崩壊する精神

 

「……大丈夫かな、ルカさんたち……」
「……きっと、大丈夫だよ……」

初香が眠っているベッドの傍で、伊予那とりよなはルカたちのことを心配していた。

すでに彼女たちが出て行ってから、かなりの時間が経っている。
ミアから聞いたクリスの居場所を考えれば、まだ帰って来なくても別段おかしいことは無い。

だが、時間が経てば経つほど少女たちの不安は煽られていた。

もしかしたら、あの二人も死んでしまうのでは?
そう、死んでしまった桜やなよりのように……。

この一日でたくさんの人の死を見てきた二人は、その考えを杞憂と笑うことはできない。
むしろ、この場においては一度分かれてしまえば、再び会えるとは限らないのだ。

もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない。
そんな考えが頭から離れない。

ルカたちが向かった場所は、殺人者たちが近くにいるのだ。
戦闘になっているかもしれないし、怪我をしているかもしれない。
それこそ、命にかかわるような……。

「……ん……」

そのとき、聞こえてきた初香の声に、伊予那とりよなははっとする。
目が覚めた初香は身を起こし、寝起きの目を瞬かせて伊予那とりよなを視界に収める。

「伊予那、りよな……?」
「……おはよう、初香ちゃん。よく眠れた?」

伊予那は笑顔で初香に水の入ったペットボトルを渡す。
本当なら暖かい飲み物が良かったのだが、ここにはコンロも茶葉も無かった。
仕方が無いことだが、伊予那はそのことを申し訳なく思った。

初香は伊予那に礼を言って、水をこくこくと喉に流し込む。
冷たい水が胃へと流れ込み、寝起きでぼやけていた頭をすっきりさせる。

ふう、と一息ついた初香はなぜ自分が寝ているのかを思い出そうとする。

「……えっと……僕は……」

そして、ミアの胸で泣きじゃくり、そのまま泣き疲れて眠ってしまったことを思い出した。

「……!」

初香の顔が赤くなる。

失態だった。
いくら精神的に弱っていたとはいえ、人の目のあるところで、あんな小さな子供のように
恥も外聞も無く泣き喚くなんて……。

(……いや……)

違う、そうじゃない。

あれが、本当の自分だ。
登和多初香という、10歳の子供のありのままの姿だ。

(……今更、何を取り繕おうとしているんだか……)

この期に及んで、天才の矜持を捨てきれない自分に苦笑する。

それでも、泣いているところを見られた恥ずかしさのため、初香は俯きながら二人に問う。

「……えっと……あれから、どうなったの?」

初香の問いかけを受けて、伊予那とりよなは初香に現状の説明を始めた。








ミアは、初香たちがいる部屋の扉の外で見張りをしていた。

いつまた、殺人者たちが襲ってくるか分からない。
ルカたちが戻るまで、自分があの三人を守らねばならないのだ。

幸い、伊予那から貰った魔力の薬で、魔力は全快している。
今の自分なら、一人でも何とか殺人者たちを撃退できるはずだ。

「!……あれは……?」

ふと、ミアは街の入り口から何者かが侵入してくるのが見えた。

侵入者は二人。
一人は青い髪の女性で、左腕を失っており、身体中に痛々しい傷が刻まれている。

もう一人は、その女性に背負われている、やはり傷だらけの女性。
こちらは、青い髪の女性以上に悲惨な有様だった。

身体中に青痣を作り、あちこちの骨が折れているのが、遠目からも分かる。
まるで拷問でも受けたかのような、殺すのではなく痛めつけることを目的とした傷だった。

そして、ミアは背負われているほうの女性に見覚えがあった。

「……クリスっ!!?」

ミアは驚きの声を上げる。

(……一体、どういうこと……!?何で、クリスがここに……!?)

