にわかに外が騒がしくなってきた。
ゼリーを貪り食っていた涼子は、いったん食べるのをやめて窓の外を覗き見る。
そこには想像を絶する光景が広がっていた。
メイドを背負った猫耳少女が、パンツ一丁の変態に追いかけられている。
目の前で繰り広げられているあまりにシュールな鬼ごっこに、もはや笑いを通り越してあきれ返る涼子であった。
(いやー今日はメイドに変態と、いろんなものに会う日だねー)
追いかけられている二人は、さっき自分と殺し合いを演じた二人に間違いない。
これは借りを返すいいチャンスだが、問題は追いかけている変態のほうだ。
あれと係わり合いになるのは是が非でも遠慮したい。
(ま、ここはもう少し様子を見ますか)
涼子はとりあえずゼリーの続きを頬張りながら、この空前絶後の鬼ごっこを観戦することにした。
鬼ごっこはいつの間にかかくれんぼになっていた。
いくらナビィが身体能力でモヒカンに勝るとはいえ、えびげんを背負った状態ではさすがに逃げきれない。
そこで商店街の建物の多さを利用して隠れるという手を打ったわけだが………
「ヒャッハーーー! みぃつけたぜ〜〜!」
「ま、また!! なんで!?」
これも、あまりうまくいっているとは言い難かった。
というのも、どこに隠れても必ず見つかってしまうのだ。
なにやら股間を強調してレーダーがどうとか言っていたが、皆まで聞く前に逃げ出したのでどういうからくりなのかは未だにわからない。
見つかっては隠れを繰り返すうちに、もうとっくに日は暮れて、辺りは街灯の人工的な明かりに照らされていた。
最初の遭遇から大分時間がたって、ようやくパニック状態から抜け出しつつあるナビィは、今の状況が非常にまずいことに気づいていた。
自分たちはこんなところで時間を無駄にしている場合ではないのだ。
仲間の身に危機が迫っていることは明らかなのに、一刻も早く国立魔法研究所に戻らなくてはならないのに。
商店街の西入り口近くの雑貨屋に飛び込んで息を整えながらナビィは考える。
えびげんを背負ってここから国立魔法研究所まで戻るとなると、途中で必ずあいつに追いつかれてしまう、もちろん彼女を置いていくという選択肢はない、そうなると取れる手段は限られてくる。
あいつを巻くか、あいつを倒すか、二つに一つだ。
しかし、前者は不可能だということはもうわかった。
ならば倒すしかない。
背負っていたえびげんをそっと下ろすと、意を決して立ち上がる。
だがやはり怖いものは怖い。
あれには死とか、苦痛とか、そういうものとは違った生理的恐怖を起こさせる力がある。
(せめて武器、何か武器になるものを)
そう思ってデイパックの中を探ってみると、なにやら硬いものに触れた。
「え?」
出てきたのはナビィにとってもっとも扱いなれた武器、鉄製の鉤爪である。
「こんなもの、さっきはなかったのに………」
それは涼子が持っていたサーディの運命の首飾りが、ナビィの意思に応じて変化したものだった。
何はともあれ、武器は手に入れた。
今こそ、あの変態を倒すときだ。
勢いよく扉を開け放つと、ナビィは雪の舞い散る表通りへと飛び出した。
「お、何だ? 観念したか?」
変態はすぐ近くまで来ていた。
やはりここも探り当てられていたようだ。
(大丈夫だ、落ち着け)
ナビィは内心の怯えを悟られないように静かに息を吐くと、きっと相手をにらみつけて拳を構えた。
そのときになってナビィはようやく気づいた、モヒカンからかすかなマタタビの匂いが漂ってくることに。
(どういうこと? なんでこいつから明空に渡しておいたマタタビの匂いが……)
よくよく考えてみると、モヒカン頭にパンツ一丁の変態というのは、ミアたちを襲った危険人物の特徴にぴったり当てはまるではないか。
しかも、その危険人物は去り際に、必ず殺してやるという旨の捨て台詞を残していったという。
(まさか、こいつが明空と美奈を!)
