リゼの幸運

 
―さて、これからどうしたものか
御朱 冥夜はそんなことを考えながら森に佇んでいた。

ついさっきまで広くて薄暗い部屋の中にいたはずだったのだが、
突然体が浮くような間隔に襲われて…気付いたら、この森の中にいたというわけだ。
俺はなぜこんなところにいるのだろう…。
だが一つだけ分かることは、考えもまとめずに動くのは危険だということ。

さて、まずは今の状況について考えてみよう。
これは殺し合いのゲーム…あの男はそう言っていた。
最後の一人になるまで殺し合い、生き残った一人だけが願いを叶えてもらい、元の世界に帰れる。
…本当に馬鹿げてる。…しかし、あまり思い出したくはないが、あの部屋で起こったことを考えると冗談ではなさそうだ。

あの爆発する首輪は俺にも、先ほど俺の近くにいた奴らにも付いていた。
この首輪のせいで、この馬鹿げたゲームに乗る奴も少なからず出てきそうだ。

明空はそんな状況でも何も考えずに歩き回りそうで怖いが…
そんな愚かなことをする兄でないことを信じるしかないだろう。

次に俺の傍に落ちていたこのデイパックについてだ。
名簿には俺の名前と、兄の御朱 明空の名前がはっきりと書いてあった。
そして、肝心の支給品は金属バットと虫除けスプレー…。
明空と違って力に自身がない俺にとっては、金属バットはあまり当たりとはいえない。
まあ…例えば銃なんか渡されても、それはそれで使いどころに困るが…。


さて、まずは明空と合流したいところだが…
最初は、見つけてくれることを信じて待つつもりでいた。
しかし疑問に思った。果たしてこんな状況で明空は俺を見つけてくれるのだろうか?と。

はっきりいって、待っていたところで明空が俺を見つけてくれる可能性は低いだろう。
地図を見る限りこの島には様々な施設があるようだ。
しかし今俺がいる場所は森の中…いくら明空だって、森を目指して歩くなんてことはしないだろう。
それにこの馬鹿げたゲームに乗った奴がもしいるとするなら、
明空だって自由に歩き回るのは困難のはずだ。


やはり俺も捜し歩いた方が、危険かもしれないが会える可能性は高くなる。
明空を待つにしても、どこかの施設で待った方がいいだろう。
だがどちらの方法を取るにせよ、問題がいくつかある。
それは、ここがどこなのかということ。そして明空が今どこにいて、どこに向かうかということだ。
俺が今いる場所は目印になりそうなものなど何もない、森の中だ。
自分の現在地の確認は後回しにして、まずはどこに向かうかを考えておくか。

地図を見ながら明空が向かいそうな施設を探す。
「……学校…」
思わずポツリと声を漏らした。
そういえば、ここに連れてこられる前に明空が言っていた。
俺たちの過ごした小学校が取り壊されてしまうから、思い出に浸りに行かないか、と。
俺も行こうとしていたのだが…。結局、行く前にこんな殺し合いに巻き込まれてしまった。
他にここ、という施設もないようだし、とりあえず学校に行ってみるとしよう。

やることは決まった。現在地の確認、その後学校を目指す。
…後は、覚悟を決めて出発するだけだ。

デイパックを背負い、金属バットを両手で構えてみる。
…殺し合いなんて、したくはない。
けれど自分の身は守らなくてはいけないし、
明空にまで危害を加えそうな奴に会ったら放っては置けない。
俺が、排除しなくては――

意を決して歩き出した、が、その歩みは数歩で止まってしまった。
後ろで、人の足音を聞きつけたから――


――――――――――――――――――――――――――


―私一人で、どうしろっていうんだろう
リゼはそんなことを考えながら森を彷徨っていた。

いきなり知らないところに連れてこられて殺し合いをしろ?
しかも帰ることができるのは最後に残った人だけ?
一つだけ願いを叶えてやる?

――冗談じゃない。
私はただ生きていたいだけ。
普通に生きていたいだけなのに。

字の読めない私にとって、名簿は全く意味がなかった。
この殺し合いにルキたちも参加しているのかは分からない。
けれどこの状況に恐怖してずっとうずくまって震えているだなんて、今の私にはできなかった。
一刻も早くルキに、ルキでなくとも殺し合いに乗ってない人に会いたかった。
だから私は支給品が果物ナイフ一つというこの状況でも、今仲間を探そうと森を歩いている。

ルキはどこにいるのだろう。
ルキもこの殺し合いに参加しているのだろうか。
思えばさっきから、ルキのことばかりが頭をよぎる。

ルキは私に会ったらどうするのだろうか。
ふとそんなことを考える。
私に会ったら……守ってくれるだろうか?
あの時、南支部の二人組みに襲われた時のように…
体を張って、私を助けてくれるだろうか?


