蜘蛛の糸

 
にわかに外が騒がしくなってきた。

ゼリーを貪り食っていた涼子は、いったん食べるのをやめて窓の外を覗き見る。
そこには想像を絶する光景が広がっていた。

メイドを背負った猫耳少女が、パンツ一丁の変態に追いかけられている。

目の前で繰り広げられているあまりにシュールな鬼ごっこに、もはや笑いを通り越してあきれ返る涼子であった。

(いやー今日はメイドに変態と、いろんなものに会う日だねー)

追いかけられている二人は、さっき自分と殺し合いを演じた二人に間違いない。
これは借りを返すいいチャンスだが、問題は追いかけている変態のほうだ。
あれと係わり合いになるのは是が非でも遠慮したい。

(ま、ここはもう少し様子を見ますか)

涼子はとりあえずゼリーの続きを頬張りながら、この空前絶後の鬼ごっこを観戦することにした。





鬼ごっこはいつの間にかかくれんぼになっていた。

いくらナビィが身体能力でモヒカンに勝るとはいえ、えびげんを背負った状態ではさすがに逃げきれない。
そこで商店街の建物の多さを利用して隠れるという手を打ったわけだが………

「ヒャッハーーー! みぃつけたぜ〜〜!」
「ま、また!! なんで!?」

これも、あまりうまくいっているとは言い難かった。
というのも、どこに隠れても必ず見つかってしまうのだ。
なにやら股間を強調してレーダーがどうとか言っていたが、皆まで聞く前に逃げ出したのでどういうからくりなのかは未だにわからない。

見つかっては隠れを繰り返すうちに、もうとっくに日は暮れて、辺りは街灯の人工的な明かりに照らされていた。
最初の遭遇から大分時間がたって、ようやくパニック状態から抜け出しつつあるナビィは、今の状況が非常にまずいことに気づいていた。

自分たちはこんなところで時間を無駄にしている場合ではないのだ。
仲間の身に危機が迫っていることは明らかなのに、一刻も早く国立魔法研究所に戻らなくてはならないのに。

商店街の西入り口近くの雑貨屋に飛び込んで息を整えながらナビィは考える。
えびげんを背負ってここから国立魔法研究所まで戻るとなると、途中で必ずあいつに追いつかれてしまう、もちろん彼女を置いていくという選択肢はない、そうなると取れる手段は限られてくる。

あいつを巻くか、あいつを倒すか、二つに一つだ。
しかし、前者は不可能だということはもうわかった。
ならば倒すしかない。

背負っていたえびげんをそっと下ろすと、意を決して立ち上がる。
だがやはり怖いものは怖い。
あれには死とか、苦痛とか、そういうものとは違った生理的恐怖を起こさせる力がある。

(せめて武器、何か武器になるものを)

そう思ってデイパックの中を探ってみると、なにやら硬いものに触れた。

「え?」

出てきたのはナビィにとってもっとも扱いなれた武器、鉄製の鉤爪である。

「こんなもの、さっきはなかったのに………」

それは涼子が持っていたサーディの運命の首飾りが、ナビィの意思に応じて変化したものだった。
何はともあれ、武器は手に入れた。
今こそ、あの変態を倒すときだ。
勢いよく扉を開け放つと、ナビィは雪の舞い散る表通りへと飛び出した。

「お、何だ? 観念したか?」

変態はすぐ近くまで来ていた。
やはりここも探り当てられていたようだ。

(大丈夫だ、落ち着け)

ナビィは内心の怯えを悟られないように静かに息を吐くと、きっと相手をにらみつけて拳を構えた。
そのときになってナビィはようやく気づいた、モヒカンからかすかなマタタビの匂いが漂ってくることに。

(どういうこと? なんでこいつから明空に渡しておいたマタタビの匂いが……)

よくよく考えてみると、モヒカン頭にパンツ一丁の変態というのは、ミアたちを襲った危険人物の特徴にぴったり当てはまるではないか。
しかも、その危険人物は去り際に、必ず殺してやるという旨の捨て台詞を残していったという。

(まさか、こいつが明空と美奈を!)

さらに鋭く変態をにらむナビィ。
しかし、そんな彼女の決意は次の瞬間には揺ぐことになる。

変態が突然五人に増えた。

………悪夢だ。



(だ、だだ、だいじょうぶ、おち、落ち、落ちち着け!!)

全く説得力のない自己暗示を繰り返しながら、思わず腰が引けて後じさりしてしまう。
その間に変態軍団は手に手に棍棒を持って襲い掛かってくる。
くじけそうになる心を無理やりねじ伏せて、萎えかけた気力を奮い起こし、次々と迫り来る変態をリズムよくいなしていくうちに、ようやく平常心を取り戻してきた。

(こいつら、一体一体の動きが荒い)

変態たちは、数は増えても連携が取れていないし、動きに精彩を欠く、おそらく魔力が切れ掛かっていて分身をうまく制御できないのだろう。
これなら五対一でも十分勝機はある。
ナビィは一人連携の輪から外れて襲いかかってきた変態の首を掻き切り、さらに心臓に鉤爪を突き立てる、するとたちまちそいつは消え去った。

残りの変態たちは一斉にちっと舌打ちすると、二人組に分かれた。
どうやら挟み撃ちにする気らしい。
完全にはさまれる前に左右に分かれたペアのうち右の方に攻撃を仕掛ける。
させるか、とばかりに左の変態ペアが動き出すが、後方から響いた一発の銃声とともに二人の変態はまとめて消え去った。

雑貨屋の前には、先の戦闘で刺された腹部をかばいながらもショットガンを構えるえびげんの姿が。

(よかった、目が覚めたんだ)

本音を言えばもうちょっと早く目を覚ましてほしいところだったが、文句を言うのは後にしよう。
えびげんの方に気を取られた変態の一人に強烈なとび蹴りをかます、着地と同時に回転を加えた裏拳、そして鳩尾への突き。
この攻撃はギリギリでかわされてしまったが、ナビィの猛攻は止まらない。
まずローキックで体勢を崩してからの前蹴り、蹲りかけたところへ鉤爪による必殺のアッパーカット、さらにとどめの後ろ蹴り。

ナビィの蹴りをもろに食らった変態は勢いよく吹っ飛んで地面をゴロゴロと転がる。
終点はショットガンの銃口。

(あいつは本物だ)

ナビィの鉤爪からは血が滴っているし、大の字になって横たわる変態の右肩には浅く三連続の引っ掻き傷がついている。
致命傷になる攻撃はしっかり回避しているあたり、あの変態もなかなかのものだが、勝負ありだ、この状況からの逆転はあり得ない。

「ぐ、げっほっ、ちくしょう……」

眉間に銃口を突き付けられながらも悪態をつく変態にナビィが鋭く詰め寄った。

「答えて! 明空と美奈を殺したのはあなた?」

えびげんが「えっ?」と声を上げて銃を落としかけたが、あわてて銃口を向けなおす。

「へへへ、ああ、そうだよ。
てめぇらがのんきに遊んでるうちにぶっ殺してやったんだ」
「くっ!!」

一瞬頭にかっと血が上ったが、何とか自分を抑えつけて考える、腑に落ちないことが一つある。
こいつは確かにそこそこ強い、分身なんて厄介な力も持っている。
しかし、国立魔法研究所にはミアとクリスがいたのだ。
あの二人とて手練れの戦士、こいつ一人にやられるとは思えなかった。

(まさか………ほかに仲間がいる?)

