怯えは疑心を生み、誤解を育む

 
ゴッド・リョーナによる殺戮劇、そしてその後の殺し合いの
フィールドへの転移から30分……。

巫女見習いの少女サヤは、森の中を移動していた。

いきなり始まった殺し合いに怯えつつも、状況を打開すべく、
彼女は森の中を歩き続けていた。

だが、彼女は踏み入ってはいけない場所に足を踏み入れてしまった。

そこは、魔物の巣ともいうべき場所。

薄暗い森の中、サヤは醜い子鬼たちの棲みかへと
足を踏み入れてしまったのだった。






「いやああぁぁぁぁっ!!」

森の中を、サヤは涙目で逃げ続ける。

それを追うのは、小柄ながらも凶悪な顔つきをした子鬼……ゴブリンである。
しかも、サヤを追いかけるゴブリンは一体ではない。

数え切れないほどのゴブリンの群れがサヤを追いかけていた。

「キーーーキキキキッ!!」
「ギヒャヒャヒャヒャッ!!」

耳障りな笑い声を響かせながら、ゴブリンたちはサヤを追いかけ続ける。

その顔は、獲物をじわじわと追い詰めることを心底楽しんでいるといった様相だった。

「はっ……ぜはっ……!も……もう駄目っ……あっ!」

すでにかなりの時間、逃げ続けていたサヤは体力の限界を迎えたのか、
足をもつれさせて転んでしまった。

すかさず、ゴブリンたちは倒れたサヤに群がり始める。

「ギキャキャキャッ!!」
「キキヒヒヒッ!!」
「ひっ……!?いやああぁぁあぁぁぁぁっ!!?」

悲鳴を上げるサヤをゴブリンの一匹が無理やり立たせて、後ろから羽交い絞めにする。
そして、別のゴブリンが抵抗できなくなったサヤの腹を、手に持った棍棒で思い切り
殴りつけた。

ごすっ!!

「げふっ!?……あ……がっ……!」
「ギヒヒヒッ!!」

腹を強打されて、痛みと苦しさに身を捩るサヤを見て、ゴブリンは下品な笑い声を上げる。
そして、未だ痛みの引かぬサヤに向かって、さらに棍棒を振るった。

ごすっ!!ばきっ!!ぐしゃっ!!

「げうぅぅぅっ!!?がぁっ……!!ああぁぁぁっ……!!」

一切の容赦無しに、サヤの腹に何度も打ち付けられるゴブリンの棍棒。
痛みにのた打ち回ろうとするサヤだが、羽交い絞めにされているゆえに
それは叶わない。

何度も腹を打ち付けられ、サヤは激しく吐血した。

「キーヒャヒャヒャッ!!」
「ギヘヘヘヘッ!!」

口から血を吐き出したサヤを見て、さらに興奮するゴブリンたち。
サヤを羽交い絞めにしていたゴブリンはサヤを蹴り飛ばす。

力無く倒れたサヤの肩からデイパックが落ちる。
そして、その拍子に中に入っていた支給品がぶちまけられた。

「……う……?……っ!」

朦朧とする視界の中でサヤは、散らばった支給品の中にあるものを見つけて、
目を見開いた。

それは、一本の剣だった。
サヤの巫女としての感覚は、その剣に尋常でないほどの強大な力を感じ取った。

「……っ……くっ……!」

サヤは痛みの残る身体に活を入れ、手を伸ばして剣を掴み取る。

「ゲキャッ!!?」
「グゲゲゲーーーッ!!」

虫の息だったサヤがいきなり剣を手に取ったのを見て、ゴブリンたちは一瞬驚いたが、
すぐにニヤついた笑いを浮かべて、剣を手にしたサヤの腕を踏み砕こうとする。

だが、それよりも早く、サヤは満身創痍の身体に残った力を振り絞って、
ゴブリンたちに向かって手にした剣を振るった。






支給品を確認したタイム・シトラスは、デイパックを背負うと
すぐに移動を開始した。

世界の平和を守る組織に所属する彼女は、当然このような殺し合いに乗る
つもりなど微塵も無かった。

この殺し合いに巻き込まれた力を持たぬ一般人を保護し、殺し合いに積極的な
危険人物を倒し、ゴッド・リョーナを打倒する。

むろん、タイムにも恐怖はある。

組織が誇る最新鋭の技術の結晶とも言うべき改造人間である彼女といえど、
まだ14歳の少女である。
幼い彼女が目の前で人を殺されて、ショックを受けていないはずがない。

