どう足掻いても絶望

 

初香の脳裏には、何度も先ほどの光景が思い起こされていた。

クリスをかばうルカ、そしてルカの身体を粉々に吹き飛ばす、自分が放った弾丸……。

恐怖に駆られた自分がルカを殺した。

殺すのが嫌だったはずなのに。
これ以上、誰かが死ぬのを見るのが嫌だったはずなのに。

それなのに、再び自分の手で死人を出してしまった。


しかも、今度は仲間を。


仲間を、自分の手で殺した。

りよなに向けた言葉が思い返される。


『なぜ、仲間を殺したのにそんなに普通に振舞える?』


違う。そうじゃない。

今なら……仲間を自分の手で殺してしまった今なら、分かる。


りよなは、自分の罪と戦っていたのだ。

自分のエゴで、りよなは仲間を殺してしまった。
だが、それを間違いと認め、罪を償おうとしていた。

分かっていたはずではないか。
りよなが悩んでいたこと、後悔していたことを。

分かっていたのに。
分かっていたはずだったのに。


自分は、その思いを踏みにじってしまった。


りよなを、裏切ってしまった。




そして、自分の裏切りは留まるところを知らなかった。




恐怖に錯乱して、クリスを殺そうとした。

クリスをかばったルカを、殺した。

ルカを殺した流れ弾で、りよなを殺した。




何ということだろうか。
申し開きなどできないくらいに罪を重ねてしまった。

もはや、生き残りは自分とクリスだけだろう。
たった二人で首輪を解除して主催者を打倒するなど、不可能に決まっている。

それでなくても、自分はクリスを殺そうとした。

クリスは、もう自分のことを仲間とは思ってはいないだろう。
彼女が自分を信用してくれるなど、絶対にあり得ない。


なぜなら、自分自身が信用していないのだから。


ああ、これで終わりだ。
元々、無理な話だったのだ。


この殺し合いの場に連れてこられた時点で、自分たちの死はほぼ確定していたのだ。
なぜなら、ここに連れてこられた時点で参加者たちは『負けている』のだから。

誰一人、抗うこともできずに拉致された時点で、完全な『敗北者』の集まりでしかないのだから。


それなのに、自分たちは主催者に……キング・リョーナに勝とうとした。

すでに、完膚なきまでに敗北しているにも関わらず、勝者になろうとした。


そんなことは不可能なのに。

そう、不可能なのに。


最初から不可能だったのに。


勝とうとしたせいで、悲劇を生み出してしまった。




だから……。






もう、終わりにしよう。






悲しくて、怖くて、辛い話は、これで終わりにしよう。






(……ごめんね、お父さん……でも、僕はもう……)




……疲れたよ。








 

クリスは目の前で起こった出来事に、思考が追いつかなかった。

初香が放った攻撃が、クリスを庇った少女を粉微塵に吹き飛ばした。


何が起こったのかは理解している。

だが、『何故そんなことが起こったのか』は理解できない。


「……初、香……ちゃ、ん……」


クリスは、よろよろと視線を初香に向ける。

意味が分からなかった。

仲間だったはずの少女が、殺人に手を染めてしまった。


こんな子供が、許されざる罪を犯してしまった。


(……駄目、だ……冷静に……冷静に、ならなきゃ……)


クリスは必死だった。

必死に、気持ちを落ち着かせようと深呼吸をしようとするが、
何度やっても、陸に上がった魚のように浅い呼吸しかできない。


(……落ち着け……落ち着きなさい、クリス……)


クリスは自分を叱咤する。
クリス以上に、初香はショックを受けているはずなのだから。

初香の呆然とした様子を見る限り、錯乱した状態からは回復している。
おそらく、自分が何をしてしまったのかも、今の初香は理解できているはずだ。


ならば、クリスは初香を助けなければならない。
心にさらに大きな傷を負ってしまったであろう少女を、助けてやらなければならない。


だが、クリス自身も目の前で起こった悲劇と、この殺し合いで今まで起こった悲劇の
積み重ねでまともに思考が働かない。


目に写る情報を処理できない。




自分がマジックロッドを初香に向けて、魔法を放とうとしていることも。




初香が自らのこめかみに銃を突きつけていることも。




脳が麻痺しているかのように、目に写る情報を全く処理できない。

まるで、他人事……いや、絵画か書物の中の世界でも覗いているように。






全く理解できな……。






バチッ!!


