比翼姉妹と暴力の権化

 
見渡す限りの雪原に、セーラー服の少女が佇んでいた。
先刻の惨劇を見た後にも関わらず、動揺した様子も激昂している様子もない。
というよりも、彼女-天崎奈々は超が付くほどの面倒くさがりで感情を表に出すのが面倒なだけであり、内心はゴッド・リョーナへの嫌悪感でいっぱいだった。
奈々は面倒がりながらも、状況の整理をし始める。

先日はいつも通り姉に付き合って遺跡の探索をし、町の宿で眠りについたのだが、次に目を覚ますと例の部屋にいた。
その部屋では姉の姿も見られたが、声をかける暇もなく転移させられ、この雪原に飛ばされたのだ。
あのゴッド・リョーナと名乗る男は、これは最後の一人になるまでの殺し合いだと言っていた。
姉と殺しあうなどということはまっぴらなので、さっさとこの忌々しい首輪を解除して姉と共に逃げ出したいと奈々は思う。
面倒だしあまり戦闘はしたくないな、と思いつつも奈々は近くに落ちていたデイパックの中身を確認し始める。

今の奈々は丸腰であり、普段愛用している銃も今は持っていない。
身体能力に秀でているとは言えない奈々にとって、生き残るために武器は必須であるといえる。
射撃系の武器が入っているといいなあ、と思いながらデイパックを漁っていると中からは奈々の希望通り拳銃が姿を現した。
自動拳銃らしく、手ごろな重さだ。予想外に良い武器を手に入れた奈々の表情は、心なしか少し嬉しそうだ。
他にデイパックに入っていたものは、基本支給品であろう参加者名簿、地図、鉛筆、メモ用紙、目覚まし時計。
食料はアップルパイが2つと水の入ったペットボトル(500ml)が2本。
後は先ほどの銃の弾が50発と空き缶が5個とドリンク剤が3つ、何の変哲もないライターと打ち上げ花火だった。
支給品を確認した後、説明書らしき紙を見つけ、目を通す。先ほど最初にデイパックの中から姿を現した銃はワルサーP-99という名前らしい。
奈々はワルサー P-99の説明が書かれた部分だけを読み終えると後の部分を読むのが面倒になったのか、説明書をデイパックに押し込んでしまった。

これらの支給品の中で奈々の目を引いたのは打ち上げ花火。
紙で覆われた筒からは「点火して!」と訴えるように導火線が伸びており、奈々は思案する。
この花火を使用した場合、近くに姉がいれば恐らくは音に釣られてホイホイとやってくるだろう。
しかし、それと同時に他の参加者達にも自分の居場所を知らせてしまうことになるかもしれない。
このハイリスクハイリターンの選択肢はさすがの奈々も考え込まざるをえなかった……ように思えたが、やがてライターで導火線に火を着けた。どうやら悩むのが面倒くさくなったようだ。
着火した火は導火線を貪るように進み、やがて抜けるような青空に大輪の花を咲かせた。少し遅れて派手な火薬音。

「……たーまやー」

奈々は満足げに頷くと、ブルッと身体を震わせた。
雪原。半袖のセーラー服。暖を取る物はライターのみ。
先ほどはデイパックや打ち上げ花火の事で頭がいっぱいで気が付かなかったのか、事の重大さに奈々はようやく気づいたようだ。
奈々は周りを見回すと、手近な枯れ木に近寄り、枝を折り始めた。

 

しばらくして、奈々は焚き火の傍で座っていた。冷えた身体に焚き火の暖かさが身にしみる。
奈々はここで姉を待つことにしていた。もし暖かい場所や物を求めて移動してしまえば、先ほどの花火が無駄になってしまうかもしれないからだ。
もし他の参加者が来て、殺し合いに乗っているようならば逃げ出すつもりでいた。
パチパチと音を立てて燃え盛る焚き火を見つめていた奈々は、不意に背中が凍りつくような感覚を覚えた。
だが、気づくのが遅すぎた。空を切り裂き猛スピードで奈々に迫る「それ」は奈々の頭に命中した。

「がっ……!?」

奈々は頭を抑えて蹲(うずくま)る。奈々は何が起こったのかもわからない。
奈々の頭から血がボタボタと流れ、白銀の地面に付着する。周りを見回すと、周囲には先ほど無かった物……手の平に収まるほどの石が転がっていた。
だが、敵らしい姿はどこにも……いや、いた。雪原でなければ視認することすら難しいような距離に、黄土色の化け物が。恐らく、奴がこの石を投げてきたのだろう。
手には細く長い銃身の狙撃銃を持っているが、構えているわけではなくぶらりと垂れ下げて持っているため、殴打するための武器として使用するつもりなのだろう。
その怪物の異様な風貌に危険を感じた奈々はすぐに立ち上がって逃げ出すが、黄土色の化け物-ルシフェルも奈々を逃がすまいと駆け出した。巨体に見合わないスピードで疾駆するルシフェルは、徐々に奈々との距離を詰める。
奈々も足が遅いわけではない。だがルシフェルのその敏捷さは常人のそれを凌駕していた。
そして、ついに奈々に追いついたルシフェルは狙撃銃を振り上げ、奈々に叩きつけた。

