早朝にも関わらず、どこか薄暗い不気味な場所……墓場に一人の青年が立っていた。
その青年は険しい表情で、つい先ほど目の前で起こったことを思い出していた。
(殺し合いだと……!?ふざけやがって……!)
青年……御朱 明澄(みあか あすみ)は激怒していた。
ゴッド・リョーナと名乗る男によって殺された名も知らぬ関西弁の少女。
彼女の最期は明澄の目に焼きついており、それは明澄のまっすぐな心に
怒りの炎を燃え上がらせていた。
(ゴッド・リョーナとかいったな……!アイツは必ずこの俺がぶっとばしてやるっ!)
明澄は拳を硬く握り締める。
外道の手によって散らされた尊い命を弔うため、そしてこの会場の参加者全てを
救うためにも、明澄はゴッド・リョーナの打倒を強く胸に誓った。
(……と、まずは支給品ってヤツを確認しないとな。
殺し合いに乗るヤツなんていないって信じたいけど、
さすがに武器も無しに歩き回るのは無用心だろ)
明澄はさっそく自分に支給されたデイパックの中身を確認する。
そして、中から出てきたのは……
「……これって……バール、だよな……?いや、違う……か……?」
明澄に支給された武器……それは、『バールのようなもの』だった。
もっと具体的に表現しろと言われても無理である。
それは『バールのようなもの』であって、『バールのようなもの』としか表現できない、
『バールのようなもの』以下でも、『バールのようなもの』以上でもない、
完全無欠に『バールのようなもの』でしかなかったのだから。
(……いや、しつこすぎだろ、その解説……)
地の文に突っ込みつつも、明澄はバールのようなものを構え、
二度三度と素振りをしてみた。
「……まぁ、刃物だと相手に怪我させちゃうしな。
鈍器なら手加減も出来るし、ちょうどいいや」
明澄はそう思って納得すると、再びデイパックを漁る。
「他には……何だこりゃ?果物か?できれば、肉とか
もっと食いでのあるものが良かったんだけどなぁ……」
食料は、五つのこけももだけだった。
飲料の類は、エリクシルと書かれた一本のドリンクしか見当たらず、
そのドリンクにしても『体力を完全に回復する』という説明書が
貼り付けられていたことを考えると、飲料としてではなく道具の
一種として支給されたものなのだろう。
武器の貧弱さを合わせて考えると、もしかしたら自分に支給された
デイパックは外れなのでは、と少しがっかりする明澄だが、
「まぁ別に殺し合いをするつもりじゃないしな」と気を取り直す。
……自分に支給されたバールのようなものが、ある世界では伝説の武具扱い
されている事実など、明澄は知る由もなかった。
数分後、デイパックの中身を確認し終えた明澄は立ち上がって歩き出した。
名簿を確認したところ、知り合いはいなかった。
ひょっとしたら、弟の桐夜も巻き込まれているのでは、と心配していたので、
いないのを確認して、内心ほっとしていた。
(こんなもんに巻き込まれるのは、俺一人で充分だ)
そして、明澄は地図を眺めながら自分の現在地を確認する。
(墓がたくさんあるってことは、俺の現在地はA−7か……。
ここから近いのは首輪交換所か塔だけど……)
さてどちらにいくべきか、と考えていた明澄の後頭部にゴリッと硬い感触のものが
押し付けられた。
「……動かないで……」
突然の事態に硬直する明澄に対して、いつの間にか背後に忍び寄っていた何者かは
静かな声で警告した。
毒の沼が泡立つ物騒な場所……その傍の荒地に、三人の女性が腰を下ろしていた。
「……では、お互いに害意が無いことが分かったところで、
支給品の確認をしましょうか」
そう言ったのは、三人の中で一番年長の女性……魔女のような帽子と服装を
身に纏った女性だった。
彼女の名は、イリア・アルベニス。
格好に違わぬ、強力な魔法の数々を操る魔法使いだ。
「はいです!イリアや美奈に何が支給されたのか、なぞは楽しみです!」
そう言って、目を輝かせているのはなぞちゃんと名乗った少女。
どことなく忍者を思わせる、露出の高い格好のその少女は、
天真爛漫で素直な性格の少女だった。
今でも、殺し合いの最中だということを理解してないかのごとく、
同行者である二人には何が支給されたのか、興味津々といった様子である。
「……ちょっとくらい緊張感ってものを持ってよね。
今がどれだけ危険な状況か分かってるの?」
なぞちゃんの状況にそぐわぬ明るい様子に釘を刺すように言葉を向けたのは、
先ほど、なぞちゃんに美奈と呼ばれた少女。
彼女は、加賀 美奈(かが みな)。
清潔な白いインナーに若葉色の柔らかい上着とスカートを着た、
前述の二人に比べると至って普通の格好をした少女だった。
もっとも、格好については三人が三人とも、お互いの服装に
奇異の視線を向けていたのだが……。
「まぁまぁ、いいじゃないですか。
それよりも、こんなに早いうちから殺し合いに
乗っていない私たちが集まることができたのです。
今はこの幸運を喜びましょう」
イリアはデイパックから自分の支給品を取り出しながら、笑う。
「……こんなことに巻き込まれてる時点で、
幸運も何もないと思うんだけど……」
美奈は溜息を吐きつつも、イリアと同じように支給品を取り出し始める。
ちなみに、なぞちゃんは既に支給品を出し終えて、二人が支給品を取り出すのを
目を輝かせて眺めていた。
(……三人、か……厄介だな。殺し合い開始から
まだほとんど時間も経っていないというのに……)
支給品を見せ合う三人の姿を岩影から監視するのは、黒いターバンを頭に巻き、
黒いローブを身に纏った女性。
黒ずくめの外見の中で、ターバンから僅かに覗く赤い髪が無機質な印象を
与える黒ずくめの容姿に、女性らしい華やかさを持たせていた。
黒ずくめの女性……エヌは、支給されたライフル銃を油断なく構えながら、
前方の三人の様子を伺う。
(……今なら不意を突ける。三人とも一気に殺してしまうか?)
エヌは一瞬そう考えるが、すぐに頭を振るう。
(……いや、相手は全員が女性だ。危険が大きすぎる。
少なくとも、物腰からして帽子の女は相当の実力者だ。
もうしばらくは様子を伺うべきだな)
焦ることはない、と自分に言い聞かせ、エヌは相手に見つからないように
気配を殺し続ける。
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