「痛っ!?」

いきなり、手に持っていたマジックロッドから電気に似た衝撃が伝わる。
痛みからマジックロッドを取り落とすクリスだが、そこではっとする。

(……わ……私……一体、何を……?)

初香に、魔法を放とうとしていた?

何故?

何故、そんなことを?

「っ!!」

しかし、そんな思考は初香の姿を見て、吹っ飛んだ。

先ほどまでは理解できなかった、こめかみに銃を突きつけて震えている初香の姿。


だが、今なら理解できる。






初香が、自殺しようとしているということを。






「……初香ちゃんっ!!」


クリスは、魔法を初香に向けて放つ。


命を奪うためのものではない。

初香の凶行を止めるためのものだ。


バシィっ!!

「……っ!?」

初香の持つ銃に目掛けて放たれた魔法は、初香の銃を弾き飛ばした。


クリスは初香に走り寄ると、初香の頬を張り飛ばした。

「っ……!」
「何をしているの、貴女はっ!!?」

クリスの怒声に、初香はびくっと肩を震わせる。

「何故、死のうとしたのっ!!?
 この殺し合いから脱出するんじゃなかったのっ!!?
 約束したでしょう、私たちとっ!!?
 だったら、諦めずに……!!」
「……無理、だよ……」

まくし立てるクリスの声は、初香の呟きに止められた。

「……もう、無理だよ……皆、みんな死んじゃった……皆、殺されちゃったんだよ……?
 しかも、ルカさんとりよなは、僕が殺しちゃった……それに、モヒカン男も僕が殺したんだ……。
 僕も、殺人鬼になっちゃったんだよ……?そんな僕が、脱出なんてできるわけないよ……」

深い絶望を宿した初香の呟きに、クリスは言い返せない。
ただ、圧倒されるだけだった。

「……初香、ちゃ、ん……」
「……それに……最初から、無理だったんだよ……。
 僕たち、ここに連れてこられた時点で終わってたんだよ……。
 ここに連れてこられた時点で、もう死んでるようなものだったんだ……。
 脱出なんて、夢物語だったんだよ……僕たちは死ぬしかなかったんだよ……」
「……そんな……そんなこと、無い……!
 諦めないで、初香ちゃん……!私たちは、まだ生きてる……!
 まだ、可能性は残ってるのよ……!」