この結論に辿り着くのがあと数秒早かったなら、こんな結末は変えられたかもしれない。
ナビィが商店街の入り口のところに人影を見つけた次の瞬間、雷鳴が鳴り響き、一筋の閃光がえびげんの胸を打ち抜いた。


 
「かっ……は………?」

何が起こったのかわからないという顔でその場に崩れ落ちるえびげん。

「だから言ったんだ、この馬鹿が」
「おまえ……どうしてここに?」

変態は起き上がりながら、信じられないものを見る目で悠然と歩み寄ってくる男に問いかける。

「そろそろお前が敵と相打ちにでもなってくたばってる頃かと思って来てみたら、まだ生きてやがったから助けてやったんだよ」

どこか暗い雰囲気をまとったエルフ風の男、ダージュはめんどくさそうに答えた。

ナビィは慌ててえびげんのもとへ走る。
強力な電撃を受けたえびげんはまだ全身が痙攣していて、戦闘不能は明らかだ。

「おっと、待ちな」
「!!」

ダージュが左手で引きずっていたものを無造作に足元へ転がした。
ナビィはそれが人の形をしていることが分かって、慌てて足を止めた。
否、“人の形をしていることしか分からなかった”というべきか。

その人物は、体型からするとどうやら女性らしい。
彼女はぼろぼろのローブを着ていた。
あちこちが破れ、もとが何色だったのかも分からないぐらいに血と泥にまみれたローブを。
豊かなブロンドの髪は蓬々と乱れ、その顔を覆い隠してしまっている。
腕は内出血でどす黒く腫れ上がり、その先の指、爪が全て無い、は十本とも出鱈目な方向を指差していた。

「ったく、途中で倒れやがって、手間かけさせんじゃねぇよ」

ダージュは悪態をつきながら、つま先で彼女のわき腹を小突く、たったそれだけで体中の骨が悲鳴を上げる。
しかし、彼女自身は悲鳴を上げることすらできず、くぐもったうめき声が漏れるだけだった。

はらり、と顔を覆っていた髪が一筋、地面に落ちた。

その下から現れた……その顔は………

「ク…リス?………クリス!!」

あざだらけで、血まみれだったが、その顔は確かに見知った魔術師のものだった。
うっすらとまぶたが開き、その口元が震える。
ナビィの鋭敏な聴覚でもほとんど聞き取れない、虫の息づかいのような声で、その口元はこうつぶやいた。

ごめんなさい、と。

ああ、クリスは生きていた。
放送で明空と美奈の名前が呼ばれたときからずっと、その安否が気になっていた。
しかし今、彼女が生きているという事実は更なる災いの始まりを告げるものでしかない。

「さてと、言わなくてもわかると思うが、一応言っとくか」

ぴたりと、槍の穂先を心臓の真上にあてがって、

「動くな」

災いが始まった。


 
「ヒャアーハッハッハーー!! 助かったぜぇ!」
「わかったか? こうやってスマートにやるんだよ。わかったら今度からは俺の言うことを聞くんだな」
「ああ、考えとくぜ!」

変態が蹴られた鳩尾をさすって立ち上がる、その顔に満面の笑みを浮かべながら。

「さっきはよくもやってくれたなぁ、おい」

その笑みは、先ほどまでこの男に感じていた恐怖とは別の恐怖でナビィの心を満たしていく。

「おい、そいつは俺の獲物だ。
 お前が殺したがってたのはそっちのメイド女だろう」
「わかってるよ、分け前は山分けだ」
「……分けてもらうほうのセリフかそれ?」

モヒカンはダージュの突っ込みは無視して足元で荒い息を繰り返すえびげんに視線を移す。

「さぁて、てめぇにはオーガを殺られた恨み、万倍にして返してやらねぇとなぁ」

そういって抵抗できないえびげんに馬乗りになると、目を閉じてなにやらうなりだした。
するとすぐ隣に分身が出現する、どうやら本当に魔力が限界らしく、現れた分身は一体だけで、その一体も今にも消えてしまいそうだった。

分身はすぐそばに転がっていたモヒカンのデイパックから一振りのつるはしを取り出すとえびげんの頭の方へと回りこむ。
そして本物はえびげんの手首を掴むと、手のひらを重ね合わせた状態で頭の上に固定する。

ナビィにはわかってしまったモヒカン達が何をするつもりなのか。
えびげんにもわかったらしく顔を真っ青にして必死に抵抗を試みる。
しかし、ダージュの電撃のダメージがまだ抜け切っていないえびげんの抵抗など、怪力のモヒカンの前では無意味に等しい。

ゆっくりと、恐怖を煽るようにゆっくりと、分身がつるはしを振りかぶる。

「な、何する気……やめて………やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

緩慢に、だが正確に、えびげんの手のひらにつるはしの切っ先が打ち込まれた。

「あ゛ああぁぁぁぁぁぁぁ! ひっぐ、うぁ、うあああぁぁぁぁ!!」

両手を地面に縫い止められたえびげんは、必死で身をよじり、足をばたつかせて痛みから逃れようともがく。
だが、もがけばもがくほど突き刺さったつるはしが手のひらをえぐる。

「ああぁ………はぁ、はぁ、うぐ………くぅ」
「おいおいだらしねぇな、お楽しみはまだまだこれからだぜ」

モヒカンがえびげんの上から降りると、役目を終えた分身はついに形を保てなくなり消えていった。
残されたモヒカンは傍らに落ちていた棍棒を拾い上げると一片の容赦もなく、逃れるすべを持たないえびげんの鳩尾に叩き付ける。

