アタシには分かる、アタシは・・・

 
「うーっ! 考えてても仕方ないか! とにかく道なりに進んでみよう!」

番が勢いよく第一歩を踏み出した瞬間だった。

「おーい! そこの貴女ー! ちょっと待ってー!」

女性の元気な声に引き止められ、番は渋々振り向き問い掛けた。

「そこの貴女ーって、私?」

番の視線の先には、赤い髪の女性が駆け寄ってくる光景があった。
赤い髪の女性は大きく手を振って門番の問い掛けに答えた。
彼女は番の前で立ち止まると、少し息を整えてから口を開いた。

「引き止めちゃってごめんね。 私、アーシャ・リュコリス。 よろしくね!」
「えっ、ああっ、どうも。 私、門番。」

アーシャの勢いに押されるように番は名乗り、軽く会釈をした。

「って、アーシャ・・・だったっけ、私になんの用?」
「そのことなんだけど・・・。 ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ。」
「手伝うって、なにを? というより、いきなり手伝ってって言われても・・・」
「・・・うーん、ごめん! 説明は後でするね! 今は兎に角、人手が欲しいんだ!」
「――うわぁっ!?」

アーシャは番の腕を掴むと一目散に来た道を走って戻っていった。
突然のことに番は体勢を崩し、前のめりになってしまう。
番は倒れないように慌てて前に足を出しつつ叫んだ。

「わ、分かったよぉ! 走るからちょっと待ってってぇー!」

〜〜〜〜

「お待たせー! 協力してくれる人を連れてきたよー!」

森の入口近くに聳える、太い木に向かってアーシャは呼びかけた。

「えっ、協力してくれる人って、私まだ・・・」

その時、番の反論を遮るように大きな声が幹の向こう側から聞こえた。

「おかえり! アーシャお姉ちゃん!」

同時に、番とアーシャの前に声の主が姿を現した。
その姿に番は思わず目を丸くして覗き込んでしまった。
彼女の前には、修道服に身を包んだ奇麗な人形が立っていたからだ。
人形は彼女を見るなり、水を吸って重くなってしまった修道服を必死に引き摺って近寄る。
そして、唖然としている番に抱きついた。

「わーい! 素敵なお姉ちゃんが助けに来てくれたー! エル嬉しーなぁー!」
「た、助けにって・・・だから私まだ・・・」
(す、素敵なお姉ちゃんだなんて、初めて言われた・・・。 なんだか、照れちゃうなぁ・・・。)
「ええっ! そんなぁっ!」

エルと名乗った人形が、番を見上げる。

「エル・・・お姉ちゃんならきっと助けてくれるって・・・。」
「うっ・・・。」

エルの今にも泣き出しそうな目に、思わず番は視線を逸らそうとした。
しかし、それよりも先にエルにきつく抱きしめられ、番は視線を逸らすことができなかった。

「そう思ってたのに・・・。 素敵な・・・お姉ちゃん・・・ならっ・・・助けてくれるって・・・思ってたのにぃっ! うえぇーんっ!」

エルはついに声を上げて泣き出してしまった。
弱った番はしぶしぶ協力を受け入れることにした。

「ああー、もぉ分かったよぉー! 協力するからー!」
「ホント!? ありがとぉっ! お姉ちゃんっ!」
「・・・へっ?」

番は再び唖然としてエルを見つめた。
エルはさっきまでの泣き顔から一転して、満面の笑みを浮かべていた。

(こ、これはもしかして・・・。 騙されたー!?)

思わず泣きたくなった気持ちを溜め息に変えて、番はがっくりと肩を落とした。

〜〜〜〜

それから、アーシャ達は幹の向こう側へと回った。

「ただいま、シノブちゃん。 調子はどう?」

アーシャはエルを降ろしながら、問い掛ける。

「あ、アーシャねえ・・・。」

アーシャの問い掛けに、木の幹にもたれて座り込んでいたシノブが弱々しい声で答えた。

「すまない、アーシャねえ・・・。 アタシとしたことが、夕立如きで熱だしてぶっ倒れちまうなんて・・・。」
「ううん、気にしないでシノブちゃん。」

シノブはアーシャの後ろで肩を落としている少女に視線を向けた。

「アンタか・・・協力してくれる人って・・・。」
「う、うん、まぁ・・・。 協力するって言っちゃったからね。」

シノブの問い掛けに番は溜め息混じりに答えた。

「すまない・・・。 こんなことに巻き込まれちまって・・・それどころじゃないってのに・・・。」
「ううん、もういいんだー。 ・・・って、こんなこと?」

番は彼女の言葉の意味が分からず聞き返した。
番にとってこの状況だけが巻き込まれたことだと思っていたからだ。

「なにを言って・・・アンタも・・・キングが仕組んだ・・・このゲームに・・・巻き込まれたんだろ・・・?」
「へっ? キング? ゲーム? なんだいそりゃ?」
「・・・えっ?」

一同の間に暫し、雨音だけが鳴り響いた。
その静寂を小さな咳払いで吹き飛ばし、恐る恐るアーシャが口を開いた。

「・・・えっと、番ちゃん。 もしかして、どうして此処に居るのかって・・・」
「ん? そういや、私はどうしてこんなトコに居るんだろう?」
「・・・つ、番ちゃん。 今までずっとなにをして・・・」
「寝てたんだけど、なんだか眠く無くなっちゃって。 仕方ないからお散歩してたんだ。」