クリスは必死で初香に言い聞かせる。

だが、クリス自身、自分の言葉を信じていなかった。

気絶から目覚めて今までに見た死体と放送の内容、そして初香の言葉から考えて、
もう生き残っている参加者はほとんどいないはずだ。

もしかしたら、クリスと初香以外に生き残りはいないのかもしれない。

だとすれば、首輪の解除はともかく、主催者の打倒はほぼ不可能だ。
あれだけの力を持つキング・リョーナを自分たちだけで倒せるとは到底思えない。

だが、クリスは諦めたくなかった。

この会場で死んでいった親友や仲間たち……彼らが自分たちに残し、託した遺志を
無駄になどしたくなかった。

「お願いだから……諦めないで……!
 私と……私と、一緒に……ここから帰るのよ……!」

クリスは泣いていた。
泣きながら、初香を説得していた。

いや、それはすでに説得ではなく懇願だった。


クリスは自分の世界に帰りたかった。


そして、初香を初香の世界に帰してやりたかった。


皆が皆、苦しい思いをして、悲しい思いをして、死んでいった。

それなのに、このまま自分たちまで死んでしまっては、あまりにも救いが無さ過ぎる。


せめて、クリスと初香だけでも帰らなければならない。


こんな結末など、クリスは認めたくなかった。


クリスは立ち上がると、初香の手を取って、無理やり立たせる。

「初香ちゃん、立って……!諦めちゃ駄目よ……!
 私たちは必ず帰るの……!ここから脱出するのよ……!」
「……悪いが、そうはいかねぇな」
「っ!?」

突然聞こえてきた声に、クリスは驚いて振り返る。

すると、そこにはニヤニヤと嗤う、自分を痛めつけた男の姿。

「貴方っ……!」
「よう。今にも死にそうな状態だったくせに、随分と元気になったじゃねぇか?
 どんな手品を使ったんだ、オイ?」

男の言葉を聞いて、クリスの中に怒りが生まれる。


何故。

何故、アーシャやエリーが。

えびげんやナビィ、ミアが。

私の仲間が、たくさん死んでしまったというのに。



「何でっ……貴方なんかが生き残っているのよおおぉぉぉおおぉぉぉぉっ!!!」


クリスは絶叫して、全力で魔法を放とうとする。

だが、何も起きない。

「はっ……馬鹿か、お前?俺にはコイツがあることを忘れたのかよ?」

そう言って、ダージュが掲げるのは魔封じの呪印。
愕然とするクリスに嘲笑を向けると、ダージュは双刀を構える。

「さて……それじゃ、お前ら二人をじっくりといたぶり殺して、優勝といこうかねぇ?」

その言葉に、クリスはがくっと膝を突く。

(……もう、駄目……私も、初香ちゃんも、ここでこの男に殺される……)

それも、ただ殺されるだけではない。
苦痛という苦痛を与えられ、苦しませられて殺されるのだろう。

この男に与えられた痛みを思い出して、クリスの身体が震える。

(……怖い……)

怖い。嫌だ。

もう、あんな痛い目には合いたくない。


(……嫌……もう、嫌……怖いよ……誰か……)



……誰か、助けて……。



この殺し合いで多くのものが願っただろう、その思い。

それは、叶えられることなく、散っていった思いだった。


そして、目の前の男は無情にも双刀を振り上げてクリスを切り刻もうとする。


(…………)


それを諦観とともに見つめるクリス。

抵抗しないクリスがつまらないのか、ふんと鼻を鳴らすダージュ。

「まぁいい……ちょっと切り刻めば、前みたいに泣き叫ぶだろう?」

そう言って、ダージュはクリスに刀を振り下ろした。



ザシュッ。

 

「……え……?」
「……お?」

クリスの呆けた声と、ダージュの意外そうな声が重なる。


ダージュの刀は、止められていた。



クリスを庇って飛び出した、初香の身体によって。

「ぐっ……ごほっ……!」
「!?……は……初香ちゃんっ!!?」

吐血する初香と、悲鳴を上げるクリス。

「……ク……リス……お願、い……」

初香は震える手で刀を掴みながら、クリスに話しかける。

「……優勝、して……生き……残っ、て……。
 君、だけ……でも、生きて……自分の世界に……帰って……」
「だ……駄目よっ!!貴女も一緒にっ……!!」
「……駄目……だよ……。
 僕、は……殺しちゃった、から……。
 ルカさんと……りよな、を……殺し……ちゃった、から……」
「……だ……だからって……!!」
「……それ、に……もう…」
「うるせぇよ」

初香の言葉をダージュの声が遮る。

そして、初香の体に深々と突き刺さった刀をぐいっと捻る。

「ぎぃっ!!?……あ、あぁぁっ……!!?」
「は……初香ちゃんっ!!?」
「おらよ!」

ブジュッ、グジュブシュ……!

ダージュは刀をさらに奥深くまで突き込み、傷口をぐりぐりと抉り込んだ。

「ぎゃああああぁぁぁああぁぁぁぁっ!!?」

身体を裂かれる激痛に初香は絶叫する。

「初香ちゃんっ!!?このっ……!!」
「邪魔だ」

初香を助けようとダージュに飛び掛ったクリスに、ダージュの蹴りが飛ぶ。

「……あ……がぁっ……!!」

クリスは腹を思い切り蹴り飛ばされ、ごろごろと地面を転がっていく。
呼吸ができなくなって苦しむクリスは、それでも初香を助けようと必死でダージュの足に縋り付く。

「……や……め、て……初香、ちゃ……を……放して……」
「うざってぇんだよっ!」


ごっ!!