ミアは考える。
あの青い髪の女性は特徴から考えて、おそらく天崎涼子だろう。

天崎涼子は殺し合いに乗っている可能性が高いという話だった。
だが、クリスを背負っていることから考えると、その話にも疑問が出てくる。

加えて、彼女はかなりの重傷だ。
たとえ、敵意があったとしても、あれだけの重傷を負った人物に危害を加えるというのは
ミアにとってはあまり取りたい選択ではない。

(……伊予那ちゃんたちに事情を話して、私だけで話を付けてくるべきね)

もし、本当に天崎涼子が殺し合いに乗っていたとしたら……いくら満身創痍とはいえ、
伊予那たちを天崎涼子の前に連れて行くのは危険だ。

敵意が無いと判断した時点で、お互いを引き合わせればいいだろう。

そう判断したミアは他の三人に事情を説明するため、部屋の中に入っていった。








涼子はようやく昏い街へと辿り着くことができた。

「……さて……まず、傷の手当てだけど……」

涼子はとりあえず、適当な民家の中に入ることにした。

だが、涼子がその民家の扉を空ける前に扉が開いて、中からゆっくりと一人の少女が出てきた。

「…………」

涼子はクリスを地面に下ろし、ゆっくりとナイフを構える。

「……待って。私は貴女に危害を加えるつもりは無いわ。
 ただ、少しだけ話を聞かせて欲しいの」

扉からでてきた少女……ミアは、警戒する涼子に落ち着くように言葉をかける。

「……話、ね……とりあえず、襲ってくるつもりはないわけ?」
「ええ。安心して」

ミアの言葉を聞いた涼子はひとまず構えを解く。
まだ警戒は解かないが、重傷人二人に対して、わざわざ騙して不意を付く必要も無いだろう。

そう判断して、涼子はミアに促す。

「……で?聞きたいことってのは何なのさ?」
「ええ、実は……」




パァァーーーーーーーンッ!!




「……がっ……はっ……!?」

だが、次の瞬間、ミアの胸を黒点が穿つ。
そして、ミアは口から血を吐いて倒れた。

「っ!!」


銃撃。


涼子は一瞬で理解し、すぐにミアが撃たれた位置から射線を割り出し、死角へと逃げ込む。
さすがに、クリスまで運ぶ余裕は無かった。

(……ったく……!次から次へと……!)

だが、涼子の不運は終わらない。

「ミアさんっ!!大丈夫ですかっ!!?」
「何があったの、ミアっ!!?」

ミアが出てきた民家の扉から二人の少女……初香と伊予那が現れる。

「!?……ミアっ!?」

倒れているミアを見た初香は悲鳴を上げる。
慌てて駆け寄ろうとする初香を見て、涼子は思わず叫ぶ。

「動くなっ!!じっとしてろっ!!」
「っ……!!」

涼子の言葉に、初香はびくっと身体を震わせて足を止める。
そして、怯えた目で涼子を見る。

「……あ……貴女が……!?貴女が、ミアを……!?」

その言葉を聞いた涼子は舌打ちする。
どうやら、あの少女が自分に撃たれたと勘違いしたらしい。

見ると、少女たちは銃を持っている。
今の状況では、勘違いで撃たれたとしてもおかしくはない。

(……どんだけ、状況悪くなんのよ……!!)

神様は、余程自分のことが嫌いらしい。

涼子は天に向かってツバを吐きたい気分だった。






 

伊予那は、涼子と倒れているミアを目の前にして、呆然としていた。
そして、呆然としている伊予那の耳に、震える初香の声が響く。

「……あ……貴女が……!?貴女が、ミアを……!?」

その言葉を聞いて、伊予那の胸に抑え切れない怒りが湧いてくる。

(……この人……やっぱり、殺し合いに乗ってたんだ……!)

サーディと共に行動していた涼子に対する伊予那の不信感は大きい。

何せ、エリナが死んだのは半分は涼子のせいだといっても過言では無いのだ。
ここで、さらにミアまで殺されてしまったとなれば、疑いが確信へと変わるのは
無理もなかった。

「……貴女っ……!よくもっ……!」

気が付くと、伊予那は手に持っていた銃を涼子に向けていた。








「っ!!」

状況の打開を考えていた涼子だが、銃を持った少女の一人が
銃口を向けてきたことに気が付く。

よく見ると、サーディと共に戦ったモンスターの仲間の一人だということに
気が付いた涼子は、咄嗟に持っていたナイフをその少女に投げ放つ。


ドスッ。


「……え……?」

間の抜けた少女の声。
次いで、少女は力が抜けて倒れる。

その光景に、もう一人の銃を持った少女は目を見開く。

「……伊予那……?」

震える少女の声。

それを聞いた涼子は我に返る。

(!……し……しまった……!?)

