初香はある事柄に思い悩んでいた。
(やっぱり、サンプルが必要だよね……)
何のことかと言うと、首輪のことだ。
自分たちに着けられた首輪……これを外さないことには、この殺し合いを
脱出するのは不可能だ。
よって、首輪を解除するためにはまず首輪を調べる必要がある。
だが、さすがに自分たちの首輪をそのまま調べるわけにはいかない。
下手なことをして、首輪が爆発でもしたら洒落にならないからだ。
つまり、首輪を調べるためには首輪のサンプル……死体などから頂いた首輪が必要となる。
もちろん死体の首輪も危険が無いわけではないが、生きている参加者のものを調べる場合と
比較するなら、安全面は比べるべくもない。
また、たとえ爆発したとしても首に嵌ったものに比べれば命を落とす危険性も低いはずだ。
(よし、ちょっと皆に相談してみよう)
思い立ったら即行動、時間は貴重だ。
初香はさっそく自分のプランを他の三人に相談することにした。
そして、初香、えびげん、美奈、ミアは死体の首輪を手に入れることについて
話し合っていた。
ちなみに、会話は盗聴されている可能性が高いと判断した初香の提案によって
話し合いは全て筆談で行われていた。
(首を切り落として首輪を手に入れるって……そんなこと……)
ミアは躊躇している。根っからの善人である彼女には死者の首を切り落とすという行為は
容認しがたいものなのだろう。
(うーん、たしかにちょっと抵抗あるけど……でも、私は必要なことだと思うよ?)
えびげんが悩みつつも、現実的な考えで意見を述べる。
彼女も基本的に善人で人の良い性格だが、ミアに比べれば考え方は柔軟だ。
(しょうがないわよ。そうしないと私たち生き残れないんでしょ?だったらやるしかないわ)
美奈もそれに続いて賛同する。
生き残ることが第一の彼女としては、すでに死んだ者のことを考慮する余裕は無い。
死体を傷つけることで自分たちが助かるなら、当然そうするべきだと考えていた。
ミアはいくらか逡巡した後、複雑そうな表情を浮かべながらもようやく首を縦に振った。
「じゃあ、決まりだね」
初香が立ち上がって外に向かおうとするのを、慌ててミアが止める。
「待って!初香ちゃんは怪我してるんだから、ここで休んでて!
く……アレなら私が持ってくるから!」
「……でも、僕が言い出したことだし、他の人に任せるわけには……」
ミアの言葉に対して、初香は躊躇いを見せる。
「何言ってるの!?そんなこと、なおさら子供にやらせるわけにはいかないわよ!」
だが初香の言葉を聞いたミアは、怒った表情を見せて初香を叱る。
「で……でも……」
「いいから、ここで美奈ちゃんと一緒に休んでなさい!分かった!?」
「……はい……」
初香はミアの迫力につい素直に従ってしまった。
普段なら子供扱いするなと怒るところだが、どうにもこのミアという少女には
調子を狂わされてしまう。
天才少女も方無しだった。
ふと、横でえびげんがニヤニヤしてるのを見つけて、思いっきり睨みつける。
慌ててそっぽを向くえびげん。
(もう遅いよ、えびげんさん。ミアさんが首輪を持ってくるまでいびり倒してやるから)
ミアが外に出て行くのを見送りながら、初香はえびげんに向かって底意地の悪い笑みを見せる。
それを見たえびげんは冷や汗を流しつつ、引き攣った笑いを浮かべるしかなかった。
それを見ていた美奈は半眼で呟く。
「……気楽でいいわね、貴女たち……」
殺し合いという異常な状況にもかかわらず、自分と違って余裕のありそうな初香とえびげんを見て、
美奈は膨れ面を浮かべていた。
国立魔法研究所の外に出たミアは、オーガの墓を掘り返していた。
まゆことオーガ、どちらを掘り起こすかといえば、裏切って敵となったオーガを
選ぶことは自然であろう。
だが、敵とはいえ墓を掘り起こして死者の眠りを妨げるのはミアにとって不本意であった。
さらに、ミアは今から死体の首を斬り落として首輪を手に入れなければならないのだ。
「……すー……はー……」
深呼吸をして、気持ちを落ち着けるミア。
涼子のナイフを握りしめた手が、緊張で震えていた。
できることなら、こんなことはしたくない。
