「――それで、桜ってば。・・・あっ、桜は私の友達です。」 「・・・そう。」
私と伊予那は、あれから廃墟に向かって歩いていて、もうじき森の出口が見えるであろう場所まで歩いていた。 道中、彼女は私に色々と話しかけてくれた。 最初は、言葉も途切れ途切れで、内容も天候や森の様子と言った簡単な内容であった。 しかし次第に会話内容が深い物へとなっていき、今や思い出話にまで発展していた。 私は彼女の思い出話に短く相槌を打ちながら彼女の隣を歩く。
(・・・よほど、心細かったのね。)
私の反応は、お世辞にも面白味のある物とは言えないはずである。 それでも彼女は、私に懸命に色々話しかけては時折笑顔を見せていた。
「(エぇーリぃーねぇーえぇー・・・。)」 「(・・・分かってるわよ。)」 「(まったく・・・。文武両道、容姿端麗なキミの唯一にして最大の欠点だよ・・・。)」
今のイリスの表情は恐らく呆れ顔だろう。 とは言え、こればかりはすぐにどうこうできる問題でもない。
「・・・あの。」 「なに?」 「煩かった【うるさかった】・・・ですか?」
やはり、私の反応が気になっていたらしい。 彼女は小さな声で私に問いかけてきた。 彼女の表情はとても不安そうで、私の反応如何【いかん】では泣き出してしまいそうな様子だ。
「・・・そんなことはないわ。」 「そうなん、ですか。・・・それなら、良かったです。」
彼女の顔に安堵の色が浮かぶ。 それから、一息おいて彼女が再び口を開いた。
「そうだっ♪ このまま私ばかり喋っているのもなんですし・・・。エリナさんのこと、聞きたいなっ♪」 「私のこと・・・?」 「はいっ♪ 自分のことばかり一方的に話し続けられたら、うんざりしてしまいますしね。」 「私は別にそんなこと・・・」 「それにっ! 私はエリナさんのこと、色々と聞いてみたいです。」
私に迫る彼女の瞳は爛々【らんらん】と輝いていて、私に拒否権がないことを誇示していた。
「(YOU、話しちゃいなYO。)」 「(・・・話すって、なにをよ。)」 「(ナニって、そりゃぁ・・・ハヤト君との馴れ初めとかぁー、ハヤト君とのあまぁーい生活とかぁー、ハヤト君との・・・)」 「(お祓いのこと・・・)」 「(・・・すみません、調子乗りすぎました、許してください、お姉さま。)」
イリスとの中身のないやりとりを終えた私は、一旦間をおいてから話し始めた。
「そうね・・・。好きな食べ物は・・・って、これはさっき話したわね。」 「はい、えっと・・・”ソースカツ丼”でしたよね。」 「・・・そうよ。」 (本当は、アイツの好きな食べ物だけど・・・。) 「(アタシ、”カツ丼”は卵とじの方が・・・)」 「(・・・黙ってて。)」 「(ふぁーぃ・・・。)」
正直、私が話すような内容なんてない。 いや、正確に言えばある。 あって当然、私は彼女よりも長く生きているのだから。
(何を話せば・・・彼女が喜んでくれるのかしら?)
今までの会話内容から察すれば、本当に何の変哲【へんてつ】もない、それこそ昨日一日の出来事でも良いのだろう。 兎に角、彼女は私と会話をすることで気を紛らわせたいのだ。 少しでも今の現実に目を向ければ、不安と恐怖で心が折れてしまいそうなのだろう。
(だからこそ・・・迷うのよね・・・。)
私が今、彼女にしてあげられることは、少しでも長く彼女が現実を忘れられる話をすることだ。 彼女の思考は今までの会話から何となく、想像がついている。 とは言え、会ってまだ1日すら経ってない。 ゆえに、私の想像である確率は決して高くはないだろう。
「(ほらー、さっさと話しちゃった方が楽になるよー?)」 (・・・会ってもう何日も経つのに、いまいち思考が読めないのも居るしね。)
私は迷った末、とりあえずこの前知った雑学を話すことにした。 それ故に、私は不覚にも見落としてしまった。 後数歩で、この森の出口であることを。 遮蔽物【しゃへいぶつ】の少ない平地では、彼女の知覚外から攻撃される可能性が高まることを。
そして、此処が彼、キング・リョーナの用意した『盤面』であることを。
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