悪鬼と鉄の箱

 
「先程からその様に俯かれてますガ、痛いのですカ?」
「…………」
「痛いのであれバ、どの様に痛むのか詳しく説明していただけると助かるのですガ」

墓地に響く電子の声。
そして十字架の墓石に罰あたりにも座り込み、こめかみを押さえながら俯く少女。

ウザい。
少女シトゥリーがまず思ったのは
この電子音の主、ラボットに対しての率直な意見だった。










彼女が意識を持ったのは大凡数刻前、目覚めた空間の中心に光が差した時。

周りには美味しそうな生命エネルギーを放つ男女が大勢いて、
まるで光源を見つけた虫の様に光の中に佇む男を凝視している。

「──殺し合いをしてもらう」

男が言い放ったこの言葉に、どよめきやら抗議の声が飛び交ったが、
その中の一人の少女が男の仕掛けた何かによって首を吹き飛ばされて絶命すると
抗議が悲鳴に変わり、辺りは静まり返った。

他の連中は絶命した少女を見つめたまま硬直し、恐怖から泣きだす者もいたが、
シトゥリーには別な感情が生まれていた。

(……美味しそうだったのに、勿体の無いことを……)

彼女自身は知らないことだが、
彼女は人ではなくリビングデッド(生ける死体)である。

生物の生命エネルギーを糧にする彼女としては、
人や動物は餌としか見れない。
そして死んだ者からはそのエネルギーが摂れないため、
少女を殺した男の行為に落胆したのだった。

男がその後も何やら殺し合いのルールを離していたが
転がる生首が美味しそうに見えて全く頭に入らない。

(うっ……喉が渇く……?)

生命エネルギーが枯渇してきたのか、
喉から全身に広がるように渇いていくのを感じる。

「説明は以上だ。これよりゲームを開始する!!」

男の言葉と同時に体が透けて無くなっていく。

辺りを見回すと他の連中も消えていく。
これが開始の合図とでもいうのか。

「そ、それより私に餌をよこ……!」

言い終わる前に視界は閃光に覆われ、
次に目を開けた時には、無造作に並ぶ十字架の墓石群。
見る限り、墓地としか言いようがない。

今までいた空間は何処へ?
と問うよりも、シトゥリーは部屋に沢山いた餌達を
喰い逃したことと、四肢の渇きによる痛みが気になって辺りをしきりに見回した。

「誰かをお探しですカ? 御嬢様」
「!」

不意に背後から声がする。

(馬鹿な! 気配など寸分も感じ……)

背後を取られたことと、獲物が現れたと意識したシトゥリーは
間髪いれずに振り向いて、その声の主を見て硬直する。

「何……お前は?」
「私はラプラス社製汎用実験補助ロボット、ラボットと申しまス」
「ロボット……?」

無機質で鉄の塊の箱のような物体がぷかぷかと浮かび、
シトゥリーの質問に答える。

ロボットという概念が分からないシトゥリーは
聞き返すような言葉で問答した。

(……エネルギーを感じない……? コイツは生物じゃない?)

正確には何か別のエネルギーを感知しているが、
この喋る鉄の箱からは生命のエネルギーが微塵もない。
目覚めたばかりの彼女の知識は殆どないが、
これは自分と同類じゃないことは何となく分かった。

「はぁ……」

再び渇きが疼くと同時に、目の前の存在が
自分の求めているものではないと落胆する。

エネルギーが感じられない以前に
コイツは食っても全然美味そうに見えない。

「どうされましタ? こめかみを押さえて俯かれテ。
何処か痛いのですカ? どの様に痛みますカ? どうして痛くなられましたカ?」
「〜〜〜〜っ」

イライライライラ……

……さっきの男が殺し合いをさせると言っていたのを思い出し、
それに迎合してコイツをひと思いに壊してやろうかとも考えた。

だが、そんなことをしてもエネルギーが手に入る訳でもなし、
逆に無駄に動いて消耗するのもいただけない。

「…………」

シトゥリーは近くに合った墓石の一つに腰かけ、
俯いたまま黙り込んだ。

このままコイツの興味を削いでしまえば
何処となりと去っていくだろう。

長々と問いかけるコイツを見て
コイツは殺しに参加していない、別な目的でここにいると判断が出来たからだ。









「先程からその様に俯かれてますガ、痛いのですカ?」
「…………」
「痛いのであれバ、どの様に痛むのか詳しく説明していただけると助かるのですガ」

あれから少しの時間が経過したが、
ラボットは立ち去ることなく延々とシトゥリーに問い掛け続けた。

聞く内容は、ボキャブラリーがないのか痛みの説明一点のみ。
黙り込んでいるシトゥリーの方が精神的に限界に来ていた。

「……渇くのよ」
「はイ?」
「体が渇いて渇いて! 体を動かすたびピシピシと軋みながら痛みが駆け抜ける!
これが私の痛みよ! 理由は話した! その耳劈く問答を止めろ!」