高い戦闘能力とそれを引き出すための訓練を受け、優秀な成績を残してきた彼女だが、
まだまだ実戦経験は乏しく、戦いにおける心構えも未熟なのだから。

(……でも……私が何とかしないと……!)

この殺し合いに巻き込まれた者の中に、タイムのような正義の味方が
他にいるという保障は無い。
むしろ、普通に考えれば、いない可能性のほうが高いだろう。

ならば、タイムが何とかするしかないのだ。


悲壮な決意とともに、タイムは歩みを進める。

差し当たっての目標は、他の参加者との合流だ。
そして、できることなら殺し合いに乗っていない人物と合流したいと
タイムは考えていた。

もちろん、力の無い一般人を守りたいという思いもあったが、
この殺伐とした殺し合いのフィールドの中、たった一人で
正義の味方として行動するという心細さとプレッシャーに
耐えられないというのが、大きな理由だった。


誰かいないだろうか、と辺りをキョロキョロ見回しながら進むタイム。

と、そのとき……。




ズガアアアアアアアァァァァァァンッ!!!




森の中に、凄まじい爆音が響き渡った。


驚いて爆音のした方向を見ると、鋭い悲鳴と樹木が倒れるような音が
連続して聞こえてきた。

(……まさか、爆弾……!?)

警戒しながらも、タイムは支給された武器である小剣を構え、
爆発のした方向に向かっていくのだった。






サヤは剣を振り被った姿勢のまま、呆然としていた。

無理も無いだろう。


なぜなら、サヤの目の前には、バラバラに吹き飛び、血塗れのひき肉になった
ゴブリンたちの死体があったのだから。


その光景を作り出したのは、サヤが手に持つ剣……魔剣ネフェリーゼの一振りだった。

たったの一振り……サヤのような力の無い少女が、剣を僅か一振りしただけで、
このような凄惨な光景が作り出されたのだ。

「……ひっ……!」

その事実を認識した瞬間、サヤは恐怖に悲鳴を上げて、持っていた剣を投げ捨てた。

自分を救ってくれた凄まじい力を持つ魔剣……だが、サヤはその剣に恐怖しか感じなかった。
あまりにも強大な力を目の当たりにしたサヤは、魔剣に言い知れぬ恐怖を覚えたのだ。

そのとき、何者かが近づいてくる音がして、サヤはびくっと身体を震わせる。

(……まさか……また、魔物……!?)

そう考えたサヤは、ゴブリンに痛めつけられた恐怖がぶり返し、先ほど投げ捨てた
魔剣を慌てて拾い直していた。


そして……。


「……これは……!?そこの貴女っ!一体、何があったんですかっ!?」

駆けつけた人物……タイム・シトラスは開口一番にサヤに向かって尋ねる。

「……え……あっ……?わ……私っ……これっ……!」

サヤはいきなり問い詰められ、しどろもどろになる。

「……あっ、ご……ごめんなさい、驚かせて……!
 大丈夫です、私は貴女に危害を加えるつもりはありません……!
 落ち着いて、何が起こったのかを話してください……!」

サヤのおびえた様子に気が付いたタイムは態度を改めて、なるべく穏やかに、
宥めるようにサヤに対して話しかけた。

それを見たサヤも、害意を感じないタイムの様子に少し安心して、
何があったのかを話そうと口を開こうとして……。




タイムの構えた、鈍い光りを放つ鋭利な小剣に気が付いた。




サヤの身体は凍りつき、顔からは血の気が引いた。

(……まさか……この人も、私を殺すつもりなんじゃ……!?)