この後に及んで、現状を全く把握していない人物が居た。
この事実にアーシャ達は、暫く開いた口が塞がらなかった。

〜〜〜〜

その後、アーシャから簡単に現状を説明された番は怒っていた。

「なんて・・・。 なんて酷いヤツなんだー! キングってヤツはー!」
「番ちゃん・・・。」

憤慨する番をアーシャは宥めようと、肩に手を置こうとした。

「私の楽しみの二度寝を邪魔するなんて許せない!」
「・・・えっ?」
「泣いて土下座するまでぶってやるぅー!」
「な、泣いて土下座するまで・・・ってわぁっ!?」

唖然としていたアーシャは、突然番に両腕を掴まれ体勢を崩しそうになった。

「アーシャ! シノブ運ぶの手伝ってあげるから、キングってヤツを泣かすの手伝ってね!」
「わ、分かった、手伝うよ。」
「よーし、決まり♪ よろしく、アーシャッ!」

番はシノブの傍に駆け寄ると、彼女を背負うべくしゃがみ込んだ。
シノブは軽く頷き、ゆっくりと起き上がって彼女の背にもたれた。

「わわっ、凄い熱。 どうしたの?」
「色々とあってな・・・この夕立で・・・ダウンってワケさ・・・。」
「ふーん・・・。 なんというか、大変だったんだね。」

番はシノブを背負って立つと、アーシャの後に続いた。

「・・・厄介な娘【こ】を連れてきたわね。 アーシャ。」

アーシャに抱きかかえられた状態で、エルはアーシャに囁いた。

「うん、確かに彼女から感じた魔力は何処か、禍々しい感じがしたんだけど・・・。」
「・・・じゃあ、どうして?」
「彼女の気配からは、それほど悪者という感じがしなかったんだ。」
「一か八かに賭けるしかない状況であるというのも確かね・・・。 でも、甘いわよ、アーシャ・・・。」
「そうだね。 自分でも甘い考えかもしれないとは思ってるよ・・・。」

二人の短い溜め息を遮ぎるように、後ろを歩いていた番が声を掛ける。

「ねー、二人とも、前から誰か来るよー。」

番の言う通り、前方から小さな人影がフラフラと近づいてきていた。
アーシャ達は人影の正体を探ろうと目を凝らしたが、夕立のせいではっきりとは分からなかった。

「・・・アーシャ。」

エルの囁きにアーシャは軽く頷いた。
それからすぐにアーシャはエルを下ろすと、小太刀の柄に手をかける。

「皆、私が前にでて様子をみるよ。 万が一・・・ってことがあるといけないから、安全な距離まで下がってて。」

番は一度頷くと、エルの手を握って離れる。
そして、戦闘になっても巻き添えにならないぐらいに離れた所で立ち止まると手を振って合図した。
アーシャは小さく頷くと前方に注意を向けた。

(どうやら小さな女の子みたいだけど、不自然なぐらいに精気が感じられない・・・。)

アーシャの脳裏に不死系の魔物である可能性が浮かび上がった。
不死系の魔物には、少女の姿をしている物も存在しているからだ。

(此処はもうちょっと様子を見て・・・。)

そう思った時だった。

「あっ!!」

突然、目の前の人影が崩れ落ちた。
アーシャは人影の傍へと飛び出した。

(しまった! つ、つい助けようと・・・!)

シノブの例もある。
もしかしたら、彼女もこの夕立に当てられ酷く弱っているのかもしれない。
そんな考えも頭の片隅にあったからだ。
困っている人を黙って見ていることのできない性格も相俟って、反射的に飛び出してしまったのだ。

(くっ、こうなったら・・・。)

理由はどうあれ、此方から行動を起こしてしまった以上、退くか進むかを決めなくてはならない。

(進もう! 本当に弱っているだけということだってありえるから、確認だけはしないと!)

遠くからエルの制止の声が聞えるが、アーシャはあえて聞えないふりをした。
アーシャは心の中で大きく頷くとそのままの勢いで駆け寄る。
そして、崩れた人影の傍で立ち止まった。

(こ、こんな小さな女の子まで、巻き込まれてるの・・・!?)

アーシャは思わず息を飲んだ。
人影の正体が年端も行かないであろう、小さな少女であったからだ。
ボロボロになった赤いローブに身を包んだ彼女は、倒れたまま微動だにする気配がなかった。
アーシャはまずは少女を抱き起こそうと思い、屈み込むことにした。

「あ、貴女! だいじょう・・・」

その時――。

〜〜〜〜
 
『あっ!!』

アーシャが慌てて人影に駆け寄っていく様子を、シノブは番の背中越しに見ていた。

「(シノブさん、本当に申し訳ありません・・・。 私に、貴女の体調を回復させる術がないばかりに・・・)」
(やはり、私があの時、予測を間違えなければこんなことにはっ・・・! どうして、私はっ・・・!)

いつも通り、ではなくいつも以上に思いつめた声色のマインに、シノブは溜め息混じりに応える。

「(・・・だーかーらー! 気にすんなって・・・言ってるだろ・・・リト・・・。)」
「(いいえっ! 私のせいで貴女を巻き込んでいるのに、こんな時ですらなんの役にも・・・シノブさんっ!)」

マインの悲痛な叫びから彼女の言わんとしていることを悟り、シノブは気力を振り絞って番に呼びかけた。

「番・・・! アーシャねえがあぶねぇ・・・!」
「えっ? なんだ・・・」
「兎に角っ! アーシャねえを・・・呼んでくれっ! ・・・早くっ!」
「わわ、分かったよぉー! しょうがないなぁー。」

番は渋々息を吸って、アーシャの名を呼ぼうとする。

その直後――。

『あ、貴女! だいじょう・・・』

〜〜〜〜

「――アーシャ、ちょっと待ってーっ!」
「っ!?」

アーシャが呼びかけに反応し動きをとめたのと同時だった。

「ぐっ・・・ぁ・・・っっ!?」

アーシャの赤い髪が鮮やかに宙を舞い、奇麗な一筋の放物線を描く。
くの字に折れ曲がっていた身体が放物線の最高点付近で弓なりに変わり、背中から地面へと落下していく。
そして、地面に激突してもなお、とまらぬ勢いを殺すためアーシャの身体が激しく地表を滑った。

「ぐっ!! ・・・ふぅっ!! ・・・かっ・・・はっ!」

その間、時間にしてほんの数秒。
しかし、番達の目には数分の出来事のように映っていた。

「アーシャッ!?」
「アーシャ・・・ねえっ!!」
「あ、アーシャ・・・っ!?」

すぐに我に返った番達は一斉に彼女の名を叫ぶ。
アーシャは一度だけ頭を強く振って意識を覚醒させ、状況を確認しはじめた。

「う・・・くっ!」
(と、とりあえず、急所は外せたけど、思ってたよりもダメージが・・・! ・・・ともあれまずは、立たないと!)

