オープニング[b]

 
暗闇の中で目が覚めた。
今まで何処に居たのか、何をしていたのかは、よく覚えていない。
少なくとも──
自分が今、見知らぬ場所に居て、「暗闇の中に埋もれている」幾人もまた、わたしと同じように、何故此処にいるのか、理解できないようだ。
わたしだって特別な才能を持って周りを見ているわけではない。
それはこの部屋に僅かな光源があり、深闇にはなりきっていないためである。
どうやら、この部屋は円柱型になっているようだ。部屋の隅にはいくつものオブジェが並べられている。
そのオブジェは、ガラス製の人間のようなもので、透明な筋肉の中に、赤と青の骨が僅かに光を放っていた。
その光があったために、辛うじて周りを視認する事ができたのである。


とにかく、ここでずっと留まっているわけにもいかない。
そう思い近くの影に話かけようとした時──
その心の隙間を埋めるように、部屋の中心が光を放った。
光の中は、この部屋の床よりも高くなっている。誰もがそこを見ただろう。少なくとも人間が注目する仕掛けだ。
その、光の台の上には一人の男が立っていた。見た感じの年齢は25歳前後だろうか。
背が高くて、好青年と言えばそうかも知れない。無機質と言えば、その例えもまた当てはまる。
男はゆっくりと、手を握り締めると、暗闇の中に向かって語りかける。
「お目覚めかな。諸君。突然だが、これから諸君には─」
先ほど閉じた手をゆっくりと開き、羽を広げるように、両手で天を仰ぐ。
「──殺し合いをしてもらう。」
暗闇の中にざわめきが起こる。
あまりにも馬鹿げている。誰が必要の無い殺し合いなどするのか。それも見知らぬ人間と。仮令、この暗闇の中に、わたしが怨む人間が居たとしても、決して殺すつもりはない。
しかし、男は、この空間の中で唯一の人間らしい人間だった。まだ信頼を保っている。男は残りの信用を消費しながら、続ける。
「申し送れた。俺の名前はゴッド・リョーナ。名前の通り、この世界の神だ。
 もう一度言うが、諸君には、最後の一人になるまで殺し合いをしてもらう。そのためにお前達をここに集めた。」
もはや、この男の言う事に耳を傾ける事はない。この男は正気ではない。
だが、この男に近づこうとする者は居ない。それは、この男が適当な事を言っているとは思えないからだ。
台の光に照らされた面々は、服装や容姿、全てが別の文化を持っていた。中には、わたしが知っている人間とはかけ離れた者もいる。
ここに集めた?どうやって?世界中を探しても、こんな人間達を集める事は難しい。それほど彼らは変わっていた。
ここに居る全ての人間が、わたしを騙すために演技をしているのではないか。何のために?そんな理由のために、何十人も集める意味があるのか?
その考えは、唯一動いた一人の少女の叫びによって遮られた。
「ちょっと待ちや!あんた!」
少女は男を指差している。赤色をメインカラーとした服に赤髪。炎のようなツインテール(実際に燃えている)はわたしが知っている人間の姿とはいくらか離れている。
「何が殺し合いや!良い大人が妄想に取り付かれて、人様に迷惑をかけるんやない!」
その瞬間、男の口がピクリと動き、薄ら笑いが歪んだように見えた。
男は、少女の言葉を無視して、話を続ける。
「もう気付いた者も居るかも知れないが、諸君らには首輪を取り付けてある。
 これは俺が特別に用意した首輪だ。ルールに従わない者は、こうなる。
 よく拝んでおくと良い。ゴッド・リョーナからの餞だ…ッ」
確かに自分の首には金属の冷たさがあった。一体この首輪にはどんな効果があるというのか。
男は言い放つと、開かれていた手を握り締める。顔には噛み潰したような笑いが浮かんでいる。
ピピ…ピピ…
目覚まし時計のような音が辺りに響く。目覚まし時計…なんだか間抜けなように思える。が、それこそが人間を永遠の眠りに導く、悪魔の声であった。
その音は先ほどの少女の首輪から発せられていた。
「なんや…この音…?」
少女は自分の首輪を見ようと、手で掴み引っ張っているが、視界の隅に少し見えるだけで、なかなかよく分からない。
「その首輪には、爆弾が仕掛けてある。火乃華。お前は見せしめだ。潔く死ぬが良い。」
火乃華と呼ばれた少女は明らかに動揺している。余りにも突然の死の宣告。
普通だったら、この言葉を信じないだろう。だが、この男には彼女を信用させるに足る信用がある。
この男の完全に消え失せた信頼の中で、唯一の信用。この男が全ての人間を此処に集めたという事実。
男は嘘を言っていないという事実。それならば、この首輪も!
「ひ…!ィ…ッ!冗談やろ!こんなことって…」
火乃華はその言葉を信じまいと、嘘であろうと思いたがっている。しかし手は強く首輪を握り締め、瞳は怯えきり、視線は見えない首輪の方向に向かっていた。
ピピピピピピ…
首輪から発せられる音の感覚は段々と短くなってくる。それに比例するように男の笑みが段々と力を持っていく。
「ハハハハハ…!どうした?小娘!これでもまだ、俺が妄想に取り付かれていると言えるかな?」
ピ──────
首輪の音は完全に一つとなり、小刻みな連続した音から、一つの長い音へと変わっていた。
死が近づいている。誰もがそう実感した。怯える少女は気付かないようだが、少女の居る場所の床が段々と上がっていき、光を放ちはじめる。
晒し者。最も惨めな死に様だろう。もはや火乃華は歯を食いしばって、意味の分からない事を叫びながら、自らの首を引っ張っているだけだった。
「ヒイィ!死にたくない!わたし、まだ!あ、ギイィ………」
その瞬間、少女の首輪が火を放ち爆ぜた。火乃華の頭は部屋の中を飛び、鈍い音を立て壁にぶつかると、地面を転がり、止まった。
胴体の方は台座からずり落ちて、ひっくり返った首の断面から血を流していた。同時に緩んだ尿道から、排泄液が流れ出し、服を黒く染め、元々首のあった場所から、ぽたぽたと地面に水溜りを作っていくのだった。