「っ……!!」

再び蹴り飛ばされるクリス。

激痛と呼吸困難でまともに動かない身体に活を入れて、よろよろと立ち上がる。

そして、ふと視界の隅に、初香の手から弾き飛ばした銃を見つける。

「!」

あれだ。
あれなら、魔法の使えないクリスでも扱える。

初香を助けることができる。

クリスは銃を拾い上げ、ダージュに狙いをつける。

しかし……。

「はっ、馬鹿が!やらせるとでも思ったかよ!?」

もちろん、そんなクリスの動きにダージュが気づいていないはずが無い。

ダージュはあらかじめ詠唱していた魔法をクリスに向けて、放った。


バキンッ!!


だが、クリスに放った魔法はあっさりと弾かれた。


「……なっ!!?」


(……何故だっ!!?あの女の魔法は封じたはずっ!!?一体、何がっ……!!?)


と、そこでダージュはクリスの持っていたロッドが光を放っていることに気が付く。


(……あのロッドのせいかっ!!)


魔法が弾かれたのが支給品の効果であることを理解したダージュは、ならばと
初香を盾にしようとするが……。

ずるっ。

焦ったせいか、初香の血で手を滑らせ、目論見は失敗に終わる。

「くっ……!?」
「うあああぁぁぁぁあああぁぁぁぁっ!!!」

パァンッ!!

そして、回避の時間も反撃の時間も失ったダージュは、クリスの放った銃撃を頭部に受け、
そのまま地に倒れた。










「初香ちゃんっ!!初香ちゃん、しっかりしてっ!!」

ダージュを倒したクリスは、急いで初香に駆け寄り、初香を抱き起こす。

「……クリ……ス……」

「初香ちゃん……!待ってて、すぐに手当てを……!」

「……無駄……だよ……もう、手遅れ……だよ……」

「そんなことないっ!!絶対に助けてあげるからっ……!!」

「……無理、だって……僕、これでも……医者の資格、持ってる……から……。
 手遅れか……どうか、くらい……分かる、よ……」

「……やめて……!お願い、諦めないで……!
 そんなこと、言わないで……!」

クリスは泣きながら、初香から流れる血を必死に止めようと抑える。
だが、そんなことで初香の血が止まるはずも無い。

初香は血を吐きながらも、クリスに話しかける。

「……クリス……泣かない……で……。
 クリス、は……帰れるんだ……から……。
 君は……生き残ったん……だから……」

初香は苦しそうに咳き込みながらも、喋るのをやめない。

「僕たち、は……帰れない……けど……。
 でも……君は……帰れるんだ、よ……?
 だから……泣かない……で……」
「あ……あぁぁ……!あぁぁぁ……!」
「……クリス……お願い……ここで死んじゃった……皆の……
 ……僕、た……ちの……分、まで……生き………て………………」

その言葉を最後に、初香は喋らなくなった。

「……初香……ちゃん……」
「…………」

呼びかけても返事の無い初香に、クリスの顔が絶望に染まる。

「……嫌……やだよ……初香ちゃん……。
 ……喋ってよ……目を開けてよ……。
 ……ねぇ……お願いだから……!」

初香は答えない。

クリスはそんな初香に向かって、絶叫する。

「……お願いだからっ!!死なないでよっ!!私一人にしないでよっ!!
 私だけ生き残っても仕方ないじゃないっ!!?皆っ……皆、死んじゃってっ……!!
 それなのにっ……それなのに、たった一人で帰れっ……!!?
 ふざけないでよっ!!?私たち、何のために頑張ってきたのよっ!!?
 皆が死なないために頑張ってきたのに、一人だけ生き残ってどうするっていうのよぉっ!!?」

クリスは泣き叫んで、初香を責め立てる。

だが、初香は目を覚まさない。

「……うああぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!」


クリスは泣き叫ぶ。


自分一人だけ生き残ってしまったことに絶望して、泣き叫ぶ。




泣き叫んで。




泣き叫んで。




泣き叫んで。








 