アーシャは身を起こすため、身体を捩って四つん這いの体勢を取ろうとした。

「――あ、あぶねぇ・・・っ! アーシャねえ・・・っ!!」

その時、シノブの悲痛な声が雨音を切り裂き響いた。
その声に反応したアーシャは素早く視線を背中に向けた。

「――くっ!!」

そこには先ほどまで全く動く様子のなかった少女が、上空から自分を目指して落ちてくる光景があった。
アーシャは地面を転がって回避しようと思ったが、落下速度から見て今からでは到底間に合いそうに無いことを悟った。

(ダ、ダメ・・・間に合わ・・・ないっ!!)

アーシャはせめてもの防御策として、きつく目を閉じ、奥歯を噛みしめ、そして・・・。

〜〜〜〜

「アーシャ・・・ねえっ!!」

・・・ヤバイ。
どう考えても、あのままじゃアーシャねえはあの小さな怪物に殺られちまう!
早く、早くなんとかしねえと!

(だけど、エルは・・・まだ魔力が・・・!)

きっと、あの時に魔力を全て使っちまっている。
もし変身できたとしても、変身限界までにあの怪物を倒しきれないかもしれねえ・・・。

(でも、なんとか・・・! なんとか、しねえと・・・!!)

「あ、あぶねぇ・・・っ! アーシャねえ・・・っ!!」

・・・と、アタシは叫んだ。
・・・叫ぶことしか、できなかった。

(アタシが・・・こんなザマだから・・・!!)

アタシがもし、こんな無様に倒れてなきゃ。
アーシャねえの救出に向かえたし、もしかしたら番の協力も得られてたはずだ・・・。

(・・・アタシ・・・また・・・抗えないのか?)

・・・兎に角、このままじゃ、カッコよくて、優しいアタシの姉貴分が殺られちまう。
アタシの、大切な親友【とも】が・・・また一人、居なくなっちまうっ!
また、一人・・・居なくなるのを・・・。
アタシは、また・・・黙って、見てるしかっっ!

(・・・そんなの・・・イヤだっ!!)

「お願い・・・だ・・・。」

・・・気付いたら、アタシは呟いていた。

「・・・ぅん?」

番が場に不釣合いな間抜け声で反応したが、気にする余裕なんかなかった。

「アタシに・・・力を・・・!!」

アタシは気力を振り絞って言葉を続ける。

「戦う・・・力を・・・!! 親友【とも】のために・・・!」

頭の中で銅鐘がガンガン鳴り響き、目の前がグルグルとジェットコースターに乗ってる時みてえに周ってる。
でも・・・それでも!
アタシは・・・大きく息を吸って。

「――抗う力を、アタシにくれっ!!」

・・・その時だった。
よく知った、水色の眩しくて暖かい光がアタシを包んで。
そして、アタシは・・・!

〜〜〜〜

「・・・あ、れ?」

・・・すぐにくるはずの衝撃がこなかった。
アーシャは恐る恐る目を開き、その原因を探った。

「・・・あ、貴女は?」

アーシャの視線の先には、自分と怪物の間に立つ少女の後ろ姿があった。
一筋の白い線の入った深い赤色の左右非対称な鎧一式と、深い赤色の鎧下に身を包む少女は辛そうに肩で息をしていた。

「ダ、ダイジョブか・・・? アーシャねえ・・・。」
「えっ・・・?」

アーシャは困惑した。
確かによく見ればつい先ほどまで一緒に居た人物、シノブに非常に似ている。
なにより、自分のことを『アーシャねえ』と呼ぶのは彼女ぐらいだ。
しかし、何故か目の前の彼女がシノブだとは思えなかったからだ。
アーシャはシノブが居るはずである番の方へと素早く視線を流す。

「そ、そんな・・・!?」

しかし、そこに居たのは番だけで、その背中にシノブの姿は無かった。

「まさか・・・本当に・・・シノブちゃん?」
「ハハハ・・・。 まぁ、信じられねえってのは、分かるけど・・・。」

シノブはゆっくりと振り返って、手を差し出す。

「アタシだよ・・・アーシャねえ・・・。」

シノブはアーシャを立ち上がらせると、怪物の方へと振り返る。
しかしその時、突然体勢を崩してしまう。
アーシャは慌ててシノブの肩を取った。

「す、凄い熱じゃない!」

シノブから伝わってくる熱が、常人のそれではないことに驚きアーシャは叫んだ。

「へへ・・・ダイジョブ。 変身・・・してりゃ・・・こんぐれぇ・・・。」

シノブはアーシャから離れ、怪物の方を睨みながら答えた。

「大丈夫じゃないよ! もういいから、さがってて!」
「(シノブさん! その身体でこれ以上の戦闘は危険です! 後はアーシャさんに任せて下がりましょう!)」

アーシャはシノブの肩を掴みに行くための一歩を踏み出しながら叫ぶ。

「ダイジョブだっ! 戦わせて・・・くれ!」
「(バカ言うなリト! ようやく・・・変身・・・できたんだ!)」
「シノブ・・・ちゃん・・・。」
「(シノブ・・・さん・・・。)」

アーシャとマインは同時に言葉を詰まらせた。
シノブのか細く、しかし鬼気迫る声音に、彼女の決意の硬さを感じたからだ。

「イヤ、なんだ! これ以上・・・親友のために・・・なんも、できねぇの!」
「(この力さえ・・・あれば! アタシは・・・大切な・・・親友を、守れるんだ!)」
「・・・でも、やっぱりダメだよ。 シノブちゃん。 私は、貴女にこれ以上に無理をして欲しくないんだ。」
「(気持ちは・・・分かります。 ですが・・・。 ――シノブさんっ!!)」
「アーシャねえ・・・。 ――っ!!」