それから、どれだけの時間が経っただろう。一同は少女の死に様を見つめていた。中には泣きじゃくる者も居た。ゴッド・リョーナに露骨に敵意をむき出す者も居た。
だが、流石に手を出す者は居ない。流石に、この状況で手を出すのは無謀だろう。
ゴッド・リョーナはもはや火乃華には興味が無いといった様子で、続きを話す。
「殺し合いのルールを説明する。さっきも言った通り、諸君には最後の一人が生き残るまで殺しあいをしてもらう。
 生き残った者には…よく聞くといい。生き残った者には『なんでも望みを叶えてやる!。』
 何でもだ。俺に不可能は無い。」
信じられるのか。願いを叶える。そんな事が、いかにも人間であるキング・リョーナは可能だというのか。参加者のほとんどは半信半疑だろう。
「信じるかどうかはお前達に任せる。どうせ生き残らなければ、ここから出る手段はない。おっと、まだ殺し合いは始まっていないぜ。」
男の視線は、わたしの後ろに向けられていた。
わたしの真後ろには、モヒカン姿の巨漢が立っていた。どうやら、わたしを狙っていたようだ。流石にお互い、警戒して距離を置く。
「殺し合いは、専用のバトルフィールドで行う。戦闘開始になったと同時に、諸君をフィールド内にランダムで転送しよう。
 そこから先は、生き残る事がルールだ。どんな手を使っても構わない。
 時間毎に禁止エリアを指定する。禁止エリアに入った人間の首輪は、即爆破する。
 このデイパックの中には、地図、参加者名簿、鉛筆、メモ用紙、目覚まし時計、食糧と飲料。それから、特殊な道具をランダムで支給させてもらう。」
そういうとリュックサックのようなものを高く掲げてみせる。
「武器を失って困惑している者もいるだろう。運が良ければ武器が入ってるかもしれない。
 入ってなかった時は…誰かを殺して奪い掴むんだな。」
そういうとまた、ニヤリと笑みを浮かべた
「信じられんかもしれんが、このバッグの中には、各自に支給した道具であれば、いくらでも入る。
 フィールドに転送する時、一緒に送る。後で確認してみるが良い。」
「まず無いと思うが…。12時間の間に一人も死なない場合、優勝者は無し。全員の首輪を即時爆破する。
 フィールド内には、モンスターを配置してある。獰猛な奴もいるが…。まぁ食われないおうに気をつけるんだな。
 殺された人間の報告、禁止エリアの指定は、時間毎に俺が直々に行う。
 説明は以上だ。」



男は言い切ると、眼を瞑って大きく溜息をついた。それから、しばしの静寂…。
不安もあっただろう。期待しているものも居るのだろう。それらの思念が、部屋中に充満して、彼らを圧迫していた。
ゴッド・リョーナは、再度ゆっくりと両手を広げると、乗っている台座が発光し始める。
段々と光が強くなってくる。眩しい。眼を開けている事が出来ない。突然、強い風が吹き込んでくる。体が飛ばされそうになるほどの強烈な風だ。
轟音の中、何故か男の声だけがハッキリ聞こえる。

「さぁ!バトルロワイヤルの始まりだ!
 糞まみれになって、思う存分殺しあうが良い!」




※バトルロワイアルは6:00に開始されました。



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