「やあ、お帰り、クリスちゃんっ!よく生きて戻ってきたねー♪
 優勝おめでとうっ!僕は心の底から祝福を送るよ♪」

いつの間にか、クリスは殺し合いの会場に飛ばされる前の部屋に倒れていた。
手に持っていたはずのマジックロッドと、縋り付いていたはずの初香の死体は、
クリスの手の内から無くなっていた。

そして、クリスの傍には、この殺し合いの元凶であるキング・リョーナが
ぱちぱちと手を叩きながら、クリスをあざ笑うように見下ろしていた。

「…………」

薄暗い部屋の中、クリスはよろよろと身を起こした。

「あーらら?酷い顔だねぇ、クリスちゃん?
 ほらほら、せっかく優勝したんだから、もっと笑顔になってよ♪
 可愛い顔が台無しだぞーぅ♪」
「……して……」
「んん?何かなー、クリスちゃん?」

キングはわざとらしく耳に手を当てて、クリスに聞き返す。

「……返してよっ!!アーシャをっ!!エリーをっ!!
 初香ちゃんをっ!!……皆を返してよぉぉぉぉぉっ!!」

クリスはキングに詰め寄って、泣き叫ぶ。

そんなクリスをキングは満面の笑顔で見つめながら、

「おっけー、じゃあ返してあげようか♪」
「……え?」


ドサッ。


「はい、返した♪」

後ろで聞こえた物音とともに、キングは笑顔で答えた。
それを見て、クリスは混乱する。

「……え……返したって……?」
「あっはっはっは、やだなー、クリスちゃん♪忘れちゃったの?
 優勝者は何でも願いを叶えてあげるって言ったじゃない♪」
「……っ!!」

その言葉を聞いて、クリスの瞳が輝く。

まさか……まさか、本当に……?


クリスは期待とともに後ろを振り返る。




そこには、皆がいた。

アーシャがいた。エリーシアがいた。ルーファスがいた。
明空が、えびげんが、ミアが、ナビィが、初香がいた。

彼女たちだけでなく、あの殺し合いで死んでしまった全員がいた。




皆がクリスを見ていた。




「――……ひ……」




濁った目で。


片方だけの目で。


かつて瞳が収まっていただろう空洞で。


肉片となった眼球で。


頭部が半分吹き飛び、零れ落ちた眼球で。



「……いやアアアアァァァァあああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁっ!!!!?」


そこには、死体となった皆がいた。

脳を露出し、白目を向いているアーシャの死体。

両目をもぎ取られ、絶望を顔に貼り付けた生首のエリーシア。

全身をぐちゃぐちゃに潰された、辛うじてルーファスと分かる死体。


皆が皆、無惨な姿でクリスを見ていた。


その光景にクリスは半狂乱になる。
腰を抜かし、意味の分からない叫び声を上げて、自分を死体から遠ざけようと腕を動かす。

だが、キングに服の裾を踏みつけられたクリスは、死体から遠ざかることはできない。


「あはは、酷いなー、クリスちゃん?せっかく仲間と会えたのに、
 そんな悲鳴を上げちゃ、仲間の皆が可愛そうでしょ?」

キングは笑いながら、クリスの首根っこを掴むと、

「ほーら、仲間と感動のご対めーん♪」

夥しいほどの死体の山に向かって、クリスを放り投げた。

悲鳴を上げて、死体の山に倒れ込むクリス。

「嫌っ、ひぃっ、ひっ……!!あっ……ひああぁぁぁああぁぁぁぁっ!!?」

冷たくぶよぶよした死体の肉の感触に、クリスは錯乱して絶叫する。

めちゃくちゃに手足を動かして逃げようとするが、もがけばもがくほど死体の山に
クリスは埋もれていく。

「……うああぁぁぁっ!!?あぁっ……あひあぁあぁぁぁっ!!!……あ?」

もはや意味不明の叫び声を上げていたクリスだったが、
死体の中にあるものを見つけて、叫び声を止める。


「……あ……え……?うぁ……?」


クリスは『それ』を見て、混乱の余り、逆に大人しくなった。


「……な……な、に……なん、で……?」


何故?