何てことをしてしまったのだ。

冷静に考えれば、この状況での最善手は誤解を解いて、この少女たちと共に
襲撃者を倒すことだったのは、考えるまでもない。
最悪のコンディションに加え、まともな武器がナイフ一本の今の涼子では、
この少女たちに勝つことすら難しいのだから。

それなのに、銃を向けられたことで身体が反射的に動いてしまった。

疲労と怪我のために思考力が落ちていたとはいえ、大失態だった。

(……仕方無いっ……!)

こうなったら、この少女たちも襲撃者も殺してしまうしか無い。

(動揺している今がチャンス……!一瞬で決める……!)

子供を殺すのは気が引けるが、かかっているのは自分の命だ。
それに、誤解したとはいえ、銃を向けたのはあの少女たちだ。
殺されても文句を言われる筋合いなど無いはずだ。

涼子は懐から取り出したガラス片をもう一人の少女に向かって投げつける。

狙いは頚動脈。
そこを切り裂けば、自分の勝ちだ。

後は、殺した少女たちの武器を奪って、ミアという少女を殺した襲撃者と戦えば良い。

(……悪く思わないでよ……!)

ガラス片が少女の首筋に迫る。
そして、ガラス片は少女の頚動脈を切り裂き、鮮血を噴出させる。




……ことは、なかった。




「……!?」

気が付くと、涼子の前には桃色の髪の少女が立っていた。
その少女は手に持ったロッドを一閃して、涼子の投げたガラス片を弾き飛ばしたのだ。

「……天崎、涼子……!!貴女……やっぱり、殺し合いに……!!」

桃色の髪の少女……マジックロッドによって変身したミアは、涼子を睨みつける。

ああ、終わったな。涼子はそう思った。

(……もう疲れたよ、パトラッシュ……)

涼子は覚悟を決めた。
だが、いつまで経っても、攻撃は来なかった。

「……?」
「……ぐっ……!うぅっ……!」

よく見ると、ミアは苦しそうに胸を抑えている。
どうやら即死を免れたとはいえ、撃たれた傷は重傷らしい。

(……チャンスっ!!)

このまま、ミアを殺す。

涼子は一気に距離を詰め、ミアの首に手を伸ばす。

「……っ!!」

ミアは慌てて迎撃しようとするが、間に合わない。
初香も銃を構えるが、涼子はそれを見越して、ミアが盾になるように距離を詰めている。

(よしっ!!殺っ……!!)

だが、ミアの顔を見て、涼子は違和感を覚える。

ミアの目は自分を見ていなかった。
その目は驚きに見開かれ、涼子の肩口から先を見ていた。

そして、ミアの瞳に反射して写る、醜い男のにやけた顔……。

(……―――――ッ!?……しまっ……!?)

バァンっ!!

次の瞬間、涼子は腹に大穴を開けて倒れた。






 

崩れ落ちる涼子の身体がミアに覆い被さる。

「ぐっ……!」

ミアはそれを跳ね除けようとするが、いくら変身しているとはいえ、撃たれて重傷を負ったミアに
人間一人を跳ね除ける力は出せない。

そのまま、涼子の身体に押し倒され、ミアは地面に倒れてしまう。

「いよぉ、久しぶりだなぁ〜!!」

そんなミアにニヤニヤといやらしい笑いを浮かべながら、ショットガンを構えたモヒカンが現れる。

「……ひっ……!?」

モヒカンの姿を見た初香が怯えた声を上げる。

「ひひひ、よう、お嬢ちゃん?約束どおり殺しに来てやったぜ?」
「……う……あ……あぁっ……!」

モヒカンに手酷く痛めつけられた初香は、未だにモヒカンに対する恐怖を払拭できていなかった。
銃を構えるが、ガチガチと震える手では銃口の狙いは定まらない。

「んん〜〜?何だ、オイ?ちゃんと狙わねぇと当たらねぇぜ?」
「……初香ちゃんっ!!逃げてっ!!」
「うるせぇよ」

バァンっ!!