アーシャはシノブの肩にそっと手を置こうとした。
その時、マインの叫びに反応したシノブがアーシャを思い切り突き飛ばす。

「いったぁー・・・っ!?」

突き飛ばされ、尻餅をついたアーシャが目を開いた時だった。
黒い塊が凄い速度で脇を通り過ぎていった。
アーシャはその正体を探るべく振り向く。
雨音に混ざって鈍い音を何度も響かせ、地面を何度も抉っては撥ねた黒い塊の正体。
それは。

「シ、シノブ・・・ちゃんっ!?」

何度も地面を撥ね、泥だらけになって横たわるシノブの姿があった。
小さな呻き声が聞える所から、辛うじて一命は取り留めたのだろう。
アーシャは小さく安堵の溜め息をつき、すぐに怪物の方へと振り向いた。

「もう、容赦しないよ!」

アーシャは素早く立ち上がり、地面を蹴った。
アーシャと怪物との距離が一気に縮まる。

「――避けられたっ!? それならっ!!」

アーシャは居合いの要領で小太刀を抜いたが、怪物は寸での所で飛び退いて避ける。
不死系の魔物とは思えない身の軽さにアーシャは驚きつつも、更に踏み込む。

「たぁぁーっ!!」

アーシャの薙ぎ払いを怪物は更に飛び退いて避ける。
しかし、アーシャは既に見切っていた。

「甘いよ! ファイヤーボールッ!!」

アーシャは薙ぎ払いの勢いを使って片手を突き出し、ファイヤーボールを放つ。
着地間際の無防備な体勢の怪物は、どうすることもできずに吹き飛ばされた。

「これで、終わりだよ!」

怪物の纏っているローブに耐熱効果があると、アーシャは直感していた。
アーシャの読み通り、怪物は吹き飛ばされただけで大した痛手を負ってはいなかった。
アーシャは怪物の着地にあわせるように地面を蹴って距離を詰める。

「はあぁーっ!!」

アーシャ渾身の袈裟斬りが怪物の胸を切り裂いた。
怪物は呻き声1つすらあげずにその場に崩れ落ちる。
アーシャは大きく溜め息をつくと、小太刀を納めて振り返る。

「シノブちゃん!! 大丈夫っ!?」

アーシャはシノブの傍に駆け寄り、シノブの肩を抱き起こした。

「アーシャ・・・ねえ・・・アタシ・・・。」

シノブの声は今にも泣きそうなぐらいに震えていた。
アーシャは小さく溜め息をつくと、笑顔でシノブの顔を覗きこむ。

「・・・シノブちゃんが助けてくれなかったら、私はあの時、やられていたよ。」
「アーシャ・・・ねえ・・・。」

シノブはアーシャの柔らかい笑顔に心を打たれた。
彼女の笑顔に応えたい、そう感じたシノブは目を閉じて気持ちを切り替える。

「ありが・・・」

ゆっくりと目を開いて、笑顔を作ろうとした時だった。
 
「――ぅわっ!?」

シノブは振動に煽られアーシャの手からずれ落ちる。
シノブはアーシャの方に視線を向けた。

「ア、アーシャ・・・ねえ?」

シノブの蒼い瞳がゆっくりと見開かれていく。
その瞳に、映りこんだ物は。

「ウソ・・・だろ・・・?」

胸元からなにやら細い物体が顔を出し、自身の髪色よりも赤い血を吐いて項垂れている。
大切な姉貴分、アーシャ・リュコリスの姿だった。

「そんな・・・そんなのって・・・・・・。」

アーシャの胸元から飛び出した物体がうねり、自身が空けた穴を戻っていく。
そして、その先端がアーシャの体内に収まった辺りで動きをとめた。

「そんな・・・の・・・って・・・」
「(――シノブさんっ!! 危ないっ!!)」

マインの叫び声にシノブが我に返るのと、その身体が宙に上がるのは全く同時だった。

「アーシャ・・・ねえ・・・!?」

シノブの首を掴み、片腕で持ち上げていた者の正体は、先ほどなにかに貫かれたはずのアーシャだった。

「どう・・・し・・・ぐぁっ!!」

シノブの問い掛けは、首を絞められ中断させられた。

「――シ、シノブッ!! ちょっと、ちょっと! アーシャ、なにやって・・・」
「・・・無駄よ、番。」
「へっ?」

番が止めに入ろうとするのを、エルは強く手を握って制する。

「アーシャはもう、アーシャじゃないわ。」
「な、なに言ってるんだよー! 兎に角、私は止めに・・・」
「ダメよっ! 番っ!」

とても自分よりも小さな少女とは思えない気迫に圧倒され、番は動きを止める。

「いい? このまま、貴女は私を連れて逃げるのよ。」
「なな、なんでだよー!」

エルの淡白な態度に、番は声を荒げる。

「さっきだって、なんでシノブを助けに行こうとしたの止めたのさー! エルは一体、なにを・・・」
「・・・キングを殺す為よ。」
「ふぇっ?」
「私は絶対に生き残って、キングのもとへ行かなくてはならないのよ。」
「でで、でも・・・だからって・・・!」
「貴女も、キングのもとへ行きたいんでしょう?」
「う・・・。」

