素手で頑張ったで賞(何)

 
【C−1:X4Y4/井戸の近く/1日目:朝】

「くっ!貴様、あの男の手の者か?!」
「ふふふ、・・違うわ。」

此処は朝露の滴る、草木に満ちた森。
そこに、2つの影が舞う。

「では!何の目的で!」
「目的?決まってるわ・・・。」

2つの影はもつれ合うように舞う。
そこに、何かが空を切る音が混じる。

「・・・あなたを、壊すためよ。ふふっ」

動きを止めた2つの影が対峙する。

「私を壊す・・だと!貴様!よもやあの男の戯言を信じているとでも言うのか!?」

セミロングの女が叫ぶ。

「あはははは!!・・・ばぁか!あんなの、誰が信じるというの?」

ショートカットの女が笑いながら答える。

あの男、キングリョーナの言葉『最後の1人になれば願いを1つ叶えて元の世界に戻してやる。』はいわば殺し合いをさせるための撒き餌である。
十中八九、あの男はそんな約束を守るつもりはないだろう。
この程度のこと、少し考えれば容易に想像がつく。
誰の差し金かは分からないが、私をこんな場所へと連れ込んだあの男を許すわけには行かない。
(・・・必ずや討ち取ってやるぞ。)
セミロングの女、風香がそう心に決め、生き残るための行動を開始したのはつい数分前のことだった。
その矢先、目の前に対峙しているショートカットの女が問答無用で斬りかかってきたのだ。

「・・ならば、邪魔立てするな!私はあの男を討ち取る!」
「うふっ。それなら大丈夫、あの男も私が壊しといてあげる。だから・・・」

ショートカットの女、サーディは悪戯な笑顔で答える。
その両手には剣が握られていた。
確かに、大きさから見れば片手でも十分扱える物だ。
しかし、普通は相当の熟練者で腕力のある者でもなければ、両手に剣を持ってもまず使いこなせない。
(・・普通はそう、よね。)
サーディの手にしていた剣は、まるでナイフのような扱いやすさだった。
何か特別な力が宿っているのか、直視していると例えようのない吐き気を催す。
(それさえなきゃ、素晴らしい武器なのに。)
この嘔吐感、恐らくはこの剣の宿る力に”悪魔”が反応しているからだろう。
(コワセコワセハヤクコワセ、コノツルギフユカイダ。)
”悪魔”はさっきからずっと、うわ言のように繰り返している。
正直、うるさいからさっさと黙らせたい。そんな折、彼女に出会ったのだった。

「・・安心して壊れてよ!血の薔薇を咲かせて見せてよ!!ねぇ!!」

サーディは地を蹴り、風香との距離を詰める。

「断る!」

風香はサーディの連続斬りを紙一重で避け距離を離す。

「なんで?あんたは、あんたなら・・・」

(彼女からはとても濃い血の匂いがする。私と同じぐらいに・・・)
サーディは風香から血の臭いを嗅いでいた。
恐らく彼女も私と同じくらい、今まで沢山の他人を壊してきたのだろう。そう感じていた。
(・・・チガウ。)
ポツリと一言だけ、”悪魔”が呟く。
(・・そうね、違うわ。だって・・)
私はそれに答える。
(・・・ワタシノホウガ、タクサンコワシテイル!!)

「あんたなら!絶対、私好みの臭くて、汚くて、無様すぎるほど美しい血の花を咲かせられるのに!!」
「貴様のためにそんな物を咲かせてやるつもりなどない!!」

サーディの剣が大振りになった瞬間を突き、風香の拳が飛ぶ。

「つっ!!」
「なんと!?」

誰がどう見ても絶対に顔面に直撃するはずだった風香の拳。
しかし、現実は違っていた。
風香の拳はサーディの顔面を僅かに掠っただけだった。
(なんという反応だ・・。彼女は、本当に人間なのか?)
風香は驚きを隠せなかった。

「・・・血。」

一度距離を離したサーディが自分の頬に流れる血を手の甲で拭い一言呟く。

「私の・・・血・・。」

―――ドクン!!
私の中で”悪魔”が暴れだす。
(チダ!チノニオイダ!アア!ジツニイイニオイダ!!)
私の視界が真っ赤に染まっていく。
全てを飲み込む、深く、臭く、汚らしい、圧倒的なぐらいに美しい赤。
(モット!ワタシニ!チヲ!コノ、カンビデコウショウナ、カオリヲ!!ワタシニササゲロ!!)

「ふふふ・・・あはは・・・・・あはははははははは!!」
「な・・何だ!?」

突然狂ったように笑いだしたショートカットの彼女に、私は戸惑いを隠せなかった。

「あははははははは!!!・・・・奉げなさい、あんたの全て、ワタシニ!!」
「うっ・・き、貴様。」

私を捉える彼女の眼は、人間の物ではなかった。
悪魔。例えるならばそういう類の者がしていそうな眼だった。
(・・・危険だ。一度退いた方がいい。)
私の暗殺者としての勘が告げる。
私は何十年とこの勘に助けられていたのだから、今回もまず間違いはないだろう。
それに今回は仮に暗殺者としての勘が無くとも、私は撤退を考えていたはずだ。
それほどまでに、彼女の眼は・・・怖かった。