ショットガンの銃撃を受けたミアは胸から血を吹いて倒れる。


「ミアっ!?……あっ……あああぁぁぁっ……!!」

半ば自棄になって、初香は銃を撃とうとする。

「おせぇっ!!」

だが、モヒカンがショットガンの引き金を引くほうが早い。




カチッ。




「……あ?」

しかし、モヒカンのショットガンは銃口から火を噴かず、軽い音を立てただけだった。

モヒカンは銃についての知識を持っていない。
ただ、今までの戦いから、銃は矢よりも威力の高い『魔法の道具』だと考えていた。

そして、頭の悪いモヒカンは『弾切れ』という概念など考え付きもしなかった。
『魔法の道具』なのだから、無制限に撃てるものだと思い込んでいた。

つまり、ショットガンに装填されていた弾はえびげんから奪ったときに残っていた二発のみ。
涼子とミアに撃った二発で終わりだったのだ。

そして、弾が出なかったという事実に一瞬、思考が空白になったモヒカンの隙を突くように、
初香の銃が火を噴いた。


パァンっ!!


「がっ…!?て……てめぇっ……!!」

初香の銃撃は、モヒカンの胸を撃ち抜く。
憤怒の表情で初香に迫ろうとするモヒカン。

「ひっ……ああああぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁっ!!!!」

パン、パンパン、パンパンパァンっ!!!

自分へと迫ってくるモヒカンに恐怖した初香は、狂ったように銃を乱射する。
その狙いは出鱈目だったが、モヒカンが初香に近づいて距離を詰めていたこともあり、
初香の銃撃は全弾がモヒカンに命中し、彼に対して致命傷を与えた。

「がっ……あっ……!!」

初香の銃撃は、モヒカンの胸に七つの穴を空けた。

「ちっ……畜生っ……!!この、俺がっ……こんな、ガキにっ……!!」

モヒカンは初香を呪い殺すかのような恨みのこもった目で睨みつけながら、倒れる。

「…………」

そして、彼はそのまま動かなくなった。

「はっ……はっ……はぁっ……はぁっ……!」

初香は動かなくなったモヒカンを見て、弾切れになった銃をカチカチと鳴らしながら、
ずるずると壁を擦るようにして、腰を抜かす。

「……あ……あぁ……!」

殺した。

殺してしまった。

自分の手で、撃ち殺してしまった。

「……僕がっ……殺しっ……!」

初香は胃からこみ上がってくるものを感じ、口を手で覆う。

「うっ……えっ……!うえぇっ……!」


気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

胃がムカムカする。


『何人殺したって人殺しを躊躇するヤツはいるし、
 逆に一人も殺してないやつでも、全く躊躇しないヤツもいる』


身体が冷たい。

汗が止まらない。


「うぁっ……あぁぁっ……!!」


嫌だ。


『お前はどう考えても、前者のタイプだ。
 確かに一度殺しをすれば、ある程度は慣れるかもしれないが、
 そんな程度じゃ最初から殺しを躊躇しないヤツに通じるわけがない。
 逆に、人を殺したことによる精神的なダメージのほうがこの場では問題になる』


「僕っ……僕は、殺しっ……殺す、つもりなんてっ……!!」


嫌だ、嫌だ、嫌だ。


『お前の場合、殺しをすることによって得られるメリットよりも
 デメリットのほうが大きい』


こんなの、嫌だ。


『切羽詰まった状況で仕方なく殺すならともかく、こんな気絶しているだけの
 人間をわざわざ殺す意味なんか無いんだよ』


「うああァあぁぁぁあああぁぁぁああぁぁぁぁーーーーーっ!!!」






 