エルの冷たく尖った視線に番は言葉を詰まらせた。
エルは大きな溜め息をついて、言葉を続ける。

「今ならまだ、私と貴女だけは逃げ延びられるわ。」
「た、確かに・・・そうだけどさ・・・。」

番はエルの視線が怖くなって思わず目を逸らす。
その瞬間。

「ぐっ!! ぅあぁぁ・・・っ!!」

シノブの苦痛に呻く声が聞え、番は振り向いた。

「シ、シノブッ!?」

番の目に、鯖折りの体勢で締められているシノブの姿が映る。
番は慌てて助けに向かおうとした。
その時だった。

「く・・・来るなぁっ!」

シノブの叫び声で番は動きを止める。

「エルを・・・ぐぅぅっ・・・つれ・・・逃げ・・・ぐあぁっ!! ・・・番っ!!」
「え、でも・・・。」

反論しようとした番をエルが腕を掴んでとめる。

「さぁ、逃げるわよ。」
「うぅー・・・分かったよぉー・・・。」

本人に来るなと言われてしまっては仕方が無い。
番はそう思うことにして振り返り、エルと一緒に一歩を踏み出した。

「ぅぐ・・・うぁああ・・・ぁギぃぃーっ!!」

シノブの苦しそうな呻き声に、番は身体を小さく撥ねさせ足を止める。

(うぅー・・・。 なんとなく・・・だけど・・・なんか、ヒッジョーに・・・。)

番は大きく溜め息をつく。

「ごめんエルッ! 私、なんだかこのまま逃げたらいけない気がしちゃって!」
「あっ! 待ちなさい番っ!!」

エルの制止を振り切り、番はアーシャとの距離を詰める。
番の接近に気付いたアーシャは、シノブを投げ飛ばす。

「――へっ!?」

アーシャから凄まじい魔力の奔流を感じた番は立ち止まる。

「うわぁっ!」

番が飛び退くのと、アーシャの放った火球が番の前で爆発したのはほぼ同時だった。
番は空中で爆風に煽られ体勢を崩す。

「あでっ!!」

番は頭から地面に落下してしまった。

「うぅーん・・・。」
(あっちゃぁ、私・・・いいトコないじゃん・・・。)

番が気を失ったのを確認したアーシャは、息も絶え絶えなシノブの頭を掴み強引に持ち上げる。

「ぐぇっ!!」

アーシャはシノブの腹を思い切り殴った。
それから今度は両手でシノブの頭を掴み持ち上げる。

「うぎっ・・・ああぁっ!!」

頭蓋骨が締め付けられる痛みに、シノブは目を見開き最後の力を振り絞るかのように叫ぶ。
両足をばたつかせ、アーシャの両手を掴んで抵抗を試みる。
しかし、全く効果がなく、次第にシノブの動きが小さくなっていく。
エルはその様子を一瞥すると、大きく溜め息をついた。

(・・・私が生き残るためですもの。)

エルは変身して森へ逃げることにした。
あの様子ではシノブは長く持ちそうになく、何処に逃げるにしても変身しなくては確実に追いつかれてしまう。
同じ変身して逃げるのであれば、遮蔽物の多い森の方が短時間で撒きやすいと判断したからだ。
エルはロザリオを握り、森へと振り向く。

(じゃあね、シノブ、番、アーシャ。 短かったけど、楽しかった・・・わっ!?)

しかし、何故か身体が動かずエルは目を丸くした。
エルは小さく咳払いをすると自分に問い掛ける。

(・・・なにを、今更。 ・・・躊躇っているの?)

エルは嘲笑いながら答える。

(躊躇う? 私が? ・・・なにを?)

エルは一度だけ呼吸を整えて言葉を続ける。

(利用するだけ利用して、使えなくなったら切り捨てる。 こんなこと、今まで何度もやってきたじゃない。)

エルは口元に薄く笑みを浮かべる。

(そう、何度も。 何度も。 何度も・・・何度もっ!)

エルの脳裏に今まで自分が行ってきた行為が、走馬灯のように流れる。

(何度もやってきた! 今回もそれをやるだけ! 久しぶりに・・・っ!?)

自分の言葉に驚き、エルは小さく身体を撥ねさせ問い掛ける。

(・・・久しぶり? ・・・どうして? 私は何度もやって・・・っ!!)

エルは少しだけ目を見開く。
そして、小さく咳払いをして言葉を続けた。

(そういえば、私・・・。 彼女に出会ってから一度も・・・こんなことしてないわね。)

忌み嫌われ蔑まれてきた自分に、一人の人間として接してくれた彼女。
エルの脳裏にその彼女と出会った日のことが浮かび上がる。

(無愛想で不器用なくせに、誰かを見捨てることが貴女はなによりも嫌いだったわね・・・。)

エルはロザリオを握る手に少しだけ力を込める。

(でもね、なにかを手に入れるためには、必ずなにかを切り捨てなくてはならないのよ。 それが・・・世界の道理なのっ!)

エルは目を閉じ懇願するかのように言葉を続ける。

(・・・理解【わか】って! 鬼龍院、美咲っ!)

その時だった。

「なに・・・ぃぎぁっ! してるっ! ・・・はや・・・ガぁぁ! ・・・逃げろ・・・エルフィーネェッ!!」
「――シノブッ!?」

シノブの叫び声にエルは振り向いた。
もう殆ど直立不動に近い状態のシノブの、頭蓋骨が砕かれようとしている光景がエルの前に広がる。

(そうよ・・・。 もう、手遅れ。 だから・・・だ、だから・・・)
(・・・それ・・・わ・・・み・・・か・・・エル・・・ッ!!)
(・・・えっ?)

エルは聞き覚えのある声が聞えた気がして周囲を見渡す。

(それ・・・私の・・・右・・・か・・・・・・フィーネッ!!)
(その・・・声・・・は・・・!?)

エルは動きをとめる。
エルの目の前が揺らめき、見覚えのある人物の姿が映る。

(――それでも、私の右腕か! エルフィーネッ!)
(美咲っ!?)

美咲の姿をした揺らめきに、エルは叫びかける。

(そんな・・・。 そんなこと言ってもっ! もうシノブはっ!)
(・・・人間ってのはな、諦めが悪いんだ。 なにもしてないで諦めるのは血も涙もない外道のすることだと、言わなかったか?)
(――っ!!)