「ぐげぇ、げほっ、がぁ」
「まだまだいくぜぇ」

下腹部を、

「ひぐぁ」

腕を、

「うぐぅ」

胸を、

「ひゅがっ」

脚を、

「ぎぎゃぁ」

余すところなく滅多打ちにする。
先に限界を迎えたのは棍棒のほうだった。
中ほどから折れた棍棒をたいした未練も無さそうに投げ捨てると、再びデイパックを漁り始める。

中から取り出したのはいかにもよく切れそうな一振りの包丁。
それを見せびらかすようにくるくると弄びながら、えびげんを縛めるつるはしに手をかける。
「ひっ」と、短い悲鳴。

「あ〜あ、こりゃもうダメだな」
「あぐっ! うぁぁ……」

穿った穴を広げるように、つるはしをぐりぐりと動かすモヒカン。

「手が使い物にならねぇんだから指なんてもういらねえよな?」
「へ?」

手に持った包丁をぴたりと左手小指の第二関節に突きつけながら、にんまりと笑ってえびげんの顔を覗き込む。

「あ……あぁ………、いや…いやぁぁ……やめ」

えびげんの哀願は途中で絶叫へと変わった。



ナビィの口の中には鉄の味が充満していた。
いつの間にか血が出るほどきつく、下唇を噛んでいた。

「おまえ、ナビィだよな?」

突然自分の名前を呼ばれてはっと我に返ると、ダージュを真っ向から睨み付ける。

「卑怯者! クリスを放して」

どす、と鈍い音がしてクリスがうめき声をあげる。

「ナビィだよなって聞いてんだ」
「そ、そうだよ」
「オルナとはどういう関係だった?」
「え、オルナを知ってるの?」

ダージュが無言で足を振り上げる。

「ま、待って! 言う! 言うから!」

ダージュの足が空中でぴたりと止まる。

「オ、オルナは一人ぼっちだった私を引き取って、ずっと育ててくれた。
 私がロアニーと戦う旅に出る時も……一緒に…ついてきて……くれて………」

不意にオルナと過ごした日々の思い出が頭をよぎって、それ以上言葉を紡げなくなった。
口を開けばとめどなく嗚咽があふれ出てきてしまいそうで。

「そうか……なるほどな、お前はオルナにとって家族みたいなもんだったってことか」

ダージュはいかにも満足げな表情でうなずいて、

そのままクリスの胸を踏みつぶした。

「なっ!!」

クリスの豊満な乳房の下で、折れた肋骨がバリバリと遠慮のない音を立てて砕ける。

「!!! がぁ………ああぁぁぁ…………ぁぁ……ごふっ」

口からは声にならない叫びと、真っ赤な鮮血があふれ出す。

「そういえばよ、ジイさんの話だとてめぇらは三人組だったって聞いてたんだけど、もう一人はどうした?」

ダージュは何事もなかったかのような口調で尋ねてくる。
その口調が今にも爆発しそうなナビィの心を逆さに撫で上げる。
ナビィはダージュに飛び掛かりそうになる体を押さえつけるのに必死だった。

「エマは……し、死んだ」

大切な仲間の死を口に出すと、高ぶっていた感情が少し落ち着いた……正確には沈み込んだ。

「あぁ?」

今度は露骨に不機嫌そうな顔で聞き返してくる。

「ほ、本当……さっきの………放送で……な、名前が………呼ばれて…………」

再び言葉が紡げなくなる、視界がにじんで前が見えなくなってくる。

「ちっ、そいつ“も”殺してやろうと思ってたんだが、まあいいか」

………そいつ“も”?

どういうこと?
私も殺すってこと?
それともほかの誰かを殺したってこと?
どうしてこいつはオルナのことを知っている?
どうしてオルナのことばかり聞いてくる?

……………まさか。

まさか……まさか…まさか、まさか、まさかまさかまさかマサカマサカ!!!

「まさか………おまえが、オルナを………」

答えは、すぐには返ってこなかった。
嘲笑うような、何かを期待するような、そんな冷笑を浮かべながら、返ってきた答えは………

「さぁ、どうだか?」

瞬間、今度こそナビィの体は暴発した、自制の鎖はバラバラにはじけ飛んだ。
目の前の男を殺すために、絶対的な殺意に突き動かされて、意味をなさない咆哮とともに、牙をむき出しにして飛び掛かった……………が。

「がはぁ!!」

その突進は突然空中に出現した岩の塊に押しつぶされて止まった。
あらかじめディレイスペルで仕掛けられていたストーンが発動したのだ。
普段のナビィなら鋭敏な感覚と反射神経で回避できたかもしれないが、怒りに我を忘れた今は、その発動を察知することもできず無様に直撃を食らってしまった。

しかし、今のナビィにはそんなことはどうでもいい。
痛みなど感じなかった。
依然、燃え上がる殺意が彼女の心と身体を支配している。
今の攻撃で受けたダメージは決して小さくはないが、それもどうでもいいことだ。

自分を押しつぶす岩石を跳ね除けようと全身に力をこめたそのとき、声を最後の一滴まで搾り出すような、もはや悲鳴とも呼べない苦痛の呻きが聞こえた。
その声に煮えたぎっていたナビィの心は急激に凍り付く。

恐る恐る顔を上げると、ダージュの靴がもうこれ以上痛めつけようの無であろうクリスの手を踏みにじっていた。
靴の動きに合わせて、折れた指が好き勝手に踊る、まるで伴奏のように搾り出される悲鳴………

「誰が動いていいつったんだよ? ええ!!」

更に激しく、踵で手の甲を踏みにじる。
その声は怒気をはらんでいたが、その目は「待ってました!」と言わんばかりに笑っていた。

「やめてぇ!! もうやめてよおおぉぉぉ!!」

もう叫ぶことしかできなかった、敵を倒すとか、仲間を助けるとか、立ち上がるとか、そういった気力はもう消え失せていた。

とうとうこらえ切れなくなった涙が止め処なくあふれ出す。
それは好き放題に仲間を蹂躙される怒りによるものか。
何もできない自分の無力を呪ったものか。
それとも、もっとも大切な二人の仲間の死を再確認した絶望のためか。
この先また独りで生きていかなくてはならないことに恐怖したためか。
あるいはそれら全てか。
もう何も分からない。

「くっくっくくくく、くははははは、はーーーはっはっはっはっ!
 なぁ! 見てるかーー! オールナーーー!! ひっはっはっはっは!!」

天に向かって吼えるように叫びながら、狂ったように笑い続けるダージュ。



別の方向から、別の悲鳴が上がる。

「へっへっへ、なかなかいい体してんじゃねぇか」

えびげんのメイド服は前半分が大きく切り裂かれていて、ほとんど下着姿になっていた。
破れた服の下からのぞく肢体は、なるほどなかなかに女性的ないい体をしていた。
たいていの男はその体に劣情を催すことだろう。
ただ一点、体中があざだらけであることをのぞけば………
しかし、この男にとってはそれも興奮を促す最高のスパイスに過ぎない。