りよなは、先ほど階下から聞こえた初香の絶叫に、気が気ではなかった。

「伊予那ちゃん……!初香ちゃん、ミアさんっ……!」

銃声が聞こえた後、伊予那と初香はりよなに部屋で待っているように言って、
ミアの元へと向かっていった。

目の見えない自分が足手まといなことは分かっていたので、大人しく待っているつもりだった。
だが、初香の声を聞いて、そんな考えは吹き飛んだ。

何かあったのだ。

初香の身に、何かとても恐ろしいことが起きたのだ。

「早く……行かなきゃ……!」

だが、焦っていたせいか、階段を下りている途中で、足を踏み外してしまった。

「きゃっ……!?」

りよなは悲鳴を上げて、階段を転げ落ちる。

身体のあちこちを打ち付けたりよなは、痛みに呻きながらも、この民家に入ってきたときの
記憶を頼りに、出口の扉へと向かう。

そして、やっと扉に辿り着いたりよなは、初香の名前を呼ぶ。

「……初香ちゃんっ!!初香ちゃん、どこっ!!」

りよなの必死の呼びかけ。
だが、返事は無い。

焦りが胸中を満たし、再度りよなは初香の名を呼ぼうとするが、

「……りよな……?」

聞こえてきた呟きに、りよなは安堵する。

初香の声だ。
無事だったのだ。

「初香ちゃん……!!良かった、無事だったのね……!!」

ほっとして、初香に呼びかけるりよな。

「……良くないよ……」
「……え……?」

だが、返ってきた返事は初香のものとは思えないほど、暗く淀んだ声だった。

「……初香、ちゃん……?」
「……りよな……伊予那が、死んだ……」
「……え……!?」
「……伊予那だけじゃない……ミアも……天崎涼子も……」
「……そ……そんなっ……!?初香ちゃん、一体何が……!?」
「……それと……モヒカン男も……」

そこで、初香は一旦言葉を切る。
初香の様子が尋常ではないことに気が付いたりよなは、初香の肩を掴む。

「……初香ちゃん……どうしたの……!?ひょっとして、どこか怪我を……!?」
「……ねぇ……りよな……君は、何で……?」
「……え……?」

りよなは初香の声に不穏なものを感じ、初香の肩を掴む力が弱まる。

「……君は……何で……」








「 人 を 殺 し た の に 、 そ ん な に 普 通 に 振 舞 え る の ? 」


初香の言葉に、りよなは固まる。


「……え……」

「……僕は……あの、モヒカン男を殺して……すごく気持ち悪くなって……
 頭がおかしくなりそうだったのに……」

「は……初香、ちゃん……?」

「……君は……エリーシアさんを……仲間だった人を、殺したんだよね……?」

「……そ……それ、は……」


りよなは、初香の言葉に震えが止まらない。

このタイミングで、仲間を殺したことを糾弾されるとは思わなかったのだ。
だが、考えてみれば、今の初香の反応こそが普通なのだ。

りよなは、エリーシアを殺した。
しかも、自分の妹を生き返らせるというエゴのために。

それは、許されざることだ。

『馬鹿なことをしてしまった、今は反省している』

それだけで許されるような軽い罪ではないのだ。

「初、香……ちゃん……私、は……」

りよなは頭の中の考えがまとまらないまま、言葉を紡ごうとする。
だが、そのとき、りよなは気が付く。
初香もまた、自分と同じように肩を震わせていることに。

「……おかしいよ……君、絶対におかしいよ……。
 なんでさ……なんで、そんな……」

初香の震えが強くなる。

そして、初香は絶叫する。


「なんで、人を殺しておいてっ!!僕たちと普通に話せるんだよっ!!?
 こんなっ……こんなことっ……しておいてっ……!!
 おかしいだろ、絶対っ!!?何なんだよ、君はっ!!?」
「ひっ……!?」

いきなり叫びだした初香に、りよなは怯えて後ずさる。

「……何だよ、その態度……?もしかして、僕が怖いの……?
 僕が人を殺したから……?同じ人殺しなのに……?」

「は……初香、ちゃ……」

「……そうだろうね……僕だって、君が怖いよ……。
 だって、理解できないもの……人を殺しておいて、
 そんな普通の態度が取れる君が……いや、君だけじゃない……。

 ここにいる人、全員が怖い……。
 
 なんで、あのモヒカン男たちは、嬉しそうに人を殺そうとできるの……?
 
 なんで、えびげんさんは、人を撃ち殺しておいて、その後、笑えるの……?

 なんで、りよなは、エリーシアさんを殺しておいて、普通に振舞えるの……?

