(やっぱり魔術的なトラップがかかってる、それもかなり複雑な)
(解けそう?)
(たぶんいけるとおもう)
ナビィとえびげんを見送った後クリスと初香は早速手に入れた首輪の分析にかかっていた。
盗聴を警戒して相変わらず会話は筆談である。
(魔法で首輪を壊そうしたり、単純に力で引きちぎろうとすると即爆発する仕掛けみたい)
このトラップを解除するには起爆キーに触れないように慎重に魔術を逆算していかなくてはならない。
針の穴に糸を通すような作業だが、自分ならできないことはないだろう。
(そっちはどう?)
(詳しいことは分解してみないとわからないけど首輪に一定以上の負荷がかかると爆発するんだと思う。他にもレーザーなんかで焼き切ったり、電気ショックで壊されたりしないようにできてると思うんだ。具体的にはどこかにセンサーが……)
すさまじい速さで紙に文字を書きなぐっていく初香をクリスはあわてて静止する。
初香の世界の専門知識を長々と解説されてもクリスには理解できないだろう。
だから単刀直入に聞く。
(解けそう?)
正直クリスは初香にこの首輪をはずすことができるとは思っていなかった。
あれだけ複雑な魔術トラップがかけられていたのだ、おそらく初香の世界の技術を使ったトラップも相当複雑なものだろう、こんな小さな子供がどうにかできるとは思えなかった。
しかし、
(解ける)
初香は当然だといわんばかりに断言した。
初香は十歳にして十以上の国家資格を持つ天才少女だ。
その膨大な知識の中には爆発物の処理や電子機器に関するものの含まれていた。
クリスは驚きに目を丸くしたが、そういう反応をされるのには慣れている。
(でも解体するには道具が要る、えびげんさんたちが帰ってこないとどうしようもないね)
(それじゃあまず、わたしがやってみる)
そういってクリスが手をかざすと首輪の周りの空気が淡く発光しだした。
一方、ミアと明空は少し離れた所で今後の予定について話していた。
(やっぱ脱出するにはこの船しかないとおもうんだ)
明空が指したのは地図の南東にある豪華客船だった。
(でも、操縦できるかしら?)
(大丈夫だって、こんなの勘で何とかなるって。俺、携帯の説明書とか見たことないけど使えるもん)
何とかなるわけがない。
モーターボートぐらいなら何とかなるかもしれないが、ここにあるは豪華客船である。
素人が操縦できるはずがない。
(そうね、これだけの人数がいれば何とかなるかも)
一方でミアはというと帆船のようなものを思い浮かべている。
無論、ミアはキングリョーナを倒すまで脱出するつもりはなかったが、あの男と戦う前に美奈や初香を含めた戦闘力のないものたちを逃がさなくてはならないだろう。
そんな二人を少し離れたところで冷ややかに見つめているのは美奈である。
(この人たち、バカ?)
どうやら本気で豪華客船で逃げるつもりらしい、ばかばかしくてつっこむ気も起きない。
「私は私でどうやったら生き残れるか考えといたほうがよさそうね」
やむ気配のない雨の音を聞きながら、美奈は小さく独り言ちた。
時間は少し戻って、国立魔法研究所に程近い森の中。
ぐごおぉぉおおぉぉ、がおおぉぉぉぉ、と、森にはひどく不似合いな怪音が響いていた。
そこへ、ぽつりぽつりと、雨が降り始める。
「ふごぁ?!」
怪音の主は突然顔に当たった水滴に驚いて飛び起きる。
「なんだ、雨かよ。人が気持ちよく寝てんのに」
「やっと起きたかよ、がーがーいびきかきやがって」
モヒカンとダージュである。
二人は出会った後すぐにでも国立魔法研究所を襲撃するつもりだった。
そのために、まずダージュのデイパックの中身を確認して使えそうなものを見繕い、魔法でモヒカンも怪我を回復して、準備を整えいざ、というときに問題が発生した。
モヒカンのイリュージョンが使えないことが判明したのである。
いままではしゃぎまくって考えなしに乱発してきたのだから、魔力が尽きるのも当然の結果である。
敵はあの強力なボウガンのような武器を所持しているだろうからイリュージョンが使えないのは非常にまずい。
仕方なく二人は食事としばらくの休息をとることにした。
「で、どうだ?調子のほうは、いけそうか?」
「おう!ばっちりだぜ」
「そうか、じゃあまず状況を説明する。お前が寝ている間にずいぶん状況が変わった」
「と、言うわけだ、一人増えたが後から来た男はどうも素人くさい、敵は実質二人ってとこだろう」
「ちっ、俺はオーガを殺したあのふざけたメイド女が一番殺りたかったんだがな」
えびげんが別行動をとったことを聞いたモヒカンは悪態をつくが、ダージュは気にすることもなく木に立てかけてあった槍と盾を手に取る。
この槍はダージュのデイパックから出てきた支給品のひとつだった。
「まあ、あそこを乗っ取って待ち伏せしてりゃそのうち帰ってくるだろう」
それを聞いてモヒカンもしぶしぶ太い木の枝を折って作っておいた即席の棍棒の束を抱える。
「よし!じゃあいくとするか、これ以上雨にぬれたら俺様の自慢のヘアーが崩れちまうぜ。
………そういや雨が降ってるが“あれ”は大丈夫か?」
「問題ない、デイパックの中にしまってある。作戦は頭にはいってるな?」
「まかせとけ!」
自信満々に言い切るモヒカン。
その態度に逆に不安になる。
(いくらバカでもこんな簡単な作戦を忘れるとは思えないが、念のためもう一度確認しておくか)
彼らの出陣はもう少し後になりそうだ。
「できた……」
緊張の糸が切れて思わずつぶやいてしまった言葉に全員が反応する。
あわてて口を押さえるクリス。
(解除成功)
クリスの差し出した紙を見て、全員の顔に希望の色がさした。
ガッツポーズをとる明空、微笑むミア、ほっと息をつく初香。
しかし、美奈だけはすでに次を考えていた。
どうすれば自分が一番に首輪をはずしてもらえるか?
もうこんな忌々しいものは一秒でも早くはずしてしまいたかった。
しかし、あまり露骨に自分を優先すれば角が立つ。
そんなことを考えている間に、ほかのメンバーはすでに筆談で話を進めてしまっていた。
(わたしは自分のを解除するとなると時間がかかるから後でいいわ)
(僕も自分のは外せないからね)
(こういうのはやっぱレディーファーストだろ)
(わたしも後でいいから先にみんなのを)
と、言うことで何をするまでもなく美奈が一番に決まった。
どうやれば自分が始めに外してもらえるかばかりを考えていた美奈は若干の罪悪感を覚えないでもなかったが、このチャンスを棒に振るつもりはない。
でも、一応聞いておくことにする。
(いいの?)
全員が大きく首を縦に振った。
また、ちくりと胸が痛んだ。
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