「あぐッ!?」

鈍い痛みに耐えられず、地面に倒れこむ奈々。動きを封じられた奈々に、ルシフェルの容赦ない攻撃が襲う。

「ぎぁッ!? や、やめ……ぐゥッ! ああぁッ!」

狙撃銃での殴打に奈々の体が赤く腫れ上がる。だが、十数回の殴打を受けてもなお、奈々は骨折などの重症を負っていなかった。
なぜならば、ルシフェルの頭の中にあるのは「女の子にできるだけ苦痛を味あわせて惨たらしく殺す」ということのみであり、奈々が既に反撃の手段を持っていないと判断したルシフェルは適度に加減しながらいたぶる事にしたのだ。

「痛いぃ! お願い、助けっ……ひぐゥゥッ!」

苦痛にのた打ち回る奈々は徐々に衰弱し、抵抗も薄くなる。

「……も……もう……やめてぇ……」

奈々は弱々しく哀願するが、ルシフェルにとって拷問は始まったばかりだ。ルシフェルは拷問を次の段階に移そうと奈々の右腕に手をかけた。
次に何をされるのかわかってしまった奈々は激しく抵抗する。

「いやだああぁぁっ! やめてっ! やめてええぇぇ!」

だが、奈々の膂力ではルシフェルの手を振りほどく事もできない。
ゆっくりと奈々の右腕を曲げ始めるルシフェル。

「ああぁ……やめて……いや……いやだ……」

もはや抵抗の仕様がなく、恐怖と絶望で意識が朦朧としながらも哀願し続ける奈々。そして奈々の腕がミシリと鳴り―――

 

「どぉりゃあああぁぁぁっ!」

何かがルシフェルに向かって物凄いスピードで突っ込んだ。ルシフェルに向かって思い切りドロップキックをたたき込んだのは、まさに奈々の姉-天崎涼子だった。
涼子の強力な攻撃を受けたルシフェルは凄まじい勢いで吹っ飛び、ボフッという音を立てて雪原に落ちた。

「おー、飛んだ飛んだ。ニンジン効果は覿面ねー」

「お……姉ちゃん……?」

「お姉ちゃんではない。俺は……スーパー涼子さんだ!」



奈々によって打ち上げられた花火を見た涼子は急いでその花火が打ち上げられた地点へと急いだのだが、そこに辿り着いた涼子が見た物は、ルシフェルにいたぶられる奈々の姿だった。
ルシフェルを相当な強敵だと判断した涼子は支給品の『怒りの人参』を食べる事で一時的に筋力が増強された。
さらに妹をいたぶられた怒りからついに涼子さんは伝説の戦士、スーパー涼子さんへと変身することができたのだ……。

と、長々と語る涼子だったが奈々はというと既に満身創痍でそんなどうでもいい話に耳を傾ける余裕はなかった。
ちなみに涼子の髪はいつも通り青く、オーラを纏っていたりもしない。
ましてや月を破壊するような気を放つ事ができるわけもない。
単に攻撃力が上がっているだけである。
ノリが悪いなー、と不満そうにしつつも涼子はデイパックからラベルに『エリクシル』と書かれている液状の薬が入ったビンを取り出すと、奈々に差し出す。

「よし奈々、今のうちにコレ飲んじゃいな。それとも口移しがいい?」

「……自分で飲める」

普段と変わらない姉の姿に安堵し冷静さを取り戻すと、薬品を受け取りそのまま飲み干すと身体の傷がたちまち回復する。
回復薬の凄まじい効力に驚きながらも、体力を回復した奈々は普段の冷静さを取り戻し始める。
どうやら姉の武器は木刀だけのようだ。さすがにスー……姉が一時的に攻撃力が上がっているとしても武器が木刀ではあの化け物に致命傷を与えるのは難しいだろう。
涼子もその事を考えていたようであり、奈々を見ると頷き、ルシフェルに向かって飛び掛った。
ルシフェルに接近した涼子は素早く動き、ルシフェルを攪乱し始める。
これは普段遺跡で強敵と相対したときに使用する戦法で、身体能力に秀でた涼子が囮となって敵の気を引き付け、奈々が的確に敵の急所を打ち抜いて撃破するというものだった。

「今日の涼子さんは剣道部員だぜー!」

ルシフェルも決して鈍重なわけではない。しかし、涼子の尋常ならざるスピードにルシフェルは完全に翻弄されている。
ルシフェルの攻撃を危なげなくヒラリヒラリと回避しつつも、ルシフェルに隙が出来れば即座に強力な蹴りや掌底、木刀での一撃を叩き込む。
しかし、やはり大きなダメージは見込めないようだ。
奈々もワルサーP-99でルシフェルを何度も撃ち貫くが、まったく効いた様子はない。
普段ならば勘が囁く通りの箇所を撃てば敵は倒れるはずだった。だが、今銃口の向こうにいる化け物はどこを撃っても倒せる気がしない。