 なんで、僕は……」

そこまで一気に喋った後、初香の声は震え始める。

「僕……僕、はっ……あ、あぁぁ、あぁ……!」

「……初……香、ちゃ……ん……」

りよなは、初香のただならぬ様子に、恐怖していた。

「どうやら、壊れちまったようだな」
「……っ!?」

いきなり聞こえてきた第三者の声に、りよなは驚く。

「ひっ……!?うわああぁぁぁぁああぁぁぁぁっ!!?」

初香が絶叫と共に逃げ出す音が聞こえた。
そのことに、無意識に安堵した自分に気づかず、りよなは新たな人物に警戒を抱く。

「だ……誰っ……!?」
「……ん?お前、ひょっとして、目が見えないのか?」
「…………」
「……ふん、まぁいい。それより、あのガキだ。
 お前も、アイツに何があったのか気になるだろ?」

その言葉に、りよなは目を見開く。

「は……初香ちゃんに……何があったんですか……?」

「あのガキは、死に触れすぎたのさ」

「……死に……?」

「そうさ。人が死ぬことに慣れていないヤツが、立て続けに人の死を目の当たりにし、
 本人も何度も殺されそうになって、トドメに自分が人殺しになっちまったんだ。
 頭がおかしくなっちまっても、仕方ねぇだろ?」

「……それ、は……」

そうかもしれない、とりよなは思う。

(……でも……だったら、私は……?)

自分はどうなのか、とりよなは考える。


りよなも、妹のなよりを失い、エリーシアを殺し、人の死に触れてきた。

だが、りよなは初香のようにおかしくはなっていない。


『なんで、人を殺しておいてっ!!僕たちと普通に話せるんだよっ!!?
 こんなっ……こんなことっ……しておいてっ……!!
 おかしいだろ、絶対っ!!?何なんだよ、君はっ!!?』


初香の言葉が思い出される。

(……まさか……私は……本当に……?)

自分は、おかしいのだろうか?

人を殺しておいて……あれだけ、人の死に触れておいて、狂わない自分は、最初から……?


「……おいおい、お前、何か勘違いしてないか?」

「……え……?」


男の言葉に、りよなは視線を上げる。

そんなりよなの、光を写さない瞳を覗き込み、男は嗤いながら告げる。


「お前も、あのガキと同じだよ。

 ここで、人の死に触れすぎて、気づかないうちに
 狂っちまってたんだよ。

 だから、人を殺しても何とも思わない。

 反省してるって?
 馬鹿言え、そりゃ誤魔化しだ。

 思い出せよ、人を殺したときの感覚を?

 お前、何か感じたか?
 そのとき、少しでも後悔したか?

 してないだろ?」


「……わ……私、は……!!」


りよなは震える。


違う、そうじゃない。

私は……私は、エリーシアさんを殺したことを、後悔して……。

いや、本当にそうだっただろうか?


初香ちゃんは、私のことをおかしいと言った。

この男は、私を狂っていると言った。


分からない、分からない。


一体、私は一体、わたしはいったい……。


「誤魔化してんじゃねぇよ。
 今更、何を言い訳してやがる。

 お前は、自分の意思で、目的を持って、殺したんだろ?

 目を見りゃ分かる。
 お前は、あのガキとは違う。

 お前は狂っちゃいるが、冷静に狂ってる。

 今まで、アイツらと共に行動していたのは、
 無意識にそうしたほうが目的を達成しやすいと思ったからだ。

 だがな……もう、誤魔化しは必要ないだろ?

 後、生き残ってんのは、あのガキと、俺と、お前くらいだ。

 ……ああ、そういや、外に死に損ないが一匹転がってたか。
 まあ、それはどうでもいいさ。

 ……で?どうする?

 俺に黙って殺されるか?それとも……


 俺『たち』を殺して、優勝するか?」


「…………」


りよなは答えない。

だが……。



りよなは、立ち上がっていた。

そして、手にはサラマンダー。



妹を守るために手にし、

妹を生き返らせるために人を殺したときに使った武器。



そして、サラマンダーを握った、りよなの目は。








エリーシアを殺したときと、同じ目をしていた。








「……そうこなくっちゃなぁ……!」


男……ダージュは心底愉快そうに嗤う。

そして、双刀を構え、りよなと対峙する。

「……さぁ、来いよ……!!
 お前の狂気を、俺に見せてみろ……!!
 俺はそれをねじ伏せて、お前を惨たらしく殺してやる……!!」

「…………」


狂気を孕んだ二人の戦いが今、始まろうとしていた。






 

