ジリジリと、蝉の鳴き声が響き渡る。
湿った地面から水分が蒸発し、陽炎を描く。
そんな森の中を、二人の女性が足早に進んでいた。
「シ、シノブちゃん! 気持ちは分かるけど、闇雲に進んでも・・・わぁっ!」
「ダァイジョブ! アタシに任せてよ、アーシャねえ!」
アーシャの心配する声を腕を引っ張って中断させ、シノブは自信に満ちた声で答えた。
「(・・・シノブさん。 私にはこの方角からエルフィーネさんの魔力や気配は感じられないのですが、いったいどうしてこの方角と?)」
マインはシノブに尋ねる。
自分よりも察知能力の劣るシノブの、自信に満ちた態度を不思議に思ってのことだった。
シノブは少しの間を置いて応える。
「(・・・勘さっ。)」
「(――なっ!! そ、そんな、そんな根拠のないっ・・・!)」
マインの言葉を小さな咳払いで遮って、シノブは言葉を続ける。
「(エルは・・・。 エルならきっと、この方角に向かうって思ったんだ。)」
「(ど、どうして・・・そんなことが・・・!?)」
「(”思った”・・・じゃないな。 ・・・”信じてる”だ。)」
「(・・・し、”信じてる”?)」
「(うん、アタシ、エルならこの方角に向かうって信じてる! だから、この方角に行くんだ。)」
暫しの沈黙の後、溜め息混じりにマインは応えた。
「(・・・了解です、シノブさん。 ですが、無理だけは絶対にしないでくださいよ?)」
「(・・・分かってるよ。 無理はしな・・・)」
その時だった。
進む方向とは逆に腕を強く引かれ、シノブは大きく体勢を崩した。
倒れ込むシノブを力強く抱きとめたのは、今までシノブに腕を引かれていた女性だった。
彼女はそのままシノブに覆い被さるように地面に倒れこんだ。
――ズドオォッンッ!
直後、爆発音。
大地を揺るがし、空間を吹き飛ばす轟音が二人を襲った。
「――シノブちゃんっ! 大丈夫!?」
「ア、アーシャねえ・・・。」
シノブに覆い被さっていた人物、アーシャが素早く立ち上がってシノブに手を差し出す。
シノブは差し出された手を掴んでゆっくり起き上がった。
「突然引っ張たりしてごめん、凄く嫌な予感がしたんだ。」
「うん、分かってるさ。 ・・・ありがと、助かったよアーシャねえ♪」
軽く頭を下げようとするアーシャを手で制して、シノブは笑顔でお礼を言った。
「(シノブさん・・・。)」
「(・・・エル、だろ?)」
「(はい・・・。 先ほど衝撃から、エルフィーネさんの魔力が感じられました・・・。)」
マインの歯切れの悪い言葉に、シノブは溜め息混じりに応える。
「(・・・言いたいことがあるなら、言えって。 リト。)」
シノブに促されるように、マインは尋ねた。
「(・・・本当に、勘なのですか?)」
「(なにが?)」
「(エルフィーネさんがこの方角に居ると・・・本当はなにか確実な・・・)」
「(・・・リト、あんたにも親友って居るんだろ?)」
マインの言葉を遮り、シノブは問い掛けた。
マインは一息ついてから答える。
「(・・・はい。 アリアさん、イリスさんは私の大切な・・・)」
「(親友が困ってる時に、傍に駆けつけたいって思うのは、当然だろ?)」
「(・・・ですが、シノブさんには、遠く離れた相手の居場所を掴む術は・・・)」
「(そりゃ、アタシには、いや地球人にはリトのような”テレパシー”だとかできねぇよ。 でもな・・・。)」
シノブは一度大きく深呼吸して、言葉を続ける。
「(そんなもんなくても、感じることぐらいできるんだっ。 ・・・大切な親友【とも】のためなら!)」
「(シ、シノブさん・・・。)」
「(・・・人間、ナメんじゃねえぞ?)」
その言葉を最後に、二人の間に長い沈黙が訪れた。
(・・・私が・・・浅はかでした。)
マインは自分の中に無意識に芽生えていた思いあがりとも言うべき感情に失望した。
(戦う術もなく、身体能力も劣っていて、テレパシーすら使えない、地球人とはひ弱で不憫な生物・・・。 だから私がしっかりと導いて行かなくては・・・だなんて・・・!)