――殺されるんじゃない?
心の闇が語りかけているかのように、そんな声が聞こえた…気がした。

――みんな生き残ることで頭がいっぱいなんだよ
まただ。ふとこの声は、私の奥に潜む臆病な私の心の声のように思えた。

――こんな状況で忌み子の私を守るなんてことはないよ
心の声は止まない。

――どうせ会った途端襲い掛かられて殺されるんだ
うるさい!

――私を守ってくれる人なんて、だれもいないよ
うるさい!!

目を硬く閉じ、耳をふさいでも声は聞こえる。聞こえてしまう。
これは私の弱い心と不安が作り出した、幻聴。
分かっているはずなのに、その暗い考えを拭いきれない。

それでも…今は立ち止まっている訳にはいかない。
仲間がいない今、自分の命は自分で守らなければならないのだ。
殺し合いに乗ってない人を探す、と決めたのは他でもない自分だ。
ならば、今自分は立ち止まっているべきではない。
私は、よろよろと歩き出した。
だが――――

「誰だっ!!」

「ひぃっ…!?」

私は突然聞こえた大声のせいで、
情けない声を上げて腰を抜かしてしまうことになった。
 

――――――――――――――――――――――――――

「誰だっ!!」

俺は聞こえた足音の方向に向かって叫んでいた。
もしかしたらこの馬鹿げたゲームに乗っている奴かもしれない。
俺は同時に金属バットを握り締め、身構えた。
だが――――

「ひぃっ…!?」

叫んだ方向から聞こえてきたのは、
怯えた少女の気の抜けた声だった。


その後、俺は涙目で腰を抜かしている少女に
俺がゲームに乗っていないことを必死に弁明する羽目になった。

――――――――――――――――――――――――――

「…いきなり怒鳴ったことはあやまるよ。…スマナイ」
ゲームに乗っていないことを示すために
金属バットを地面に置いたまま、冥夜は言った。

「いいんです…。ちょっと驚いただけですし」
リゼは怒鳴ったことについてあまり冥夜に対して怒っている様子ではなかった。
…ただ、ちょっととは言ったものの、リゼはまだ腰を抜かした状態のままであったが。

「…そうか。
 それじゃあ、まずは情報交換といこうか。
 俺の名前は御朱 冥夜。
 このゲームには兄貴の明空も参加している。
 一応覚えておいてくれ。」

「…私の名前は、リゼです。」
ふと、リゼが申し訳なさそうに口篭った。 
「あ、あの、私字が読めないから、今から言う人が参加してるかどうか…」

「名簿で見ればいいんだな。分かった」
リゼが言い終わらない内に、冥夜はすでにデイパックの中を探り始めていた。

冥夜は参加者名簿を開き、リゼの言う人を一人ひとり確認していった。
その結果リゼのほかに、ルキ、オーガ、モヒカンという名の三人がこのゲームに参加していることが確認できた。

―ルキはいいとして、オーガやモヒカンとはずいぶん変わった名前だな―
冥夜はそう思ったが、口に出すことはしなかった。

「…これで、私の知っている人は全部言ったかな…」

「…そうか。
 …ところでさっきから気になっていたんだが…リゼ、君は…人間、か?」

「え?…あっ!!」
リゼは先ほど怒鳴られた時の驚きと戸惑いですっかり忘れていた。
自分の頭には、人間にはない二本の角が生えていることを。
あわてて手で隠すが、リゼは自分のした過ちを深く後悔した。
(やってしまった…。また、忌み子って言われて、殴られたりするのかな…)

だが、リゼにとって幸運なことが二つあった。
一つは、冥夜の住む世界で「角を持つ」ということは、リゼの住む世界と違って暴力の対象ではなかったこと。
角を持つから忌み子などという認識も、忌み子は忌み嫌われる者であるという認識も冥夜にはなかった。
そしてもう一つは、冥夜が同年代の人間よりも「冷静さ」を持っていたこと。
それはこの殺し合いという状況におかれても、
また角を持つ者という非日常的な存在に出会ったこの状況でも、ある程度の平静を保てるほどの冷静さである。