真っ赤な雪の絨毯の上には切断された指が無造作に捨ててあった。
何本あるか数えるまでも無い、えびげんの手のひらにはもう一本も指が残っていないのだから。
しかし手のひらだけあれば十分、それだけでえびげんは動けない。

「よぉし、手始めに一発犯ってやるぜぇ!」

モヒカンのメガトンハンマーはすでに準備万端だ。
後は取り出してねじ込むだけでどんな女も文字通りの意味で昇天させることができる。

えびげんも見るのが初めてと言うわけではない、だがこれほどまでのものを見るのは初めてだった。
あまりの衝撃に声を出すこともできなくなった。
この男は本当に人類なのかと疑った。
そして、今からそれが自分のなかに………

それを意識したとたん歯の根があわなくなるほどの恐怖に震えた。
しかし、逃れることは叶わない。
モヒカンのものがゆっくりと下腹部に迫ってくる。



狂笑と叫喚が共鳴するこの地獄で、ナビィは涙を流しながらつぶやいた。

「たすけて………」

小さく、かすれた声でもういちど。

「だれか……たすけてよぉ………」

その声が聞き届けられたのかどうか、それは分からない。
しかし今、この地獄に天から一筋の希望が舞い降りた。


 
「………なんだ、てめぇは?」

上からの奇襲を紙一重で回避したダージュがギロリと襲撃者をにらむ。

「………なんで……あなたが?」

ナビィはあまりに意外な人物の登場に目を丸くしていた。

「ふっふっふっ………」

街灯の光の中に大胆すぎる笑みが浮びあがる。

その人物は舞い落ちる雪と共に空からやってきた。
そして、悦に浸っていたダージュに一撃見舞うと、電光石火の早業で足蹴にされていたクリスを助け出したのだった。

まるで清流の流れのように、一筋の髪をなびかせながら、不敵な笑みを浮かべるその人物は………

「正義の使者、天崎涼子! 推して参上!!」



「ちっ!」

ダージュの舌打ち、それは突然の乱入者に対するものというよりも、自分自身の不甲斐なさに対するものだった。

(状況が状況とはいえ、いくらなんでも油断しすぎだ!)

あのとき、ダージュは涼子の不意打ちに全く気づいていなかった。
それでも攻撃を回避できたのは一重に攻撃のおとりになる盾、デコイシールドのおかげだ、これが無ければ今頃自分は間違いなく死んでいただろう。

「どうして?」

いまだ岩の下敷きになっているナビィが再度問いかける。

「どうして私達を助けてくれるの?」

問われた涼子はしばらく「う〜ん」と唸っていたが、やがて何かを思いついたように口を開いた。
その口から出てきた答えはナビィの予想をはるかに超えたものだった。

「知らないのか、“強敵”と書いて“とも”と読むのだよ。
 さっきこぶしで語り合った仲じゃないか!!」

ナビィは信じられない思いでその言葉を聞いていた。
まさかそんな理由でさっきまで殺しあっていた相手を助けてくれる人がいるなんて………

(この人……悪い人じゃなかったんだ………)

涼子の言葉に再び涙がこぼれそうになった。

しかし、実際のところ涼子はそんなお人好しではない、強敵云々のくだりは一度言ってみたかっただけだ。
本当の理由はもっと単純明快だった。

ただ単に“ムカついた”それだけの理由だった。

最初のうちこそ静観を決め込んでいた涼子だが、そのうちに状況は一方的ななぶり殺しになった。
しかも人質をとって、である。
道徳心の低めな涼子も、さすがに見ていて気分のいいものではない。
その上、いかにも変態風のモヒカン頭の方は明らかにメイドさんを犯すつもりだ。
いくらなんでも同じ女としてこの状況を黙って見ている気にはなれなかった。

そんな事情は露とも知らず、涼子の言葉を真に受けて感極まっているナビィを尻目に、興をそがれたダージュがあきれた口調で答えを返した。

「なるほど、お前が頭のおかしい女だってことはよくわかった」

ふぅ、とため息をひとつ

「………殺す」

その言葉が開戦の合図だった。

魔法の詠唱を始めたダージュの顔面めがけて、涼子が手首のスナップだけで持っていた武器を投擲する。
だが、その攻撃はカツン! と、子気味のいい音を立てて割り込んできたデコイシールドに阻まれた………涼子の狙い通りに。
今、ダージュの視界は自分の盾で完全にさえぎられている、その機を逃さず一気に間合いを詰めるべく涼子が地を蹴る。
ダージュもその音を聞き逃していなかった、さっきまで涼子が立っていた位置よりずっと手前に当たりをつけて、集めた魔力を開放する。

再びの雷鳴

多少のズレなど問題ではない、今放ったのはサンダーU、えびげんの胸を打ち抜いたときとはレベルが違う。
夜になって魔力の増幅されたダージュが使えば、人間など跡形も残らないだろう。

振り下ろされた雷槌が辺り一帯の大地を砕き、周辺の街灯が一斉にショートする。

しかし、ダージュは完全に見誤っていた、涼子の”速さ“を。
視界が開けたとき、ダージュの予想を裏切ってすでに涼子は目の前まで肉薄していた。
再びデコイシールドに救われる形で首への攻撃を回避、だが再び視界をふさがれたダージュは次の攻撃に対処できない。
盾の防御範囲から出た太腿に鋭い痛みが走る。

(この女! なんて速さだ!!)

夜の影響で身体能力も数段強化されているとはいえ、ダージュは本来魔術師だ。
参加者の中でもトップクラスの実力を持ち、しかも接近戦を得意とする涼子を相手に、この間合いでの切り結びはあまりに無謀。

「ちぃ!」

とっさの判断で地面にトルネードを突き刺し、巻き起こった暴風を利用して間合いを取る。
吹き飛ばされた涼子は空中でくるりと回って華麗に着地。
一方のダージュは足に受けた傷が痛みバランスを崩しての着地。

(くっ、傷自体は浅いが何か刺さってやがる。なんだこれは? ガラスの破片?)

