キミの描く似顔絵はデタラメで。

 
「・・・私、やっぱり彼女を捜すよ。」

私の発言にルーファス、まゆこ、オーガと名乗った人物達は驚いたような顔で反応する。

「お前、殺されに行くつもりかよ?止めとけ。」
「そうですよ・・。それに、捜すと言ってもどうやって捜すんです?」
「あたし、あの人には逢いたくないよ・・。」

彼らの反応は当たり前だった。
しかし、私は引き下がるつもりは無かった。

(私は確かに、誓ったんだ。彼女と向き合うって。)

彼女がまゆこに襲い掛かった時、私は躊躇った。
『魔力が残っていなかった。』と言えば聞こえはいい。
しかし、仮に魔力が残っていたとしても私は躊躇っていただろう。
躊躇った本当の理由は、彼女が怖かったからだ。
三度感じたあの全身を貫く圧倒的な殺意と狂気は、思い出すだけでも身の毛がよだつ。

(誓ったはずなのに・・・私はまた、逃げたんだ。)

もしあの場で私が逃げずに誓いを果たしていたとしても、何も変わらなかったかもしれない。
むしろ、簡単に振りほどかれたという結果だけみれば、何も変わらなかったのは確実だろう。
だからと言って、自ら立てた誓いを破っていいワケがない。
『彼女と一緒に行く』という約束を破っていいワケがない。
もしこのまま、彼女と別れる道を選べば私は私でなくなる。

(だから・・今度こそ、絶対に向き合ってみせる!)

私は少しだけ強く拳を握り、そして次の言葉を待つ彼らに向けて口を開く。

「大丈夫。『ついて来て』なんて言わないよ。・・私、一人で行く。」
「えっ!?」

彼らは一斉に驚きの言葉を漏らした。

「確かに、どうやって捜せばいいかも分からない。」

彼らは固唾を呑んで私の次の言葉を待っていた。

「・・・でも、それでも私は彼女を捜しに行きたいんだ。」

しばしの静寂が辺りを包んだ。
私はただ静かに、彼らの反応を待つ。

「・・・分かりました。此処で別れましょう。」

最初に口を開いたのはルーファスだった。

「貴女が何故、そうまでして彼女を捜したいのか僕には理解できません。」
「ですが、僕に貴女の行動を止める権利もないですし、無理に引き止めるつもりはありませんよ。」

大筋同じ意見だったのだろう。まゆことオーガは黙って彼の言葉を聞いているだけだった。

「・・・ありがとう。」

私は立ち上がり皆に軽く一礼をして扉へと向かう。

「それから。」

私は扉の前で振り返りながら、彼らに再び話しかける。

「もしこの先何処かで彼女に出会った時、彼女に襲ってくる様子がなかったら・・・彼女を受け入れてあげて。」

私の提案は彼らにとってある程度予想していたことらしい。
特に目立った反応を見せず、私をじっと見ていた。

「凄く勝手なお願いだってのは分かってる。だから、無理にとは言わないよ。」
「・・・分かりました。努力はしてみましょう。」

ルーファスが真剣な表情で応える。

「お姉さんがそこまで言うってことは、ホントは良い人なんだよね?じゃあ・・怖いけど、あたし頑張ってみる。」

まゆこもルーファスに続いて応える。

「・・気が向いたらな。」

一人残る形となったオーガは、不機嫌そうにそっぽを向きつつ応える。

「・・・本当に、ありがとう。じゃあ、私。行くね。」
私は笑顔で軽く手を振ると扉を開け、彼女が最後に向かった方へと向かった。
 
―――あれから、どれぐらいの時間が過ぎたんだろう。
もう何日も前のことだったようにも、ほんの数時間前のことだったようにも思える。

「・・・やっと、逢えたね。」

私は今、捜していた人物と対峙していた。
綺麗だった緑色の髪は誰の物ともしれない血の色に染まり、可愛かった衣装は見るも無残な姿になっている。
全身の様々な傷跡から、彼女の辿ってきた道のりの険しさが窺い知れた。

「なぞちゃん。」

彼女はやはり、あの時と同じ圧倒的な殺意と狂気を持って私を迎えた。
私はその激流の中で息が詰まりそうな思いに駆られる。
膝が笑い出し、服に脂汗が滲むのも感じられる。

(私は・・”彼女”に負けない!必ず、彼女を取り戻してみせる!)

