目の前には燃えたぎっている格闘家少女、隣には冷めきっている睡眠不足少女、とりあえず絶望している場合ではない、アーシャは気を取り直して考える。
とにかく、まずは二人に状況を理解してもらわなければ話にならない、この非常事態に無用な争いは避けるべきだ。
そう、考えようによっては、これはチャンスなのだ。
先ほどの立ち回りを見ただけでもわかる、この二人は相当の実力者だ。
うまく二人を説得できれば、この殺し合いを打開するための心強い仲間を早々に二人も得ることができる。
「さあ、どっちからでもいいぞ、かかってこい!わたしは二たい一でもかまわないぞー!!」
「ねぇ、落ち着いて私の話を………」
「じゃあ私寝るから、静かにしてね」
「ちょっ!?待って……」
「よーし!さいしょのあいてはおまえだなー!」
「違うってば!お願いだから話を……」
「ううぅぅおおおおおりゃーーー!!」
雄叫びとともに繰り出されるのは、先ほど木を真二つにした恐怖の蹴撃。
「くっ!!」
間一髪身を躱して、自分が巨大蝙蝠相手に投擲した槍を回収する。
格闘家少女の闘志は、もはや止まるところを知らず高ぶっている。
今の状態ではどうやったって説得は通じない、まず何とかして取り押さえなければ、まともに話など聞いてもらえないだろう。
しかし、相手はかなりハイレベルな徒手格闘の専門家。
剣士の自分がこんなぼろぼろの槍一本で立ち向かうのはあまりに無謀だ。
(それでも、やるしかない!)
覚悟を決めて切っ先を少女に向ける。
制圧のチャンスはおそらく一瞬で一度きり。
これまでの立ち回りから、アーシャは瞬時にアイの戦い方を分析する。
どうやら彼女は強力無比なとび蹴りはじめとした突進技を多用する豪快な戦法を好むようだ。
こちらの攻撃にはおそらく防御や回避より、カウンターを狙ってくるに違いない。
(それなら!)
アーシャの予想通り、アイはちまちまと間合いを詰めるようなことはせず、真正面から一気に飛び込んできた。
「はあ!」
アーシャは飛び込んできたアイに向かって躊躇なく槍を突出し、その手を放した。
再び槍を投擲したのだ。
ライフルの弾丸のように回転しながら一直線に向かってくる槍を、しかし、アイは余裕で飛び越え、カウンターのとび蹴りが繰り出される。
ここまではすべてアーシャの予想通り。
彼女の身体能力なら、最初の一撃は必ず躱されるとわかっていた。
実用性のない武器に固執するぐらいなら、むしろ捨て駒にして油断を誘う。
そして、空中に飛びだし、無防備になったところに………
「サンダーブレード!!」
瞬時に魔力が練られ、アーシャの手に電撃の刃が出現する。
(これで動きを止めて、その隙に拘束する!)
ここまで、アーシャの読みは完璧だった、ここまでは。
しかし、真一文に振るわれた雷刃が精確な軌道でアイの体に触れる瞬間、その体が視界から消えた。
「なっ?!」
何が起こったのか正確に把握できたわけではない、しかしアーシャは第六感の命じるままに慌ててその場から飛びのいた。
一瞬遅れて、さっきまでアーシャが立っていた地面を鋭い蹴りが抉る。
「なんだとー!よけられた!!」
地団太を踏んで悔しがるアイ、アーシャはようやく何が起こったのかを理解した。
(まさか、空中でもう一度ジャンプした?!)