自らの肉体があれば、拳を割れんばかりに強く地面に叩きつけていただろう。
マインは悔しさと悲しさで胸がいっぱいになっていた。
「(こぉらっ! リトッ!)」
「(――はひぃっ!?)」
「(まぁた、そうやって悩むっ! ダイジョブ、アタシに任せとけって!)」
「(シ、シノブさん・・・。)」
シノブは少し恥ずかしそうに俯きながら言葉を続ける。
「(だからよ、もっとかるく行こうぜ?)」
シノブの言葉に胸が熱くなっていくのを感じたマインは、泣きながら応える。
「(あ・・・ありがとう・・・ございます・・・シノブさん・・・!)」
(シノブさん・・・私は・・・貴女と会えて・・・本当にっ・・・!)
「ばっ、バカ、泣くなって!」
「えっ? どうしたの、シノブちゃん?」
「へっ!? あっ!! いや、な、なんでも・・・アハハハッ・・・。」
アーシャの不思議そうな視線を乾いた笑い声で誤魔化し、シノブは先を急いだ。
アーシャはシノブの慌てぶりを不思議に思いつつも、慌てて彼女の後を追った。
〜〜〜〜
(休憩場所・・・どうしたものかしら・・・。)
放置することに何故か違和感を感じて、仕方なく少女の死体を地中に埋めたエルフィーネは一人悩んでいた。
(この姿では、さほど遠くへはいけない・・・。 と言って此処では目立ち過ぎる・・・。)
あれだけの轟音だ。
様子を見に来る者が居てもおかしくはない。
それでも、この場が周囲と同じ状況であればそれでも隠れてやり過ごせただろう。
しかし、此処は既に開けた焼け野原に変わっている。
この異様な光景を見て、その原因を探ろうとしない者はそうはいないだろう。
(変身してこの場を離れる? ・・・ダメね、魔力を無闇に使うことはできないわ。)
変身して移動すれば確かにすぐに離れることはできるだろう。
しかし、明確な行き先もなければその後、安全に休憩が取れる保障はない。
そんな無計画な行動に貴重な魔力を費やすのは、投資ではなく浪費である。
(・・・私は、生き延びなくてはいけない。 絶対に生き延びて、美咲を・・・!)
その時だった。
「――ひゃっ!?」
突然、デイパックから小さな電子音が鳴り、エルフィーネはあられもない悲鳴をあげた。
誰にも見られていないのに、エルフィーネは何故か恥ずかしさを感じた。
エルフィーネは大きく一度咳払いをして気を取り直すと、電子音の主を探し出した。
「・・・これは?」
電子音の主、それはエルフィーネの手には少し大きな円盤状の機械だった。
(前に美咲の家でみた、ボール集め漫画に出てきた道具にそっくりね・・・。)
エルフィーネは機械をクルクルと回してスイッチを探した。
機械の正体がなんであれ、音が鳴り続けられては困るからだ。
円盤の側面にいくつかスイッチらしき物を発見したエルフィーネは、当てずっぽうにスイッチを押してみた。
「止まった・・・わ・・・っ!?」
エルフィーネは人の気配を察して近くの木陰に身を潜めた。
「エルーっ! 何処だぁーっ! 居るんだろー! 出てきてくれー!」
「エルー! 何処に居るのーっ!」
直後、よく見知った人物の大声が聞えた。
(シ、シノブ・・・!? アーシャも・・・!?)
あの二人のことだから、きっと追いかけてくるとは思っていた。
しかし、こんなにも早く会うとはエルフィーネは思ってもいなかった。
(・・・ふふふ、丁度・・・いいわ・・・!)
エルフィーネはゆっくりと二人の声がする方へと歩き出す。
(あの2人なら・・・私を守ってくれる・・・。)
あんな別れ方をしては、普通ならば愛想を尽かれて見捨てられるはずだ。
しかし、あの2人は別だ。
あの2人が愛想を尽かすと言うことは絶対にない。
(だって、あの2人は・・・異常なまでにお人好しだものっ!)
エルフィーネはほくそえんだ。
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