「マジックロッドよ。私に、力を―!」

私は自身の弱気を振り払うようにマジックロッドをきつく握り締め、魔力を開放した。
暖かい光に包まれ、全身に力が沸いてくるのを感じる。
私の様子を見て、流石の彼女も驚いたのか少しだけ後退し身構えていた。

「・・・貴女は、私が止める!」

私の声が合図となったのか、彼女は地を蹴り一気に距離を詰めてきた。

「くぅっ!?」

私は彼女の飛び蹴りをロッドで受け止める。その衝撃で私は少しだけ地を滑る。

(動きを捉えるのが精一杯だなんて・・何て速さなの!?)

変身によって、私の感覚は普段よりも数段研ぎ澄まされている。
それでも動きを追うのが精一杯と言うことは、彼女は人間の限界を遥かに超えた速度で動いていることになる。
あの出鱈目な身のこなしはどうやら瞬間移動の類ではなかったようだ。

(だとしたら・・彼女は・・・。)

あくまで彼女は普通の人間だ。
あんな動きに何時までも身体が耐えられるとは思えない。
恐らくあれからずっと戦い続けていただろうから、長引けば長引くほど彼女の命が危ないだろう。

(早く止めないと!)

私は一瞬脳裏をよぎった最悪の事態を振り切るように地を蹴り、彼女に向かってロッドを突き出す。
私の突きを身を捩ってかわした彼女はそのまま手に持っていた剣を突き出してきた。
私は彼女と同じように身を捩ってかわす。一瞬、私と彼女の距離がぎりぎりまで近づく。

(・・・えっ?)

私はその時、今の彼女には不釣合いな物を見つけていた。
返り血と戦傷で全身を隈なく穢されているにも関わらず、それだけはあの時のままだった。

(あの時の・・クローバー・・・?)

あれから、結構な時間が経ったはずだ。
今の彼女にとって、髪に挿したクローバーなど何の意味も無い。
どこかで取れているか、残っていたとしてもボロボロになっているはずだ。
しかし、実際はあの時のまま残されている。
これはもう、彼女が意図的に守っていたとしか言いようがない。

(・・・もしかすると・・彼女は・・・)

「・・・しまっ!?あぐぅっ!!」

私が思案に暮れている隙を彼女が見逃すはずが無かった。
気付いた時には既に彼女の膝が私の腹に突き刺さっていた。
その反動で私は後方へと吹き飛ぶ。

「がはぁぁっ!」

吹き飛んだ私よりも早く回り込んだ彼女の、前方宙返りからの踵落としが私の肩甲骨の辺りに深々と刺さる。
肺の中の空気が全て外へ吐き出され、私はそのまま地面へと叩きつけられた。

「ぐふぁぁっ!?・・・かはっ・・・。」

地面へと叩きつけられた私の背中に彼女はそのまま膝から着地した。
背中からミシミシと嫌な音が聞こえ、私の意識がごっそりと削り落とされるのを感じた。
ぐにゃぐにゃに曲がる視界に、彼女が私の前に着地する様子が映る。

「はぁっ・・・ひゅっ・・・ぁぁっ・・・くぅ・・。」
(まだ・・倒れるワケには・・・彼女は・・・彼女が・・・私を待っている・・!!)

私は歯を食いしばり、マジックロッドを強く握り直して立ち上がろうと四肢に力を込める。

「がぁっ!?」

その矢先だった。私は彼女にロッドごと手を思い切り踏みつけられたのだ。
チャキリと彼女が私の頭上で、逆手に剣を構える音が聞こえる。

(私じゃ・・・助けられない・・のかな・・・なぞちゃん――!!)