ダージュの足に刺さっていたのは三角形に割れたガラスの破片だった。
どうやら最初に投げられたのも同じものだったようで、盾にも深々ときらめくガラス片が突き刺さっている。
大方どこかの窓ガラスを割って持ってきたのだろう。
まだまだストックがあるらしく、ズボンのポケットから新しく研ぎ澄まされた破片を取り出すと、それを影絵できつねを作るようにして三本の指でつまんで両手に構える。

「オイ! てめぇ待ちやがれ、これが見えねぇのか!!」

モヒカンの怒号が響く、そこには首筋に包丁を突き付けられたえびげんの姿が。
それを見た涼子はぴたりと動きを止め………なかった。

「この、涼子さんに人質なんて作戦が通用すると思ったら大間違いだ!」

そして、一切のためらいもなく言い切った。

もともとえびげんもナビィも、涼子にとってはついさっきまで殺しあっていた仲だ、大切な仲間でもなければ、守るべき存在でもない。
そんな二人を助けるのは言うなれば、ダージュとモヒカンをぶちのめすついでのようなものだ、命を懸けてまで助ける義理はない。

「それに……」

すっとナビィのほうに視線を移しながら、なおも涼子の言葉は続く。

「それにね、全員助けようとして、結局何もできなくて全滅じゃ何の意味もないでしょうが」

(!! そんなことは分かってる………分かってるけど…………!!)

分かってはいてもナビィには選べなかった、誰かを見捨てるという選択肢は。

(さっき誓ったばっかりなんだ、もう誰も死なせないって)

しかしその誓いは足枷にしかならなかった、今この場においては間違いなく涼子の選択のほうがよりよい選択だった。

人質は効かないと分かったモヒカンは、ただ舌打ちをしただけで、えびげんに対して特に危害を加えることなく戦闘に参加する。
モヒカンとしてはこんな形であっさりえびげんを殺す気は無かった、まだまだいたぶり足りないのである。

二対一、それでもその顔から不敵な笑みが消えることは無い。
再び、戦いの火蓋が切って落とされた。

(こんなことしてる場合じゃない!!)

ナビィはのしかかる岩を押しのけようと全身に力をこめる。
しかし、なぜか思うように体が動かない。

(動いて! 私の体!! あの人がくれた最後の希望なんだ!)

今この希望を掴み損ねれば、待っているのは真っ暗な絶望だけだ。


 
ナビィが孤独な戦いを続ける中、こちらの戦いも激しさを増していた。

「くらえ! 北狐百裂拳!」

あたたたた!! と、ふざけた掛け声と共に繰り出される洒落にならない連続攻撃の前に、ダージュとモヒカンは圧倒されていた。

モヒカンの大振りな攻撃はあっさりかわされ、ダージュの素人同然の槍捌きはするとぬけられ、そこに次から次へと涼子の攻撃が撃ち込まれる。
ガラス片による攻撃は殺傷力が低く、致命傷になるような傷を受けることはなかったが、それでも浅い傷はどんどん増えていく。
このまま持久戦になればどちらが先に倒れるかは明白だ。

しかし、彼らが劣勢を強いられている最大の理由は別のところにあった。

「おい! 分身は使えねぇのか!!」
「ムチャ言うな、もう打ち止めだ!」
「チッ、役立たずが」
「テメェも魔法使えねぇんだろうがぁ!!」

そう、彼らにはもう魔力が残っていないのだ。
モヒカンは正真正銘の残量ゼロ、ダージュの方はせいぜい中級魔法一発分といったところだ。
サンダーUを易々と避けられた以上、中途半端な攻撃は確実にかわされるだろう。
使うならディレイスペルでの不意打ちしかないが、素早く立ち回る涼子に設置型のディレイスペルを一発で当てるのは至難の業だ。

(回復アイテムはあるにはあるんだが……)

国立魔法研究所での戦利品の中に、何かの薬と思われる液体入りの小瓶が五つあった。
その中で正体のわかっているものが一つだけある。
研究所で見つけた「魔力の回復に効果の高い薬草・薬品」という本に載っていた“エリクシル”という薬だ。
本によると体力、魔力の回復に非常に高い効果があるらしい。
しかも、何の因果か開発者名は“クリステル・ジーメンス”とあった。

これを使えば形勢逆転できるのだが………

(そんな隙はねぇよな)

今、ダージュのデイパックの中はガラクタであふれかえっていた。
涼子の圧倒的速さを考えると、おそらく目的のものを見つけ出す前に首が飛ぶことになるだろう。

「もーらったぁぁ!」
「!!」

ダージュが思考の海に沈んでいたのはほんの一瞬、その一瞬の隙を突いて涼子がガラス片を振るう。
この武器で致命傷を狙うなら、頚動脈や大腿動脈といった主要な血管を狙うほか無い、しかし涼子の狙いはそのどちらでもなかった。
狙うはダージュのデイパックの肩紐。

「よっしゃぁーー! とったどーーー!!」
「しまった!」

鮮やかな手並みでデイパックを強奪した涼子は、遠慮なくその場で中身をぶちまけた。

「おー、いろいろ入ってるねぇ。でもあんまりお金になりそうなものは………って、これは! 涼子さんのナイフじゃないか!!」

雑多なガラクタの山から一振りのナイフを手に取ると、手の中で二、三度くるくると回して握り心地を確かめる。

「んー、やっぱり手になじむ感じがしますなぁ」

さらにヒュンヒュンと音を立てて何度か空を切ると「よーし」と一言。
その顔には余裕の笑みが浮かんでいた。

「おい! やべぇぞ!! どうすんだ!」
「どうするつったて………」

今まで持ちこたえられたのは涼子がまともな得物を持っていなかったからだ。
もしちゃんとした得物を持っていたら………考えたくもない。



自分のナイフを取り戻した涼子はまるで水を得た魚のようだった。
圧倒的スピードに、脆いガラスにはなかった重さと切れ味が加わったことで、モヒカンの棍棒はあっという間に輪切りにされ、ダージュの盾は随分と風通しがよくなっていた。

(やばすぎだろ、この女!!)

こうなってしまってはもはや太刀打ちできない、逃げたほうが懸命だ。
だが、敵は逃げる暇も与えてくれない。

涼子はダージュの突きをひょいっと避けて、右手に持ったナイフによる回転を加えた一撃が見舞われる。
盾が自動的にその攻撃を防ごうと突き出される。
しかし、予想よりはるかに強い衝撃がダージュの手からデコイシールドを弾き飛ばした。
涼子の右手にナイフはなかった、今の攻撃は回転を加えた裏拳だ。
そして、消えたナイフは左手に………

(いっ、いつの間に持ち替えやがった!)