何故、こんなものが、混じっている?


何故……一体何故……。








何故、四肢をもぎ取られ、左耳から右耳を槍で貫かれた、『クリス』の死体が混じっている?






 

「……おや、気づいたかい?」

その声に、クリスははっとキングのほうを見る。
キングは相変わらずにやにやとクリスを見ている。


だが、クリスにはそのキングの笑みが、先ほどとは比べ物にならないほど
恐ろしいものに感じられた。


「……あ……な……なん、で……?」
「何で自分の死体が混じっているのか、でしょ?
 よしよし、気づいてくれたご褒美に教えてあげようねー、
 クリスちゃん♪」

キングは笑顔を浮かべて、クリスの傍まで歩いてくる。
相次ぐ衝撃的な出来事のせいで、舌が回らなくなっているクリスの頭を
キングは優しく撫でると、そのままクリスの耳元に口を近づけて、囁く。

「……もう分かってるかもしれないけど、僕はいろんな世界から
 この殺し合いの参加者たちを集めて、殺し合いをさせていたんだ」

それは分かっている。
研究所で仲間たちと情報交換をしたことで、その事実には辿り着いていた。

だが、それと参加者たちの死体の山に、自分の死体が混じっていることと
何の関係があるというのか?

意味が分からないという風なクリスの顔を見て、キングは笑みを深くして、
クリスの頭を愛おしそうに撫でる。

「ふふ……君なら、ここまで言えば分かってくれるかと
 思ったけど、どうやら随分と混乱してるみたいだねぇ?
 ……まぁいいや、じゃあ教えてあげるね」


そして、キングは話し始める。


「世界ってのはね……無限に存在するのさ。

 そして、無限に存在するってことは、ほとんど違いの無い世界も
 存在する……いわゆる、パラレルワールドってやつだね。

 そして、そのパラレルワールドってのは……極端な話、ある時間の
 ある場所に生えている雑草一本の長さが0.1ミリ違っただけでも、
 パラレルワールドになるんだよ。

 その程度の違いの世界が、それこそ無限に存在するんだ。

 それは、つまり……君と全く同じ人間が他の世界に存在するって
 言い換えることもできるよね?」

「……!」


クリスの瞳が、ようやく理解の色を宿す。

それを見て、キングは満足げに頷く。

「そう……あの死体は、パラレルワールドの君の死体なのさ。
 さらにぶっちゃけると、あの死体の山は全部、君の世界とは関係ない、
 パラレルワールドの君の仲間たちの死体さ。だから、安心していいよ♪」

キングはそう言って笑いながら、クリスの頭を撫で続ける。

先ほどからキングにされるがままのクリスだったが、
少しずつ思考する能力が戻ってきて、その行為に嫌悪と屈辱を覚え始める。


……だが、クリスはふと、そこであることに思い当たる。

あまりにも恐ろしい、間違いであって欲しいことに。


「……ちょっと、待って……あの死体が……別の世界の
 私の死体ってことは、分かったけど……でも、何で……?」

「ん?何かな?」

「あの死体は……何で、ここにあるの……?何のために、ここにあるの……?」

「……君が驚くかと思って♪」

「……それだけ……なの……?」

「……どういうことかな?」

「あれは……あの死体、は……ひょっと、して……」


クリスは震える声で言葉を続けようとするが、恐怖のせいで舌が上手く回らない。

(……怖い……嫌……!聞きたく、ない……!)

だが、確かめずにはいられなかった。

クリスは身体の震えを押し殺し、無理やり言葉を紡ぎ出した。








「あの死体は……」
 











 前 回 の 殺 し 合 い の 参 加 者 の 死 体 で は な い の ?