アーシャはただ一つ、アイの人間離れした身体能力の程を見誤っていのだった。
あの威力の蹴りが脳天に直撃していたらと思うとぞっとする。
すぐさま距離を取りつつ、同時に魔法を紡ぐ。
無数の火の弾を飛ばす魔法、バードストライク。
威力は低いがとにかく手数が多く、敵を牽制するにはもってこいの技だ。
アーシャは今回もアイが真直ぐに突っ込んでくると予測した、だからこそ壁になるように火球をばらまいた。
そしてその予測は再び的中した。
アイは無数に放たれる小火球をすべて躱しながら真直ぐ突っ込んできたのである。
「ウソ!!?」
別の策を講じる隙などあるはずもなく、小さく振りかぶられたアイの拳が、的確にアーシャの鳩尾を突き上げる。
「かっ………!!」
肉を打つ音、それとともにアーシャの体が浮き上がる。
(だめ………意識……が…………)
この無意味な殺し合いを止めると、あの非道な男を倒すと、そう誓ったばかりなのに。
まさかこんな序盤の序盤で舞台から退場することになるなんて。
きっとこの少女に悪気はない、しかし自分を倒した後は更なる戦いを求めてこの島をさまよい、そして多くの無意味な血が流されることになるだろう。
(倒れる……わけには………いかない!!)
千切れそうになった意識の糸を何とか再びつなげる。
力の抜けた膝が地につく寸前で何とか踏みとどまる。
(倒れるわけにはいかない!!無用な争いを防ぐために!無意味な血を流させないために!何よりこの少女自身のために!!)
強靭な精神力で踏みとどまったアーシャは再びアイと対峙する。
しかし、心は折れずとも、急所を的確に突かれた体は思うように動かない。
一方のアイは心底驚いた様子でアーシャを睨む。
「むぅ……わたしのパンチをくらってひざもつかないとは………きにいったぞー!とくべつにわたしの必殺技でとどめをさしてやるー!!」
(まずい……避け…ないと………)
しかし、おぼつかない足取りがそれを許さない。
「くらえ!!」
軽いステップの後大きく踏み込み、その超人的な脚力をもって空高くへと飛び上がるアイ!
「必殺……!!」
青いマフラーを流星の尾のようにたなびかせ、急降下しながら繰り出される必殺の一撃!!
「かぶとわ゛っ??!!」
は、中途半端なところで止まった。
「はっ?」
一瞬あっけにとられるアーシャ、よく見ると身につけていたマフラーが木の枝に引っかかっていわゆる首つり状態になってしまったようだ。
ジタバタともがき苦しむ少女。
何かの罠かとも思ったが、どうやら本気で苦しそうである。
そのうちにだんだん抵抗が弱くなり始め………
「ちょっ、ちょっと!!」
我に返ったアーシャの放つファイアーボールが、アイを吊り下げている枝の根元を打ち抜く。
ものすごい音を響かせて頭から落下してきたアイ。
(も、もしかして死んじゃったんじゃ……)
恐る恐る地面に突き刺さった少女に話しかけてみると。
「まだまだぁー!!」
一気にスッポンと地面から頭を引き抜き、ファイティングポーズをとるアイ。
「このていどで!わたしをたおせるとおもっっぴぎゃぁぁあぁぁ!!」
を、今度は横合いから飛んできた雷の槍が、アイの体を貫き隣に立っていた木を黒焦げにした。
横槍が飛んできた方向に眼を向けると、そこには憤怒に燃える左右色違いの瞳が。
「うるっっっさいのよさっきから!!!」
安眠を妨害されたドロが、普段の寝ぼけた声からは想像もつかない怒声を張り上げる。
強烈な電撃を食らったアイは、口からポンときのこ雲を一つ吐き出すとそのまま後ろに倒れこんだ。
今度こそノックアウトである。
色違いの双眸が今度はアーシャの方へと向き直る。
冷や汗を流すアーシャ、しかしドロはそれ以上何も言わず、フン!と鼻を鳴らすと再び二
度寝の体勢に入った。
(………えーと、どうしよう)
途方に暮れるアーシャは地面に寝そべる二人の少女に眼をやって考える。
アイを起こせば、またすぐに戦闘になるかもしれない。
かといってドロを起こせば、今度こそ自分も消し炭にされかねない。
結局、状況は変わっても何も進展していないのだ。
迷った末にアーシャは、
「あの………」
「…………死にたいの?」
えらくどすの利いた返事が返ってきた。
「ちょ、ちょっとだけ私の話聞いてもらえませんか?」
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