ラダは怒り心頭であった。 ゴッド・リョーナ、人の命をオモチャのように弄ぶ男。 かの男の手によって、幼い命を散らした少女の姿が脳裏に焼き付いて離れない。 彼女の断末魔が脳内にリフレインする度に、ゴッド・リョーナへの怒りがこみ上げてくる。 「旭光の戦士」として、魔王から世界を救った「旭光の四英雄」の一人として、あの男の暴挙を許すわけにはいかない。
「とはいえ、この装備ではな……」 ラダは空っぽになった剣の鞘をのぞき込みながらつぶやいた。 泥属性の魔法しか使えない、図体だけが取り柄の彼にとって、この武器没収というルールは過酷である。 頼みのデイパックの中身は、真鍮の短剣が一本、そして見慣れない機械が一つ、それに食糧が少しだけ。 真鍮は元々装飾用の金属で、短剣の威力は期待できない。木の枝を切り落とすぐらいが関の山だろう。 機械の方はラッパと拳銃の合いの子のような見た目をしているが、引き金を引いてもラッパから雑音が流れるだけだ。 とうてい、武器としては使えそうにないだろう。 もちろん、ラダは腕力には自信がある。無抵抗な人間の首の骨を折ることぐらいはたやすいだろう。 だが、彼は自分の身体を武器とするためのすべを全く知らない。 伊達を気取って剣術にこだわったツケが回ってきたかたちである。 とにかく、今彼はこの狂った殺し合いの参加者である。 参加者の中には、他人の命を奪うことに何の躊躇もない人間もいるかもしれない。 そして、そのような殺人鬼に、強力な得物が渡っていたとしたら……。 「うん、とりあえず近くに誰かいないか探すことにしよう!」 ラダはその懸念を、調子外れの大声で追い払った。
「ウィンドバレット!」 鉛のように重くなった空気の塊が、列を成して掌から放たれる。 音速を超えた無数の空気の弾丸は、小気味良い風切り音を発しながら、目の前の黒い影を穿つ。 「ガガ……ガガ……」 円筒形の胴体の中心を空気弾でえぐられたそれは、金切り声を上げて地面に落下する。 「モクヒョウ、カクニン、センメツ、センメツ」 しかし彼女を円上に取り囲むそのモンスターの円陣は、すぐさま別のモンスターによって埋められる。 「ちょっと! いい加減しつっこいのよ!!」 巨大な手斧を振りかざす円筒形のモンスターの斬撃を間一髪で交わし、掌を押し当てる。 至近距離からの空気の弾丸が金属の装甲板を引き裂いた。 帝国軍術師エイミィは、橋の上で立ち往生していた。 ゴッド・リョーナに転送された橋の上でデイパックの中身を確認していたところ、突然現れたモンスターに囲まれてしまったのだ。 このモンスター、一体一体は大したことないがとにかく数が多い。何かテレパシーのようなもので仲間を呼んでいるのか、 倒しても倒しても新しいモンスターが補充されるのだ。 「こいつらがいたら、国境警備も楽になるわねっと!!」 背後で続けざまに鳴る破裂音。すかさず右手を背後に向けると、空気の壁に手応えがあった。 軽い金属音を立てて地面に転がる鉛の塊。金属の弾を火薬で撃ち出す機械のようだ。 振り返ると、両脇に金属の筒を装備したモンスターがらんらんと輝く一つ目でこちらを見ている。 「ったく、厄介だわ……」 エイミィは姿勢を正すと、うつむいて呪力を練る。 彼女の足下から空気の壁が立ち上がり、魔力によって励起された大気が青緑色の光を放ちはじめる。 危険を察知したモンスターたちが一斉に襲いかかるが、巻き起こる空気の渦に阻まれ、攻撃はエイミィに届くことはない。 詠唱を終え、右手をモンスターの群れに向けて突き出す。 彼女の右手を濃い霧が包んだ。大気が極低温に冷やされ、凝結した水滴はやがて氷の粒へと成長する。 「アイシクルカノン!」 右手から放たれる、極低温の冷気。低温が生み出した気流の渦に、鋭利な氷塊が舞う、暴力的な空気の砲弾。 それは彼女の右手から、モンスターの群れの中心に向けて放たれた。 極低温はモンスターの電気回路を鈍らせ、燃料を凍り付かせる。空気弾のような派手な破壊はないものの、 巻き込まれたモンスターは次々にその機能を停止し、ガラガラとやかましい音を立てて石畳の上に転がっていく。 魔弾の軌跡が、さながら花道のようにモンスターの囲みを二分する。 今だ。エイミィが動いた。 全身の魔力を両脚に集める。駆け巡る魔力は瞬時に筋繊維を修復し、活性化した細胞が凄まじい代謝熱を吐き出す。 彼女の世界の女性であれば誰でも使える肉体強化の魔法だが、Sランク術師ともなるとその効果は著しい。 ギシギシときしみを上げながら彼女の両脚が収縮し、その次の瞬間、彼女は石畳の上を駆けだしていた。 「モクヒョウ、トウソウチュウ、センメツ、センメツ」 花道の両脇にいるモンスターが次々と攻撃を繰り出す。あるものは金属弾を撃ち、あるものは手斧を振りかざし、 あるものは彼女の進路に立ちふさがり両腕を広げる。 そのことごとくを、彼女は恐るべき身体能力を持ってかわし、弾き、いなした。 花道の終わりが近づいてきた。残っていたモンスターが一斉に集結し、再び エイミィは徐々に歩幅を大きくする。もっと大きく、高く。限界まで歩幅を大きくし、両脚を地面につける。 前に進もうとするエネルギーに、踏ん張りが生み出した上方向への力を乗せるべく、深く深く腰を沈める。 常人なら骨が砕け、筋肉が破断するほどの衝撃が脚に伝わるが、損傷は魔力によってたちどころに修復されていく。 そして、筋収縮が生み出した爆発的な運動エネルギーが放出される。 エイミィの身体はモンスターの群れの上を舞う。とうてい人間に可能とは思えない動きに、一瞬モンスターたちが逡巡した。 静かな刹那が過ぎ去り、モンスターの囲みの外に着地するエイミィ。 背後から聞こえてくる風切り音。魔力を移動させる暇がない。着地の衝撃はまだ体内に残っている。今強化を解除すれば脚がはじけ飛ぶ。 防御が、間に合わない。
当てもなく歩き出したラダは、金属がきしみを上げる音を聞いた。 最近増えてきた工作機械のような連続的な音ではなく、断続的で不規則な音だった。 彼の「旭光の戦士」としての経験は、彼に近くで戦闘が行われていることを告げている。 注意深く辺りを見回すと、向こうに見える橋の上から立ち上る土煙。 あの橋の上で誰かが戦っている。彼は一も二もなく駆けだした。 右手には太い木の枝。そこら辺に生えていた木から、まっすぐで丈夫そうなやつを一本失敬したのだ。 ピンチに駆けつけるときに持っている得物が棒きれとははっきり言って決まらないが、と彼は思った。 そもそも今戦っている相手がピンチかどうかなど彼は知らないが、まぁ後のことは後で考えればいいのだ。
それは視認することも困難な無数の針だった。 先ほどの鉛弾のような破裂音もしない。おそらく空気か、何か別の仕掛けで発射されたものだろう。 日光を受け、雲霞をなして飛んでくる無数の針。もしかしたら毒か何かが仕込まれてるかも知れない。 「くぅっ……!!」 だが今のエイミィにそれをかわすことは出来ない。エイミィは目を固くつぶり、襲って来るであろう痛みに耐えられることを祈った。
痛みは襲ってこなかった。
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