だが、これは必要なことなのだ。
皆が生きて帰るために、やらなくてはならないことなのだ。
心の中で何度も自分にそう言い聞かせ、ミアは覚悟を決めてオーガの首にナイフの刃を立てる。
ざくっ……ざくっ……。
黙々と、だが神経をすり減らしながら作業を続けるミア。
額から汗が流れ、顎を伝って地面へ落ちる。
手は血で真っ赤になり、いつしかミアの息遣いが荒くなっていた。
ざくっ……。
そして、ミアは幾ばくかの時間をかけてようやく首を切り落とすことに成功した。
「……ふぅ……」
ようやく終わった。
ミアは安堵の息を吐く。
「後は首輪を初香ちゃんに渡せばいいわね……
でも、その前に血を洗い流さないと……」
「何やってるんだ、アンタ!?」
「……!?」
いきなり聞こえてきた声に、ミアは慌てて声のした方向に目を向ける。
そこには、ミアと同年代の青年と20代前半の魔術師風の女性、頭に獣の耳を持つ少女が
呆然とした表情を浮かべて立っていた。
「ま……まさか、アンタその人を……!?」
青年が驚きの表情を浮かべてミアに問う。
「ち……違っ……!わ、私は……!」
咄嗟のことに混乱したミアは、上手く言葉が出てこない。
その態度が挙動不審と取られたのか、三人は疑わしげな表情をミアに向ける。
だが、そのとき国立研究所の扉が開けられ、中からえびげんが出てきた。
「ミア終わった〜?ゴメンね、気分悪い仕事押し付けちゃって。
お茶とお菓子用意できたから、食欲あったら後で……おや?」
えびげん、ようやくミアの他に人がいることに気がつく。
三人の疑惑の視線とミアの狼狽ぶりを見て、えびげんはすぐに状況を理解した。
ミアの誤解を解かなければ。
えびげんはそう思うが、盗聴の可能性を考えると『首輪を取るため』とストレートに
言ってしまってはキング・リョーナに首輪を解除しようとしていることがばれてしまう。
そう考えたえびげんは、咄嗟に頭に浮かんだ言葉を口にした。
「……安心せい、峰打ちじゃ」
……ひゅううぅぅぅぅ……。
冷たい空気が流れた。
三人だけでなくミアまでえびげんを見たまま固まってしまい、
えびげん自身も『やってしまった』という表情で赤くなって固まっていた。
……どれほどの時間が経っただろう。
やがて、凍っていた時が流れ始めた。
「…………」
青年と獣耳の少女が目線を交わし、頷き合う。
そして、青年と少女が据わった目で指を鳴らしながらミアとえびげんに向かって
歩いてきた。
えびげん、ビビる。
ミアもビビる。
えびげん、ミアに視線で助けを求める。
『何とかして!怖い!』
それに対して、同じく視線で答えるミア。
『無理です!私も怖いです!』
それを見て、えびげんは覚悟を決めた。
『よし!逃げよう!』
『だ、駄目ですよ!?誤解を解かないと
美奈ちゃんや初香ちゃんたちまで……!』
視線だけで会話する、無駄に高性能な二人。
だが、そんな二人に不吉な影が落ちる。
はっとそちらを向くと、やたら怖い目をした男女。
「……で、説明してもらおうか?」
「……私たちが納得できるようにね?」
笑顔。だが、目は笑っていない。
それに対して、えびげんが引き攣り顔で答える。
「えっと、峰打ち……」
『 黙 れ 』
「ハイ」
この期に及んでほざくえびげんを、一言で切って捨てる青年と少女。
「あ……あのっ……!お願いです、話を聞いてください!」
そのとき、やっと舌が回るようになったミアが言葉を紡ぐ。
その言葉を受けて、ミアに視線が向けられる。
「今の状況を見て、貴方たちが私たちのことを信じられるとは思えません!
でも、これは決して悪意があってやったことではないんです!
皆が生き残るために必要だと判断したから……!だから……!」
「……ええ、大丈夫。分かってるわ」
ミアの必死の説得に答えたのは、今まで黙って様子を見ていた魔術師風の女性だった。
青年と少女が戸惑った視線を女性に向ける。
それに対して、女性は微笑みながら自分の首輪を指差して言った。
「……目的はコレでしょ?」
青年と少女の誤解が解けたのは、それから数分後だった。
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