先ほどまでゴブリンに痛めつけられ、今しがた自分自身でこの惨状を作り出したサヤは
相次ぐ異常事態に恐怖し、混乱していた。

そのせいで、タイムが自衛のために構えていた小剣を見て、疑心暗鬼に陥ってしまった。

「?……どうしたんですか……?何が起こったのか、落ち着いて話して……」

タイムは様子のおかしくなったサヤに改めて声をかけたところで、はっと気が付く。

サヤの構えている剣、そしてその周りに飛び散った肉片を見て、表情を険しくする。

(まさか、この人は殺し合いに……!?)

タイムはそう考え、サヤを見る目つきが鋭くなる。

……このとき、タイムが注意深く周りを見れば、飛び散った腕や足が
人間のものではないことくらい、すぐに分かったはずだった。

だが、いきなり殺し合いに巻き込まれ、頼れるのは己自身のみという状況。
そして、突然の爆発に駆けつけてみると、剣を構えた少女とその周りに散らばった大量の肉片。

それらを見たタイムが、目の前の少女を「もしかしたら、殺人者なのでは?」と
誤解してしまったとしても、それは仕方の無いことだったのかもしれない。


そして、二人の少女の誤解は、悲劇を生んでしまう。


「……貴女……!まさかっ……!」

タイムは小剣を向け、険しい顔をしてサヤに近づこうとした。

「……ひっ!?」

それを見たサヤは、恐怖に囚われる。

(……や……やっぱり、この人……!……私を殺すつもりだっ……!)

そう考えた瞬間、サヤの脳裏に先ほどゴブリンに痛めつけられた恐怖が蘇った。

「い……いやあああぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」

恐怖に駆られたサヤは、手に持った魔剣をタイムに向けて、思い切り振るい……。


「……なっ!!?……きゃあああぁぁぁああああぁぁぁぁっ!!?」


魔剣から惨禍の衝撃波が放たれ、タイムはそれをまともに喰らって吹き飛んでいった。






「……あ……?」

我に返ったサヤは、しばらくの間、自分が何をしたのか分からなかった。

だが、時間が経つと共に、自分が仕出かしたことを理解してきたのか、
サヤの顔は徐々に色を失い、蒼白になっていった。

「そ……そんな……!?わ……私、人を……!?人を殺しっ……!」

サヤは先ほどまでとは違った恐怖に、頭を抱えて震え始める。

「ち……違うっ……!私は悪くないっ……!い、今のは……!
 今のは、あの人が私を殺そうとしたからっ……!」

だが、そう呟く口とは裏腹に、サヤは心の中では自分の非を認めていた。

(違う……!あの人は最初に私に何があったのか聞いてきたし、
 私が怯えているのが分かったら、私を落ち着かせるために
 優しく話しかけてきてくれた……!
 怖い顔で剣を向けてきたのも、周りに魔物の死体が散らばってれば、
 警戒するのは当たり前だし、あの人は何も悪くなかった……!)

そう……つまり、サヤがあの少女を攻撃したのは、完全な間違い。
サヤが恐怖に駆られたせいで、あの少女は死んでしまったのだ。

「……う……あ……!あぁぁ……!」

サヤの瞳から涙が零れ落ちる。

「……うあああぁぁぁああぁぁぁぁーーーーーっ!!!」

人を殺してしまった事実に耐えられず、サヤは大声を上げて泣き出した。






ひとしきり泣いたサヤは多少落ち着いたのか、袖で涙を拭い、立ち上がった。

そして、デイパックを背負って、サヤは歩き出す。

その顔は人を殺した恐怖と後悔、そして殺した少女に対する申し訳なさで
哀れなほどに暗く沈んでいた。

だが、それでもサヤは立ち上がり、前に進むことを決めたのだ。

(……私が間違えたせいで、あの人は死んじゃった……。
 だったら、せめて、あの人の死を無駄にしないために、
 あの人の代わりに、私がこの殺し合いを止めないと……)

