シュラルフィが目を覚ましたのは、森の中だった。
ゴッド・リョーナと名乗った男の話によれば、自分達は殺し合いに巻き込まれたらしい。
そしておそらくここは、そのフィールドの一部だろう。
何気なく、隣に落ちていたデイパックの中身を探る。
最初に出てきたのは名簿と地図。とりあえず広げてみる。
名簿に載っている名前の中で、知っているのはわずか2つ。
自分の名前、シュラルフィ。仲間の名前、ラダ。
一体どういう基準でこの二人なのかと苦笑しながら、今度は地図に目を通す。
地上だけでなく地下もあり、一見して複雑な地形。
現在地を知ろうにも、森は数か所あって特定できない。
結局、得られた情報はわずかだった。
次に彼女は、あの男がランダム云々と言っていたのを思い出し、それを確認しようとした。
その時である。森の中を歩く一人の少女を見つけたのは。
「・・・無防備ね。こっちに気づいてる様子もないし。」
青いワンピースと縞ニーソ。どう見ても戦い慣れているようには見えない。
しかし今は殺し合いの最中である。見た目に騙されるのは命取りだ。
「さて、どうしようかしら。」
こちらから声をかける手もある。逆に奇襲をかける事もできる。
しかし、声をかければ折角の先制攻撃の機会を失う事になるし、
友好的な相手に奇襲をかければ損をするのは自分だ。
そこで彼女は、どちらの場合にも対応できる方法を実行に移した。
「うふふっ、少しでも動いたら貫くわよ。」
「ひっ・・・」
シュラルフィは闇の魔力を集め、数本のトゲを作り上げた。
それらを少女に突き付けて、その動きを封じたのだ。
「さて、まずは質問に答えてもらおうかしら。」
「は、はい・・・」
こうなると、少女は相手の言葉に従うしかない。
なぜなら彼女は、こんな魔法を使う相手に対抗する術を持たないからだ。
「好きな食べ物は?」
「・・・へ、食べ物?」
最初の質問は、彼女にとって意外なものだった。
「答えなさい!」
「ひっ、チーズケーキ、かな・・・」
「そう。」
普通は名前とか職業からだろう、と思いながらも、とりあえず言われた通り答える。
ところが次の質問も、予想の斜め上を行っていた。
「スリーサイズは?」
「えっ!?・・・えと、測ったことないから・・・。」
「ふうん。」
酔っぱらいのオヤジかと突っ込みたくなるのを堪えて、答える。
「職業は?」
「あ、アップローダーの、管理人・・・」
やっとまともな質問が来た。が、詳しく説明しろと言われると面倒だとも思った。
だがそれは杞憂に終わった。
「年齢は?」
「次の誕生日にじゅうろくさい。」
「あっそ。」
自分で聞いておいてそんな興味の無さそうな相槌を打つなよと思ったが、
追及されたくもないので顔には出さない。
「で、この殺し合いに対する意気込みを聞かせてもらえる?」
「なっ・・・」
突然のこの質問。今までの適当なやり取りからは予想のできない一撃だ。
しかしこの状況では、答えざるを得ない。
「わ、私・・・そんな戦えるような力なんて無いし・・・
もしあったとしても、人を殺すなんて、やだよっ!!!」
「そう・・・」
シュラルフィは目を閉じ、笑みを浮かべた。
そして目を開くと同時に、少女に対して冷たく言い放った。
「嘘ね。」
町で評判の占い師、その正体はかつての英雄、「旭光の予言者」。
しかし彼女は決して、未来を見ているのではない。
彼女の瞳に映っているのは、「今」である。
占いは当たるか否か。当たると思えば当たり、当たらないと思えば当たらない。
この主張はある意味で正しい。
一生のうちの一部を切り取れば、当たる部分もあり、当たらない部分もあるからだ。
そもそも運命とは本人の行動が生み出すものであり、
手相も星座も血液型も、本来何の関係もない事は、少し考えれば分かる。
それでも人が占いを求めるのは、己自身に自信が持てないから。
ならば占い師の成すべき事は一つ。その人の指針となる事。
即ち、相手の言葉に耳を傾け、心を読み取り、無意識のうちに己が定めた道を見出す。
そして、その背中をそっと押す。
そんな彼女だから、相手のわずかな目の動きも、声のトーンの変化も見逃さない。
それで二言三言話をすれば、簡単に相手の心を読めてしまうのだ。
「私に嘘は通用しないわ。正直に言いなさい。」
「で、でも・・・私に戦う力なんて・・・」
シュラルフィの追及を、何とか逃れようとする少女。
しかし、もはや逃げ場は無くなっている。
「そうね。貴女には確かに戦う力は無いわ。」
「え・・・」
「私が聞いてるのは・・・」
「人を殺すのは、嫌なの?」
少女は絶句した。
自身の内にある、強烈な衝動。
人の苦しむ姿が見たい。
大声で泣き叫ぶ姿が見たい。
人を、殺してみたい。
思えば、今の仕事に就いたのもそれが理由だった。
ファイルの削除。誰もが日常的に行う行為。
常識的に考えれば何の魅力もないそれを、彼女は想像力で補った。
何の前触れもなく削除される、違法ファイルの女の子。
用済みとなって捨てられる、旧バージョンのお姉様。
バックアップという娘と一緒に消去される、若奥様。
スレ違いで除去される、何の罪もない少女。
彼女らをデストロイする毎日は、確かに充実している。
しかし、何かが足りない。
以前から、そう思っていた・・・。
「あはは、バレちゃったかあ。」
「貴女・・・!!」
少女が突然、屈託のない笑顔を見せた。
驚いたのはシュラルフィだ。
彼女が魔法で生み出したトゲは、今にも少女の体を貫こうとしている。
それなのに何故、笑っていられるのか。
「・・・気でも触れたのかしら?」
あくまで平静を装って、シュラルフィは少女に問いかける。
しかし内心では、少女の予想外の反応に戸惑っていた。
「さあ、どうだろうねー。」
「ふざけないで。」
シュラルフィはトゲを動かして、少女の体を貫こうとする。
しかし、その少女の言葉に止められた。
「私を殺すと後悔するよ。・・・シュラルフィさん。」
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