「そうだよ」


キングは、クリスの問いあっさりと答えを返す。


肯定の答えを。


その答えに、クリスの目が見開かれ、全身から力が抜ける。


「正確には、第12回から第49回までのが混ざってる死体なんだけどね。
 僕って、死に様が気に入った死体はコレクションしておくのが趣味なんだ♪」

「じゃあ……じゃあ、私たちは……!?」

「君たちは記念すべき第50回目の殺し合いの参加者だよ♪
 まぁ、その割に僕の元に辿り着くどころか、首輪の解除すら
 できなかったのはがっかりしたけどねー」

「……そ……んな……!……そん……な……!」


キングの言葉は、クリスを絶望からさらに奈落の底に突き落とした。


首輪を解除して、キングの下へ辿り着き、キングを打倒する。

仲間と共に掲げた目標。


だが、それは……。


『……最初から、無理だったんだよ……。
 僕たち、ここに連れてこられた時点で終わってたんだよ……。
 ここに連れてこられた時点で、もう死んでるようなものだったんだ……。
 脱出なんて、夢物語だったんだよ……僕たちは死ぬしかなかったんだよ……』


初香の言葉が思い出される。


(……私たちは……最初から……)


負けていた。


完膚なきまでに。


どうしようも無いほどに。


この男に……キング・リョーナという悪魔に目をつけられた時点で
終わっていたのだ。




この男に殺し合いに連れてこられた時点で。


どのような道を歩もうとも。


どれだけ運命に抗おうとしても。




全て、無駄。




どう足掻いても絶望。




『僕たちは死ぬしかなかったんだよ』




再び思い出される、初香の言葉。




(……私たちは……死ぬしか……なかった……)




絶望とともに、クリスはその事実を受け入れるしかない。




すでにクリスには、抗う力も意思も残されてはいなかった。








 

「……さて、理解してくれたかな、クリスちゃん?」

「…………」

「……元気が無いなぁ?まぁいいや、どうせすぐに
 今から元気な声を上げてくれるだろうしね」

「……え……?」


キングの言葉に、クリスは怪訝な顔で視線を上げる。


だが、クリスの目に入ったのは部屋から出て行こうとしているキングの姿。




部屋の中には、クリスと死体の山が残された。




「…………」




放置されたクリスは戸惑った顔をしつつも、死体の山から抜け出そうとする。

どうすべきか考えはまとまらないが、いつまでも死体の山に埋まっているわけにも行かない。
この場に放置された理由は分からないが、現時点ではとにかくキングを追いかけるしかない。

クリスはそう判断し、身体を起こそうとする。




だが、死体の山から抜け出ようとしたクリスの腕を、何者かが掴んだ。




「……え?」


驚いて振り向くと、そこには自分の腕にまとわりついている死体の姿。

死体はクリスの視線に気が付いたかのように、瞳の無い顔を向け、
裂けた口で、ニヤアァッ……と笑った。


「!?……ひっ……!?」


クリスは慌てて逃げようとするが、次の瞬間にはもう片方の腕が他の死体に掴まれる。

さらに、右足、左足、首、胴体……身体のあらゆる部位を数え切れないほどの腕で拘束され、
クリスは身動き一つ取れなくなってしまう。


そして、死体はクリスをゆっくりと引きずり込んでゆく。
まるで、亡者がクリスを地獄の底に引きずり込もうとするかのように。

「……あ……あぁっ……!?いやあぁぁっ……!?」

恐怖に駆られたクリスは必死で抵抗するが、無数の腕による拘束を解くことは叶わず、
成す術も無く、死体の中に引きずり込まれていく。


ぶちっ……ぶちぶちっ……!


「いっ……!?づああぁぁああぁぁっ!!?」

クリスは突然、身体に走った激痛に絶叫する。

何が起こったのかと、痛みの走った部位に目を向けると、死体の指がクリスの肉を引き千切っていた。

「っ!?……嫌っ……!?」

その光景に恐怖を覚え、半狂乱で死体の拘束を振りほどこうとするクリスだが、拘束は緩まない。


ぶちぶちっ……!


「あぎぃっ!!?」

さらに肉が引き千切られる。


ぶじゅっ……!ぶぢぃっ……!