そのまま勢いを殺さず涼子はさらに半回転。
きらりと光る刃がダージュの首へと吸い込まれていく………



飛びのいたダージュはカクリと地面に片膝を突いてしまった。
恐る恐る自分の首を確認してみる。
血が出ていた。
しかし、その量はごく僅かだ。
どうやら太い血管は切られていないらしい。

そのことを確認したとたんにどっと冷や汗がふきだした。
思い出したように止まっていた心臓が勢いよく脈打ちだす。

ダージュはさっき間違いなく自分は死んだと思った。
そして今は生きていたことに対する安堵よりも、どうして自分は生きているんだという疑問のほうが強かった。
涼子の方も同じだったらしくキョトンとした顔をしている。

「ありゃ? 今のはいったと思ったんだけどな、やっぱ怪我が効いてるのかな? っていうか痛ってぇぇ、右手超痛て〜〜〜」

盾を殴り飛ばしたのがよっぽど痛かったらしく、右手をぶらぶらと振りながら飛び跳ねている。

もう一度首の傷を確認してみる。
すると指先が硬いものに触れた。

首輪………よく確かめると僅かに傷がついている。
どうやらこれにあたって刃先が微妙にそれたらしい。

(こんなもんに救われるとは………)

なにやら情けない気分になってきたダージュだが感傷に浸っている暇はない、右手の痛みから回復した涼子がすでに戦闘態勢を取っている。

「おい、大丈夫か? 逃げるぞ! あいつはやばすぎる!!」
「待て待て〜い、この涼子さんが逃がすと思うか?」
(その通りだ、身体能力はあいつのほうが確実に上、走ったって逃げ切れるもんじゃねぇ)

何か手はないのか?
そう思って周りを見渡したときダージュはとんでもないことに気づいた。
自分が今膝をついているのはさっき涼子がデイパックの中身をぶちまけた場所だ。
あたりにはいろいろなものが散乱している……エリクシルも………

(いや、ダメだ! 飲んでる間に今度こそ首を持っていかれちまう)

モヒカンをおとりにする………のは無理だろう。
おとりになれといってなるやつじゃないし、そもそも分身のできないこいつでは時間稼ぎになるかはなはだ怪しい。

涼子はすでに勝ちを確信した顔でゆっくり間合いをつめてくる。
どっちが悪者か分かったものじゃない。

(考えろ! 考えろ!! なにかの肉、モップ、ギター、布切れ、王冠、異世界の武器………何か使えるものはないのか?)

そのときダージュは視界の隅にあるものを捉えた。
それは逆転への飛躍を可能にする奇跡のアイテム。

「くっそがぁ!」

やけくそ気味に投げつけられたのは何の変哲もない、鮭を咥えた木彫りの熊。
涼子はそれを余裕でキャッチ。

「こんな熊さんでこの涼子さんが倒せると思ったか!」

「はっはっは」と、笑いかけたそのとき、さっきまで焦っていたはずのダージュは必死で笑いをこらえるような微妙な表情をしていた。

(あ、やば………)

そう思って放り捨てたときにはすでに手遅れ。
熊に仕組まれたディレイスペルが発動して、それを中心にあたりの空気が急激に冷やされていく。


 
「ぐああああああぁぁぁぁぁ………!!」

あまりの激痛に視界は激しく明滅を繰り返し、気が遠のいていく。
今にも崩れ落ちそうになる体を何とか支える。

左腕が、凍り付いていた。
思わず凍った腕を逆の手で掴んでしまう、するとべたりと手の皮が張り付いてしまい、慌てて引き剥がす。
右手の手のひらはずるずるに剥けてしまっていた。

後一瞬熊を投げ捨てるのが遅れていたら、左腕どころか全身が凍り付いて、涼子はたちまち氷像になっていただろう。
むしろ左腕だけで済んで喜ぶべきなのかもしれない。

しかし、氷の浸食は今も広がり続けていた。
最初に凍りついたのは肘より先だったが、今や二の腕まで凍り始めている。

涼子はいつの間にか落としてしまったナイフを拾うと、歯を食いしばって氷と肉の境目に刃を突き立てた。
たったそれだけで、二十年近く使い続けた左腕はぽっきりと折れ、地面に落ちて砕け散った。

「くっくっく、勝負の明暗を分けるのは一瞬の油断だよなぁ」

油断、確かに自分は油断しやすい性質だ。
そのせいで窮地に陥ることも珍しくなかったし、奈々にもよく「油断しすぎ………」と、じと目で注意されたものだ。
だが持ち前の身体能力でどんな危機も乗り切ってきた、しかし今回は………

(これはちょっと洒落にならないよ………)

ダージュはぶちまけられたガラクタのなかから小瓶を拾い上げると、その中身を一思いに飲み干した。

「おお! これはすごい、魔力がみなぎってくる感じだ」

それだけではない、体中に刻まれた無数の傷もいつの間にかふさがっている。

ほんの一瞬の油断、愛嬌ある熊の置物という緊張感を感じさせないアイテムがその一瞬を致命的なものに変えた。
明らかに緊張感を感じさせる形をした火薬鉄砲や、何が包まれているか分からない雑巾などでは決してこの隙は生まれなかっただろう。

「やるじゃねぇかおい! なぁ、俺にもなんかくれよ、さすがにきついぜ」
「あん? そうだな、これでも飲んでろ」

モヒカンは疑いもせずに投げ渡された赤い液体を飲み干す。
正直なところあの赤い液体の正体は謎だ。
毒薬かもしれないが、まあ知ったことじゃない。

「ふー、ちょっとはましになったな」

どうやら中身は回復アイテムだったようだ。
と、いうことは後二つも回復アイテムということか。

「さてと、散々好き勝手やってくれた礼をしないとな」
「ぐぅ………くっ……この……涼子…さん……が………この程度……で……負けると………でも…………」
「無理すんじゃねぇよ、かわいい笑顔が引きつってるぜぇ!!」
(くそっ、あのモヒカン絶対殺す)

と、心の中で息巻いてみたものの、気を張っていないと今にも失神してしまいそうなほどの痛みが全身を駆け巡っている。
切断面が凍っていて出血していないのがせめてもの幸いだが、隻腕でこのまま戦い続けるのは無理だ。
正直ここは逃げるしかない。

そのとき、ダージュたちの後方でゴトン、と物音がして全員の注意がそちらに向いた。
ナビィがようやく岩の下から這い出した音だった。

(チャンス!)

くるりと身を翻し、気を失ったままのクリスを残った腕で担ぎ上げると、一目散に商店街の出口へと向かう。

(悪いね猫耳少女、私にはこれが限界だ。後は自力で何とかしてくれ!)
「逃がすか!」

ダージュの詠唱と共に、虚空から無尽蔵の水が噴出す。
それは商店街の道幅いっぱいを占領するほどの津波となって涼子に追いすがる。

(津波?! ここでつかまったら死ぬ!!)