美咲の姿をした揺らめきは、穏やかな笑顔で口を開く。

(お前は・・・血も涙もない外道なんかじゃない。 暖かい血の流れる人間。 ・・・そうだろ? 鬼龍院、エルフィーネ。)

暫しの沈黙の後、エルは大きく溜め息をつき、ロザリオを握る。

「・・・そうね。 ・・・その通りよ、五代目。」

エルの身体を白い光が包みこむ。

「貴女の右腕、鬼龍院エルフィーネは・・・」

エルは身の丈までに巨大化したロザリオを抱え地を蹴る。
その先には・・・。

「暖かい血の流れる・・・人間よっ!!」

エルはロザリオを水平に薙ぎ、アーシャの姿をした怪物だけを器用に吹き飛ばした。
そしてその勢いのまま近づき、支えを失い崩れ落ちるシノブの身体を片腕で受け止めた。

「・・・エル・・・どう・・・して・・・?」

エルにゆっくりと地面に横たわらされつつ、シノブは問い掛けた。
エルは怪物の方に振り向きながら答えた。

「・・・人間、だからよ。」
「・・・人間・・・だから・・・。」

シノブはゆっくりと、エルの言葉を繰り返す。

「・・・後は任せて、貴女は休んでなさい、シノブ。」
 
エルはロザリオを抱え、怪物の様子を伺う。
怪物はフラりと立ち上がり、エルの出方を窺っているようだった。

(・・・どうやって本体を叩くかだけど。)

エルはあの時アーシャの胸元を貫いた物体が、怪物の正体だと直感していた。

(あの大きさで、あれだけ素早く動けるんだとしたら・・・狙い撃ちは厳しいわね。)

エルフィーネのロザリオは、その大きさ故に小回りが利き難い。
その欠点を補うのがマクベスと呼ばれる、誘導式ミサイルだ。
だがしかし、マクベスを持ってしてもあの怪物の素早さには対応しきれそうになかった。

(アーシャの身体ごと消し飛ばすのも手、だけど・・・。)

本体に脱出する隙を与えないよう、一撃で跡形も無く消し飛ばす。
マクベスやロケット砲”オセロー”ならば、それも可能だろう。
しかし、どちらも直撃させなければ脱出の隙を与えてしまう。
アーシャと戦っていた時の怪物の身のこなしを見る限り、あの怪物は乗っ取った肉体をかなり自由に操れるのだろう。
いくら弾速が速くとも、質量のある”物体”である以上、反応されてしまう可能性はある。

(キング・リアなら・・・。)

例えどれほど反応速度に優れていようとも、光速で飛んでくる物にまでは流石に反応しきれない。

(だけど、魔力残量から考えると・・・1発が限度ね。)

エルは唾を飲み込む。

(チャンスは1発・・・それも・・・直撃させないとダメだなんて・・・。)

少しでも狙いを外せば、怪物はアーシャの身体を脱出してしまうだろう。

(もし、そうなれば追撃できるだけの魔力は無い・・・。 そうなったら・・・。)

怪物は新たな身体を求めて行動するに違いない。

(・・・シノブか番が犠牲になってしまう!)

もし襲われても、今は二人ともロクな抵抗の出来ない状態だ。
従って脱出した時の距離によって、どちらかが襲われるのは確実だろう。
エルは奥歯を噛みしめる。

(使用する魔力を2発分ぐらいに絞れば・・・だけど。)

キング・リアは距離が離れれば離れるほど拡散して威力が減衰してしまう。
とは言え2発分に消費魔力を抑えても、人間を消し飛ばすに十分な威力は確保できる。
しかし、それには厳しい条件が1つ。

(至近距離から直撃させる・・・しかないなんて・・・。)

無論、成功させる自信はある。
しかし、相手は近接戦闘に長けたアーシャの身体を乗っ取っている。
元々、かなり自由に乗っ取った肉体を操れる怪物だ、万が一ということは十分にありえる。
エルはより確実な手を考えたかった。

(・・・より確実な・・・手!)

その時、エルの脳裏に妙案が浮かんだ。

(うふ、ふふふ・・・っ!)

エルの口元が思わず緩む。

(あるじゃない! ・・・簡単で、確実な手が!)

エルは一旦呼吸を整えると、怪物を見据えて叫んだ。

「覚悟なさいっ! 他人様【ひとさま】の安らかな眠りの時を弄ぶ外道っ!!」

エルはロザリオを肩に担ぎ、ハムレットを起動させる。
そして、怪物の側面に回り込むように走りつつ、怪物に向けて連射させた。
怪物はエルとは逆方向に走って迫る火線から逃げつつ、ファイアボールで反撃をする。
襲来してきた魔法がアーシャの使う魔法であったことに多少驚きながらも、エルは難なく避ける。

(・・・そろそろ、ね。)

エルは作戦通り怪物を誘導し、シノブと番から遠ざけたことを確認する。
エルは滑り込むようにしゃがむと、すぐさまキング・リアを起動させた。

「喰らいなさいっ! キング・リア!!」

そして、キング・リア用に溜めておいた魔力を開放させた。
眩い光の奔流が怪物に向かう。

「(そんな、消費する魔力を絞って・・・!?)」

その輝きからマインは、エルが全ての魔力を打ち出していないことを悟り叫んだ。

「(何故ですっ!? あれでは怪物を倒すことが・・・)」
「・・・やめ・・・ろ・・・エル・・・フィーネッ!!」
「(――えっ?)」

シノブの制止の意味が分からず、マインは呆然としてしまった。

「(シノブさん、やめろとはどういう・・・)」
「エルは・・・自分を・・・道連れに・・・!!」

シノブが全てを叫ぶよりも先に。

「――私の負けよっ! さぁっ、来なさい、外道っ!! 私の新鮮な身体を使わせてあげるわっ!!」

エルがロザリオを天高く放り投げ、両腕を大きく広げて叫んだ。
左腕が消し飛び、ぼろ雑巾のようになったアーシャの身体が、片足を引きずりながらエルの傍へと近づく。
その途中で、突然アーシャの身体が崩れ落ちた。

