死人は語らず 生者は黙す


音がした。
ピーッという無機質なものだった。
爆ぜた。
顔に張り付いた。
鉄の香りがした。

張り付いてくるモノの先を見ると、
そこにあるべきモノがなく、紅い噴水があった。

崩れ逝くヒトの体から昇る、命の水。
宙を廻るヒトの顔。

「ほの……か…………?」

何が起こっているのか、理解できなかった。

だって信じられないだろ?
さっきまで馴れ馴れしいけど、可愛い笑顔を見せてた女の子が
首と胴を吹っ飛ばされてこの世とお別れするなんてさ。悪い夢以外の何者でもないし。

そんな思いを無残に切り裂き、現実をたたきつけてくる血の噴水。
仮にも私は冒険者だ、ヒトの生き死にの中で血の匂いは経験してる。

「てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

そして現実に戻された私は、湧き上がる感情……
怒りと憎悪の入り混じったものを気付けば声と一緒に吐き出して突進した。

自らを『神』と名乗る男に。

しかし、自分の首からも同じ音がした時、
私は怒りより突然の恐怖が勝り、足を止めてしまった。

男は勝ち誇ったような表情で、
私と、一緒に突進したサリアの首輪の音を止め、高らかに何かを説明し始める。

正直、こんな男の話に耳を傾けたくなかったが、
今はただ、聞いてるだけしかなかった。

現時点でここに集められた参加者はこの気違い男に命を握られていることに
悔しさと憎しみで体が埋め尽くされる。

「……シルファさん」
「あぁ」

ゴッド・リョーナの話を聞きながら、サリアが目配せをし、それに答える。

”必ず、この気違いな神を倒す。火乃華の敵を討つ”と。

強く、確かめ合うように誓い、また説明に耳を傾けた。

「説明は以上だ!これよりゲームを開始する!」

そう高らかに宣言し、その言葉と同時に私やサリア、
参加者と思しきヒトを光が包み込む。

何かの転移魔法?
そう思った瞬間、意識は遠のいていった…………







……これが、今こうして目覚めるまでの私の記憶。

そして目覚めた時、目の前に広がったのは、
石造りの壁で埋め尽くされた『調理場』だった。

調理場。そう、調理場だ。比喩的な意味じゃなく調理場。
キッチン、シンク、よく分からない四角い箱。

「……殺し合いじゃなかったのかよ」

余りにも場違いすぎる場所に、
実は今までのことが夢じゃないかとも錯覚する。

「…………」

多少辺りを警戒し、腰に隠したナイフに手をかける。

「え? あれ? おい、ちょっと?」

ない。ないない。ナイフが無い。
私今『ない』って何回言った? つか混乱してる。
あの男に盗られた? 盗みのスキルを持つ私が? 家業の恥?

体をまさぐり、ナイフの所在を確かめるが、
一向にその感触に辿りつかない。

「おいおい……支給品と話してたけど、まさか……」

私はアーシャやエリーシアみたいな長剣は不得手で
短剣やナイフじゃないとどうしてもしっくりこない。

「な、何か武器! はっ!」

視線の先にはデイパックがあった。

これが支給品なのかと手に取り、
中に入ってるモノを確認しようと手を突っ込む。

ぐちゅ……

「うっ!?」

生暖かく、そしてぬめる感触に嫌悪感が走る。
いや、それ以上にこの物体の形状に、
最悪の可能性を孕んでいることに私の心は動揺していた。

恐る恐る、その物体を袋から取り出す。

「……ぅぁっ……くっ…………あぁっ」

私の手にあったのは、血塗れの顔。

「う、うわあああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!!!!」

火乃華の顔だった。


 
「ちくしょおぉぉっ!! あの男あの男あの男ぉぉぉぉぉ!!!」

がつんがつんとキッチンに腕を叩き付け、
血が滲むのも気にせず打ち付けた。

これは神と称する者のやることじゃない、悪魔の所業だ。

ごろん……

打ち付けた振動で火乃華の顔が転がり、
地面にうつ伏せのようになる。

「あぁっ……悪い、火乃華」

慌てて彼女の顔をこちらに向けると、
心なしか、無表情だった顔が微笑んでるように見える。

「…………?」

どうして微笑んでいるのか……
視線の先に何かあるのか……?

「あ……」

そこには飾るように並べられた調理器具があった。

出刃包丁、中華包丁、得体の知れない半月刀等が並び、
その中には短刀やナイフが数本あった。

その一本一本を手に取る。

「綺麗だ……」

使い込まれた感じがするのに、
刃は血に曇ることなく研ぎ澄まされた光沢を放っている。

名実溢れる刀匠の一刀なのか、
はたまた使用者の手入れが完璧なのかは知れないが……

きぃ……

「火乃華……アンタが教えて……」

ぼうっ!

「!!」

突然火球が飛んできて、転がる火乃華を焼き焦がす。
飛んできた先に視線を向けると、
緑色の鱗に包まれた、ヒト3つ分はあるドラゴンが
調理場の出口のドアから半身を覗かせていた。

余りに突然、そしてあの男が火乃華の首を飛ばしたときのように
二度も彼女を目前にして何も出来なかった。

呆然としたまま私は足が崩れてしまう。
ただただ彼女が炭になるのを見るしか出来なかった。

やがて火は止まり、焼けた匂いに惹かれたのか
ドラゴンは調理場へ侵入し、火乃華を咥え、一呑みにしてしまった。

ごくん、と生々しい嚥下の音をし、嬉しそうな表情を浮かべたドラゴンは
次の標的である私へと口を開く。

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

自分では、何と言ったのか分からなかった。
ただ、その声と一緒に、無数のナイフが飛び、
ドラゴンの鱗を貫通して、深く突き刺し、切り刻み、
解体していく光景が写るだけだった。

ドラゴンは一際高い悲鳴を上げると、
ゆっくりと地面に伏し、沈黙した。

「はぁっはぁっ……!」

荒い呼吸でドラゴンの体からナイフや短刀を引き抜く。

「ぐっ……うぅっ……火乃華……!」

これで、彼女への弔いに少しはなったのか……
いいや、それでは彼女の微笑みに意味が繋がらない。

「……”生きるんやで”って言われたような……」

すでに死んでいる火乃華から言葉を紡ぐのは無理だ。
でも、あの笑みはそういう意味なんじゃないか?

「……判った、火乃華。
私は生きるよ。そして仲間と一緒にアンタの敵を討つ」

ドラゴンの頭に出刃包丁を突き刺し、
簡素だが墓標を作った。

そして彼女の魂を弔うため、黙して祈る。
彼女が安らかに逝けるように。

祈り終えた後、短刀やナイフをショートデニムに取り付け、
デイパックを肩に掛けながら、その場を後にする。

私は決意した。
もし、このゲームに参加しているのであれば、
アーシャ達と、そしてサリアと合流して
ゴッド・リョーナを討つ方法を見つけ出すと…………





だが、この時私は気付いていなかった……
この場所がどんな場所で、
幾重にも罠が張り巡らされているのかを……







【B−5/湖の塔の調理場/1日目 6:30〜】


【シルファ@SilentDesire】
[状態]:疲労(微)、精神疲労(小)
[装備]:トロワの調理器具(ナイフ類)
[道具]:デイパック(支給品一式、食料、飲料)
    不明(未確認。火乃華は偶然入ってたためノーカウント)
[基本]:主催者を倒す。
[思考・状況]
1.主催者を倒す。
2.アーシャ達を探す。
3.サリアを探す。
4.協力者を探す。







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