出口まで後十メートル。
欠けてバランスが悪くなった体を酷使して、全力ダッシュで脱兎のごとく逃げる。

かくして津波が去った後、そこには誰の姿もなかった。





【A−3:X2Y3 / 商店街西出口付近/ 1日目:夜】


【天崎涼子@BlankBlood】
[状態]:疲労大、左腕切断(表面が凍っているため出血は無し)、
    殴られた痕、ガラスの破片による切り傷、火傷、
    アフロヘア、顔にちょびヒゲの落書き
[装備]:涼子のナイフ@BlankBlood

[道具]:ガラスの破片×2@バトロワ
ゼリーの詰め合わせ×4@バトロワ
[基本]:一人で行動したい。我が身に降りかかる火の粉は払う。結構気まぐれ。
    でも目の前で人が死ぬと後味が悪いから守る。
[思考・状況]
1.とにかく逃げる
2.何処かで怪我の手当てと休憩
3.モヒカンとダージュは今度会ったら殺す
4.そう言えば奈々はどうしてるだろう、と思っていないわけじゃないかもしれない。

※ナビィ、クリス、明空、伊予那、エリナ、えびげんをモンスター、もしくはモンスターの仲間だと思っていましたが、乗りかかった船なので一応クリス、ナビィ、えびげんは信用しとく。
※第2回放送を聞いていません。


【クリステル・ジーメンス@SILENT DESIRE】
[状態]:
気絶、両腕骨折、両手の指を全て骨折、
    両手の指の爪が全て剥がされている、
    全身に打撲と擦過傷(身体のあちこちが紫色に変色している)
    胸骨骨折、肋骨6本骨折、血まみれ、魔力残量(中)、疲労(特大)、
    精神疲労(特大)
[装備]:なし
[道具]:なし
[基本]:対主催
[思考・状況]
1.気絶中
2.怪我の治療
3.首輪を外す方法を考える(魔術トラップの解除法は会得済み)
4.首輪を解除するまでは絶対に死なない

※参加者がそれぞれ別の世界から集められていることに気付きました。
※銃の使い方を教わりました。
※頭を何度も殴られましたが、命にかかわるほどではありません


 
あの女……引っ掻き回すだけ引っ掻き回してとんずらとは………なめやがって」

街灯の光を失った商店街

「この盾も便利だったのに、もう使いもんにならねぇな」

夜の闇はますます深まる

「あー、今度会ったらたっぷりと礼をしてやらねぇと」

この世に現れた地獄の底で

「お前もそう思うだろ? …………なぁ?」

ナビィは人生最後になるであろう絶望をかみ締めていた。

岩の下から這い出したナビィに自由は待っていなかった、そのときようやく悟った、自分はもう終わっていたんだと。
岩の戒めがなくなっても、その両足は動かなかった、それどころか何も感じなかった。

折れていたのだ、背骨が。

今度こそ全ての希望を失ったナビィは殴られることも、蹴られることもなかった。
ただ延々とえびげんが犯され続けるところを見せられただけだった。
生まれて初めて見る性交、そこには艶など微塵もなく、あるのはただ恐怖と苦痛のみ。

しかし、今はそれさえも消え失せて本当に何もない。
えびげんは今も犯され続けている、だがもう抵抗することも、悲鳴を上げることもない。
激しすぎる抽送に千切れてしまった手を庇うこともない。
「やめてください………お願いします………もうやめて………」と繰り返し哀願していたのは一体どれほど前のことだろう。

何の反応も返さない人形になってしまったえびげんにモヒカンもいい加減飽きてきたようだ。
おそらく終わりは近い。

突き上げられるたびに首はガクガクと不安定に揺れ動き、すっかり虚ろになってしまった目はもう何も映していない………目前に迫る“死”さえも………

「さて、向こうもそろそろ終わりみたいだし、こっちも始めるとするか」

やっと自分の番が来たか………
自分もあんなふうに犯されるのだろうか? 
自分は希望の糸を掴み損ねたのだ、もう逃げることも、戦うこともできない、早く終わってしまいたい。
もし地獄に落ちてもここよりひどいことはないだろう。

槍の穂先で強引に口をこじ開けられる、そんなことしなくても、もう抵抗なんてしないのに………
ゆっくり、ゆっくり、周りを傷つけないように、口の中を、食道を、槍の先端が通り過ぎていく。
さすがに吐きそうになったが、それはナビィ自身の意思ではない。
おそらく自分はこのまま縦に貫かれて死ぬんだろう………

「おい、もっと抵抗したらどうだ」
「……………」
「おいおいおいおい! 冗談じゃねぇぞ!! もっと泣けよ!! 叫べよ!! このままぶっ殺したって面白くねぇだろうがよぉ!!!」
「……………………」
「ああそうかい、それなら意地でも鳴かせてやろうじゃねぇか………そうだな……こんなのはどうだ? 見てたと思うがこの槍は結構強力な魔法の槍でな、強烈な風を発生させれるんだ」

それがどうした。

「もしよぉ、テメェの体の中で竜巻が発生したら………どうなるかな?」
「!!!」

さすがのナビィも青ざめた。
竜巻? 冗談じゃない!

「そうだよ……そういう顔できんじゃねぇか」

慌てて口に突っ込まれた槍を引き抜こうとする。

「いいぞ、いいぞ、もっと必死で抵抗しろ! まぁ無意味なんだがよぉ!!」
「ん! んむぐぅ!!」
「そんなんでいいのか? ほら……3」
「ん、んんーー?!」
「………2!」
「むぐ! んんむぅぅ!!」
「…………1!!」
「んぐんーー!! んむ! ぐむうぅ、ううぅ!!!」
「……………0!!!」

ボンッ!

「げぼっ!! が、げぇぇぇぇ、ごがあああぁあぁぁ!!」

断末魔の叫びと共に風と大量の血が口から噴き出す。
爆心地となった胃は風圧のため一瞬で破裂し、腹腔内では他の内臓がぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。
捩れ、千切れ、ナビィの腹部は激しく波打っていた。
そのうち必死で槍を引き抜こうとしていた手は痙攣し始め、力を失ってだらりと垂れ下がる。

「げっ……ぁぁぁ……が………げ…………ぇ」
「まだくたばるなよ」

今度は口に突き刺した槍を縦に、横に、奥に、手前に、乱暴に突きまくる。
やがて、引き抜かれた槍には何かが纏わりついていた。

(なに………? これ…………?)