「いぎぃあぁぁっ!!?」


容赦なく引き千切られる。


びちりっ……!ぶちっ、ぐちゃっ……!

「ぎゃあぁああぁぁっ!!?ぎぃいあぁぁぁっ!!?」


何度も何度も引き千切られ、とうとうクリスの身体は骨が露出する部分まで現れ始める。


「……あっ……ひぁっ……!うあっ……あぁぁーーーっ……!」

大量の肉を引き千切られたクリスは、全身に走る耐え難い激痛に泣き叫び、嗚咽を漏らす。

だが、その声に力は無い。


すでに、彼女は死にかけていた。


(……嫌っ……!嫌あぁっ……!こんなっ……こんな、酷い死に方っ……!)


クリスは泣きながら、何度も死体の拘束を解こうと必死に力を入れるが、もがけばもがくほど、
死体の中に埋没し、肉を引き千切られる。

とうとう、クリスは恐怖と激痛に耐え切れずに、涙を流して絶叫する。


「嫌ああぁぁぁぁあああぁぁぁっ!!誰かっ……誰か助けてえぇぇぇええぇぇぇっ!!
 こんなのっ……こんな死に方、嫌あぁぁぁああぁぁぁっ!!
 助けてよぉぉぉっ!!お願いだからっ……誰か助けてええぇぇぇええぇぇぇっ!!」


クリスは顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして、必死に助けを求める。




だが、彼女を助ける者はいない。

この場のどこにも……この世界のどこにも、彼女を助ける者は存在しなかった。




クリスは何度も何度も助けを求めて、絶叫する。


その叫びは、彼女の命が消えるまで、ずっと薄暗い部屋に響き続けた。










「うーん……なかなか、良い声を上げて死んでいってくれたねぇ、クリスちゃんは♪
 さすがは優勝者、他の参加者を踏み台にして生き残ってきてるだけはあるねぇ♪」

別室にて、クリスの死に様を鑑賞していたキングは満足げに笑う。

「さて……次はどんな子たちがいいかなぁ?
 そろそろ、心機一転して、参加者の総入れ替えでも
 してみようかなぁ?それとも……」

しばらくの間、顎に手を当てて考えていたキングだが、良い案を思いついたのか、
笑みを浮かべて立ち上がる。

そして、さらさらと紙にペンを走らせ、近くにいたレミングスに渡す。

「3分ね。それまでに用意できなかったら殺すよ?」

それを聞いたレミングスは顔を強張らせ、ダッシュで部屋を出て行った。




……そして、2分54秒後、部屋に駆け込んできたレミングスは
息を切らしつつも、親指をぐっと立てる。

(ちっ、間に合ったか)

舌打ちしつつも、キングは立ち上がって、部屋を出ていく。










薄暗い部屋の中、彼らは目覚めた。
部屋の中には40人以上の人がいるはずだが、誰一人として現状を理解してないようだ。

彼ら一人ひとりの疑問や不安を浮かべた表情を眺めながら、キングは笑う。

(さて、彼らに自分たちの状況を理解させてやるとするか)

キングはそう考え、腕を振るった。

途端、キングの立つ場所に光が差す。

薄暗い部屋の中でようやく与えられた光源に、部屋にいる者たちの
視線は自然とそちらを向く。

頭を疑うようないでたちのキングの恰好に対して、呆気に取られる者、
馬鹿にした表情を浮かべる者、キングの格好を羨ましそうに眺める者など、
彼らは様々な反応を見せた。


そんな彼らに対して、キングは声高に自分の名を告げた。






「やあ、皆さん初めまして!僕はキング・リョーナ!君たちをここに招待した者だ!」






そして、新たな悪夢が始まる。








【ダージュ@リョナマナ 死亡】
【登和多初香@XENOPHOBIA 死亡】
【クリステル・ジーメンス@SILENT DESIRE 死亡】




【優勝者 クリステル・ジーメンス@SILENT DESIRE】








【第一回リョナゲ製作所バトルロワイアル  完】







次?ねぇよ、んなもん!
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