「グッうぅっ!!」

その直後、エルが苦悶の声をあげる。

「エルフィーネッ!!」

シノブは鉛のような全身に鞭打ち、地面を這いながら叫ぶ。

「・・・あははっ! ・・・かかった・・・わね・・・外道がっ!!」

エルは肩で荒く息をしながら、口元に笑みを浮かべて叫んだ。

「これで・・・絶対に・・・逃げられないっ! ・・・逃がさないっ!!」

エルの言葉でなにかを悟った怪物が、慌ててエルの身体から抜けようとする。
しかし、エルは怪物の細長い胴を握りしめ、貫かれた腹部にありったけの力を込めた。

「・・・外道と・・・対魔師・・・忌み嫌われているもの同士・・・仲良く逝きましょう? ・・・キング・リアッ!!」

エルが穏やかな笑顔で上空を見上げるのと同時に、キング・リアの砲門が彼女の顔面で咆哮した。

「エ・・・エルフィーネェェェーーッ!!」

しかしシノブの叫びは、キング・リアの咆哮の前に虚しく掻き消される。
彼女の全身全霊を込めた叫びが終わった頃、主を失い小さな首飾りとなったロザリオが小さな金属音を鳴らした。
 
「ぅぁ・・・あぁ・・・ぁ・・・。」

シノブはゆっくりと身体を丸め、横たわったまま自分の両肩を抱く。

「あ・・・アタ・・・シ・・・アタ・・・シは・・・。」
「(シノブ・・・さん・・・。)」
「アタシ・・・はぁぁぁああーっ!!」
「(お、落ち着いてくださいっ! シノブさんっ!!)」

シノブは叫んだ。
声がでなくなっても、叫び続けた。
身体中の水分を、全て吐き出すかのような量の涙がシノブの頬を伝い落ちる。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁっ・・・。」
「(シノブさん・・・落ち着いてください・・・。)」
「・・・・・・リト。」
「(は、はい、なんですか?)」
「・・・・・・アタシ・・・持てる力の・・・全てで・・・抗った・・・んだよな・・・?」
「(シノブ・・・さん・・・!?)」

二人の間に暫しの沈黙が訪れる。
マインは深呼吸でその沈黙を破ると答える。

「(・・・シノブさんの、言う通りです。 貴女は、できる全てのことを、やり遂げました。)」
「・・・そっか。」
「(ですから・・・今は、休んでください。 お願い、します・・・。)」
「・・・そう・・・する。」

シノブがゆっくりと目を閉じたので、マインは安堵の溜め息を漏らした。

(・・・アタシの全てでも・・・守れなかった。)

しかし、マインは知らなかった。

(この力さえ・・・あれば・・・。 絶対に・・・守れると・・・思っていたのに・・・。)

この時、自分の選択した答えによって。

(・・・・・・足りなかったんだ。)

シノブの中で、なにかが狂ったことを。

(力が。 ・・・アタシに、力が、足りなかったんだ!!)

シノブはゆっくりと蹲る。

(どうして! アタシは、どうして!! 守れるだなんて!! こんなっ!! こんなチッポケな力で、守れるだなんてっ!!)

シノブはゆっくりと歯を食いしばる。

(許せないっ!! 思いあがりで・・・皆を、親友を殺したっ!! アタシが・・・!! アタシがっ!! 許せないっ!!)

シノブは両肩をきつく抱きしめる。

「・・・アタシには・・・分かる。」
「(・・・えっ?)」
「・・・アタシには分かる、アタシは・・・。」
「(――っ!?)」

この時になって、ようやくマインは自分の犯した失敗に気付いた。
マインは慌てて、シノブに呼びかける。

「(シノブさんっ!! ダメですっ!!)」
「アタシは・・・!」
「(落ち着いてくださいっ!! シノブ・・・)」
「アタシは”悪”だっ!! 力をよこせっ!! このっ!! 思いあがった、アタシをっ! ぶち殺す!! 絶対的な力ぁぁぁーっ!!」

その時だった。
シノブの身体を蒼く重苦しい光が包み込む。

「・・・コレは?」

その光が収まった時、シノブが横たわっていた所には、自身の姿を物珍しそうに覗き込む少女が立っていた。
血のように赤い小振袖の着物を着て、左側にスリットの入った膝丈の袴と不釣合いな黒い編み上げブーツを履いた少女。

「・・・?」

少女は懐になにか硬い物を感じ、右手で取り出してみることにした。

「コレが・・・力?」

懐から引き出された少女の右手に現れた物、それは6連発式の回転式拳銃だった。
次いで、少女は左太腿にも硬い物を感じ、左手で取り出してみる。

「!!」

少女の左手に握られた物、それは柄の部分に小さなストラップが付いた懐刀だった。

「ふふ・・・。」

それを見た途端、少女は笑い出した。

「ふふふっ・・・あははは・・・ははははっ!!」

少女の笑い声が段々と大きくなっていく。

「アハハハハハハッ!! イイぜっ!! コレなら・・・コイツならっ!!」

少女は大きく息を吸って、叫ぶ。

「ぶち殺せるっ!! ”悪”に、負けるような・・・”悪いヤツ”をなぁぁっ!!」

その瞬間。
少女の周りの音が吹き飛び、雨が逆流し、空間が押し曲げられ、虹色に煌き出した・・・。

〜〜〜〜
ビビビビビィィィーッ!! ぼんっ!!

「――うおっ!!?」

オヤツのポテトチップスを片手に、ゲームの様子を呆然と眺めていたキングは突然の電子音に身体をびくつかせた。
そして、音の主を見つけると、頭を掻きながら口を開く。

「あー・・・、マジっすか?」

相変わらずの、人を舐めきった口調でキングは言葉を続ける。

「ああー、そっか。 先週見たアニメに出てきた”すかうたぁ”なる道具が面白そうだったから、今回の首輪にその機能をくっつけてたんだっけか。」

キングは鼻をほじりながら、首輪を壊した人物の姿を確認する。

「どーせ大丈夫だろと思って、カンストしたらぶっ壊れる機能も忠実に再現してたんだけど・・・。 まさか、この娘【こ】がカンストたたき出しちゃうなんてなぁー。」

キングは取れたカスを傍に居たレミングスに擦りつけながら言葉を続ける。

「んまっ。 僕の知覚能力を持ってすりゃ、あんなオモチャなんかなくても、居場所やら会話やら簡単に把握できちゃうから別にいいんだけどねぇー。」

キングは彼女の姿を一瞥すると溜め息混じりに言葉を続ける。

「・・・どーせ、あの様子じゃぁ、長くはないだろー? まっ、精々空回りして自滅しちゃってよ、川澄、シ、ノ、ブ、ちゃぁーん。」

〜〜〜〜

(シノブさんっ!! 正気に戻ってくださいっ!! シノブさんっ!! お願いですっ!!)