私はぎゅっと目を閉じた。しかし、予想していた衝撃は来なかった。
変わりに暖かい液体のような物が降りかかる衝撃と、荒い吐息が聞こえてくる。
その中に混じって微かに私を呼ぶ声、私は恐る恐る目を開けた。

「なっ・・・何やってるの!?」
「あっ・・・ミア・・・ちゃん・・。」

目を開けた私に飛び込んできた光景。
それは、彼女が自らの腹に深く剣を突き刺している様子だった。

「『あっ・・ミアちゃん・・』じゃない!何をやっているの!?早く止めなっ・・」
「ダメですっ!!」

私の手から足をどかしゆっくりと後退する彼女は叫んだ。
私は何とか近づこうと軋む身体に鞭を打ち立ち上がろうとする。

「”これ”は・・・なぞの大切な・・・友達を・・いっぱい、傷つけたです・・・。」

彼女は息苦しそうに喋る。

「だから・・・なぞは・・・”これ”を・・許さない・・です・・。」
「”これ”・・って!なぞちゃんはっ・・」
「なぞは”なぞ”です!!”これ”は・・・なぞじゃないです!!」

彼女の顔が真っ青に染まっていくのが分かる。

(このままじゃなぞちゃんが!なぞちゃんが!!)
「もう・・いいから!!・・・止めて!!なぞちゃん、死んじゃうよ・・!!」

私は激しい吐き気や身を焼くような激痛も気にせず立ち上がり、歩み寄りながら必死に懇願する。
しかし、彼女は聞き入れようとはしなかった。

「なぞ・・元々居なかった・・です。」
「えっ・・?」
「なぞは・・”これ”の記憶だったです。・・だから、今までは・・”これ”の身体・・”これ”の声・・です・・。」
「何を・・・言っているの?」
「今、こうしてる今は・・ホントに・・なぞは、”なぞ”です。」
「ホントにって・・なぞちゃんは”なぞ”ちゃん・・でしょ?」
「今やっと・・初めて・・なぞの身体・・なぞの声で・・ミア・・・ちゃんと・・話してる・・・です。」
「・・と・・兎に角!止めて!もう、喋らないで・・死んじゃうよ・・。」

私は彼女の言うことがまったく理解できなかった。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
兎に角、一刻も早く止めさせないとこのままではレイズでも治療ができなくなってしまう。
そうなれば、彼女に待っているのは死のみだ。

「なぞはっ!」

彼女の身体に触れようとした私を、彼女が一喝する。
私は思わず怯んでしまった。

「なぞは・・ホントのなぞのまま・・・ミアちゃんと・・一緒に居たいです!」

彼女の言葉は続く。

「だから・・・なぞは・・・”これ”を・・・」
「!?やめっ!!」

彼女の動きから、何をしようとしたのか察した私は慌てて彼女を制止する。
しかし、その制止は遅すぎた。

「殺すですっ!!」
「ダメぇぇぇっ!!」

彼女の絶叫と私の絶叫が木霊する。
彼女は自らの腹に刺した剣を思い切り引き抜いたのだ。
傷跡から吹き出るように彼女の命が飛び出していく。
彼女はそのまま膝を折り、うつ伏せに倒れた。

「・・・えっ?」

普通ならばもはや立ち上がれないはずなのに、彼女は直にふらりと立ち上がった。
これはもう、考えられる理由は唯一つ。
彼女の必死の一撃も、”彼女”を仕留めるまでには至らなかったということだ。

(それなら・・・私がやるべきは・・1つだけ!)

「・・・止めて、あげるよ。私と・・親友のために!」

”彼女”は血だらけの剣を拾い、ふらふらと私に向かってくる。
その”彼女”に私は意識を集中させる。・・狙いは、彼女の付けた傷跡。

「この想いよ、貫け!ウインドアロー!!」

真空の刃が弓矢のように”彼女”に向かって飛び、”彼女”を斬り裂いた。
”彼女”は地に崩れ落ちる。
しかし、今度は立ち上がってくる様子は無かった。”彼女”は、死んだのだ。
私は彼女の元へ歩み寄った。

