「……大丈夫かな、ルカさんたち……」
「……きっと、大丈夫だよ……」
初香が眠っているベッドの傍で、伊予那とりよなはルカたちのことを心配していた。
すでに彼女たちが出て行ってから、かなりの時間が経っている。
ミアから聞いたクリスの居場所を考えれば、まだ帰って来なくても別段おかしいことは無い。
だが、時間が経てば経つほど少女たちの不安は煽られていた。
もしかしたら、あの二人も死んでしまうのでは?
そう、死んでしまった桜やなよりのように……。
この一日でたくさんの人の死を見てきた二人は、その考えを杞憂と笑うことはできない。
むしろ、この場においては一度分かれてしまえば、再び会えるとは限らないのだ。
もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない。
そんな考えが頭から離れない。
ルカたちが向かった場所は、殺人者たちが近くにいるのだ。
戦闘になっているかもしれないし、怪我をしているかもしれない。
それこそ、命にかかわるような……。
「……ん……」
そのとき、聞こえてきた初香の声に、伊予那とりよなははっとする。
目が覚めた初香は身を起こし、寝起きの目を瞬かせて伊予那とりよなを視界に収める。
「伊予那、りよな……?」
「……おはよう、初香ちゃん。よく眠れた?」
伊予那は笑顔で初香に水の入ったペットボトルを渡す。
本当なら暖かい飲み物が良かったのだが、ここにはコンロも茶葉も無かった。
仕方が無いことだが、伊予那はそのことを申し訳なく思った。
初香は伊予那に礼を言って、水をこくこくと喉に流し込む。
冷たい水が胃へと流れ込み、寝起きでぼやけていた頭をすっきりさせる。
ふう、と一息ついた初香はなぜ自分が寝ているのかを思い出そうとする。
「……えっと……僕は……」
そして、ミアの胸で泣きじゃくり、そのまま泣き疲れて眠ってしまったことを思い出した。
「……!」
初香の顔が赤くなる。
失態だった。
いくら精神的に弱っていたとはいえ、人の目のあるところで、あんな小さな子供のように
恥も外聞も無く泣き喚くなんて……。
(……いや……)
違う、そうじゃない。
あれが、本当の自分だ。
登和多初香という、10歳の子供のありのままの姿だ。
(……今更、何を取り繕おうとしているんだか……)
この期に及んで、天才の矜持を捨てきれない自分に苦笑する。
それでも、泣いているところを見られた恥ずかしさのため、初香は俯きながら二人に問う。
「……えっと……あれから、どうなったの?」
初香の問いかけを受けて、伊予那とりよなは初香に現状の説明を始めた。
ミアは、初香たちがいる部屋の扉の外で見張りをしていた。
いつまた、殺人者たちが襲ってくるか分からない。
ルカたちが戻るまで、自分があの三人を守らねばならないのだ。
幸い、伊予那から貰った魔力の薬で、魔力は全快している。
今の自分なら、一人でも何とか殺人者たちを撃退できるはずだ。
「!……あれは……?」
ふと、ミアは街の入り口から何者かが侵入してくるのが見えた。
侵入者は二人。
一人は青い髪の女性で、左腕を失っており、身体中に痛々しい傷が刻まれている。
もう一人は、その女性に背負われている、やはり傷だらけの女性。
こちらは、青い髪の女性以上に悲惨な有様だった。
身体中に青痣を作り、あちこちの骨が折れているのが、遠目からも分かる。
まるで拷問でも受けたかのような、殺すのではなく痛めつけることを目的とした傷だった。
そして、ミアは背負われているほうの女性に見覚えがあった。
「……クリスっ!!?」
ミアは驚きの声を上げる。
(……一体、どういうこと……!?何で、クリスがここに……!?)
ミアは考える。
あの青い髪の女性は特徴から考えて、おそらく天崎涼子だろう。
天崎涼子は殺し合いに乗っている可能性が高いという話だった。
だが、クリスを背負っていることから考えると、その話にも疑問が出てくる。
加えて、彼女はかなりの重傷だ。
たとえ、敵意があったとしても、あれだけの重傷を負った人物に危害を加えるというのは
ミアにとってはあまり取りたい選択ではない。
(……伊予那ちゃんたちに事情を話して、私だけで話を付けてくるべきね)
もし、本当に天崎涼子が殺し合いに乗っていたとしたら……いくら満身創痍とはいえ、
伊予那たちを天崎涼子の前に連れて行くのは危険だ。
敵意が無いと判断した時点で、お互いを引き合わせればいいだろう。
そう判断したミアは他の三人に事情を説明するため、部屋の中に入っていった。
涼子はようやく昏い街へと辿り着くことができた。
「……さて……まず、傷の手当てだけど……」
涼子はとりあえず、適当な民家の中に入ることにした。
だが、涼子がその民家の扉を空ける前に扉が開いて、中からゆっくりと一人の少女が出てきた。
「…………」
涼子はクリスを地面に下ろし、ゆっくりとナイフを構える。
「……待って。私は貴女に危害を加えるつもりは無いわ。
ただ、少しだけ話を聞かせて欲しいの」
扉からでてきた少女……ミアは、警戒する涼子に落ち着くように言葉をかける。
「……話、ね……とりあえず、襲ってくるつもりはないわけ?」
「ええ。安心して」
ミアの言葉を聞いた涼子はひとまず構えを解く。
まだ警戒は解かないが、重傷人二人に対して、わざわざ騙して不意を付く必要も無いだろう。
そう判断して、涼子はミアに促す。
「……で?聞きたいことってのは何なのさ?」
「ええ、実は……」
パァァーーーーーーーンッ!!
「……がっ……はっ……!?」
だが、次の瞬間、ミアの胸を黒点が穿つ。
そして、ミアは口から血を吐いて倒れた。
「っ!!」
銃撃。
涼子は一瞬で理解し、すぐにミアが撃たれた位置から射線を割り出し、死角へと逃げ込む。
さすがに、クリスまで運ぶ余裕は無かった。
(……ったく……!次から次へと……!)
だが、涼子の不運は終わらない。
「ミアさんっ!!大丈夫ですかっ!!?」
「何があったの、ミアっ!!?」
ミアが出てきた民家の扉から二人の少女……初香と伊予那が現れる。
「!?……ミアっ!?」
倒れているミアを見た初香は悲鳴を上げる。
慌てて駆け寄ろうとする初香を見て、涼子は思わず叫ぶ。
「動くなっ!!じっとしてろっ!!」
「っ……!!」
涼子の言葉に、初香はびくっと身体を震わせて足を止める。
そして、怯えた目で涼子を見る。
「……あ……貴女が……!?貴女が、ミアを……!?」
その言葉を聞いた涼子は舌打ちする。
どうやら、あの少女が自分に撃たれたと勘違いしたらしい。
見ると、少女たちは銃を持っている。
今の状況では、勘違いで撃たれたとしてもおかしくはない。
(……どんだけ、状況悪くなんのよ……!!)
神様は、余程自分のことが嫌いらしい。
涼子は天に向かってツバを吐きたい気分だった。
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