろ・・・?」
「へっ? キング? ゲーム? なんだいそりゃ?」
「・・・えっ?」
一同の間に暫し、雨音だけが鳴り響いた。
その静寂を小さな咳払いで吹き飛ばし、恐る恐るアーシャが口を開いた。
「・・・えっと、番ちゃん。 もしかして、どうして此処に居るのかって・・・」
「ん? そういや、私はどうしてこんなトコに居るんだろう?」
「・・・つ、番ちゃん。 今までずっとなにをして・・・」
「寝てたんだけど、なんだか眠く無くなっちゃって。 仕方ないからお散歩してたんだ。」
この後に及んで、現状を全く把握していない人物が居た。
この事実にアーシャ達は、暫く開いた口が塞がらなかった。
〜〜〜〜
その後、アーシャから簡単に現状を説明された番は怒っていた。
「なんて・・・。 なんて酷いヤツなんだー! キングってヤツはー!」
「番ちゃん・・・。」
憤慨する番をアーシャは宥めようと、肩に手を置こうとした。
「私の楽しみの二度寝を邪魔するなんて許せない!」
「・・・えっ?」
「泣いて土下座するまでぶってやるぅー!」
「な、泣いて土下座するまで・・・ってわぁっ!?」
唖然としていたアーシャは、突然番に両腕を掴まれ体勢を崩しそうになった。
「アーシャ! シノブ運ぶの手伝ってあげるから、キングってヤツを泣かすの手伝ってね!」
「わ、分かった、手伝うよ。」
「よーし、決まり♪ よろしく、アーシャッ!」
番はシノブの傍に駆け寄ると、彼女を背負うべくしゃがみ込んだ。
シノブは軽く頷き、ゆっくりと起き上がって彼女の背にもたれた。
「わわっ、凄い熱。 どうしたの?」
「色々とあってな・・・この夕立で・・・ダウンってワケさ・・・。」
「ふーん・・・。 なんというか、大変だったんだね。」
番はシノブを背負って立つと、アーシャの後に続いた。
「・・・厄介な娘【こ】を連れてきたわね。 アーシャ。」
アーシャに抱きかかえられた状態で、エルはアーシャに囁いた。
「うん、確かに彼女から感じた魔力は何処か、禍々しい感じがしたんだけど・・・。」
「・・・じゃあ、どうして?」
「彼女の気配からは、それほど悪者という感じがしなかったんだ。」
「一か八かに賭けるしかない状況であるというのも確かね・・・。 でも、甘いわよ、アーシャ・・・。」
「そうだね。 自分でも甘い考えかもしれないとは思ってるよ・・・。」
二人の短い溜め息を遮ぎるように、後ろを歩いていた番が声を掛ける。
「ねー、二人とも、前から誰か来るよー。」
番の言う通り、前方から小さな人影がフラフラと近づいてきていた。
アーシャ達は人影の正体を探ろうと目を凝らしたが、夕立のせいではっきりとは分からなかった。
「・・・アーシャ。」
エルの囁きにアーシャは軽く頷いた。
それからすぐにアーシャはエルを下ろすと、小太刀の柄に手をかける。
「皆、私が前にでて様子をみるよ。 万が一・・・ってことがあるといけないから、安全な距離まで下がってて。」
番は一度頷くと、エルの手を握って離れる。
そして、戦闘になっても巻き添えにならないぐらいに離れた所で立ち止まると手を振って合図した。
アーシャは小さく頷くと前方に注意を向けた。
(どうやら小さな女の子みたいだけど、不自然なぐらいに精気が感じられない・・・。)
アーシャの脳裏に不死系の魔物である可能性が浮かび上がった。
不死系の魔物には、少女の姿をしている物も存在しているからだ。
(此処はもうちょっと様子を見て・・・。)
そう思った時だった。
「あっ!!」
突然、目の前の人影が崩れ落ちた。
アーシャは人影の傍へと飛び出した。
(しまった! つ、つい助けようと・・・!)
シノブの例もある。
もしかしたら、彼女もこの夕立に当てられ酷く弱っているのかもしれない。
そんな考えも頭の片隅にあったからだ。
困っている人を黙って見ていることのできない性格も相俟って、反射的に飛び出してしまったのだ。
(くっ、こうなったら・・・。)
理由はどうあれ、此方から行動を起こしてしまった以上、退くか進むかを決めなくてはならない。
(進もう! 本当に弱っているだけということだってありえるから、確認だけはしないと!)
遠くからエルの制止の声が聞えるが、アーシャはあえて聞えないふりをした。
アーシャは心の中で大きく頷くとそのままの勢いで駆け寄る。
そして、崩れた人影の傍で立ち止まった。
(こ、こんな小さな女の子まで、巻き込まれてるの・・・!?)
アーシャは思わず息を飲んだ。
人影の正体が年端も行かないであろう、小さな少女であったからだ。
ボロボロになった赤いローブに身を包んだ彼女は、倒れたまま微動だにする気配がなかった。
アーシャはまずは少女を抱き起こそうと思い、屈み込むことにした。
「あ、貴女! だいじょう・・・」
その時――。
〜〜〜〜
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