「なぞちゃん!!」
「これで・・・なぞは・・”なぞ”で・・・”なぞ”のまま・・・」
「喋らないで!!くっ!レイズ!・・レイズ!!」

私は直に傍らにしゃがみこみ治癒魔法を唱える。しかし、彼女の傷は塞がる様子がない。
それでも私は諦めず、何度も唱えた。

「ミア・・ちゃん・・と・・・居られる・・・です・・・。」
「レイズ!!・・レイズ!!・・・レェェイズ!!」

私は泣きながら唱え続けていた。
尤も、既に魔力が不足していたので虚しく響いただけだったが、それでも叫び続けていた。

「ミア・・・ちゃん・・・どうして・・泣いてる・・ですか?」
「えっ!?」
「ミアちゃん・・・一緒に・・居られるのに・・・嬉しくない・・・ですか?」
「そんなワケないよ!嬉しいよ!!」
「じゃあ・・・笑う・・・です・・嬉しい時は・・・笑うです・・。」
「うんっ!・・分かってる!・・・分かってるよ・・!」

私は彼女を抱き上げ、力いっぱい抱きしめた。
彼女の微かな温かみと消え入りそうな息遣いが伝わってくる。

「なぞは・・・ずっと・・・ミアちゃんと・・・一緒・・・で・・す。」

その言葉を最期に彼女の身体から力が抜けていくのを感じた。

「・・・なぞ・・ちゃん?」

私は声をかけてみる。しかし、彼女から反応は無かった。

「・・あっ・・ああ・・・うっ・・・。」

私の感情が激流となって全身を駆け廻る。

「・・・・うわあああああああああああああっ!!」

しばしの嗚咽の後、堰を切ったように私は咆哮した。
 
「・・・綺麗に、なったよ。」

一頻り叫び少し落ち着いた私は、バッグから水を取り出し既に動かない彼女の髪を洗った。
そして、彼女を静かに横たわらせ、両手を組ませた。

「さて・・あっ・・。」

水をバッグにしまおうとして、あるメモが目に留まる。

「これ・・は・・。」

キミの描く似顔絵【え】は―――

『なぞちゃん・・それ、何?』
『ミアちゃんです♪なぞの、渾身の力作ですっ♪』

「私が描いた・・絵・・。」

――泣きたいぐらいにデタラメで――

『えぇ〜、それが私ぃ?』
『うんうん、『我ながら大した出来栄えだ。』ですっ♪と、言うわけで・・はいっ♪』
『えっ?もしかして・・。』
『ミアちゃんもなぞを描くですっ♪』

「もしかして・・まだ・・持って・・。」

――私の描く似顔絵【え】も――

『可愛く描くですよぉ〜?』
『なぞちゃん・・似顔絵はウソ描いたらダメだよ。』
『ええーっ!?なぞ、可愛くないですかぁーっ!?』
『いや・・そうじゃなくて!』

「・・・あった。」

――泣きたいぐらいにデタラメで――

『うりゅうりゅぅ〜・・です。』
『分かった、分かった。可愛く描くから、ねっ?』
『やたっ♪ミアちゃんありがとですぅ♪』

「こんな・・・似てないの・・・役に・・・立たないのに・・・。」

『・・・はい。できたよ。』
『おおっ!ミアちゃんは絵が上手いですっ!』
『そ、そうかな?ありがとうね。』

――それでも、素敵な似顔絵【え】だねって――

「大事に・・・とってあるなんて・・・。こんな・・・こんな・・・!!」

『・・でも、ホントのなぞはもっと可愛いです。』
『もうっ!・・・ふふふっ♪』
『あははっ♪』

―――笑っていたね、二人して。

「―――――!!」


「・・もうこれ以上、悲劇は起こさせない。」

この狂気に満ちたゲーム、放っておけば更に悲しい思いをする人が増えるだろう。
今、この瞬間も何処かで悲劇が巻き起こっているに違いない。

「こんなゲーム・・・絶対に止めさせる!!」

私は静かに横たわる親友に誓った。
彼女は少しだけ笑ったような気がした。

「・・・だから、行くね。」

彼女の胸に私と彼女の似顔絵を抱かせて、私はその場を立ち去った。
絵の中の二人は、幸せそうな笑顔で見つめあっていた・・。


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