〔Ep1 やっと起きた少年〕
「いつつ……一体何が起こりやがったんだ……?」
頭の中が打楽器を乱打したようにぐわんぐわんと響き、
突き刺すような痛みが襲う中、
リョナたろうはゆっくりと体を起こした。
「確か……薄手の服着た女と殺りあって……
飛び掛ったら横っ腹に強い衝撃が……あーその先はわかんねぇな……」
頭痛のせいか、考えが上手くまとまらない。
「しかし……何で俺は生きてんだ?」
戦闘の途中で気絶したんだから、
当然のことあの女に殺されてしまった筈。
だが、こうして俺は目を覚ました。
体にも少しばかりの痛みはあるようだが
致命的な傷はどこにも見当たらない。
「……つまりは見逃したってことか。
はっ! 何処まで甘ちゃんなんだかな……」
リョナたろうは吐き捨てるように
自分と戦った女、桜と、そして自分を嘲笑う。
殺し合いというゲームの中で、殺さずを通そうとする少女と
そんな少女に生かされてしまった自分を自嘲するかのように……
「まぁ何にせよ、生きてたんだ。
それだったらやることは一つだよなぁ?」
当初の目的、トカゲと一緒に行動して
リゼ達を探しながら、手頃な女をリョナってやることを……
「ってオイ。トカゲ何処行ったよ? ……いや、いるわ。
寝こけてやがるけど」
俺が気絶してたにも関わらず、視線の先のトカゲは
鼻ちょうちんを膨らませながらすやすやと寝入っていた。
「……ちっ、俺に女以外を叩き起こせってのか?
……いや、こいつもそれなりにダメージがあるみたいだから
このまま放っておくか」
普段、寝ている相手が女かリゼなら何の躊躇いもなく
殴って起こしたはずだが、今は自分の生死も大きく関わってくる
ゲームに身を投じている訳だから、必要な戦力を
無下に摘み取ることも避けたいところだ。
俺自身も少しばかりダメージがある。
叶う限りは動かずにいて体力の回復を図る方が得策だ。
「おk。多少ポリシーとは異なるがこれが一番だな。
さて……トカゲが寝てる内にこいつのデイパックから
ファイト一発を抜き取っておくか……」
はっきり言って、あの強壮剤を有効に扱えるのは俺や
東支部の連中だけだろうから、
くすねたとしてもこいつは怒りはしないだろう。
ごそごそ……
「あ? 何だ? ビンらしき感触なんてどこにもねーぞ?」
トカゲのすぐそばに落ちていたデイパックに
手を突っ込んでファイト一発を探すが、それらしきものはなく、
何か金属質の固いものの感触がちらついた。
不審に思ったリョナたろうは思い切ってその物体を取り出す。
すると、何やら金属質の箱に猫のひげが生えたようなものが顔を覗かせた。
「……こんなモン持ってたかこいつ……?
ってことはオイ? あの女デイパックをすり替えて行きやがったのかYO!?」
なんてこった! 唯一の回復アイテムが
こんな用途も分からない代物に変えられてしまうとは……
「ちっきしょう!!」
ムカっ腹の立ったリョナたろうは手に取った箱を乱暴に放り投げた。
がしゃっ! ピピピピピピ……!
「あ? 何だこの音……?」
放った箱の目盛りらしき箇所が急に光り出し、奇怪な音を鳴らす。
ざんっ! ざんっ!! ざんっ!!!
「!?」
急に辺りの木がへし折れん程の撓る音を放ち、
それは真っ直ぐこちらに物凄い速さで近づいてくる。
(……敵かっ!?)
リョナたろうは音の先に全神経を集中させ、
いつでも撃ち落とせるよう魔弾を撃ち出す準備を整えた。
ざんっ!!!
数メートル先の木の枝が激しく揺れ、
人影が天高く飛び上がって太陽と重なる。
そして寸分狂うことなくこちらに向かって下降をし始めた。
(今だ! 叩き落して……いっ!?)
人影はいきなり視界から消え去ってしまい、
撃ち出そうとした魔弾が手からすっぽ抜けてしまう。
どがぁっ!!
魔弾は向かいの木にぶつかって
一際大きい爆風を巻き起こしたが
リョナたろうは消えてしまった人影を追い、
辺りを見回していた。
ひた……
「ぐっ!?」
首元に何か尖ったものが張ってくる。
「……なんだ。男だったの……」
木の後ろから女の落胆の声がしてくる。
どうやら首に突きつけられたものは、
先程見失った人影の爪のようだ。
「だ、誰だてめぇ……!」
「……ふぅん。随分ふてぶてしい態度してるのね……
貴方の生殺与奪は今私が握っているというのに……」
ぞり……ぞりぞりぞり………
「ぎっ……!?」
頚動脈近くを爪で深く引っ掻かれる。
リョナたろうはその痛覚と状況から冷や汗が出てくる。
まるで、いつも痛めつけている相手と自分の立場が
全く逆になったように思えたからだ。
「くっ……!」
リョナたろうは生存を優先するため、
この場はあえて抵抗を止め、静止した。
この声の主は口調から俺と同じ人種と推測されるが、
駆け引きの様な言葉もちらついているので
交渉の余地はありそうだと判断したための行動だ。
「そう……大人しくしていれば、
男の貴方を殺そうなんてしないわ……」
すっ……
首元を這っていた爪が静かに離れていく。
「っだはぁ……! 危うく俺がリョナられるところだったぜ……
……アンタ、いったい何者……あ?」
リョナたろうは少し肩を落として安堵のため息を漏らすが、
すぐさま声の主の姿を確認しようと後ろを振り向いた。
しかし、声の主の姿を見た途端リョナたろうは言葉を失う。
なぜならそこに立っていたのは、
リゼと同じかそれより下くらいの歳の容姿をした少女だったからだ。
しかし、容姿とは裏腹に
赤く染め上がる際どいラインの布衣装に身を包み、
不敵に笑っている雰囲気は、先ほどリョナたろうが推測したとおり
このゲームに載っている人物と解釈が取れる。
「……俺に何の用だ? アンタの口振りじゃ男に用はないんだろ?」
「えぇ、確かに最優先の目的に男は必要ないんだけど……
貴方から情報を頂きたいのよ……」
「情報だと?」
「私が飛ばされた先からここまで、誰とも会わなかった。
だから、貴方が今までに会った獲物の情報をよこしなさい」
「……嫌だと言ったら?」
「殺すわ。拒否されたら何の進展もないものだからね」
殺すと口にした少女の瞳が、まるで小動物を狩る鷹のような瞳に変わる。
そして幼い体に不釣り合いなほどの威圧感が放たれ、
リョナたろうは気圧されてしまいそうになる。
(ち……! サーチしとくか……)
リョナたろうは今後のこの少女への対応の仕方も考慮し、
サーチで強さの確認を始めだした。
(……14〜18!?
どうなってんだこのガキ……尋常じゃねぇ強さじゃねぇか……!
しかもこの数値の変動数……今の状態がもし14だとして、
これ以上のパワーアップをされたら手がつけられなくなっちまう……!)
「どうしたの? このまま黙り続けているなら拒否とみなして殺すわよ?」
「……っ! 分かった。知ってる限りのことは教える」
とは言っても、気絶をしていたからその先のことなんて
話せたものではないが……
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