さらに鋭く変態をにらむナビィ。
しかし、そんな彼女の決意は次の瞬間には揺ぐことになる。
変態が突然五人に増えた。
………悪夢だ。
(だ、だだ、だいじょうぶ、おち、落ち、落ちち着け!!)
全く説得力のない自己暗示を繰り返しながら、思わず腰が引けて後じさりしてしまう。
その間に変態軍団は手に手に棍棒を持って襲い掛かってくる。
くじけそうになる心を無理やりねじ伏せて、萎えかけた気力を奮い起こし、次々と迫り来る変態をリズムよくいなしていくうちに、ようやく平常心を取り戻してきた。
(こいつら、一体一体の動きが荒い)
変態たちは、数は増えても連携が取れていないし、動きに精彩を欠く、おそらく魔力が切れ掛かっていて分身をうまく制御できないのだろう。
これなら五対一でも十分勝機はある。
ナビィは一人連携の輪から外れて襲いかかってきた変態の首を掻き切り、さらに心臓に鉤爪を突き立てる、するとたちまちそいつは消え去った。
残りの変態たちは一斉にちっと舌打ちすると、二人組に分かれた。
どうやら挟み撃ちにする気らしい。
完全にはさまれる前に左右に分かれたペアのうち右の方に攻撃を仕掛ける。
させるか、とばかりに左の変態ペアが動き出すが、後方から響いた一発の銃声とともに二人の変態はまとめて消え去った。
雑貨屋の前には、先の戦闘で刺された腹部をかばいながらもショットガンを構えるえびげんの姿が。
(よかった、目が覚めたんだ)
本音を言えばもうちょっと早く目を覚ましてほしいところだったが、文句を言うのは後にしよう。
えびげんの方に気を取られた変態の一人に強烈なとび蹴りをかます、着地と同時に回転を加えた裏拳、そして鳩尾への突き。
この攻撃はギリギリでかわされてしまったが、ナビィの猛攻は止まらない。
まずローキックで体勢を崩してからの前蹴り、蹲りかけたところへ鉤爪による必殺のアッパーカット、さらにとどめの後ろ蹴り。
ナビィの蹴りをもろに食らった変態は勢いよく吹っ飛んで地面をゴロゴロと転がる。
終点はショットガンの銃口。
(あいつは本物だ)
ナビィの鉤爪からは血が滴っているし、大の字になって横たわる変態の右肩には浅く三連続の引っ掻き傷がついている。
致命傷になる攻撃はしっかり回避しているあたり、あの変態もなかなかのものだが、勝負ありだ、この状況からの逆転はあり得ない。
「ぐ、げっほっ、ちくしょう……」
眉間に銃口を突き付けられながらも悪態をつく変態にナビィが鋭く詰め寄った。
「答えて! 明空と美奈を殺したのはあなた?」
えびげんが「えっ?」と声を上げて銃を落としかけたが、あわてて銃口を向けなおす。
「へへへ、ああ、そうだよ。
てめぇらがのんきに遊んでるうちにぶっ殺してやったんだ」
「くっ!!」
一瞬頭にかっと血が上ったが、何とか自分を抑えつけて考える、腑に落ちないことが一つある。
こいつは確かにそこそこ強い、分身なんて厄介な力も持っている。
しかし、国立魔法研究所にはミアとクリスがいたのだ。
あの二人とて手練れの戦士、こいつ一人にやられるとは思えなかった。
(まさか………ほかに仲間がいる?)
この結論に辿り着くのがあと数秒早かったなら、こんな結末は変えられたかもしれない。
ナビィが商店街の入り口のところに人影を見つけた次の瞬間、雷鳴が鳴り響き、一筋の閃光がえびげんの胸を打ち抜いた。
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