あの少女は、サヤに話しかけ、サヤを落ち着かせようとした。
そして、サヤが殺し合いに乗っているかもしれないと知ると、
怯えて逃げるのではなく、サヤに向かってこようとした。

つまり、あの少女は殺し合いを止めようとしていたのだ。

ならば、あの少女を殺してしまったサヤがその遺志を継がなければならない。
それがサヤにできる、せめてもの罪滅ぼしなのだから……。

(一度は間違った私だけど……だからこそ、次は間違えない……。
 あの人の代わりに、私が殺し合いを止める……)

サヤは胸の内に悲壮な決意を宿し、歩みを進める。


……だが、その手には少女を殺した魔剣はなかった。


サヤは、あの少女を殺した魔剣を持ち歩く気にはなれなかったのだ。

あんなものがあったから、サヤは人を殺してしまった。
ならば、あんなものは無いほうがいい。

殺し合いを止めるためには、あんな恐ろしい剣は必要ない。


サヤは心のどこかで、自分が人を殺したのを魔剣のせいにしようとしていた。
だからこそ、その魔剣を捨てることで、罪から逃れようとしたのかもしれない。


……しかし、サヤは考えなかったのだろうか?


その剣を、もし殺し合いに乗ったものが手にしたとしたら?
そして……もし、あの恐ろしい力が、自分に向けられたとしたら?


……サヤは、そんなことは考え付きもしなかった。

サヤがそのことに思い当たらなかったのは……やはり、人を殺した
という事実から逃れたかったからだったのかもしれない。






「……う……あぁぁ……!……っ……うぅぅ……!」

大量の樹木がへし折られ、横倒しとなった破壊の痕……その奥から、
少女の呻き声が響く。

それは、サヤの攻撃によって吹き飛ばされたタイムの声だった。

タイムは魔剣ネフェリーゼの強力な衝撃波をまともに喰らっても、
命を失っていなかった。

それは、もちろん改造人間であるタイムの身体が普通の人間と比べて
頑丈であったことも理由の一つである。

だが、もっとも大きな理由はタイムの支給品の一つである
『盾のレリーフ』の力だった。

盾のレリーフは、持主が死に至るダメージを受けたとき、
ダメージを肩代わりしてくれる道具である。

タイムは盾のレリーフを身に着けていたことで、命を拾うことができたのだった。




意識が薄れる中、タイムが思うのは自分を瀕死の重傷に追い込んだ少女の姿……。

(……油断……しました……!まさか……あんな無害そうな子が、
 殺し合いに乗っているなんて……!)

タイムは悔しそうに、ぎりっ……と歯を鳴らす。

(……ですが……もう、油断はしませんよ……!
 次に会うときは……容赦しません……!)

タイムは、無害を装って自分を殺そうとした巫女装束の少女に、敵意を漲らせつつも、
ダメージの重さに耐えられず、そのまま意識を失ってしまった。






【A−4/森/1日目 7:00〜】

【サヤ@ニエみこ】
[状態]:腹部に大怪我
[装備]:無し
[道具]:サヤのデイパック
   (支給品一式、人肉(三食分)@Rクエスト、
    輸血用血液パック×2@現実
    ラダのロケット@TRAP ART)
[基本]:殺し合いを止める。
[思考・状況]
1.殺してしまった少女(タイム)の遺志を継ぎ、
  殺し合いを止める。

※タイムを殺したと思っています。
※魔剣ネフェリーゼ@Rクエストは、
 A−4エリアのどこかに捨てられました。



【タイム・シトラス@悪の幹部候補生】
[状態]:気絶、瀕死
[装備]:エイミィの小剣@BASSARI
    盾のレリーフ(損傷度40%)@Rクエスト
[道具]:タイムのデイパック
   (支給品一式、工具セット@SKPer、
    禁断の果実×3@DEMONOPHOBIA、
    ココナッツ×3@現実)
[基本]:殺し合いを止める。
[思考・状況]
1.巫女装束の少女(サヤ)を倒す。

※サヤを殺人者と認識しました。








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