耐えきれなくなったシトゥリーは怒鳴りつけるようにラボットに答える。
無理もない、15分も同じ問答を繰り返されたのだ。
何も感じない方がおかしいとさえ思える。

「渇くのであれバ、水を飲めばいいのではないですカ?
支給品にそういった類のものがあると思いますガ?」
「……生憎と、喉の渇きじゃないのよ……」

シトゥリーは簡単にだが、渇きの理由と
何を摂取すればそれが治まるのかをラボットに話した。

「水分ではない渇きですカ? 非常に興味深いでス。
御嬢様、私の実験に付き合ってはいただけますカ?」
「……実験?」

早く消えろと思い続けた相手から思慮外の提案。
実験? この状況で何を実験するというのか。

「感知機能からの情報を参照するト、
貴女の体はつぎはぎだらけデ、時間の経過と共に
亀裂が大きくなっているようでス」
「…………」
「これ程特異な体は珍しイ。
様々な知識を得た私でモ、これは未知のもノ。
是非とも貴女が壊れるまでの経過観察及び実験をしたいのでス」
「……そんな申し出、私が受けるとでも?」
「確かに貴女にはメリットがありませんネ。
ですかラ、貴女に協力をしたいと思うのですガ」
「……お前は不味そうだから食えない。協力には程遠い相手ね」
「……感知センサー作動。臭素情報、声音情報、集音情報……」
「?」

突然ラボットが意味の分からない言葉を呟き始める。
何やらカリカリカリとその鉄の体から音を出しているが
シトゥリーには意味が全く分からない。

「感知の結果、半径500メートル以内ニ、小動物と思われる反応が12……」
「な、何……!?」

シトゥリーには感じ取れていないが、ラボットは常人には感知し得ない位置まで
動植物の動きを探り当てていた。

「食べられることが協力であるなラ、食べられそうなものを
探し出すことも私は出来ますヨ。悪い話ではないと思いますガ」
「……確かに良い話のようね」

正直ラボットの提案には、胡散臭い部分がある気がするが、
どうせこのままここにいても彼女に訪れるのは死だけらしい。
こいつの感知機能とやらはそこそこ使える。
ならばその力を利用して獲物を狩ればいい。

「……分かった。私が完全に動けない状態になった時、実験でも何でも好きにしな。
そんな状態になってまで生にすがる気もないからね」
「はイ。その時には余すことなく実験させていただきまス」

異常な契約の中、黒い鉤爪のような手とアームキャッチャーが握手する。
生ける死体と実験補助ロボットという奇怪な者同士が手を取り合った瞬間である。









おまけ

「でハ、先ずお互いの所持品を確認しましょウ。
私は戦闘機能は皆無ですガ、機械の武器があれば
その性能を100%引き出すことが可能でス」
「その『機械』とやらが何なのかは知れないけど、
私にとって役に立たないものはお前に預けるわ」

シトゥリーは背中に、ラボットは最下部に括りつけていたデイパックを取り、
中身を確認し始めた。

「水と干し肉……後はよく分からないものがあるわね……」
「どうやら基本的な支給品があるようデ、
地図、参加者名簿、筆記用具、目覚まし時計は私にもありまス」
「ん? この紙の束、その参加者名簿とやらと文字が同じね。
それに人の顔の絵や付け足された文字があるようだけど……」
「貸してくださイ。……どうやら参加者全員の顔写真と
能力が事細かに書かれているようですネ」
「じゃあそれはお前に預ける。私は何が書いてあるのかさっぱりだ」
「……難しい文字は書かれていないようですが、
もしかしてこの方、文盲なんでしょうカ(ぼそっ)」
「何か言ったか?」
「いえ別ニ」
「で、お前の方には何か変わったものは入っていないの?」
「少々お待ちヲ……ふむ、これハ……」

きーきー!

「何だ? そのやかましい音は?」
「……『精霊の詰め合わせ』と書かれた冊子と、小人のようでス」

そこには頑丈そうな金属の輪で縛られている
手のひらに乗せてしまえるほどの少女達の姿があった。

緑の髪、帽子を被った者、目を瞑っている者、翼が生えている者等
様々な姿の小人が5、6人一つの輪に縛られているという
何ともシュールなものだった。

「……じゅるるっ」

ビクッ!

