雪が降りしきる闇の中、クリスを背負った涼子が息を切らしながら
走っていた。
「ぜぇ……ぜぇ……!」
必死に走る涼子を後ろから追いかける影が二つ。
「待ちやがれ、コラアァァァっ!!」
「はっ、逃げても無駄だぜ!?諦めて大人しくしろよ、オイ!?」
影の正体は語るまでも無いだろうが、モヒカンとダージュである。
涼子はクリスを背負って戦いの場から逃走した後、すぐに薬局で自分とクリスの傷を処置した。
しかし、その後に間髪入れずモヒカンとダージュが追ってきたのだ。
正直なところ、彼らがすぐに追いかけてきたことは涼子にとっては予想外だった。
丸腰だったとはいえ、自分と互角に渡り合ったあの獣耳の少女……ナビィの実力からすれば、
たとえ2対1といえど、あの男たちに引けを取りはしないだろうと涼子は思っていた。
最低でも、それなりのダメージは与えてくれるだろうと期待していたのだが……。
(……どう見ても、完っ璧にノーダメージじゃない、あの二人っ!!?
何やってんのさ、あのケモ耳っ!!ちゃんと仕事しろ、コラァっ!!)
心中でナビィに罵詈雑言を浴びせながら、涼子は右腕のみでクリスを抱えて、
ひたすらに走り続ける。
いくら涼子といえど、左腕を失った状態であの二人を相手にするのはかなり厳しい。
今の涼子にできるのは、ただ逃げ回ることだけなのだ。
(ええい、チキショーっ!!こんなことなら助けなきゃ良かったっ!!
左腕は痛いし、走りっぱなしでしんどいし、背中のは重いし……!!)
クリスを捨てていこうかとも考えたが、さすがに満身創痍の怪我人を放り出すような
非人道的なマネはできないし、ここまでやっておいて、今更見捨てるのも気に入らない。
都合良くそこらへんに奈々がいて追っ手を撃ち殺してくれないだろうかと情けない期待を抱くが、
すでに死んでいる奈々は涼子の期待に答えてくれない。
(奈々ぁぁぁーーー!!大好きなお姉ちゃんのピンチだぞ、奈々ぁぁぁぁーーー!!
どこぞをほっつき歩いてないで、颯爽と現れて後ろの馬鹿二人を撃ち殺さんかあぁぁぁーーー!!)
期待に答えてくれない奈々に理不尽な怒りをぶつける涼子。
しかし、ほっつき歩いているどころかバラバラになって地面に転がっている奈々には無理な相談である。
(ええい、もういいっ!!愚妹に頼るなど涼子さんらしくなかったわっ!!
この程度のピンチ、一人で切り抜けて見せようではないかっ!!)
涼子は心の中で『奈々の薄情モン!!』と最後に罵った後、奥歯を噛み締めて叫ぶ。
「加速装置っ!!」
次の瞬間、涼子の走る速度は倍近くとなり、みるみるモヒカンとダージュを引き離していく。
「なっ……!?」
「嘘だろ、オイっ!?」
驚愕するモヒカンとダージュ。
無理も無い反応である。
重傷の身で延々と走り続けていた涼子がここに至って、あり得ないほどの加速を見せたのだ。
「はははははっ!!あばよ、とっつあぁぁぁぁんっ!!」
涼子は馬鹿笑いをしつつ、凄まじい速度で走り抜けていった。
『突然ですが、雑学のお時間です。
人間は追い詰められると身体のリミッターを外し、
身体能力を限界まで引き出して、危機から逃れようとすることがあります。
そして当然、普段は抑制している身体能力を全開で酷使するわけですから、
後々代償を支払うことになっちゃうわけです。
とても身体に悪いので、皆さんは身体のリミッターの外しすぎには注意しましょうね♪』
数十分後、そこには真っ白になって倒れる涼子さんの姿がっ!!
ざんねん!!りょうこさんの ぼうけんは ここでおわってしまった!!
「こらあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!!
涼子さんを しんのゆうしゃ にするんじゃねえぇぇえぇぇぇぇぇっ!!」
がばっと起き上がって、天に向かって咆哮する涼子さん。
えびげんさんに次いで、地の文に突っ込んだ二人目の参加者である。
実にめでたいことだ。
涼子さんは抗議の咆哮を終えると、力尽きたようにがくっと頭を地に突っ伏した。
【涼子さん@ぶらんくぶらっど 死亡】
「だから、涼子さんは死んでねええぇぇぇええぇぇぇぇっ!!」
再び、がばっと起き上がって涼子さんは抗議の咆哮を上げる。
しかし、すぐに力が抜けて地面にぱたっとする涼子さん。
「……あ、いかん。やっぱ死ぬかも」
おやすみ、涼子さん。
(……おやすみ〜……)
そして、今度こそ死亡……ではなく気絶する涼子さん。
降りしきる雪は涼子さんとクリスの身体に容赦無く降り積もっていくのだった。
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