マインは必死に呼びかける。

(お願いですっ!! シノブさんっ!! 私の・・・私の声を、聞いてくださいっ!! シノブさんっっ!!)

しかし、マインの呼びかけにシノブは答えようとしない。

(お願い・・・ですから・・・私の・・・ぅぅ・・・私の・・・・・・ぅぁぁ・・・!!)

マインの声に泣き声が混ざり、終いには泣き声しかなくなっていた。

(・・・どうして・・・私は・・・あの時っ!!)

マインの誰にも聞えない怒声が虚しく木霊する。

(私が、もっと考えて答えていればっ!!)

マインの怒声は続く。

(私のせいで、シノブさんは・・・シノブさんはっ!!)

マインの怒声はそこでとまり、再び泣き声が響く。

(・・・・・・どう、すればいいのですか?)

マインが呟くように、問い掛ける。

(・・・どうすれば、シノブさんを、助けられるのですか? ・・・私になにが、できるのですか?)

マインの問い掛けが、誰にも聞えない空間に吸い込まれていく。

(言葉を話すことしかできない私にっ! どうすれば、シノブさんを助けられるんですかっ!! アリアさんっ! イリスさんっ! ・・・何方でも構いませんっ! 私に・・・教えてくださいっ!!)

マインの悲痛な問い掛けを、空間はただ吸い込んでは無言で嘲笑うだけだった・・・。

【アーシャ・リュコリス@SILENT DESIRE 死亡】
【エルフィーネ@まじはーど 死亡】
【ルシフェル@デモノフォビア 死亡】
【残り18名】

【D−3:X1Y2/森の入口/1日目:夕方】

【川澄シノブ&スピリット=カーマイン@まじはーど】
[状態]:暴走変身中
[装備]:真っ二つにされたオープンフィンガーグローブ@まじはーど
[道具]:デイパック、支給品一式(食料6食分)
    SMドリンクの空き瓶@怪盗少女
    あたりめ100gパックx4@現実世界(本人は未確認)
    財布(中身は日本円で3万7564円)@BlankBlood(本人は未確認)
    ソリッドシューター(残弾数1)@まじはーど(本人は未確認)
[基本]:”悪”に負けたヤツは敵、ぶち殺す
[思考・状況]
1.”悪”に負けたキングは敵、ぶち殺す
2.”悪”に負けたヤツは敵、ぶち殺す
3.”悪”に負けた自分は敵、ぶち殺す

※首輪が外れキングの監視下から外れます
※キングが注意をそらした隙に洞窟内部や深い森の中や地下室等の暗い場所に息を潜めればキングは所在を見失います
※暴走状態が続けばその内に生命力が底を尽きて死亡します
※暴走中の武器は、何物も断ち切る魔法の懐刀1本と、26式拳銃がイメージモデルの、何物も撃ち貫く魔法の拳銃が1丁です
※通常変身時の魔法も使用可能、詠唱時間は通常の10分の1ぐらい、消費量は普段より僅かに少なく威力は2倍ぐらいです
※詳細は後日UPします

【アーシャ・リュコリス@SILENT DESIRE】
[状態]:死亡
[装備]:なぞちゃんの小太刀@アストラガロマンシー
[道具]:デイパック、支給品一式(食料6食分)
    デッキブラシ@La fine di abisso
    ヨーグルトx3@生贄の腕輪

【エルフィーネ@まじはーど】
[状態]:死亡(持ち物も跡形も無く消え去った)
[装備]:
[道具]:デイパック、支給品一式×2(食料24食分、水24食分)
    モヒカンの替えパンツx2@リョナラークエスト(豹柄とクマのアップリケ付きの柄)
    怪盗の心得@創作少女
    弓@ボーパルラビット
    聖天の矢×20@○○少女、
    赤い札×9@一日巫女
    弦の切れた精霊の竪琴@リョナマナ
    レイザールビーのペンダント@現実世界
    木人の槌@BB
    サングラス@BB
    ラブレター@BB
切れ目の入った杖(仕込み杖)@現実過去世界
    ラウンドシールド@アストラガロマンシー
    ファルシオン(曲刀)@現実過去世界
    首輪探知機@バトロワ(破損、首輪の反応の有無のみ判別可能)

※ロザリオは地面に落ちています

【ルシフェル@デモノフォビア】
[状態]:死亡(跡形も無く消え去った)
[装備]:フレイムローブ@リョナマナ
[道具]:デイパック、支給品(食料6/6・水6/6)
ルシフェルの刀@デモノフォビア
ルシフェルの斧@デモノフォビア
日本刀@BlankBlood
氷のナイフ@創作少女
ウインドの薬箱@リョナラークエスト
早栗の生皮@デモノフォビア
ルシフェルの服(生皮)@デモノフォビア

※持ち物はリゼの死体が背負ったデイパックに入ったままです

【門番{かどの つがい}@創作少女】
[状態]:気絶中、健康(おでこにたんこぶが3つ)
[装備]:不眠マクラ@創作少女
[道具]:
[基本]:キングを泣きながら土下座させる、そのための協力者を集める
[思考・状況]
1.キングを泣かすのに協力してくれる人を探す

※不眠マクラの効果に気づいていません

次へ
前へ

目次に戻る




inserted by FC2 system