「俺たちの練習の日々が詰まったこの木刀……」

これまでに相対した事のない敵に奈々は焦りを覚え始めた。
元々奈々には天才的な勘があり、射撃の時などはその勘が遺憾なく発揮されていた。

「くらえ怪物! 必殺『汗と涙の青春打ち込み』!」ベキッ

しかし、現在バトル・ロワイヤルの参加者として奈々に着けられている首輪はそんな奈々の先天的な能力をも低下させてしまっていたのだ。
そんな事は知る由も無い奈々は、かつてない出来事に動きが止まる。

「俺達の夏がぁー!?」

なぜか姉がオーバーなリアクションで絶叫し、orzの姿勢になっていた。そんな涼子の隙を付き、ルシフェルは狙撃銃を振り上げる。
だがルシフェルが狙撃銃を振り上げた瞬間涼子の目がギラリと輝き、素早く姿勢を戻すと、無防備に振り上げているルシフェルの右手を蹴りつけた。
ルシフェルの手から狙撃銃が離れ、涼子は空中でその銃を回収すると奈々に向けて投げて寄越した。
恐らく弾も入ってはいないのに、こんな物を寄越してどうするというのか。
あの化け物の怪力の前には武器の有無などあまり関係しないというのに。それこそ姉がそのままあの化け物と同じように鈍器として使用すればいいのでは。
そう奈々が思案した直後だった。

「奈々っ! 新しいデイパックよ!」

受け取れば元気が百倍になりそうな言い方でデイパックを投げる涼子。
奈々が目を離している間に、涼子は更に次の行動を起こしていた。
涼子は奈々に狙撃銃を投げて渡した後、さらに体勢を崩したルシフェルの肩にかかっていたデイパックを奪い取っていたのだ。
ここで、奈々はようやく涼子の意図を理解する。
そう、支給品に銃があるということは他に弾も支給されていると考えるのが普通である。
ルシフェルが狙撃銃を鈍器として使用していたので奈々は弾は支給されていなかったのだと思い込んでいた。
だが、実際は単に狙撃銃では獲物をいたぶるのに不向きだとルシフェルが判断したためあのような使い方をしていたのだった。
奈々はデイパックをひっくり返すとやはり入っていたこの狙撃銃の弾らしき物を込め、構えた。
素早く狙いを付け一発、二発、三発とルシフェルの頭と思しき突起へと撃ち込む。
三発の弾丸を受け、ついに崩れ落ちるルシフェル。
奈々が勝利を確信した、その時だった。

「やったか!?」

しまった、と口を抑える涼子だったが既に遅い。
既に魔法の言葉は涼子の口から発せられた後だ。
涼子は慌てて奈々の手を掴むと一目散にその場から逃げ出した。
涼子に手を引かれて走る奈々だけが、状況がまるでわかっていなかった。




涼子と奈々が走り始めてすぐ、再びルシフェルが起き上がる。
だが、ルシフェルは走り去る姉妹を視線で見送る。
これ以上あの姉妹を相手にするのは危険だと判断したのだ。
いずれ必ず惨たらしい最期を迎えさせてやる。そう決意し、ルシフェルは姉妹が走り去った方向とは別の方に歩き始めた。


【G−6/雪原/1日目 7:00〜】
【天崎奈々@Blank Blood】
[状態]:疲労(中)
[装備]:ワルサーP-99(残弾30)@現実
    ドラグノフ狙撃銃(残弾7)@現実
[道具]:ライター(油量多)@現実
    ファイト一発×3@リョナラークエスト
    空き缶×5@XENOPHOBIA
[食料]:アップルパイ×2@現実
    水(500ml)×2@現実
[基本]:姉と一緒に脱出もしくはゴッド・リョーナを打倒
[思考・状況]
1.姉と一緒に行動
2.色々面倒くさい
※ルシフェルのデイパックは中身をぶちまけたまま放置しました。他の中身は見ていません
※花火及びドラグノフ狙撃銃の音が周囲に響き渡りました(花火は周囲1エリア、狙撃銃は周囲1マス)
※北に移動中

【G−6/雪原/1日目 7:00〜】
【天崎涼子@Blank Blood】
[状態]:疲労(小)、スーパー涼子さん(筋力増強、まもなく効果切れ)
[装備]:折れた木刀@現実
[道具]:怒りの人参×2@リョナラークエスト
    煙草×12@現実
[食料]:乾パン×3@現実
[基本]: 奈々と一緒に脱出もしくはゴッド・リョーナを打倒
[思考・状況]
1.奈々と一緒に行動
2.ルシフェルから離れる
3.武器が欲しい
※北に移動中
※まだデイパックの中身を全て確認していません

【G−6/雪原/1日目 7:00〜】
【ルシフェル@デモノフォビア】
[状態]:負傷(中)
[装備]:無し
[道具]:無し
[基本]: か弱い女子供を惨たらしく殺す
[思考・状況]
1.傷の治癒を優先
2.機を伺い天崎姉妹に報復、不用意に手は出さない
3.女子供は惨殺
※西に移動中
※涼子さんの魔法の言葉でダメージが軽減されたなどはありません









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