「…なんで怯えているんだ?」

「…え?えと、殴ったり、しないの?」

冥夜はその言葉だけである程度のことを理解した。
このリゼという子は、頭の角のせいで今まで暴力を受けていたということを。
もっとも角を手で隠して怯えている姿を見れば、おそらく冥夜でなくとも推測は容易であったが。

「…大丈夫だ。俺は別に殴ったりなんて、しない」
リゼの不安を拭うために、冥夜はなるべく優しく言った。

「…………」
リゼは相手の意外な態度に驚きを隠せなかったが、
本当に暴力を振るう気がないと分かると、先ほどまでの怯えた表情やしぐさを少しずつ解いていった。
リゼにとっては、自分の角を見ても忌み嫌ったり暴力を振るったりしない人間に会うのは初めてのことであった。

「まあ、角のことについては触れないでおくよ。
 見なかったことにしておく」

「…………ありがとう」

「ん。じゃあ話を続けよう。
 俺に支給された物は、この金属バットと…後は虫除けスプレーぐらいだ。
 君の支給品はそのナイフか?」

「うん。武器になりそうなのはこれだけ」
リゼは先ほどからずっと握り締めたままの果物ナイフを見せながら言った。

「後は、この甘そうなお菓子ぐらいしか…」
リゼはそう言って袋詰めのお菓子―バームクーヘンのようだ―を見せた。

「…そうか。
 …ところで、俺はこれから学校へ向かおうと思っていたんだが
 君も一緒に来ないか?」
冥夜は地図の学校の位置を指差しながら言った。

「え…?…いいの?
 私、強くないし、役に立たないし、
 足引っ張っちゃうかもしれないよ…」

「…大丈夫だ。
 俺も別に強くはないが、できるかぎり守るよ」
冥夜はリゼの頭を撫でながら、笑顔で言った。
…本人は笑顔を作るのが苦手であったが。


頭を撫でられながら、リゼは心の臆病な自分が少しずつ消えていくのを感じていた。

―この安心感は、前にも感じた気がする。
前にお姉ちゃん〔だった人〕に撫でてもらった時と、
私を南支部の二人組みから守ってくれているルキの背中を見た時…。
その時と、同じ感覚だ。

――私を守ってくれる人なんて、いないよ
今、先ほどの心の声が聞こえたなら私はこう答えるだろう。
「私にも、守ってくれる人がいる!!」と。
今まで忌み子として蔑まれ、殴られ、涙を流しても、倒れていても、
手を差し伸べてくれる人―守ってくれる人なんてほとんどいなかった私にとって、
これ以上に幸せなことはなかった。


「…もう歩けるか?」

「…うん。もうそろそろ、大丈夫」

「じゃあ、行くか。
 まずは、ここがどこなのかを把握しないといけないからな」

「……うん」


二人は現在地を探るために、まずは森を抜けることにした。
冥夜の後をついていくリゼの足取りが、心なしか軽やかであることに
冥夜もリゼ本人も、気付いてはいなかった。


【C-3:X2Y2/森/1日目:朝】
【御朱 冥夜@La fine di abisso】
[状態]:健康
[装備]:金属バット@現実世界
[道具]:支給品一式、虫除けスプレー@現実世界
[思考・状況]1 御朱 明空と合流、リゼの仲間も探す
      2 とりあえずは現在地の確認、その後に学校へ
      3 自分や仲間に危害を加える奴は始末する 
      4 リゼの角のことについては聞かない

【リゼ@リョナラークエスト】
[状態]:健康・安心感
[装備]:果物ナイフ@こどく
[道具]:支給品一式、エルデクーヘン@創作少女
[思考・状況]1 ルキと合流
      2 オーガはともかく、モヒカンには会いたくない

*それぞれの支給品及び知り合いについての情報を交換しましたが、
 それぞれの知り合いがどのような人間かについては知りません。

※エルデクーヘン:バームクーヘン型のお菓子、中にはクリームも入ってる。
 



上げてしまったorz

リゼと冥夜が出会う話でした。
私の中でリゼは軽いブラコ…じゃなかった、ルキコンです(笑

本編でリゼは萩の狐と一緒にいますが、これからどうなるんだろうな〜と心配なロウでした。

※管理人(289)による補足――本編ではルキ(Rクエスト主人公)はリョナたろうという名前で参加しています。
                    (ルキ…Rクエスト主人公のデフォルトネーム)


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