ダージュがナビィの頭頂とあごに手を添えて強引に口を閉じさせる。
ぶちぶちと音を立てて、嫌な食感とともに、鉄の味に満たされていた口の中に苦い味が広がる。

「ほら、お前の内臓だろ。遠慮せずに食えよ」

そのまま無理やり自分の内臓を咀嚼されられる。

(わ……わた…し、じぶんの……ないぞう………たべ……たべて…………)

ナビィの意識はついに狂気に飲みこまれた。



「気に食わなねぇな………」

最大の目的を果たしたばかりだというのに、ダージュはすこぶる不機嫌だった。

「くっそが!!」

足元に横たわるナビィの死体を思いっきり蹴りつける。

「いやー、しかしテメェも顔に似合わずえぐいことするなー」

いい物を見た、というニヤニヤ顔でモヒカンが近寄ってくる。
そばには、穴という穴をモヒカンのサイズに広げられて、赤と白に染め上げられたえびげんの死体も転がっていた。

「で、何がそんなに気に食わねぇんだ?」
「………笑ってやがる」

ナビィの顔を指差しながらダージュははっきりと答える。

「生かしておいたほうがよかったのかもしれん。四肢を切り飛ばして、猿轡かまして、自殺できないようにしてから置き去りにして、孤独な人生続けさせてやったほうがより絶望的だった。それを殺しちまったから仲間のところにいけると思って笑ってやがるんだ」
「俺には気が狂って笑ってるようにしか見えねぇが………」
「ならテメェの目が節穴なんだ」
「そうかい」

どうでもいい、と言いたげな口調でモヒカンは答える。

「行くぞ、さっきの青髪の女も、魔術師の女も、ほかの逃がしちまったやつらも、一人残らず見つけ出して、片っ端から地獄に叩き落してやる」

ダージュは一枚の血で汚れた紙を広げた。
そこにはこう書いてあった。

(………脱出するには……船しかない……もう……)

地図上で船があるのは一箇所だけ。
ここに行けば逃がしたやつらのうち何人かに会うことができるだろう。



ダージュの後姿を見ながらモヒカンはほくそ笑んでいた。

(こいつは思った以上に使えるやつだな)

夜になってからのダージュの魔力は目を見張るものがある。
しかもこの狂気をうまく利用すればリョナりたい放題のパラダイスも夢じゃない。

この二人の共闘関係は今しばらく続くことになりそうだ。


 
【えびげん@えびげん 死亡】
【ナビィ@リョナマナ 死亡】
【残り10名】



【A−3:X1Y3/商店街 / 1日目:夜中】

【ダージュ@リョナマナ】
[状態]:疲労(小)、魔力消費(微)
[装備]:トルネード@創作少女
[道具]:デイパック、支給品一式×5(食料21食分、水21食分)
    火薬鉄砲@現実世界
   (本物そっくりの発射音が鳴り火薬の臭いがするオモチャのリボルバー【残り6発】)
    エリクシル@デモノフォビア
    赤い薬×2@デモノフォビア
    魔封じの呪印@リョナラークエスト
    火炎放射器(残燃料100%)@えびげん
    AM500@怪盗少女(残弾0発)
    ミアたちが筆談に使っていたメモ用紙(支給品の一部)
[基本]リョナラー、オルナの関係者を殺す
[思考・状況]
1.豪華客船へ向かう
2.ナビィの仲間を殺す
3.オルナの関係者を殺す(誰が関係者か分からないので皆殺し)

※デコイシールド@創作少女 は涼子に壊されました。
※今回の戦闘を反省しいくつかの支給品を置いていくことにしました。
 置いていったものは以下の通りです。
 宝冠「フォクテイ」@創作少女
 髪飾り@DEMONOPHOBIA
 モップ@La fine di abisso
 白い三角巾@現実世界
 雑巾@La fine di abisso
 人肉(2食分)@リョナラークエスト
 新鮮な人肉(当分は無くならない程度の量)
 クラシックギター@La fine di abisso(吟遊詩人が持ってそうな古い木製ギター)     
 ノートパソコン&充電用コンセント 
 (電池残量3時間分程度、OSはWin2kっぽい物)@現実世界



【モヒカン@リョナラークエスト】
[状態]:顔面に落書き、おでこにたんこぶ、
    疲労(中)、魔力ゼロ、切り傷多数
[装備]:ツルハシ@○○少女
[道具]:手製棍棒×3
    眼力拡大目薬×3@リョナラークエスト
    スペツナズ・ナイフ×1@現実世界
    ショットガン(残弾数2+11)@なよりよ
    ≪以下、ディレイ・スペル付与支給品≫
    ○デイパック、支給品一式
    ○包丁@バトロワ
    ○ライター@バトロワ
    ○マタタビの匂い袋(鈴付き)@現実世界
    ○スペツナズ・ナイフ×2@現実
    ○三八式歩兵銃+スコープ(残弾1発、肩掛け用のベルト付き)@現実世界
[基本]:女見つけて痛めつけて犯る
[思考・状況]
1.女を見つけたらヒャッハー
2.豪華客船に向かう
3.初香、ミア、美奈、クリスを殺す

※東支部でのオーガ達との戦闘中の記憶が殆どありません



【ナビィ@リョナマナ】
[状態]:死亡、口から内臓が飛び出している
[装備]:運命の首飾り@アストラガロマンシー
    カッパの皿@ボーパルラビット
    スペツナズ・ナイフx1@現実
[道具]:デイパック、支給品一式×4(食料のみ28食分)
    エリーシアの剣@SILENTDESIREシリーズ(真っ二つに折れている)
    防犯用カラーボール(赤)x1@現実世界
    ライトノベル@一日巫女
    怪しい本@怪盗少女
    カザネの髪留め@まじはーど
    銘酒「千夜一夜」@○○少女、
    油性マジック『ドルバッキー(黒)』@現実世界(新品、ペン先は太い)



【えびげん@えびげん】
[状態]:死亡、全裸、手首から先なし、
[装備]:なし
[道具]:デイパック、支給品一式
    パンダのきぐるみ@現実世界
    豹柄ワンピース@現実世界
    ウェディングドレス(黒)@現実世界
    ビキニアーマー@現実世界(コスプレ用のため防御力皆無)
    コードレスアフロセットマシン@バトロワ(後3回使用可能、アフロ化と元の髪型に戻
    すことができる)
    コードレスアフロセットマシン専用充電器@バトロワ(使用には家庭用100V電源が
    必要、コード長1m)
    油性マジック『ドルバッキー(黒)』@バトロワ(おろしたて、ペン先極太)


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