「あははハハハ!!ドウしたノ!!さっきミタイに、反撃してミナさいよ!!ほらっ!!」

サーディは狂ったように双剣を振り回す。
いくら扱いやすいとはいえ、普通の人間のそれを遥かに超えた速度に双剣は僅かだが悲鳴をあげている。

「ちぃっ!」

(くっ、何て早さだ!)
風香は何とか撤退する隙を見ていた。
確かに常識では考えられない高速乱撃だが、全てが大振りだ。
そこに必ず付け入る隙がある。風香はそう睨んでいた。
そして、その時は来た。

(・・今だ!)
サーディが一際大きくその双剣を振り上げようとしている。
これを大きくバックステップで避わして、そのまま撤退する。
(あれだけの大振りだ。次の攻撃体勢を整えるまでには少しは時間が掛かるはず!)
風香はサーディが振り上げるタイミングに合わせてバックステップを開始した。
しかし、彼女は気付かなかった。
・・・否、気付けなかった。
それは、彼女が優秀な暗殺者でありすぎたがために起きたことだった。

「がっ!!・・・な・・なにが・・?」

バックステップの最中に衝撃が走る。
風香は恐る恐る、自らの身に何が起こったかを確認する。

「がはっ!!・・・な・・なんだと・・。」

風香は膝を地に付ける。その腹には剣が刺さっていた。
あの時、サーディは振り上げるはずだった自らの剣を投げたのだ。
(な・・なんで・・。)
相手の手の内にまだどんな武器があるかも分からないのに、自ら武器を投げる。
それも、投擲用ではない剣をだ。
もし、避けられでもしたら自ら相手に武器を与えることになりかねない。
彼女の気配やこれまでの身のこなしから察するに、彼女も相当な手練。
よもや、そのことに気付かぬわけがない。
益して、私が暗殺者であることも彼女ならば感じ取れるはずだ。
世の中で暗殺者ほど、どんな隠し弾を持っているか分からぬ人種は居ない。

「うふふふ・・『何で』って顔シテるね・・。」
「!!」
「あんたの考えそうなコトぐらい・・・オミトオシってコトよ!!」
「なっ!?」

(よ・・読まれていた・・。)
その時、初めて風香は悟った。
あの時感じた勘。あれは、決して私が暗殺者だったからではない。
生物としての勘。いわば単なる生存本能だったのだ。
それに気付かなかった結果がこれだ。
授業料としてはあまりに高すぎだった。
(もはや、これまで・・か。)
私は剣を引き抜き、投げ捨てるとそのまま蹲る。

「アハハハハハ!さぁて・・・ミセテモラウワ!!」

サーディは笑いながらゆっくりと風香の元へと近づく。
途中、投げ捨てられた剣を拾う。
そして、笑いながらその狂気を風香へと振り下ろした。

「ぅああああああ!」

血飛沫が飛ぶ。
風香は地に伏せた。

「あはははハハハ!!イイ!!イイワ!!!アンタ!!ステキヨ!!!イイニオイダワ!!!!アハハハハハハ!!」

サーディは欲望の限りに、”悪魔”の命ずるがままに、その両手の剣を打ちつけた。
既に動かぬ風香がどんどん肉塊へと変わっていく。
いつしか、両手の剣からはあの嘔吐感がしなくなっていた。
(コレデイイ・・コレデモウコノツルギ・・ワタシノモノダ!!)
・・笑っていた。
サーディが、”悪魔”が笑っていた。

「また・・だ。」
風香の残骸を近くで見つけた井戸の中へと棄てた頃、彼女をある感覚が襲う。
それは途轍もなく重く、苦しく、冷たく、真っ黒なモノだった。
(まだ・・足りないの?)
思えば、初めて生き物を殺した時から確かにあった気がするモノだ。
それは生き物を殺す度に少しずつ重さ、苦しさ、冷たさ、黒さを増していた。
そして初めて人間を殺した時、ようやくこれが何なのか分かった気がした。
(・・・タリナイ。)
このモノは満たされない私の空洞。
いくら奪っても、いくら奉げても、埋まることがない空洞。
(ハヤク・・・ツギノ・・エモノヲ!)
”悪魔”が囁く。私はそれに従う。
こんな調子がもう何年も続いている。
本当に、この空洞は埋まるのか。
その前に、この空洞は埋められるのか。
そもそも、この空洞に本当はナニが足りないのか。
アルマは教えてくれない。
誰も教えてくれない。・・・邪神でさえも。
(ミツケタ・・・ツギノ・・・イケニエ!!)

「彼女こそ・・埋めて・・くれるよね?ふふっ。」
私は、あの女から奪った荷物をまとめた。
そして、必要以上に警戒されないため、仕方なく身体についた血を洗い流す。
それから私は一呼吸置き、何食わぬ顔で金髪ロングヘアの彼女の元へと向かった。
次こそは埋めるために・・。

@後書き
どうも、素手で頑張った風香の扱いが可哀想だったので妄想してみました。
ついでに、戦闘シーンの練習なんかもしてみたり・・。(^^;
サーディの設定とか勝手に追加してる予感です。
なおこの後、濡れた服でカザネと出会うわけですが「水溜りで転んだ。」とか何とか言って誤魔化します。
・・・ええ、誤魔化せますとも。(ぇ


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