「すみませんガ、そのよだれは閉まった方がよろしいかト。
とても警戒しておりまス」
「む、無理言わないでよ……こんな美味そうなの見て
止められるわけないじゃない……!」
「ふム、どうやらこの小人達ハ支給された者の命令ならば
絶対服従のようです」
「じゃあ『絶対に動くな』と命令しなさい!
その間に全て終わらせてあげるから!」
「落ち着いてくださイ。支給品というからにハ、
何かしらの力を持っている筈ですかラ」

よだれダラダラで目を血走らせているシトゥリーを尻目に
ラボットは冊子をめくり、各精霊の能力を確認する。

「なるほド……ではこの輪を先ず外しましょウ……」

輪の中心部にある鍵を捻ると、かちゃんと音を立てて輪が外れ、
一斉に精霊達が宙へと飛び立つ。

「では精霊達……ドリアード以外はこの中に入っていなさイ」

その言葉を聞いた精霊達は、なんでこんなヘンテコな箱に命令されているのか
少し不満に感じたが、命令には絶対服従だからデイパックの中に戻った。

そして、一人残れと言われたドリアードは
どうして自分だけ残されたのか分からず不安な表情でラボットを見やる。

「参加者全名簿も頂いテ、契約も結んだのでス。
こちらも見返りを差し出さねばなりませン」

がっ!

ぎいぃっ!?

突如、ラボットのおもちゃの様なアームが伸びて
ドリアードを握るように拘束した。

「ドリアードさン……貴女は俊敏さを除けバ、
取り立てて特殊な力を持っている訳ではないお荷物さんでス」

ラボットの冷たい金属のボディの内から、さらに冷酷な言葉が放たれる。

「実験をするなラ、他の精霊を見るだけで支障も無いでしょウ。
だから貴女にハ、大切な役目を最期に果たしてもらいまス」

拘束された緑の精霊は自分の主人に、不安から恐怖の感情を見出す。
どう聞いても自分を破棄するという内容で、
大切な役目というのも怯えきった彼女にとっては
使命感も何もあったものじゃない。

「絶対に動いてはいけませン」

きっ!?

「さァ、シトゥリーさン?」

きいっ! きいっ! きいぃぃっ!!!

「があああぁぁぁぁっ!!」

きいいぃいぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃいぃぃっ!!!!!!

がりぃっ! ぶしゅぐしゅうぅっ!! ごりごり……!

悪鬼の牙が精霊の軟肉を通り越し、両足の骨に当たる部位に食い込む音、
勢いよく引き千切られ、体液が噴き出す音、
そして引き千切られた両足を咀嚼する音が静寂のなかで響き渡る。

ドリアードは目を見開き、激痛からか股の付け根から
噴き出す体液と共に黄金水も噴き出す。

一方の、ドリアードの足を喰らったシトゥリーは
口唇をひどく歪ませながら咀嚼を続けている。

ドリアードは呪った。
力の無い自分、合理的すぎて情を持たない主人、
そして自分を喰らい続ける小さな鬼のような少女を。

「シトゥリーさン、ドリアードの生命反応が微弱になっていまス。
一思いにいかないと、エネルギーは摂れませんヨ?」
「キキキ……本当ならもっと味わいたいところだけど……
それならしょうがないわね……」

再度、ドリアードに向けて開かれる牙の檻。

それを見届けた瞬間、ドリアードは痛みを感じるのを放棄し、
意識を深淵に沈めてしまうのだった…………





【A−7/墓地/1日目 6:30〜】

【シトゥリー@死屍の娘】
[状態]:空腹:小 渇き:低(ドリアードを食べて少し潤った)
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式、食料、飲料)
    なし(ラボットに参加者名簿詳細版を渡してしまった)
[基本]:体の渇きを鎮める為に生物を喰らう。
[思考・状況]
1.ラボットと行動する。
2.ラボットの実験後、精霊を美味しく頂きたい。
3.餌になる人間を探す。


【A−7/墓地/1日目 6:30〜】
【ラボット@SKper】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式、食料、飲料)
    参加者名簿詳細版@その他
    精霊さん詰め合わせ@リョナラークエスト(シルフ、バク、ハーピー、ウィスプ、シェイド)
[基本]:人体実験をしたい。
[思考・状況]
1.シトゥリーと行動する
2.気が向いたら精霊達で実験をする。
3.シトゥリーの実験も出来ることなら早くしたい








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