「まったく災難だわ!」
ぷんぷん怒りながら不気味な通路をずんずん進む少女が一人。
美しいブロンドのツインテールをなびかせ、腰には立派な長剣を帯び、もはや一昔前のものとなってしまった伝説の装備を身にまとって歩いてゆく少女の名はブロンディ。
可愛らしい容姿からは想像がつかないが、彼女は数々の修羅場を潜り抜けてきた冒険者であり、強きを挫き弱きを助く立派な騎士でもある。
その騎士がなぜ悪態をつきながらこんな所を一人彷徨っているのかというと、それは本人にもよくわかっていなかった。
ただ、ゴッド・リョーナと名乗ったあの男、あの男を許すわけにはいかない。
突如として殺し合いをしろなどとふざけたことを言いだし、(おそらく)何の罪もない少女を躊躇なく殺して見せたあの男を。
それにこの殺し合いに巻き込まれたのはどうやら自分だけではないらしい。
リタにティムにドロ、さっき参加者名簿を確認してみると、ともにいくつものダンジョンを攻略してきた仲間たちの名前が三つもあった。
ドロに関しては不安はないが、ティムはちょっと頼りないし、リタに至っては論外だ。
基本働いたら負けだと思っているあの無職女は、たとえ戦闘に巻き込まれなかったとしてもそのうちどこかで野垂れ死にしそうな気がする。
とにかく、はやく仲間と合流しなくてはいけない。
私はみんなを守る騎士なんだから、私が守らないといけないんだから。
「みんな……無事でいて………」
思わずそんなつぶやきが漏れてしまい、はたと立ち止まる。
「ちっ、違うわよ!別にあいつらが心配なわけじゃなくて……そう!私は一応雇われているわけだし、簡単に死なれたら私の面子丸つぶれっていうか!だから、そう!べ、別に心配なんてしてないんだからね!!」
耳まで赤くして必死に弁明する少女に突っ込んでくれるものは誰もいない、辺りはしんと静まり返っている。
なんだか急に空しくなってきたブロンディは一つため息をつくと再びとぼとぼと歩を進め始めた。
(それにしても)
ブロンディは考える、厄介な場所に飛ばされてしまったものだと。
自分が今いる場所は、非常に危険なダンジョン(?)だった。
あちらこちらに悪意に満ち満ちた罠が仕掛けられていて、気を抜けば一瞬で命を落としかねない。
地図を見る限り、この殺し合いは一つの島を丸ごと使って行われているようなので、広い島の中でもとびっきり危険な場所が自分のスタート地点に選ばれてしまったようだ。
とにかく長くここにとどまっていては命がいくつあっても足りない。
早急に脱出すべく、ずんずんと出口と思われる方向へ進んでいくと、どこからともなく妙な音、というよりも声が聞こえてきた。
「この声は?」
殺し合いの場には明らかに不似合いな声。
ブロンディは訝しみながらも声のする方へと進み始めた。
「どこよ、ここ………」
リオナは暗くて湿った陰鬱な空間にいた。
辺りを見回してみると、ほんの一瞬前まで自分の周りには大勢の人がいたはずなのに、今は一人もいない。
(別の空間に転移させられた?)
その証拠にさっきまで自分がいた部屋は、こんなに狭くなかったし、こんな鉄格子もなかった。
………というかここは。
「ちょっと!ここ牢屋じゃない!」
鉄格子の向こうには扉が見える、ということは自分がいるのは内側。
見るからに頑丈そうな鉄格子は押しても引いてもびくともしない、リオナは自分の運の悪さに思わず脱力した。
いや、運が悪いといえばそもそもこんなことに巻き込まれている時点で、今日の自分の運勢は最悪と言っていいだろう。
突然の宣言とともに始まった殺し合い、宙を舞う少女の首。
そっと首に触れてみると、あの少女の首を飛ばしたのと同じ首輪が自分にもつけられていた。
(まあ、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかないわね)
とにもかくにも、ここから脱出しないことには始まらない。
こんなところで飢え死になんて末路はまっぴらだ。
顔をあげようとしたとき、視界の端に何かきらりと光るものを見つけた。
「鍵!!」
古びた鉄製の鍵が鉄格子の向こう、数メートル先の床にこれ見よがしに置いてある。
さっそく地面に這いつくばって手を伸ばしてみるが、数十センチしかないリオナの腕は当然届かない。
(人を馬鹿にして!)
おそらくあの鍵はわざとあんなところに置いてあるのだろう、主催者の性格の悪さがうかがえるといものだ。
大声で助けを呼ぶという手段もなくはないが、通りかかった人物が友好的だとは限らない。
もし殺し合いに乗った人物が自分の声を聞きつけた場合、今の状況では何の抵抗もできないまま殺されてしまうかもしれない。
助けを呼ぶのは最後の手段にするべきだ。
気を取り直して辺りを観察してみると、すぐそばにデイパックが落ちている。
なるほどこれがあの男の言っていた支給品だろう。
さっそく中身を確認してみる。
まず最初に出てきたのは、何やら赤い気体が詰められたぼろぼろのビン。
ビン自体もかなり古めかしい上に、ここまでひびが入っていて割れていないことがむしろ不思議なくらいにぼろぼろだ。
中に入っている赤い気体の正体は謎だが………
「なんとなく嫌な予感がするわね」
とりあえずこのビンについては保留としよう。
謎のビンを静かに床に置いて、再びデイパックの中を探る。
次に出てきたのはおもちゃセットと書かれた袋だった。
(おもちゃ?殺し合いにはあまりに不似合ね)
一応中を確認してみると、リオナにはどうやって遊ぶのか見当もつかない“おもちゃ”がいろいろとはいっていた。
彼女がそれらの使い方がわからなかったのは、それらが彼女の世界とは違う世界の技術で作られたものだったからか、あるいは彼氏いない歴=年齢だったためそういう知識に乏しかったからかはわからない。
が、一つだけ役に立ちそうなものが紛れていた。
微妙に反り返った木の棒。
(これでチャンバラでもするのかしら?)
などと的外れな想像をしながら長さを確認してみる。
「う〜ん、これじゃあ少し短いかな」
物は試しとやってみたが、案の定微妙に長さが足りなかった。
「ほかに何か使えそうなものは………?」
そういって立ち上がろうとした瞬間、コツンと何かが肘にあたった。
何にあたったのか、確認するまでもない。
(もぉ、なんで私ってこうおっちょこちょいなのかな)
リオナがため息をついた瞬間、破壊音が逃げ場のない牢屋の中にこだました。
そして、ビンの中に閉じ込められていた色欲の魔物、アスモデウスが解き放たれる。
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