「……ぐ……うぅ……!」

少女が苦痛に満ちた声を上げる。
そんな少女の様子を悲しむかのように、少女の手に持つロッドが青く明滅する。

「……マジック……ロッド……ごめん、ね……。
 せっかく、守って……くれたの、に……」

少女……ミアは生きていた。

一度目の銃撃……ダージュによる三八式歩兵銃の遠距離射撃は、
不意を突かれたせいで防ぐことは叶わなかったが、ミアを変身させることによって
何とかミアの命を繋ぎ止めた。

そして、モヒカンのショットガンによる銃撃はマジックロッドが全力で防御の結界を
張ったことで、威力の大半を殺すことに成功した。

だが、元々、一度目の銃撃が致命傷だったのだ。
変身によって、無理やりミアの命を繋ぎ止めていたが、ミアの魔力には限りがある。

いつまでも、変身状態を保ってはいられないのだ。

「……せ……め、て……彼女、だけでも……!」

ミアは最期の力で地面を這って、近づく。

……瀕死の重傷を負ったクリスの元へと。

「……クリ、ス……ごめんね……遅くなって……!
 貴女だけは……せめて……貴女、だけ、は……!」

ミアは震える手に魔力を込めて、クリスに回復魔法をかける。

変身によって魔力が増したミアの、ありったけの魔力を込めた回復魔法を
浴びたクリスの身体は、みるみる傷が癒されていく。

「…………」

それを確認したミアは、力尽きる。

力を失った手から、マジックロッドが零れ落ちる。

殺し合いに抗い続け、人を救おうとした少女は、最期まで人を救おうとして、
その命を散らしたのだった。








「はぁっ……!はぁっ……!」

ルカは走り続けていた。

雪の降る道は、火傷を負い、一糸纏わぬ身には辛かった。
寒気が傷を刺激し、裸足で走り続けたことで、すでに足の感覚は無くなりかけている。

「!……ようやく、見えてきたわっ……!」

目の前には、昏い街。

クリスたちを置いてきたはずの場所には、誰もいなかった。
そのことから考えて、意識を取り戻した天崎涼子がクリスを連れて、
どこかに逃げていったと考えるのが自然だろう。

そして、普通に考えれば、逃げる場所は彼女たちが倒れていた場所から
一番近い、昏い街だ。

だが、そうなると、あの殺人者の男たちも自分と同じように考えて、
天崎涼子たちを追って、昏い街へと向かった可能性が高くなる。

「……急がないと……!」

ルカは走る。

仲間たちの身を守るために、走り続ける。

……すでに、その仲間たちの半数が殺され、
半数が狂気に犯されてしまったことも知らずに……。








【天崎涼子  @BlankBlood      死亡】
【神代 伊予那@一日巫女       死亡】
【モヒカン  @リョナラークエスト  死亡】
【ミア    @マジックロッド    死亡】
【残り 5名】



【D−3:X3Y1 / 昏い街 / 1日目:真夜中】

【ダージュ@リョナマナ】
[状態]:疲労(小)、魔力消費(中)
[装備]:ルカの双刀@ボーパルラビット
[道具]:デイパック、支給品一式×5(食料21食分、水21食分)
    火薬鉄砲@現実世界
   (本物そっくりの発射音が鳴り火薬の臭いがするオモチャのリボルバー【残り6発】)
    エリクシル@デモノフォビア
    赤い薬×2@デモノフォビア
    運命の首飾り@アストラガロマンシー
    魔封じの呪印@リョナラークエスト
    カッパの皿@ボーパルラビット
    スペツナズ・ナイフx1@現実
    防犯用カラーボール(赤)x1@現実世界
[基本]リョナラー、オルナの関係者を殺す
[思考・状況]
1.りよなを殺す。
2.クリスを殺す。
3.ナビィの仲間を殺す。
4.オルナの関係者を殺す。(誰が関係者か分からないので皆殺し)



【クリステル・ジーメンス@SILENT DESIRE】
[状態]:気絶、疲労(大)、精神疲労(大)、魔力残量(中)、
    両手の指の爪が全て剥がされている(傷は塞がっている)
    胸骨にヒビ、肋骨の何本かにヒビ、血まみれ
[装備]:無し
[道具]:無し
[基本]:対主催
[思考・状況]
1.気絶中
2.怪我の治療
3.首輪を外す方法を考える(魔術トラップの解除法は会得済み)
4.首輪を解除するまでは絶対に死なない

※参加者がそれぞれ別の世界から集められていることに気付きました。
※銃の使い方を教わりました。



【登和多 初香{とわだ はつか}@XENOPHOBIA】
[状態]:疲労(大)、精神疲労(特大)、錯乱
[装備]:ベレッタM1934@現実世界(残弾0+0、安全装置解除済み)
    クマさんティーシャツ&サスペンダースカート(赤)@現実世界
[道具]:デイパック、支給品一式(パン1食分消費)
    SMドリンク@怪盗少女
    オーガの首輪@バトロワ
    9ミリショート弾×24@現実世界
    レボワーカーのマニュアル@まじはーど
    工具@バトロワ
[基本]:殺し合いからの脱出
[思考・状況]
1.みんなおかしい、絶対におかしい。

※人を殺したことに怯えています。
 ただし、何らかの要因で落ち着きを取り戻すかもしれません。
※レボワーカー@まじはーど
(キャノピーのガラス損傷、本体の損傷度0%、ソリッドシューター[弾数1]装備)
 は外に置いてあります。
※キングが昏い街の屋敷の地下(隠し通路経由)にいることを知りました。



【篭野りよな@なよりよ】
[状態]:健康、狂気?
[装備]:サラマンダー@デモノフォビア
    バク@リョナラークエスト
    木の枝@バトロワ
[道具]:デイパック、支給品一式(食料9、水9)
[基本]:殺し合いで優勝する?なよりを生き返らせる?
[思考・状況]
1.ダージュを殺す?

※ダージュの言う通り、本当に狂っているかは不明です。
 ダージュの言葉に惑わされただけかもしれません。
※キングが昏い街の屋敷の地下(隠し通路経由)にいることを知りました。



【ロカ・ルカ@ボーパルラビット】
[状態]:疲労(中)、中度の火傷、全裸
[装備]:無し
[道具]:無し
[基本]:生存者の救出、保護、最小限の犠牲で脱出
[思考・状況]
1.モヒカンとダージュを倒す。
2.皆を助ける。



【神代 伊予那{かみしろ いよな}@一日巫女】
[状態]:死亡
[装備]:トカレフTT-33@現実世界(弾数8+1発)
    赤いお札×3@一日巫女
[道具]:デイパック、支給品一式(食料6/6、水4/6)
    リザードマンの剣@ボーパルラビット
    霊樹の杖@リョナラークエスト
    青銅の大剣@バトロワ、南部@まじはーど
    弓@バトロワ
    弓矢(25本)@ボーパルラビット
    ラーニングの極意@リョナラークエスト
    大福x8@現実世界
    あたりめ100gパックx4@現実世界
    財布(中身は日本円で3万7564円)@BlankBlood
    猫じゃらしx3@現実世界)

※涼子のナイフ@BlankBlood が胸に刺さっています。



【ミア@マジックロッド】
[状態]:死亡
[装備]:マジックロッド@マジックロッド(制限解除、ミアを全力で援護)
    四葉のクローバー@現実世界(頭に装備)
[道具]:無し



【モヒカン@リョナラークエスト】
[状態]:死亡
[装備]:ショットガン(残弾数0+11)@なよりよ
[道具]:トルネード@創作少女
    手製棍棒×3
    ツルハシ@○○少女
    眼力拡大目薬×1@リョナラークエスト
    デイパック、支給品一式
    包丁@バトロワ
    ライター@バトロワ
    マタタビの匂い袋(鈴付き)@現実世界
    スペツナズ・ナイフ×3@現実



【天崎涼子@BlankBlood】
[状態]:死亡、
    左腕切断、アフロヘア、
    顔にちょびヒゲの落書き
[装備]:無し
[道具]:ガラスの破片×1@バトロワ
    ゼリーの詰め合わせ×4@バトロワ







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